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そのじゅうはち

――18――




 琉球大庭園第三階層。

 この無人島でわたしたちが最初に行ったのは、休息地の確保だ。安全な場所を見つけてテントと結界を張り、それから食糧の確保や水浴びできる場所を探せば良い、なんて、そんな風に話し合って手分けをしていた……の、だけれども。


「……鈴理、あんたお手柄よ、これ」

「うん……まさかこんなものが見つかるなんて、思わなかったよ、夢ちゃん」


 ふと気になって回ってみた、最初の洞窟の裏手。森の中の岩場から昇り立つ“湯気”に気がついたのは、偶然だった。


「温度ってどれくらいなんだろう?」

「……そうねぇ、ええっと、四十度ってところね」

「夢ちゃん、なんで湯気でわかるの?」

「訓練してるから」


 碓氷ってすごいや。

 でも、見つけてしまって、それが入浴可能な温度だって言うのなら、もう我慢は出来ないよね。べとべとと肌着が張り付く感覚に、どうしても意識がいってしまう。早く汗を流して、身体の芯まで温まりたい。そんな風に思うのは、日本人としての性なのではなかろうか。

 つまるところ、わたしも夢ちゃんも、お風呂に入りたくて仕方なかった。


「あー……こちら夢。鈴理が温泉発見」

『どこ?! 直ぐ行く! 脚部展開、走技召喚【ゼノ】!』

『――こちらフィー。頭上を静音がものすごい勢いで跳ねていった。私も向かう』

『こちらリュシー。お手柄だね、スズリ。私も直ぐに向かうよ』


 な、なんだか静音ちゃんのテンションが凄い。

 好きなんだね、温泉。静音ちゃんの新しい一面が知れたことは嬉しいけれど、あとで後悔しないか心配です。


「ついでに、岩場の向こうにテントの設置をしようか」

「あれ? テントは静音ちゃんに預けていなかったっけ?」

「場所を確保しておけば良いわ。……あの調子だと、あっという間――って、ほら」

「え? ぁ」


 夢ちゃんが指を差すので、上を向く。

 すると、上空から静音ちゃんが“降って”きた。


「早かったね、静音ちゃん」


 轟音と土煙。

 重厚な黒い脚甲が、静音ちゃんの意思によるものだろう、ばらばらと解けて腕輪に戻る。


「……うぅ、は、はしたない。恥ずかしいよぅ」

「あはは、おいでー、静音ちゃん」

「鈴理ぃ」


 顔を真っ赤にする静音ちゃんを抱きしめて、頭を撫でる。

 夢ちゃんがそれをどこか羨ましそうに見ているけれど、それはわたしに対してなのだろうか、静音ちゃんに対してなのだろうか。

 疑問は尽きないけれど、あえて藪を突いたりもしないよ?


「よ、よし、決めたわ。静音、次は私に――」

「と、お邪魔だったかな?」

「――リュシー、フィーも。は、早かったわね」


 両手を広げながらにじり寄ろうとした夢ちゃんの後から、苦笑するリュシーちゃんと、細目で夢ちゃんを見るフィーちゃんが現れた。けっこう急ぎで来てくれたみたいで、リュシーちゃんの額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 夢ちゃんはその一声で正気に戻ったようで、冷や汗を流しながら息を吐いていた。あはは、未遂で良かったと思うよ?


「ほら、ユメは私が抱きしめてあげよう。で、どうしたんだ?」

「うぅ、リュシーの優しさが痛いわ。……でもちょっとだけ」

「温泉がどうこうと聞こえてきたが、あれか。日本で温泉に入るのは初めてだよ。さんざん獅堂に自慢されたモノだ」


 そっか、フィーちゃんは幼少期は九條先生や時子さんたちと過ごしたんだっけ。

 落ち着いてきた静音ちゃんを離して、テントの準備をする。西之島で張り方を覚えたし、もう大丈夫……なんて思っていたのだけれど、今回はどうやらひと味違った。


「今回は、お父様がテントを用意してくれたんだ」

「御父君……ということは、かのDr.有栖川か?」

「ああ。シズネ、収納から六角形のプレートを出してくれるかい?」

「う、うん。これ?」


 静音ちゃんがポーチから取り出したプレートを、リュシーちゃんに渡す。

 すると、リュシーちゃんはプレートの中央に霊力を流してから、投げた。


 ――Pon!

