そのじゅうに
――12――
――速攻術式・状況管制展開陣
――術式設定・1・危険管理・自動通知
――術式設定・2・多重展開制御陣
――短縮詠唱・三十三・連動展開
「ふぅ、これでよし、と」
自動で危険を察知してくれる魔導術式を多重展開。
十六方向×二+α程度の数を設置して、準備は完了。教師として生徒たちの安全を守ることと、リリーとの約束を果たすこと。両方こなすにはどうしたら良いかと考えて、思いついたのが“これ”だ。
これなら、生徒たちを守るために素早く動くことも、可能だろう。……って、男子生徒が岩場に集まっている? 集音機能をつけておけば良かったかも。でも、生徒たちのプライバシーまで踏み込むつもりはないからなぁ。
「未知ー、あなたの端末? に何か届いてるわよ」
「あ、リリー。勝手に見てはダメだよ?」
「ふふ、もう遅いわ!」
あの日に二人で買った、黒いゴシック系のワンピース水着を身に纏い、日傘を持ったリリー。今日は泳ぎやすいようにか、編み込んだ髪を大きな黒いレースリボンで束ねて、ポニーテールにしている。
そんなリリーは慣れた仕草で端末を操作すると、送られてきたモノを見て――妖しく、微笑んだ。えっ、どうしたの?
「ふぅん、そう、へぇ?」
「なんて書いてあったの? リリー」
「――夢からよ。楽しんで下さいねって」
「見せて貰っても良い?」
「だーめ。今日は私と遊ぶんだから。危険なことではまずないわ」
それは、端末からの連絡がリリーの言ったとおりではないと通達しているようなものだけれど……うーん、そう言うのなら、信じようかな。
「ま、心配はするでしょうからポチを向かわせるわ。それで良いでしょう?」
「そうね……ポチ、良い?」
『うむ。リリー、我はどこに向かえば良い』
「亮治と合流。それでわかるわ」
瀬戸先生かぁ。
瀬戸先生が絡んでいるの? また、“めっ”しなければならない事態でもアレだし、良いのかな?
まぁ、管制展開陣は危険を察知していない。ここは、リリーと魔導を信じようかな。
「……わかったわ。なら、一緒に遊ぼうか? リリー」
「ふふ、ええ! さぁ、海に入るわよ! 未知っ」
同僚の先生たちには、“身寄りのない親戚の女の子を預かっていてその子と過ごしたい”と言ったら、二つ返事で許可を出してくれた。人の良さにつけ込むようで胸が痛いが、嘘は言っていない。この新しい“家族”を大事にしたいと言うところまで含めて、全て本音だ。
リリーの小さくて柔らかな手に引かれながら、水辺を目指す。その楽しげな笑顔を見ていると、こちらまで胸が温かくなるようだった。
「ほら、早くっ」
「はいはい、承知いたしましたよ、お嬢様」
「ふふっ、すっかり板に付いてきたわね」
「お嬢様の、お望みのままに?」
「だーめ、従順すぎるのもつまらないわ。奴隷と呼ばれたくなかったら、適度に忠言なさいな」
「ふふ、それはこわいわ。なら、ひとまず――足をつってしまわないように、準備体操をしようか? リリー」
「手伝って下さいますのよね?」
「ええ、もちろん」
水辺に歩くリリーの横顔は、まぶしいほどの笑顔だ。
それじゃあ早速、準備体操をして――約束どおり、海を満喫、いたしますか。
――/――
太陽の下。
白いコートが眩しい沖縄の砂浜。
スイカ模様のビーチボールが、光を跳ね返してきらきらと輝いている。
『それでは本日の関東特専ビーチバレー対決! 司会はわたくし二年Fクラス所属の“あなただけの音楽会”こと音無影楼が勤めさせていただきます!』
『生徒会所属、解説の影都刹那。本日結成のかげかげコンビ。よろ』
砂で作ったソファーに腰掛けるのは、黒の競泳水着を着た小柄な少女と、海パン姿に金と黒のプリン染めをしている男の子。片方が一年生の頃の静音ちゃんのクラスメートで、片方はたぶん、夢ちゃんの言っていた“闇の影都”っていう忍者の家の子だと思う。
そういえば生徒会所属だったね。こうして姿を見たのは初めてだ。ショートカットでボーイッシュで、無表情で声に抑揚がない。でもなんだか、しゃべり方は面白い子だ。
『注目の対戦カードは――』
だららららら、というドラムのバックコーラスは、音無くんの後から聞こえる。
戦闘力皆無のサポート系異能だという夢ちゃん情報。どうやら、本当に戦い以外ではかなり応用の幅があるみたい。
『――“チーム・出張魔法少女団”VS“チーム・みつかさせんせーとゆかいななかまたち”!』
わたしと、夢ちゃんと、リュシーちゃんの三人組。
対するのは、師匠とリリーちゃんとポチ。師匠と対決できるなんて、感激だなぁ。
……うん、そろそろ現実逃避は止めよう。
周囲に湧くギャラリー。
後ろにはわたしたちを応援する、静音ちゃんとフィーちゃんと、ルナちゃんたち。
いや、ほんとうに、ね?
