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そのじゅうさん

――13――




 ――場所は変わって、ビーチバレー会場の周囲。

 砂浜を黙々と進む一団が、そこにあった。彼らの意思はただ一つ、特専の美女美少女たちをそのカメラに納めることにある。その目的、使用方法は多岐にわたるがあまり無体なことに使うと、某ファンクラブに屠られかねない。

 それでも男たちは、リスクを冒してでも進む決意と覚悟があった。例えそう、道半ばで潰えたとしても、間近で拝めるのであればもう、それでも構いはしない。そこまでの悲壮なまでの覚悟だった。


「見えてきたぞ」

「ああ、ついに来ちまった」


 そう呟く鈴木が構える手には、“何もない”。

 それこそが彼の異能、“透明人間の手袋(インビジブル・ケージ)”だ。手に持ったモノを透明にするという、範囲は狭いが応用性は抜群の異能。

 ――もちろん、彼の、彼らの頭に“異能を不用意に使ったら記録に残る”なんていう常識は家出している。行方不明だ。

 そんな鈴木の様子に、未だ決心の付かない陸稲は重くため息を吐く。なら抜け出せば良い? 彼とて思春期の男子。貰えるモノは欲しかった。


「桃源郷か。筋肉が喜ぶ。腹筋に写真を乗せれば、さぞ筋トレがはかどることだろうよ」

「おいマジかよおまえ。それは流石に引くぜ」

「広背筋を“引く”訓練か」

「いや、人の話は聞こうぜ?」


 筋肉を隆起させる朝日を、焔原は窘める。

 小声ながらもしっかりとしたツッコミは、しかし朝日には届かない。彼にとってはこの行軍も、トレーニングの一環でしかないのだろう。


「なぁ、やっぱり抜けようぜ、片山、村瀬」

「なに弱気なこと言ってんだよ、手塚。今抜けたら、観司に見つかって怒られて踏んで貰えないだろ」

「村瀬、おまえ……怒られても、踏んではもらえねーだろ」

「二人とも、静粛に。これより撮影するのは御神体だぞ」

「いや、どっちかっていうと悪魔だろ。魔女の類いだぜ。ぜったい」

「魔女ッ子……ふむ、手塚、おまえ天才だな。村瀬も踏まれたいなら見習った方が良い」


 怪しい集団の中でも、さらに怪しい三人組の白頭巾。手塚の異能、発火能力の応用の一つ、“陽炎”によって、彼らのカメラもまた目に見えない。ただ、空間が僅かに歪んでいるだけであった。

 その歪みは実戦において致命的な違和感であり、手塚自身も理解している。けれど、このような翳りなき太陽の下ならば、激しく動き回る必要がないのならば、有用性も出てきた。


「さて、そろそろカメラの拡大で捉えられる範囲だ。美女美少女の肢体をこの手に――」

「嘆かわしい」

「――誰だ!?」


 響いた声に、鈴木が叫ぶ。

 がばりと体勢を起こし、視線を上げた先。そこには紛れもない、男たちの姿があった。


「“修学”旅行の一環に女体を学ぶような不健全、私たちが見逃すとでも思ったか?」

「げぇっ、せ、瀬戸先生!?」


 砂浜に“網を張って”待機していたのは、海パンにラッシュガード姿でもビシッと身なりを整えた、瀬戸だった。

 その脇に控えるのは教師陣。並み居る男性教諭は、夢から渡された情報を元に動いていた。


「僕もビーチバレー、見たかったのに……」


 陸奥国臣。

 ――異能名“幻視(ファントムコート)”。


「はっはっはっ、嫌いじゃない青春だが、青春は男子だけのモノでは無いからね」


 川端新介。

 ――魔導術師“青春術式コンボマスター”。


「いやぁ、陸奥先生に賛成、っていうのが本音かなぁ」


 高原一巳かずみ

 ――異能名“突撃特攻弾丸兄弟ビーソルジャー・アイアンブラザーズ”。


「オンナのコにメイワク、ダメゼッタイ、さ」


 レイル・ロードレイス。

 ――異能名“聖者の銀(SaintCross)”。


「ここで諦めるのなら見なかったことにしよう。そうでないのなら川端先生と楽しい砂浜ビーチフラッグだ。どうする?」


 瀬戸亮治。

 ――魔導術師“速効詠唱使い(クイック・ワーダー)”。


「だ、誰が諦めるか! ぼくは、ぼくは――」


 並み居る教師陣に、そう言って立ち向かうのは鈴木だった。

 彼の手には見えないカメラ。彼の胸には熱き炎。彼は今、青春の火を燃やしている。


「――碓氷夢ちゃんの水着写真が欲しいんだ!!」

「あ、碓氷狙いなんだ」

「同じクラスのおまえは良いよなぁ、陸稲!!」


 教師たちにそう宣言する彼の雄志に、川端は涙し、陸奥と高原は苦笑し、瀬戸は大きくため息を吐く。


「なら、全員ブートキャンプだ」

「えっ、ちょっ、瀬戸先生おれは?! 生徒会ですよ、監視の!」

「生徒会書記、焔原心一郎か……。生徒会会計から伝言だ。“そっちは頼んだ。男子の警護よろ”だそうだ」

「会計――って、刹那かよ! アイツ、丸々押しつけやがったな!!」


 このまま捕まれば、ブートキャンプに参加させられる。

 厳格に育てられ、書道で通じた文字の丁寧さから書記に任命されるほど礼に通ずる焔原にとって女性の水着姿を撮影する行為に心酔することなど、あり得ない。だからこそ“痛い目を見るのも経験の内”と男子たちを止めず、監視に努めていた。