「ひゃっ」


 その霊力に反応して、プレートが展開。

 空けた場所に、六人は優に入りそうな大きなテントが出現する。すごい、なんだかSFみたいだ。


「便利ねぇ」

「エアコンつきだそうだよ。流石に上の階層のように地面が水に浸かっていたら防げないけれど、湿気や熱は遮断できるみたいだよ。温泉の隣に置いても大丈夫」

「ということは、衣類も中で乾燥させれば良いわね。……というか、テントにエアコンってそれもうテントじゃないわ」


 リュシーちゃんから離れた夢ちゃんが、流石に恥ずかしかったのか、朱くなった頬を隠すようにそう告げた。

 そうだよね。有栖川博士、すごいもんね。まだ警備にはあのロボットたちを使っているのかな? 凄かったもんなぁ、警備ロボット。


「よし、念のため――“干渉制御ロジック・コントロール”」


 温泉の付近に、物理的な結界を張ったりはしない。

 ただ周囲に近づく魔物やなんかが、この近くには“行きたくない”とか“嫌な予感がする”とか、そんな風に思わせるように意識制御の膜を展開させる。


「さて、それじゃあいよいよ――良いわね?」

「うんっ、温泉だねっ」


 服は脱いでから浄化術式でどうにかする。

 ということで、わたしたちは身に纏う衣服をテントに置いて、温泉に浸かることになった。




















――/――




 湯気の立ち上る温泉に、つま先からゆっくりと身体をつけていく。

 心地よい温かさが、疲れた身体に染み渡ると、自然と吐息が零れた。


「くぅぅ、きっくぅぅ」


 あー、やばい、今の私、おっさんぽい。

 そんな自分へのツッコミもままならないほど、水浴びに飢えた身体は蕩けるような熱を請う。控えめに言って最高の湯加減だ。

 そしてなによりこの桃源郷。私の目の前でのびのびと入浴する女の子たちは、控えめに言って極上の美少女ばかり。私の胸も高鳴りっぱなしでどうしたらいいのかもう誰を選べば良いのかわからない、って私は別に選ぶ立場じゃないか、あっはっはっ。


「うみゅぅぅ、てんごくぅぅ」

「鈴理、溺れないでよ?」


 私がそう言うと、鈴理は「ふぁい」と気の抜けた返事をして肩まで浸かっていった。

 小柄な身体、控えめな胸、けれどどこか湯船から浮き出た鎖骨が色気を誘う……ってだめだ、まずいまずい。平常心よ碓氷夢。やればできる。なせばなるわ。こんなところでどん引き展開。「ちょっと夢ちゃんは外で寝ようか?」なんて鈴理に言われたら立ち直れるか解らない。ファイトだ夢ちゃん平常心。


「お風呂、お風呂、おふろらら~♪」

「静音、本当にお風呂好きなのね」

「え、えへへ?」


 鈴理よりも少しだけ高い背。

 身長の割に突き出た胸は、碓氷eyesで判断する限り、おそらくCはある。そう冷静に判断する私の横で、鈴理はどこか恨めしそうに静音を見ていた。


「大丈夫よ、鈴理。需要はあるわ」

「あ、夢ちゃんは別に羨ましくないよ?」

「ちょっと脈絡! 脈絡!」


 私は良いの! 自分のものを見たって面白くも何ともないわ!

 ……べ、別に、みんなの胸部装甲を見て嬉しいって思うわけじゃないんだからね? いや、ツンデレとかじゃなくて。

 そうよ別に未知先生のダイナマイトボディを両手を突いて拝んでいるわけではないんだから平気平気。平気だよ?


「熱がしみるぅ」


 ――鈴理のなまめかしい鎖骨にだって。


「そうだね、き、きもちぃね」


 ――静音の谷間に流れる水滴だって。


「フィー、温度はどうだい?」


 ――リュシーのきめ細やかな肌とすらりと長い足にだって。


「ふふ、ちょうどいい。温泉とは良い物だな」


 ――フィーの意外と着やせする、豊満な胸にだって。


「すぅ、はぁ」


 変な感想なんて持っていないし変な視線でだって見ていないしなんだかこうして見ると余計に気になっちゃってちょっと私ピンチかもとか思ってないし!

 はぁ、はぁ、はぁ。ちょっと今のは危なかったわね。平常心平常心。ファイトだ夢ちゃん心頭滅却。


「じー」

「はっ……ど、どうしたの? 鈴理。そんなジト目で私のこと見てさ?」

「夢ちゃんってさぁ」


 鈴理は熱で赤らんだ顔のまま、私の背中に回り込む。

 あ、あれ? なんかいつもと反応違う?!


