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そのじゅうろく

――16――




 琉球大庭園。

 その入り口で、生徒全員が出発したことを見送ると、ようやく一息吐くことが出来た。


「観司先生は、けっきょくどなたと巡回なさるんですか?」

「あ、陸奥先生。泊まり込みで女性職員、というのは色々と難しいですから……私は、ポチと参ります」

「あ、そっか。契約魔獣がいるのなら、その方が良いですもんね」


 そう、流石にリリーは連れて行けないが、ポチなら大丈夫だ。

 しかもポチは、正式に登録された契約魔獣。その能力も、全てではない(というか半分にも満たない)が、公開されている。その公開データでも、教員のお供として“信用に足る”とされているのだ。


「陸奥先生は……ふふ、川端先生とペアでしょうか?」

「うぐっ。はい、そうなんですよね……ははは、はぁ」


 昨日も、夕暮れに向かって川端先生とブートキャンプをしていた陸奥先生。

 若さからか疲れは取れているようだけれど、精神的な疲労については……うん、ノーコメントで。


「まぁ、僕らはあとから向かいます。観司先生も、お気を付けて下さい」

「はい、陸奥先生も。じゃ、行こうか? ポチ」

『ワンッ!』


 ポチも今は、“限定解除リミット・リリース”を行い成犬サイズ。

 だというのに何故、こう、“お散歩に行く飼い犬”の域を出ない感じなんだろうか。

 尻尾を振りながら追従を示すポチの姿は可愛らしいが、戦力としては不安に感じる。


「では、観司未知、巡回開始します」


 残った先生方に手を振りながら、トンネルに身を投げる。

 ……今回は、妙な厄介事が起こらないことを、祈りながら。













 全十六階層からなる沖縄異界、“琉球大庭園”。

 悪魔が召喚した魔竜を討伐した際に生まれたこの異界は、もともと与那国にあった海底遺跡を呑み込んで、さらに巨大に出現した異界だ。


『ボスよ、魔竜とは?』

「知っているかしら? 海淵龍帝“リヴァイアサン”よ」

『ああ、魔界湾に居るアレか。だがアレに、知能などあったか? 初代ならばともかく、名を継いだアレはただの動物であったと思うのだが?』


 そう、そうなのだ。

 世間では“善悪のない怪物だったので説得に失敗”などと言われているが、その実あの悪魔は完全に知性の無い動物だった。そのため本能のままに大暴れを始め、やたら強かったので生存本能に“えいゆうこわい”と刻みつける勢いでボコボコにしたのだ。

 その後、召喚した悪魔の残滓で与那国異界“変質海底遺跡”が生まれ、その直後に魔竜の力で“呑み込まれた”。

 つまるところ、琉球大庭園とは天秤型ではなく、二つの異界が侵食し合って生まれた、というのが真相だ。


『なるほど、それで気配が歪なのか』

「そうね……」


 階層移動の際に起こるワープも、この歪さから生まれたモノだ。

 本来は階段のようなものが生まれるはずだが、妙な化学反応を起こして“こう”なった。そのため、異界になれた人間ほど攻略しにくく、自然界の探索になれた人間の方がうまくいくこともある。

 英雄に対してもそうだ。他の異界は入ってきた英雄を全力で排除しようと動く。それは英雄に対する恨み辛みがあるからなのだが、ここに関してはそうではない。“生存を脅かす外敵はそもそも侵入させない”という本能のみで組み上がっている。


「さて、まずはこの階層を抜けるわよ」

『巡回は良いのか?』

「私の担当はもっと下。具体的には、五階層ね」


 実力に合わせた区分を振り分けられるのだが、私はポチが強力と言うこともあって、表層深部の担当になった。通称、“中層お試し階層”だ。


『たどり着けるのか? 強力な敵が居ることよりも厄介な広さに思えるが』

「見つからなかったから引き返す、というようなことをしなければ、案外早く見つかるように出来ているのよ。“一定間隔”にトンネルがあるからね」

『なるほど』


 例え攻撃特化の異能者でも、走り回ることくらいはできる。クリアするには十分だ。

 もっとも、“探知可能な異能者や魔導術師をパーティーに加える”というところまで含めて、修学旅行で学んで欲しいことなのだけれども。


「【速攻術式セット身体強化フィジカルエンチャント展開イグニッション】――下の階層、湿地平原に休めるところはほとんど存在しないわ。さっさと抜けてしまいましょう。行くよ、ポチ」

