そのじゅういち
――11――
燦々と輝く太陽。
透きとおった海。
白く滑らかな浜。
――その、少し外れた岩場に募る影。
「良いか、みんな! わかっているな? これは戦争だ」
影の薄い平凡な男子生徒はそう、拳を振り上げて熱演する。
水着姿にパーカーの彼がその手に握るのは、防水仕様のデジタルカメラだ。
「そうだな。鈴木。確かにこれは戦争だ。我が筋肉が試されようとしている」
鈴木と呼ばれた少年に頷くのは、筋骨隆々の大男。
魔導科Aクラス“一條朝日”。
「なぁ、本当にやるのか? その、盗撮なんて」
「魔導科の陸稲と言ったか? フッ――クラスメートの美少女にハーレム願望がバレたおれにとって、これ以上落ちる地位はない!」
「い、異能科Sクラスの勝ち組がなんでいるのかと思ったら……苦労してるんだな、黒土」
罪悪感と欲望がせめぎ合っている表情の、陸稲。
完全に自棄になって開き直っている顔の、黒土。
「オレは気にしなくて良いぞ」
「いや無理だよ。何で居るんだよ“生徒会”!」
「陸稲っつったか? 気にしなくて良いんだぜ? 少なくとも内部告発はしねーよ」
そう告げるのは、黒髪赤目の少年。
生徒会書記にしてAランク稀少度の共存型――“焔原心一郎”。
「生徒会長からも“ハメを外すのはほどほどに”って連絡来てんだ。オレの役割はおまえたちのストッパーだよ」
「ってことは手伝ってくれるんだな! 頼もしいぜ!」
「……おまえはやたらポジティブだな。鈴木」
鈴木という少年は、なんとも影の薄い人間だ。
目元が隠れるほど長い黒の前髪。中肉中背、よりもやや細くやや小さい体格。
張り上げる声も大きくも無く小さくもなく、聞き取りやすいが特徴はない。知り合っても翌日には忘れてしまいそうな埋没性。
「で? 焔原の狙い目はやっぱりおっとり美少女の伏見六葉ちゃんか? それとも、ロリ無表情辛辣系の影都刹那ちゃんか?」
「おまえ、急に慣れ慣れしくなったな……。いや、別にそういう興味はねーよ」
「わかる! ホントに興味があるのは生徒会長なんだよな!」
「いや、人の話聞けよ」
長身で細マッチョ、整った顔立ちの心一郎ににじり寄る鈴木。
欲望に支配された彼に、怖い物などなにもなかった。
「陸稲は笠宮鈴理ちゃんだろ? “察してくれる新妻小動物系”の」
「趣味が良いな! 陸稲!」
「朝日、声がデカい! あと、そ、そんなんじゃ、ねーし」
「えっ、じゃあ“頼りたい系お姐さん”の碓氷夢ちゃん?」
「そういうことでもないからな?!」
「えー、じゃあどういうことなんだよ。Sクラスの“膝枕で子守歌を歌って欲しいランキング第一位”の水守静音ちゃんとかも、笠宮さんたちの友達みたいだけど……Sクラスは黒土の狩り場だぜ?」
「おまえたちが変なことしないか見張ってんだよ!! なんでそんなこと知ってんだ?! ……あと狩り場ってそれイタくないか?」
「いいいいいいいい、いたくないもん!」
「それはもちろん、僕が新聞部だからさ!」
いくら少し外れた岩場とは言え、大勢で騒ぐ男たち。
彼らの目的はただ一つ、普段お近づきになれない美少女たちの水着姿をカメラで撮影し、神前に飾って崇め奉るというだけの話なのだ。
そう、クラスの女生徒を名前にあげる中、沈黙していた生徒の一人が立ち上がる。
「……フッ。我ら“M&L”、目的はただ一つ」
「! 金山、村瀬、手塚!!」
水着姿に白い三角頭巾。
額に輝く“未”印の意味は、ただ一つ。
「ただ、未知先生のご尊体を組織の要とすることなり!!」
「そのとおりだ!」
「片山、村瀬、おまえら……。なんで巻き込みやがった、くそぅ」
集団は一つ。
思想は三つ。
様々な思惑を乗り越えて――“漢”たちは、動き出した。
「――なるほど。あとから全員ノして、写真を回収、と。平和利用しなきゃ」
「夢ちゃん? どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっと監視術式……ううん、気のせいだった」
「そう?」
――/――
快晴の空。
熱い砂浜に素足を付けて、海を眺める。
「熱いっ、綺麗っ、ねぇねぇ夢ちゃん! あとで星砂集めようよ!」
「良いわね。瓶は……まぁ、術式刻印の有効活用でもしますかね」
「ゆ、夢、夢、私も良い?」
「もちろん!」
波打ち際まで行くと、想像よりもずっと冷たい海が足を濡らす。
「あはははっ、冷たい! ほら、リュシーちゃんとフィーちゃんも早くっ!!」
「スズリ、今行くよ! ほら、フィー? なにを恥ずかしがっているんだ?」
「い、いや、よくよく考えてみれば、淑女たるものむやみに肌を晒すのも如何なものかと」