 だが、こうなってしまえば話は別。生徒会の一員でもある己が“盗撮組”としてブートキャンプに参加させられるなど、ごめんだった。


「生徒会長にも連絡は取ったが――“ならば逃げ切るまで訓練の一環”とのことだ。包囲網を突破して影都に追いつけるようであれば、焔原はキャンプ免除となる」

「っ!」

「他の者は一切逃がさんがな」


 焔原の目に希望が宿る。

 同時に、鈴木たちの目には“死兵”が宿った。

 ここより後に道はない。ならば、食らいついてでも突破する。


「行くぞ、みんな――!!」


 今ここに、男たちの――“決死”の幕が上がった。


















――/――




 なんだか、大きな音が聞こえた気がする。

 こう、前まではよく遭遇した変質者たちの悲鳴によく似た音だ。本当に、変質者でも撃退されたのかな? 中学二年生の時に遭遇した幼女専門の下着泥棒も、発見した先生が爆破してくれたっけ。懐かしいなぁ。

 ……なんでわたしが幼女専門の枠に入れられたかは、考えないとして。


「スズリ、ユメ、Bフォーム!」

「オーケー!」

「っ、と、うん!」


 と、危ない危ない。

 わたしたちはリュシーちゃんの“誘導”に従ってフォーメーションを変更する。能力を使いこなせるようになったリュシーちゃんは、フィードバックの発生しないギリギリを見極めて異能を扱えるようになった。

 今、わたしたちはそんなリュシーちゃんが瞬きの間に垣間見えた未来の光景に従って、フォーメーションを取っている。


「ふふ――見えたから避けられると、本当に思う? 【闇兵の重槍(ダークコール・レイ)】」


 リリーちゃんがそう良いながら、ビーチボールをアタックする。

 その軌道はリュシーちゃんが垣間見たモノと寸分違わないのだろう。指示された位置に立つわたしのレシーブに、吸い込まれるように当たる。


「ひぁっ、重い?! きゃあっ」


 けれど、見た目に反してずっと重い一撃に、思わず体勢を崩した。


『ワンポイント先取! なんだ観司先生のご親戚、異様に強いぞー!?』

『観司先生の隠し子説』

『真っ赤になって首を振る観司先生の様子を視る限り、それはなさそうですね。ご安心下さい男子女子の諸君! 観司先生はフリーなようです!!』


 むぅ、あんまり師匠の魅力が広まりすぎても、なんだか困るかも。

 でも、無駄かな。M&Lに入会させて、行動をこっちから握るのが精一杯かも。はぁ。


「鈴理、大丈夫?」

「うん。でもあの一撃、危ないかも」

「そうねぇ……ま、次は私が受けるわ。なんとかなるかも」

「ホント? お願い、夢ちゃん」


 柔らかく笑いながら、リリーちゃんとハイタッチをする師匠。

 なんだか、うん、わたしも負けてられない。


「すぅ、はぁ……次はCフォームだ、二人とも」

「らじゃ!」

「うん、リュシーちゃん!」


 あまりリュシーちゃんに負担をかける訳にもいかないので、未来を見て貰うのはサービスの瞬間だけ。場合によっては、サービスでは見ずに他のタイミングに回すなど、夢ちゃんの指示で相手チームに作戦が悟られないようにしてある。

 今度は夢ちゃんがレシーブ。わたしがトス、リュシーちゃんがアタックの連携。今度こそ、こっちがポイントをとる!


「次もいただくわ。そーっれ!」


 リリーちゃんのサーブ。

 今度は見た目通りのサーブだったようだ。夢ちゃんが高く上げて、直ぐにハンドサイン。リュシーちゃんがアタックに走り――


「【反発バウンド】!」


 ――足裏の反発結界で跳躍。

 リュシーちゃんの頭上を軽々と飛び越えて、アタック!