「――なんで、こんなことになったんだっけ」
「確か、リリーが私たちを見つけて、ミチと合流して、ビーチバレーをやることになって」
「フィーがコートがないか海の家の人に聞きに行って、海の家に居た音無が察知して人を集めて」
「この有様、だったね。あはは、はは、はぁ」
見れば、師匠も戸惑った様子だ。
楽しそうにしているのはリリーちゃんとポチで、師匠はそんなリリーちゃんを見て苦笑している。そうだよね、なんで巻き込まれたかわからないもんね。
「さぁ、蹴散らすわよ、未知!」
『わんっ、わふ、わおん』
「うーん、抜け目のない瀬戸先生のことだから、この騒ぎを認可して、それに乗じる何かを解決する、ということかな? それなら、なるべく純粋に楽しんで見せた方が良いわね」
……なるほど。
会話を聞いていた夢ちゃんと、顔を合わせて頷く。そういうことであれば、わたしたちも協力をすべきだろう。
「ん? 夢ちゃん、なにか隠してる?」
「んー。未知先生の言う“解決すべきこと”に心当たりがあるんだけど、未知先生が知らないのなら黙っていた方が良いかなぁって思ったのよ」
「ユメ、暴走ではなくそうやって判断してくれたのか? 偉いな、良い子良い子」
「ちょっ、頭撫でないで、ひゃんっ?!」
「あはは、夢ちゃんかわいい」
珍しく照れている夢ちゃんを、微笑ましいような表情で撫でるリュシーちゃん。
すると、あちらこちらで黄色い悲鳴が聞こえてくる。えっ、わたしたち以外でのリュシーちゃんって、そういうポジションなの? むぅ、リュシーちゃんは格好良いだけじゃなくて可愛いのにっ。
……って、違う違う。
『それではチームの紹介です。まずは東軍、出張魔法少女団! さぁ解説の影都さん、注目の戦士はおりますでしょうかっ』
『有栖川選手は異能科Sクラス随一のイケ女子枠。甘いマスクでスマートに来られると危うい。笠宮選手と碓氷選手も含めて三人で、遠征競技戦の優勝チームでもある。侮れない。でもきっと碓氷はたいしたことない』
『その心は?』
『影都の方が、上』
ゆ、夢ちゃん?
おそるおそる見上げると、そこには余裕の表情を浮かべる夢ちゃん。あんなに言われていたから心配だったけど、どうやら杞憂だったみたい。
『えー、びっくりするほど私情が入りましたが気張って次に行きましょう!』
『観司先生は、去年まではコネ採用と名高い媚び枠だったのに、今年からハメを外して超人枠にランクインした謎の人物。エロボディが羨ましいので負けたら良いと思う』
『その観司先生、こんなに言われているのに苦笑ですよ。慈愛ですよ。解説の影都さん、やんちゃな子猫を見る目で見られていますがどうしましょう』
『……………………魔法少女団なんていう小っ恥ずかしい部活の顧問はヘタレ教員代表の陸奥先生あたりに任せて、生徒会の顧問になって私を甘やかしたら良いと思う』
ほう。
へぇ。
ふぅん?
「夢ちゃん」
「弱みね。OK」
「リュシーちゃん」
「過去見だね。いいよ」
まったくもう、困ったなぁ。
そんな風に言われると、本気になってしまうじゃないかー、もう。
『えー……出張魔法少女団のみなさんが凄い目で見ているので、ここらで切り上げて試合に移りたいと思います。勝ったチームが負けたチームに好きなことをお願いし、負けたチームは出来る範囲でお願いをきく、というルールとなります! 良いですよね?!』
そう、涙目でわたしたちを見回す音無くん。
なんだか音無くんに悪いので、物騒な気配を出すのはここでストップ。純粋に師匠との戦いに勝利して、お願いを聞いて貰おう。
「はい、良いですよ。リリー、良いかな?」
「ええ、もちろん。負けないもの」
『わんっ』
「こっちも良いですよ。ね、夢ちゃん」
「ええ、もちろん。一日だけ未知先生を生徒会に貸して、骨抜きにしてから接触禁止とかどう? 鈴理」
「……考えておきます」
それだったら、むしろわたしたちを骨抜きにしてほしいかな、なんて。
考えてないよ? うん。……うん。
『では、ルールのご説明です! 通常のビーチバレーはバレーボールで行う二対二の競技ですが、今回は広めにコートを取り三対三、かつ、壊れないよう特殊加工はされていますが、柔らかいビーチボールで行います! 勝敗はスリーポイント先取。コート内でボールに触れる行為は三回まで。それ以上は相手チームにボールが渡ります。異能や魔導の行使はサポート系、身体能力系、ボールへの操作のみ適用です。相手のコートや選手に直接作用するモノは反則となりますのでご注意下さい!』
コートに作用が可能だったら、例えば静音ちゃんの歌なんかで足場を脆くして攻撃ができる。でもそれをやってしまうと重大な怪我に繋がりかねないので、ということらしい。
でも、わたしたちからすれば懸念事項が二つ。子供だからと気遣われているリリーちゃんが実質最強戦力であり、教員のチームだからとハンデ扱いで選抜されたポチが何をやらかすかわからない点だ。
『それでは、サーブは出張魔法少女団からになります。――見合って、始めーっ!』
リュシーちゃんがボールを手に、構える師匠たちを“左目”で見据える。
せっかくの勝負。せっかく、師匠にお願いできるチャンスかも知れないんだ。
気合いは充分。
よーし、負けないぞ!




