そのじゅうよん
――14――
――沖縄異界“琉球大庭園”。
その所在地は、海底にある。那覇空港から東シナ海側に船で西へ移動すると、海面に突き出る小島が見える。色は白く、石で出来た貝のような形状。渦巻きの中心に穴があり、それがトンネルになっているのだという。そのトンネルに一チームごとに滑り降りると、表層第一階層の“どこか”に転送されるらしい。
異界そのものの形は、天秤のような形だとか。那覇空港沖に一箇所、与那国沖に一箇所入り口兼出口がある。その直ぐしたの第二階層と第三階層、第四階層は与那国には繋がっておらず、第五階層から繋がる。ここまでが表層だ。
更にその下、第六階層から第九階層までは徐々に狭くなっていく。で、第十階層と十一階層は極端に狭くなって、この十一階層、通称“海底洞窟”に階層主がいる。ここまでが中層。
「説明、着いてきてる?」
「う、うん。大丈夫だよ、夢」
念のため確認を取ると、静音は戸惑いながら頷いてくれた。よしよし。
十二階層からが深層で、今度は逆に広くなっていく。十三階層、十四階層、十五階層。最後の十六階層は“台座”とも呼ばれる場所で、階層主が居る部屋なのにその広さは那覇から石垣島に行くまでの距離と大差ない。
足場が隆起した岩場だけの広大な海が広がっていて、そこに階層主がいると言われているわ。ま、たどり着いたひとも階層主が見つからず、帰らざるを得なかったらしいけれどね。
「それだけ広ければ、見つからないよね……」
「確かに。それで、夢? 私たちは表層までを移動、なのだな?」
「ええ、そうよ」
表層を進んでいくと、ここと同じようなトンネルがある。そのトンネルに飛び込むと下の階層に移ることができて、場所はやはりランダム。登る時は渦巻く海流に触れると、ランダムで上層にいける。
この調子でトンネルを探して進み、第四階層の階層主を討伐、第五階層から与那国側の出口を目指して、今度は登っていく。
「第五階層からどうやって、与那国側の階層へ飛ぶんだ? ユメ」
「階層主を討伐してから登ると、どんな状況でも与那国側に出るの。逆に、与那国側から降りても、第二階層は自動的に那覇側になる。不思議よねぇ」
第四階層の階層主は、ガイドブックも出ているほど有名。
形状が“迷宮”になっていて、その奥に居るのは牛頭人体の怪人、ミノタウロス。このミノタウロスを討伐すると、第五階層への道が拓かれる。
この修学旅行最大のミソは、“階層主”を討伐後の帰還にあるんじゃないかしら。
「ねぇ夢ちゃん、怪我なんかで動けなくなったらどうするの」
「ああ、そのための“コレ”よ」
「あ、さっき先生が配った石。宝石みたいだね」
「た、確かに。トルコ石?」
「あとで先生からの説明もあるとは思うけど……」
この石を先生方は“緊急事態に砕け”と告げている。
この石の効力は単純明快。英雄の“気配”が込められていて、異界は砕いた主を英雄だと誤認。異界の外にはじき出してくれる。場所は固定で那覇と離島の中間地点にある“弾き出し専用”の小島から。
ここには国の救護施設もあって、手術も入院も出来るようになっている。今回はここに先生方が待機していて、弾き出された生徒の救護をすることになっているの。
「まぁ、ある程度実戦にも慣れてきた二年生に、ちょうど良い異界ってことね。表層までは、だけど」
「中層からは、そうではないということか?」
「そうね。中層からは“水中戦”が増えるのよ。泳いで洞窟を潜らないと、下の階層に行けなかったり」
「うひゃあ、それは辛いっ!」
逆に、深層からは“台座”を抜いて水中戦は減る。代わりに、中層の階層主ですらポップする謎生態系に変わり、隙あらば“台座”に落とそうとする罠が盛りだくさんなのだとか。