『ワンッ!』


 この階層も次の階層も、正しい攻略手段は“迅速通過”だ。

 さっさと進んでしまうのが一番、なんて、生徒たちに気がついて欲しいことだけれど、難しいだろうなぁ。



















――/――




 ――湿地帯を進むこと、到着から合計四時間。

 水の中から飛び上がってくる、凍り付いたナマズ。

 どこからでもやってくる、リザードマンの戦士たち。

 灰色の蟹が数十匹と出てきた時は、目眩を覚えたほどだった。


「水中で休むのは難しい。体温が下がるし、なによりも敵襲がこわい。あーもー、セーフティエリアはどこなのよ、本当に……」

「気を落とさないで、夢ちゃん。すっごく早く最初の階を抜けられたんだもん。もう、諦めて次の階層を目指すのもアリだと思うよ?」


 幸い、敵が弱いおかげで疲労感は少ない。身体強化様々だ。

 歩いても歩いても岩場や木陰のような場所はなく、敵だけが只管出てくる薄暗い湿地帯。その真の脅威はすり減らされていく精神力、であるべきなのだろうけれど。


「ま、それもそうね。みんな、ちゃっちゃか次を目指す方向で良い?」

「ああ、もちろんさ、ユメ」

「う、うん。私もそれが良いと思う」

「ちまちまと進むよりずっと気分が良い。それで行こう、夢」


 ……あっさりと立ち直った夢ちゃんに、みんなで苦笑する。

 どうにもこう、わたしたちは図太く出きているようだ。精神的な疲労感の一切を見せずに、頷く。でも、そうと決まれば“警戒しながら慎重に探索”から作戦変更だ。


「上と同じよ。探知を張りながらマラソン。カウンターで敵を駆逐していくわ」

「うん、その方がスッキリするよね!」


 わたしとしても、この階層にもやもやしていたのは一緒だ。

 走り抜けてしまえるのであれば、それでいい。それがいい。


「フォーメーションは基本どおり。行くわよ!」


 夢ちゃんのかけ声で、フィーちゃんを先頭に駆け出す。

 走りながら探知を展開。すると、障害物と敵の位置が浮かび上がり、カフスの力で情報が全員に共有される。

 これでわたしたちに隙はない。ならば狼らしく、平原を駆け抜けよう――!
















 なんて、すっごく気合いを入れたのは良いのだけれど。

 どうやらわたしたちの選択は、実に的を射ていたらしい。走り始めてものの数分で次の階層に向かうトンネルを見つけたわたしたちは、何とも言えない脱力感に襲われた。

 どうも距離も場所も解らない薄暗い湿地帯を歩くと、探知結界を“障害物”や“敵”に限定せずよく把握していないとわからない程度に、歩く場所が変わる。そのため、どうやらわたしたちは似たような場所をぐるぐると歩き回されていたようなのだ。


「へたなトラップよりもタチが悪かったわね。次の階層で休めない、なんて作りだったら困るけど、ここよりマシでしょう」

「だ、だね」


 夢ちゃんの言葉に、ふかぶかーと頷く静音ちゃん。

 それからみんなで手を繋いで、思い切ってトンネルに飛び込んだ。ゆっくりと寝転がれる場所、温まるたき火、そしてなにより……水浴びがしたい!


「せーの……えいっ」


 かけ声一つと一緒にジャンプ。

 暗い穴に身を投げる感覚は、慣れない。なんだかこのまま吸い込まれてしまいそうで怖いから。


「うぅ」


 落ちていく最中、思わずうめき声が漏れる。

 するとその声が届いてしまったのだろう。右手を握る夢ちゃんの手と、左手を握るリュシーちゃんの手。二つのぬくもりに優しい力が加えられた。


「えへへ――ありがとう」


 だから、もう、大丈夫だ。

 光の膜をくぐり抜けるような感覚。唐突に変わる気温。じめじめとしていた空気は、途端にからっとしたものへと変化した。


「全員、着地!」


 夢ちゃんの言葉に頷くと、すとんと着地する。

 それから直ぐに周囲を警戒して……警戒の必要が無いことが、わかった。


「はれ? 洞窟?」

「みたいだね。スズリ、君の探知結界にも、敵の姿は見当たらない」

「ただの洞窟、ということか。異界とは、奇怪だな」


 薄暗い洞窟は、どこからか漏れている光だけでなんとか視界が確保できる有り様であった。で、それだけ。敵影もなく、ただ洞窟の壁が茶色であることしかわからない。


「なんせよ、進んでみるしかないわね」

「ああ。私の“目”にも、危険は映らない」


 どうにもこうにも、危険があろうと無かろうと、進むしかないことには変わりが無い。

 いつもの陣形をとって、警戒は緩めないように歩いて行く。そうするとなんとも不思議なことに、異界の中の洞窟の中、という状況で、洞窟の出口が見えた。


「あ、明るいね」

「今度は目でも潰してくるのかしら?」

「あ、でもちょっと見えてきたよ。空は青いね。一階層と同じ、水面の空だ」


 ということは、また、砂浜?

 疑問符を浮かべながら、壁伝いに洞窟を出る。


「うひゃあ」


 そして、思わず声が漏れた。


「なんともまぁ」

「す、すごい」

「これは、なんと」

「いや、予想外にもほどがあろう」


 広がる水面の空。

 洞窟の先、見えるのは緑と砂浜。


 そして――“海”。


「海の向こうに見えるのは小島ね」

「同じような造形の島だね。私たちが今居る場所も、同じなのかも知れないよ」

「調べてみる価値はありそうだな」

「う、海の中の、湿地帯の下に、海? 異界って、わからない」

「わかんないね。異界がゲシュタルト崩壊しちゃうよ」


 まさか無人島と海が広がる階層があるなんて、想像もしなかったなぁ。


「まずはこの島を探索ね。場合によっては、ここで休息を取ってから移動するわよ」

「そ、そうだね。水浴びがしたい、し」

「走り回ったもんね。湿気でべとべとだよ、うぅ」

「ははは……実は私も、結構気になっていたんだ。お風呂が恋しいよ」

「……終わったら、温泉に行きたく思うぞ」


 五人で顔を見合わせて、みんなで似たような苦笑を浮かべる。

 ああ、もう、お風呂が恋しいなぁ。





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