「【回転ロール】!」

「ポチ、受けて!」

『ワンッ!!』


 ポチがボールの軌道上に素早く移動する。

 だけど、その軌道は間違いだ。高速回転する極小の結界によって、通常では考えられないほどの回転を秘めたビーチボールは、“曲がる”のだから。


『わふ?!』

「なっ」


 ポチが受ける寸前で、軌道を変えて少し“戻る”ボール。

 それには流石に反応できなかったのだろう。ポチの鼻先に、無残に落ちるビーチボール。


『おおっと、これは技術か? 魔導か? ボールが曲がった――! これでワンポイントずつの戦いとなりましたが、解説の影都さん、どう見ますか?』

『おそらく、小規模の出力強化術式。魔導術にはさほど詳しくないけど、見せないよう展開するのは高等技術』

『なるほど! 侮れない、ということですね!』


 そう、そうやって侮れないで居てくれた方がこちらも情報を隠しやすい。

 見られているとわかっているのなら、フェイントをかけやすい。これは、夢ちゃんの言葉だ。


「Bフォームで行くよ、二人とも!」

「うん!」

「わかった!」

「……せい!」


 淡く翠に輝く夢ちゃんの手。

 霊力による簡易強化が、ビーチボールを強く打つ。迎え撃つのはリリーちゃん。リリーちゃんは先ほどと同じように、闇を纏った一撃を放つ。


「ふっ、はぁっ!」

「へぇ……やるじゃない、アリュシカ!」


 その重厚な一撃を、霊力強化によって耐えるリュシーちゃん。だからこそ、決死の思いで打ち上げてくれたそれを、逃さずトスする。向かう先は――。


「【展開イグニッション】!!」


 ――夢ちゃんの、一撃だ。

 アタックの瞬間、何故か二つに分身する一撃。そのまったく見分けの付かないボールに、解説の影都さんが目を瞠るのに気がつく。へへん、どうだ、夢ちゃんは凄いんだぞ!

 なんて、風に胸を張るから、だからわたしは驕ったのだろう。


 相手のチームにいるのは、他ならぬ師匠だというのに。


「ポチ、右がホンモノ」

『わんっ!』


 ポチがしなやかに移動し、跳躍。

 縦回転からの尻尾アタックは強力で、驚愕するわたしたちを無視してコートに突き刺さった。


「夢さん、少しだけ術式が荒いかな。鈴理さんも、展開速度は良いけれど、操作はもっと自然にね。アリュシカさんは使い慣れてないのかな? 要練習ね」


 そう、優しく諭すように教えてくれる師匠の様子に、戦慄する。あの一瞬の攻防で、いったいどこまで見られたというのだろう。


「でも、これくらいの方が巻き返しがしやすいわ。行くわよ、二人とも!」

「うん!」

「ああ、そうだね、負けてばかりも居られない!」


 三人で円陣を組んで作戦再開。

 これ以上はもう、負けられない。

 この戦いを乗り越えて、師匠にお願いを聞いて貰うんだ!




 そして――。



















 まぁ、うん、そんなに簡単にはいかないわけで。


「うぅ、負けたー」

「お、惜しかったよ、夢」

「ありがと、静音。うぐぅ」


 結局あのあと、一ポイントは取り返したけどあっさり逆転。

 師匠がちょちょいと口を出すだけで、リリーちゃんたちの連携がぐっと良くなった。カリスマ、なんだろうなぁ。はぁ。


「ありがとうございましたーっ」


 そう言ってわたしたちが頭を下げるのは、海の家のおじいさんだ。

 これが、師匠の“お願い”で、みんなで後片付け、というものだった。

 なんとも師匠らしいお願いで、思わずほっこりしてしまったのは内緒の話。


「フィーちゃんも静音ちゃんも、手伝ってくれてありがとう」

「何を言っている。魔法少女団の一員として当然のことだ」

「む、むしろ、試合では力になれなくて、ご、ごめん」

「そんなことないわよ、あんたたちの声援、すっごい力になったわ。ね? リュシー」

「ああ、もちろんだよ。ありがとう、二人とも」


 なんだかんだで、五人一緒にだいぶ慣れてきたと思う。

 こうしてみんなで片付け終えると、一日を五人で過ごせたことが嬉しくなってくるから不思議だ。








「ところで、さ。ずぅっと気になってたんだけど……ねぇ、夢ちゃん、あれなに?」


 と、ずっとみんなで目を逸らしてきたモノについて、なんとか、振り絞るように夢ちゃんに聞く。砂浜の奥、夕日に向かって叫ぶ男子たちの集団。陸稲君や手塚君の姿が見えるのも不思議だけれど、なんで生徒会の焔原君まで?

 疑問を浮かべるわたしの言葉。それに、夢ちゃんは肩をすくめて答えてくれた。


「ブートキャンプなんですって。元気よね。――……(詳細は、忍者の情けで黙っておいてあげるけれどね)」

「へぇ? 沖縄に来てまでって、すごいなぁ」


 うーん、深くは気にしない方が良いのかも?

 ……よし、気にするのはここでおしまい。ここで気持ちを入れ替えておかないと、どうなるかわからない。なにせ。




 明日からはいよいよ、異界に潜るのだから――。





2017/10/17

2018/01/06

誤字修正しました。

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