とにかく、切り抜けるだけでも異様に辛いのに、夜は極寒、昼は灼熱という昼夜まで存在してこちらを苦しめるというのだから、恐ろしい。大学部の異界研究学科に進むと、深層第一階層、即ち第十二階層から戻る、なんていうのが卒業条件なんだとか。
「さて、そろそろ見えてきたわね」
海上を進むフェリーの上。
鈴理からのアドバイスで、忍者として仕事をしているつもりで解説役をしたら酔う暇なんてないのではないかという発想は、なるほど、私を見事に助けてくれた。
おかげさまで、なんとか船酔いすることなく小島に到着することが出来た。私が無事なのでリュシーに船酔い防止の術式を付与できて、フィーは乗り物酔いに強く、今回は安全な旅路となった。いやぁ、良かったわ、本当に。
「いや、そうは言っても私も知識でしか知らなかったのだけれど……」
「島っていうだけあるね、夢ちゃん。……ホテルまであるよ」
「観光って訳じゃなくて、あれも救護施設ね。まぁ、特専生以外は徒歩で帰らないとならないから、そりゃそうか」
船から下りると、簡単なガイドブックを渡される。
内容は、私がみんなに説明したことよりも浅めの知識が書かれていた。まぁ、中層のことなんて本当は必要ないからね。
まぁ、良い船酔い防止になったから文句はないけど。ほんっとうに助かったからね。あれ、辛いのよ……。
「各々で、読み込んだ順からスタートみたいね。私が話した以上に目新しい情報はないから、装備の点検して出発しよっか」
「うんっ」
私はいつもの魔導衣制服。スカートの下はスパッツを穿き、太ももにはベルトで棒手裏剣を左右に五本ずつ。右腕には魔導パイプ四連を手の甲側に設置した籠手を装備。魔力の限り鋼鉄の矢を生成する改良型刻印武装、名称を“秋風”。
左手の掌側、手首に隠した細身の魔導パイプ。これはワイヤー生成のもの。鏃のついたワイヤーを用いた、狩猟及び移動用のもので、名称は“疾風”。
靴は防水術式の魔導ブーツ。壁歩き、水上歩行、水中歩行と切り替え可能。私の技術ではまだ、+で反発術式は仕込めなかったけれどね。名称は無し。納得のいくモノが出来たらつける。
今回はこれに加えて、背中に刻印紙柱の巻物と、忍者刀を一振仕込んである。中折れ式単発薬莢入れとトリガーのついたこの忍者刀。名称は“春嵐”。まぁ、今回の切り札だ。
これに、今回なんとか組み上げた意思共有カフスを左耳に装着。
「わっ、カフスだ。ありがとう、夢ちゃん」
「はいはい、どういたしまして」
鈴理は、いつものフォーマルな魔導衣制服にブーツ。その上から長い魔導コートを羽織っている。武器らしい武器はないけれど、胸に下がるのは銀の犬笛。ポチから“同胞の証”として貰ったらしい。
効果はこう、ポチを呼ぶとかそんなんではないらしいのだけれど……鈴理自身も“楽しみにしているワン”とか言われて教えて貰えなかったらしい。
「いつもありがとう、ユメ。ユメへの感謝を途絶えさせられる日は、来そうにないよ」
「い、いいわよべつに。リュシーは毎回、もう、本当に。照れるわ……」
朱くなった頬を隠すように、リュシーの装備を見る。
白いパンツルックの、異能科の制服。下は横から後ろ側を隠す、長いスカート上の外套をしていて、ますます騎士っぽい。
両太ももに装着された二丁拳銃。背中には片刃の長刀で、刃の反対側からは銃身が延びている。どうやら、これまでと違い、ライフルと剣を一体化させたみたいだ。両腰には拳銃、というには少し大きい銃が二丁。片方は片手持ちのショットガンタイプで、もう片方はランチャーなのだとか。更に、左腕には銀のバックラー。右腕には銀の籠手状の簡易ガントレット。状況に応じて物理刃が延びて、手甲剣になるらしいんだけど……有栖川博士の本気が窺えるわ。なにせ、どこに刃が仕込んであるのかわかんない。これに、制服の上から銀の胸部装甲を嵌めている。