照れるフィーちゃんを眺めながら、あの日に買った水着姿のみんなを眺める。
わたしは白を基調にした花柄のワンピースタイプ。
夢ちゃんは青ベースに白い水玉模様のタンキニ。
静音ちゃんはタンポポのワンポイントが可愛い白いフリンジビキニに、海色のパレオ。
リュシーちゃんはダイタンな黒のモノキニ。背中がぱっくりと見えてて色っぽい。
フィーちゃんは白い布地に黄色の花柄、黄色いパレオの胸元がやや開きめなワンピース。
なんだか、新しい水着を着て遊ぶのって、新鮮っ。
「静音ちゃんは、泳ぐの得意?」
「う、うん。水守の家に生まれるとね、遠泳させられるから」
「そうなんだ……えっ、ならみんな泳げるの?」
「う、うん。そういえばゼノも泳げるのかな? ……水の上を歩ける? そ、そうなんだ」
静音ちゃんがそう話しかけるのは、“白い”腕輪だ。
どうにか色が変えられないか相談したら、“装備品として他の装備に彩色を合わせるのは必須”と返されたらしい。おかげで重厚な黒騎士は、今、神聖な白騎士になっているのだとか。
「す、鈴理は泳げるの?」
「うん! 小さい頃はよく泳いだからね。しばらくは我流だったんだけど、水泳のテレビを“観察”して覚えたんだ」
「へ、へぇ?」
寄生虫おじいさんに、人目のないところでギリギリ足の着かない水場に放り投げられて、死ぬ気で覚えたなんていう情報は言わない。水恐怖症にならなくて良かったよ。
でもなんだろう、たぶん察した夢ちゃんが天を仰いで目頭を抑えていた。別に知られたくないわけじゃないんだけどね? この楽しい場で言えないだけで。だから代わりに、夢ちゃんに走り寄って“どーん”っと抱きついた。
「夢ちゃんっ! そんなところでぼんやりしてないで、一緒に海に入ろうよ!」
「鈴理……ええ、そうね。うん、私、決めたわ!」
「えっ、なにを?」
「漁夫の利とか考えずに、そもそも阻止しようって話! まぁ、未知先生と瀬戸先生とレイル先生の端末にリークしておけばいいでしょ」
「?」
何を言ってるんだろう。
でも、暴走している時のような“予感”はしないし、大丈夫かな。
「う、うわ……海とは冷たいのだな」
「フィーちゃんは泳げる?」
「さて、泳いだことはないんだ」
「な、なら、私が教えるよ? フィー」
「ありがとう、静音。リュシーは?」
「実家に湖があるんだ。そこでよく泳いだよ」
「え、あの白亜の城、湖まであるの?!」
「ああ。お父様が氷を溶かしてくれるから、年中温かかったよ」
そういえばリュシーちゃんのご実家は、名門名家の静音ちゃんの実家よりもお金持ちらしい。有栖川博士の特許製品、どこにでも見かけるしね……。
「あ、そーいやビーチボール持ってきたんだった」
「そうなの? じゃ、泳いだらそれで遊ぼうよっ」
「良いねぇ」
わいわいと海に入っていく。
透き通った海は、足下までくっきり見える。こんなに澄んでいるのにしょっぱいなんて、なんだか不思議だ。
「そ、そう。最初は息を止めて、水に顔つけるところから」
「こ、こうか?」
「そう、そう、うん、うまいよ、フィー」
「人間って浮くように出きているんだよね。力を抜くと、空を飛んでいるみたいにふわってなるよ」
「ふわっと、ふわ、ふわわ、ふわ?」
「ふふ、ふわっ」
ふわ、ふわ、と呟きながらおそるおそる水に浸かるフィーちゃんが可愛らしくて、静音ちゃんと顔を合わせて微笑んだ。
あ、けっこうすんなり浮くね。これなら上達は早いかも。
「さ、リュシー、競争よ! 負けた方がみんなにソフトクリーム奢り!」
「ふっ、良いのかい? ユメ。散財する約束なんかしてしまって」
「お、言ったわね? 私は上半身を動かさずに高速立ち泳ぎが出来るわ!」
「ユメ、その絵面はちょっと……」
「えっ……」
「では、スタートだ!」
「あっ、ちょっ――くっ、“霧の碓氷”をナめないでよね!」
水しぶきをあげて去って行く二人。
そんな二人を、わたしたちはぽかんと見送る。
「なぁ鈴理、静音。二人とも、ゴール地点、決めていたか?」
「ううん。わたしは聞いてないかな」
「……ゼノ、いざとなったら、救助はお願いね? う、うん、ありがとう」
大丈夫かなぁ、二人とも。
うーん、でも、まぁ。
「どのみち、ソフトクリームは食べられそうだね」
「ふ、ふふ、たしかにっ」
「では、たっぷり練習して小腹を空かせておこうか?」
「「賛成!」」
海の上、手を取って。
水煙を眺めながら、わたしたちは二人の帰還を楽しみに待つことに決めたのであった。
2019/01/05
誤字修正しました。