「わたしたちのことよーく見てるけど、なんで?」

「そ、そりゃあみんな美少女だしさ? 同性でも、目が行くじゃない?」

「ふぅん?」


 か、顔が見えないとこわい!

 なんだというのだろう。いつものように怒られるわけでも呆れられるわけでもツッコミを貰うわけでもない鈴理の態度に、不安が募る。なんとなーく助けを求めようと周囲を見れば、静音はいつの間にかフィーとリュシーに囲まれて温泉について語っている様子。

 ええええ、どうしようなにこれ孤軍奮闘確定?!


「そういうけどさぁ――」

「は、はい」


 鈴理の怖いほど平坦な声に、思わず敬語になる。

 なんだろう、なんなの? どうするのが正解なの? 教えて未知先生!


「――夢ちゃんも綺麗だよね?」

「はい、はぇ?」


 予想もしなかった鈴理の言葉に、思わず固まる。

 ぱ、ぱーどぅん?


「き、綺麗なのはフィーやリュシー。可愛いのはあんたや静音。両方っていうと未知先生じゃない、なに言ってるのよ」

「両方なのは夢ちゃんもでしょ?」

「いやいやいやそれはない。それはないわ」


 なんというか、碓氷のオンナは二極化する。潜入捜査に長けた、私のような筋肉質の身体か、もしくは母さんたちみたいな色仕掛けも可能なダイナマイトボディか。

 つまるところ、私はスレンダーというには心許ないやせ形筋肉質、ということになるのだ。鈴理にそこのところじっくりこってり説明してあげると、何故かふかーいため息が聞こえてきた。


「みんなー、ちゅーもーく」

「?」


 ふと、鈴理が三人に呼びかける。

 えっと、ちょっと、えっ?


「人のことばっかり評価する夢ちゃんが自分の魅力に気がついてないみたいだから、みんなで解説しよー」

「ちょ、ちょっと鈴理! こんな筋肉質の女の身体に、褒めるところなんてないって!」


 リュシーたち三人は鈴理の言葉で首を傾げ、次いで、何故か私の言葉で納得したように頷いた。


「ユメはこんなに綺麗なのに、自信が無いのはもったいないな。筋肉質とユメは言うが、カモシカのような脚には憧れる。きちんと引き締まっていて、しなやかだ」

「や、やめてよリュシー、わ、私なんてリュシーに比べたら――」

「ほら、このハムストリングからのラインとか」

「――ひゃんっ」


 悪意無く、善意百パーセントで近づいて、私の太ももに触れるリュシー。

 ちょちょちょ、ちょっと、ちかい、近い!


「ゆ、夢は大きさにどうのこうのって言うけれど、か、形が整っていて羨ましい。ちゃんとエクササイズとか、と、トレーニングとかしているからだよね?」

「そ、そんなにまじまじと見られると恥ずかしい」

「えい」

「ひゃあっ」


 静音に指でつんっと突かれる。

 そして、私の反応にどこか満足そうに頷いた。なんでよっ?


「ふむふむ、そういう趣向か」

「フィー、フィーはノらないわよね?」

「褒めるんだろう?」

「そうそう。これ以上は無理にだって引き出せない」

「純然たる大和撫子というよりは、戦乙女というべきか。ともすれば男装の麗人すら似合いそうなほどには綺麗な顔立ちだが、以外と寂しがり屋な部分や友情に喜ぶ部分などは可愛らしいと思うぞ。外見が綺麗で中身が可愛い女だよ、夢は」

「やめて! しぬほど恥ずかしい褒め方しないで!!」


 あわ、あわわ、あわわわ。


「寸胴のわたしとしてはね、夢ちゃん腰がきゅっとくびれてて、モデルさんみたいで羨ましいなぁってずぅっと思っていたわけですよ。だっていうのに夢ちゃん、限りなく自己評価が低いからわたしはびっくりです。罰として、これからも定期的に褒め称えるからよろしくね?」


 あわわわわ、あわわわわわ。

 鈴理がぎゅうっと掴まってくる。けれど私に、感触がどうのこうのという余裕は一切無い。微笑ましい視線に晒されるなどの滅多に無い体験の中、結局、それからのぼせるまで一度も顔を上げることが出来なかった。




 あぅあぅあぅ、な、なんでこんなことに? こういうのは、こう、未知先生の役目じゃない?!





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[一言] カプセルコーポレーション?
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