足は異能機械式脚甲。目に見えてブースターがついていて、よく見れば肩甲骨にも胸部装甲に繋がったブースター。空でも飛ぶのかと聞いたら、水中使用可能と言われた。その場合、ボンベも展開されるらしい。
「な、なんだか懐かしいね。ふ、富士山を思い出すよ。えへへ、あ、ありがとう、夢」
「あー、そういやそうね。あそこでも使ったわね。ふふ、どういたしまして」
静音の装備も、鈴理と大差ない。
白いフォーマルな異能科制服。その上から白い外套。だが、どうやらゼノの腕輪は色々と扱えるようになってきたみたいだ。その形状は腕輪からガントレットに変化していて、静音の右腕を無骨な西洋鎧が覆っている。色は黒で、白とのコントラストがかえって美しい。首に巻いている黒のチョーカーもゼノの一部で、喉を守るためのモノだそうだ。
「あれ? ゼノ、黒に戻ってない?」
「う、うん。く、黒い方が落ち着くんだって」
「なるほどねぇ」
あと、静音が腰に納めているポーチは、私が預けたモノだ。重量軽減と空間圧縮、状態保存の術式刻印が刻まれたそれは、一応、我が家の秘宝だったりする。ただ、重量軽減が限度があるから、食料を初めとした最低限のものしか入れてないけれどね。
「これが例のカフス、か。やはり夢はすごいな。万能性で群を抜く」
「……フィーも、褒めすぎ。でも、その、ありがと」
「ふふ、礼を言われることではないさ。だが、受け取っておこう」
フィーもある程度の改造制服だ。
白いパンツルックにブーツ、その上からロングスカート。銀のベルトから延びる半透明の羽衣。それから白金の籠手と、後ろ腰には黄金のハンマー。
ドンナー秘宝の三つ。それぞれ、メギンギョルズ、イルアン=グライベル、ミョルニルだろう。実家のお父さんが所持している三つの秘宝、神域装甲戦車“ムジョルニア”と、怪力で無限に再生し、稲妻を操る二頭の巨大な山羊、“タングリニス”と“タングニョートス”を合わせればフル装備らしいが、そちらは継承されていないらしい。
「点検は、終わったみたいね。それじゃあ早速出発するわよ!」
「うんっ」
「ああ、頑張ろう」
「は、はいっ」
「ふふ、腕が鳴る」
さてさて、二年生魔法少女団で行う初の異界攻略。
魔法少女団の“実績”重ねも兼ねて、良成績で攻略してやんなきゃね。
――/――
――那覇空港。
紺のスーツを着こなした長身の男が降り立つと、周囲に小さなざわめきが零れた。
「ふむ、どうやら時間には間に合ったみたいだね。じい、スケジュールは」
「はい、坊ちゃん。この後は糸満市で会食があります。急ぎと言うほどの時間ではありませんが、向かった方がよろしいでしょうな」
「ふっ、外で坊ちゃんは止めてくれ。よし、ならば景色を見ながら移動を始めよう。Japanの最西端だ。もしかしたらまだ、SAMURAIが残っているかも知れない」
「はい、フィリップ様。承知いたしましてございます」
支社から回されたキャデラックに乗り込み、外の景色を眺める男――フィリップ・マクレガー・オズワルド。仕事のためと、“使命”の為に訪れた沖縄で、彼は楽しげな微笑を浮かべる。
端正な西洋系の顔立ちに浮かぶ笑みは、絵画のように美しい。だが、その目には隠しきれない酷薄さが宿っていた。
「使命、の方はいつ頃から動かれますか?」
「“異端者”がFifthFloorに到着してからで良いだろう。その方が、邪魔も入らない」
「では、“彼女”へのことも?」
「ああ。未来の妻となるかもしれないLadyだ。説得も必要だろうが、それ以上に巻き込んで怪我をさせるわけにもいかないよ」
「流石、お優しいですな」
「ふっ、よしてくれ。じい」
どこかズレたような会話を交わしながら、二人は沖縄の街道を進む。
果たして、その行き着く先に潜むモノはなんであるのか――それは、神のみぞ知ることであるのだろう。
2017/04/03
一部表現に加筆。




