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そのじゅうなな

――17――




 森の中を駆ける。

 一つ一つが東京ドーム一個分という面積の無人島。当然ながら魔物の類いはいるが、さほど強力なモノでは無い。自然界の常識に沿った出現だったりもするので、たき火を管理していれば警戒して近寄ってこない、ということも普通にある。

 ただ、生徒たちに課すこの階層での試練は、“異界の中のサバイバル”にあるのだ。なにせ異界だ。いつまで経っても昼間のような明るさのままだ。時刻を確認しなければ、どんなタイミングで睡眠を取れば良いのかもわからない。

 落ちない太陽。海外で“白夜”を体験したことがない限り、夜が訪れない経験などないだろう。そしてその事実は、想像以上にメンタルへ負荷をかける。そのため、“間違い”が起こりやすい男女混成ペアは認められていないほどだ。それを含めて信頼のある生徒会は別だけれどね。


「ポチ」

『応ッ!』


 駆けたポチが、人間サイズもある豚、“グレイトピッグ”ののど笛に噛みつく。

 豚は暴れたが、ポチに敵うはずもなく、ぐったりと身体を弛緩させて沈黙した。


「ふぅ、夕飯確保ね。血抜きしよう」

『食い切れるのか? ボス。なんだったら我がぺろりと』

「太るからだめ。次の四階層は食べられるものがないからね」


 第四階層は、迷宮だ。

 出てくる魔物も、まるでゲームのモンスターとでも言うべきか。トラップのようなモノこそ無いが、ゴブリン、オーク、スライム、ミミックと定番どころを揃えてある。

 おまけに、階層主はミノタウロスだ。まるで本当に、ミノス王の“迷宮ラビリンス”に迷い込んでしまったかのような恐ろしさすらある。


『階層主を倒して進んでしまって、大丈夫なのか?』

「ええ。無人島が幾つもあるでしょう? あれは入口用のものと移動用のモノに別れているの。その一つ一つはコピー&ペーストのように似た第四階層があって、一つが潰れるとその島の入り口が閉じて三日程度で復活するわ。数が数だから、偶然潰された直後の移動口に出てしまうことも、そうそうないだろうからね」

『ふむ。なんとも奇怪な』

「物理法則に寄るものではないからね。普通の悪魔ならば“いやいや無理でしょう”と思ってしまい実行できないような構造でも、魔竜が適当に作った異界に、知性ある悪魔が恐怖心で作り上げた異界が吸収されるとこんなことになるよ、という前例になったわ」


 豚を解体して斬り分けると、保存術式を用いて保存。

 空間圧縮魔導で、スーツのベルトのバックルに刻んだ術式刻印レリーフィングに納める。

 ……便利すぎるよ、術式刻印レリーフィング。碓氷の家に「そんなに堪能したんだから嫁に来い」って言われたら反論が難しいくらいに使ってしまっている。幸い、そんな要請はされたことがないけれどね。


「このまま次の階層に降りるよ、ポチ」

『この島から行けるのか?』

「隣の島からよ。【速攻術式セット短距離転移シンプルテレポート展開イグニッション】」


 座標の確定や障害物の確認など、転移術式は処理する項目が多すぎる。そのため魔導術式の処理を越えてしまうため、机上の空論と呼ばれている術式だ。

 だが、あまり知られていないことだが、“目視できる範囲への転移”なら、速攻術式ほどの圧縮率なら可能だ。刻印紙柱レリーフィング・スクロールを使えば、あらかじめ着地用の術式を施した空間へなら、長距離転移も可能だろう。巻物の長さ、ものすごいことになるだろうけれど。


「はい、到着」

『転移か。リズウィエアルを思い出す』

「で、できるんだ……リリーもできるんだろうなぁ」

『出来るだろうな。だがリズウィエアルは“転移での移動は退屈だ”と言っていた、リリーは母親によく似たところがある。必要にかられなければ使わないだろう』


 あー、なるほど。

 デートをした時も、移動の大半は徒歩を望んできたのを思い出す。そっか、それで、なんだね。

 ポチと質問をしながら洞窟を潜る。そこには、この異界唯一の“地続きの階段”があった。これが次の階層、第四階層――迷宮の入り口だ。


「進むよ、ポチ」

『ああ――迷宮デートだな、ボス』

「子犬に戻そうか?」

『わふ、冗談だ。ウルフジョーク』

「もう」


 軽口を叩くポチに苦笑しながら、迷宮へと下る。

 たいまつで明るく照らされた、白い石造りの迷宮。美しさすら感じるこの場所こそが、第四階層の実体だ。初見の人間はまず、その壁の美しさに目を奪われるほどだという。


「【速攻術式セット探知サーチ展開イグニッション】……あれ?」

『む、どうした? ボスよ』

「ええっと、通常ならもう敵影が映っても良い頃、なのだけれど」


 探知結界に映るのは、迷宮の構造ばかり。

 敵影の一つもないせいか、進みやすいことに間違いは無いのだけれど……。


「ポチ、警戒」

『わふ』


 尻尾がぴんっと立って、前足がくいっと曲がる。あの、それって猟犬が獲物を見つけたときにするポーズじゃなかったかな? 確か、ポイントっていったか。猟犬なの?

