そのに
――2――
異界からの侵略者、魔王。
彼らが地球の、それも日本の上空に風穴を開けて現れてから二十年。異界の影響か、“異能者”と呼ばれる存在が次々と現れ始めた。
同時に、異能者の力を素質さえあれば誰でも扱えるようにグレードダウンされた技術、“魔導術式”も出現。政府が彼らを管理・育成するために専門の教育機関を作ったのが、魔王の残した傷跡も癒えきらぬ十四年前のことだ。
まぁコネだけならばおおよそ誰にも引けを取らないであろう私が就職した場所こそがその教育機関。特異能力及び魔導術式育成専門学校。通称“特専”関東エリアの教師として赴任して、早四年が経とうとしている。
政府直属の育成機関ともなれば、その待遇も他とは比較にならない。能力が覚醒する十二才以降を対象としている、中等部からのエスカレーター。まだテストケースが大学部を卒業して四年しか経っていないのに、学業施設はびっくりするほど整っている。が、まぁ、まだまだ課題点も多い。
「俺らとアンタじゃ格が違うってわからねーか? “絞りカス”の教師の癖に」
そういって私を睨み付けるのは、“異能科”に所属する高等部の一年生だ。
橙色の髪を逆立てた彼と、見るからに彼の取り巻きであろう三人の男子生徒。彼らが“魔導科”の生徒を取り囲んでいたようであったから注意をしたら、この有様だ。
魔導術式は、異能力を扱いやすくして、量産したようなものだ。だからか、差別意識を持つ人間は、彼のように魔導を身につけたものを自分たちの“絞りカス”として蔑んでいるのである。
あの激動の時代を生き抜いたものにとっては、皆等しく赤子のようなものではあるのだが。
「生徒間に格はなく、教師と生徒の間には権限の差があります。校則にもそう記載されておりますが、優等であると言うのであれば基本的なこと“程度”は守りなさい」
「んだとてめぇ!」
そう、彼は掌に陽炎を集める。
典型的な発火能力者であろうが、属性を持つ能力者は髪や眼に資質が表れやすい。橙の彼がこの問題だらけの学校の教師をどうにかしたいのであれば、こんなところでくだを巻く時間も努力に当てるべきであろう。
そうでない、ということは、たかが知れている、ということでもある。
「授業以外での能力行使は罰則がかかります。傷害ともなれば“枷”つきで市井に下ることも覚悟の上だととりますが?」
「……ちっ。腰抜けが。いくぞ!」
腰抜けはどっちだ。
なんて表情には出さず見ていると、彼は能力を納め、仲間を引き連れて帰って行った。
「ふぅ……大丈夫ですか?」
「は、はい、あの、あ、ありがとうございます」
「無事でしたなら、良かったです」
そう、改めて絡まれていた生徒を見る。
異能科の白いブレザーと真逆。魔導科の黒いブレザーに身を包んだ女生徒は、ふわふわの栗色の髪にぱっちりおめめの、そりゃあもう、な、美少女だった。なるほど、これは絡まれる。
「こういうことは、よくあるのですか?」
「は、はい。ですがその、ふだんはあんまり人気の無いところには、い、いかないようにしていたのですが……」
場所は裏庭。
胸に抱くのは、土に汚れた文庫本。
見上げる校舎は、三階の窓が開いている。
なるほど。
偶然、落としちゃったのか。
「事故、ですね。まぁ、次からは気をつけましょう」
「はい……ごめんなさい、先生」
「いえ。いずれにしてもあなたは被害者です。謝ることではありません。それにしても……」
うーん、よくあるのか……。
これまではどうこう切り抜けてきたのだろうけれど、今後もそううまくいくとは限らない。
あー、なんだろう。この子、すっごく心配だわ。
「端末をだしてください」
「え? は、はい」
この学校、生徒の管理もかねて専用のスマートフォンのような端末が配れる。辞書機能も付いていて、生徒の誘拐や失踪対策、能力使用履歴の保存などを行う優れものだ。
当然、電話やSNSといった通常の電話のような機能もついている。
「私の連絡先です。ワンタッチで繋がるように設定しましたので、緊急時に連絡を下さい。場所がわからなくても探知して向かいますので」
「ぁ……ありがとうございます! その、わ、わたし、ずっと不安で……」
「よくある、ということならばそうなのでしょうね。放課後でしたら、職員室に赴いていただければ相談事も受け付けます。ですから、一つだけ約束をしてください」
「は、はい、約束、ですか?」
「そうです。――決して、一人で抱え込まないこと。いいですね?」
「――はい。はい! ありがとうございます、観司先生!」
頭を下げる女生徒――端末情報によると、笠宮鈴理というらしい――を学生寮まで送ると、ようやく私も教員棟に足を向けることができた。
正直、こんなことは日常茶飯事だ。
今回は魔導科の生徒が被害者であったが、逆に異能科の劣等生がコンプレックスをこじらせた魔導科の生徒に憂さ晴らしされることもある。そんな彼らに常に中立として立ち続ける能力が求められるのが、我々教員の役目だ。
面倒なことも多々あるが、やりがいのある仕事。
だが、英雄として祭り上げられたいたのなら味わえなかったであろうこの充足感を、私は密かに気に入っていたりする。
なんて、ほくほくと教員棟に戻った私は、この時、知るよしもなかった。
この一連の“よくあるもめ事”が、予想外のやっかいごとを引き起こすことに繋がっていく、なんて。