 ま、まぁ良いか。ポチにツッコミを入れていたらキリがないし。
















 第四階層は、階層の中に階段がある珍しい場所だ。

 石壁を伝いながら階段を目指し、下っていく。すると、だんだんとフロアの規模が小さくなり、最終的には大部屋一つに繋がる扉が見えてくる。

 その間には当然、数々の魔物の襲撃があり、第四階層内階層の最深部、四階フロアに至ると魔物は途切れるようになっている、の、だけれど。


『現れなかったな』

「ええ。探知にも引っかからなかったわ」

『異常事態か。どうする? ボス。引き返すか?』

「確信が持てなければ、忠告も出来ないわ」

『然り』


 重厚な扉に手を掛けて、開く。

 ギィィ、と重い音。通常ならばミノタウロスの威嚇から始まるフロアボスとの戦い、の、はずなのに。


「いない」

『誰かが先に倒していたか?』

「フロアボスのいない迷宮は閉じられる。私たちが中に居た時に討伐されていたら、三階層にはじき出されるはずよ」

『では、異常事態か』

「そうね」


 フロアを良く観察する。

 次の階層に繋がる鉄格子は開かれ、討伐者が手にする宝箱は閉じたままだ。フロアに傷はついていない。

 もしミノタウロスに身じろぎ一つさせずに打ち倒したのだとしたら、生徒、学生レベルの実力者ではない。戦闘担当の教員クラスは少なくともあるだろう。では、先生の誰かが? いや、どのみちミノタウロスのいない第四階層が閉じられていないだけで異常事態だ。


「とにかく一度戻りましょう。報告が必要になるわ」

『ワンッ。では――いや、待て。逃げろ、ボス!』

「っ」


 ポチの声に、直ぐに反応する。

 身体強化フィジカルエンチャントで勢いよく飛び去り、その場を離れようとした。だが、どうやら敵の方が、一枚上手であったようだ。


「なっ!?」


 足下からせり上げる湾曲した格子。

 その格子は私の頭上で縫合し、籠になった。というか、これは……鳥かご、だ。私でも、中心から直線に十歩は歩くことが出来るであろう、巨大な鳥かご。


『チッ、ボスよ、無事か?!』

「ええ。ポチも、大丈夫そうね」


 一緒に閉じ込められてしまったことは残念だけれど、ポチが無事ならそれで良かった。

 けれど、なんにせよわからないことだらけだ。何故、私は捕らえられたのだろう? 私を捕まえることのメリットは? 誰が、なんの目的で? 考えることだらけだ。そう、考えることが多すぎて、眠気が――


『ボス! 気をしっかりと持て!』

「っ」


 ――いや、おかしい、こんな状況で寝られるほど図太くはないつもりだ。

 だが、唐突に襲いかかる眠気は、途絶えることがない。よく見れば、周囲から煙のようなモノが漂っている。これは、睡眠煙?


「っ、ポチ」

『ボス、くっ、ボスよ!』


 ポチの声が響く中。

 落ちる瞼に耐えられず、体勢を崩す。


 だめ、だ。

 い、しき、が、とだえ、る。




『ボス――ボス!!』




 ポチ、ごめん、なさい。

 少しだけ、まかせ、る、わ――。




















――/――




 ――沖縄異界“琉球大庭園”上空千メートル。


 雲の上。

 青空の中を、白髪の老紳士が佇む。


「坊ちゃん、“保護”に成功いたしました」

『そうか。ありがとう、じい』

「もったいなきお言葉にございます」


 じい、と、そう呼ばれた執事は恭しく腰を折る。

 だが、その前には誰もおらず、ただ声だけが響いていた。


「この後は、どうなさいますか?」

『彼女が目を覚ましたら、私の代理として手荒な手段を執ってしまったコトへの謝罪と、ことの次第を説明してあげて欲しい。心細いだろうから、せめて安心させたいのでね』

「おお、さすがは坊ちゃん。お優しいですね」

『よしてくれ、じい』


 執事が嬉しそうに笑うと、声の主は照れたように返した。

 そして――ナニカが致命的にズレた二人の会話を、遮るモノもいないままに話は進む。


「坊ちゃんも、後ほど?」

『仕事は早く済ませたい。“異端者”の排除を終えたら、私も彼女に会いに行くよ』

「畏まりました」


 その方向性が、誰の望むモノで無くとも。

 二人の主従は楽しげに――傲慢な慈愛を浮かべて、笑っていた。





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