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そのろく

――6――




 都内のファミリーレストランを囲むように展開する特課の警官たち。

 特殊装備に身を包み、対異能犯罪用装甲パトカーを配備しているが、その異様に犯人たちが怯む様子はない。


「上玉の餌があるから、調子に乗っているっつうところか」

「そうッスね……まさか、クラウン社のCEOが居合わせるとは思わなかったッス」


 フィリップ・マクレガー・オズワルド。

 既にイタリアの本社からは、彼“だけ”でもなんとか救出できないか、という要請が絶えない。それほどまでにやり手であり、重要な人物であった。

 だからこそ、海外遠征から戻り非番であった特課の課長、くすのき正路せいじが引っ張り出され、後輩のまさきたかしと並んで警戒をしていた。


「なんとか中に、犯人の情報でも伝えられたら内側から食い破れるかも知れんが、さて」

「特専の教員が人質に混じっているんスよね? でも、教員っていうだけで武装した異能者に立ち向かえるんスか?」

「ん? ああ、そういえばおまえは知らなかったか」


 そう呟きながら、正路は特課の特殊腕時計からホログラムで情報を呼び出す。

 その映像を、崇は身を乗り出して覗き込んだ。







――――――――――




 特異能力及び魔導術育成専門学校:関東地区

 教職員:魔導論理学・魔導術式構築論


 Name:観司未知 Michi Mitsukasa

 Age:26 Birthday:1990/5/26


 Class:魔導術師

 Rank:Spell/AA+ Power/AA+ Technique/AA+

 Style:Attack/AA+ Defense/AA+ Support/AA+ Control/AA+

 Allassessment/SS+



――――――――――








 表示された数字に、崇は目を瞠る。

 崇自身は異能者だが、魔導術師の犯罪者と相対した時のために彼らの強さの把握は出来るように学んでいる。それは特課として当然の技能であり、だからこそその能力の高さに息を呑む。

 ランクの詳細は、Spell――スペル、術式知識。Power――パワー、術式強度。Technique――テクニック、術式操作能力。その全てが最高評価であることに、驚いていた。

 おまけにAllassessment――即ち、総合評価に関しては規格外評価の際に特別に用いられるSが、二つも並んでいるのだ。驚かないはずがない。


「えっ、こんな凄い人がいるんスか? あれ、でも関東に事件の捜査に行った時は、こんな情報なかったッスよ?」

「そりゃそうだ。これはあくまで特課権限で引っ張り出した裏の記録だ。表の評価が可能な場に引っ張り出せない事情でもあるんだろうさ。特専ではそうだな、表の記録だと、こうか」


 そう言って、正路は操作を弄る。

 すると、ランク評価部分が書き換えられた。








――――――――――




 Rank:Spell/A Power/C+ Technique/B-

 Style:Attack/B Defense/C+ Support/B Control/A

 Allassessment/B




――――――――――








「あ、一般的ッスね。ちょっと優秀、で済むくらいッス」

「ああ。……言わなんでも解ると思うが、機密だぞ」

「ッス!」


 余計な口は出さない。

 数年の特課所属で正路相手に学んだことを、崇は青い顔で実践する。正路は崇の将来性を気に掛けていてこのように色々と教えてくれるのだが、まだまだ新人である崇にとっては、毎日が着いていくだけで精一杯であった。


「未知は今でこそ“ああ”だが、荒れていた高校生時代は“黒百合の魔女”っつぅ異名で畏れられていた“スケバン”だった。本人に言えば、真っ赤な顔で止められるがな。クッ」

「そ、それはなんというか、恥ずいッス」

「だが、だからこそアイツと高校時代を過ごした連中は、間違ってもコネ採用だとは口にしない。それだけの腕があるからこそ――」

「協力してくれたら、一息に解決するんスね?」

「――糸口には、間違いなく、なる」


 そう控え目に良いながらも、正路は在りし日の特専を思い出す。

 旧友の獅堂、その妹分として紹介された未知。ままならない現実に足掻きながらも、降りかかる火の粉を払うことに躊躇いのない彼女は、正路の目に鮮烈に焼き付いている。

 教師になった彼女と出会った時、その度量の深さに驚き、同時に納得をした。“酸いも甘いも”、あるいは、辛苦の全ても抱きかかえてきたからこそ、今の彼女があるのだろう……と。


(もっとも、だからこそ、この“裏”の記録さえホンモノか怪しいんだが)


 それは口に出すべきではないだろう。

 正路はそう、崇に感づかれないように言葉を呑み込んだ。


「こちらから情報の受渡がしたいんだが……」

「専用の諜報員、いないッスもんね……」

「出払っているからな。例のブツだろうよ。獅堂――英雄たちも動員しているらしいが、さて、ね」


 例のブツ――“天使薬”と仮称されるそれの調査に主要な人員は出払っている。

 今ここに居るのは、崇と正路を抜けば一般の特課の職員ばかりだ。もちろんそれでも、並の警察官や機動隊よりもはるかに“動ける”が、それは汎用性と連携に特化した限りのモノ。

 制圧が出来ずとも構わない。犯人に気がつかれないように潜入するというだけで良いのだが……それも、至難の業だ。


「どうしたものか」

「――あの!」

「ん? 先輩、アレ」


 掛けられた声に、正路は振り向く。

 女子中高生のように思える集団。その中に、あからさまに己に声を掛けてきた人間が居た。


「潜入、探しているんですよね?」

「は?」


 当然、正路たちの立ち位置は、野次馬の一般人たちに会話が聞かれるような距離ではない。そのようなミスは冒さないし、異能の発動で勘ぐられないように特別な訓練までしている。

 だというのに、何故、会話の内容が察知されたのか。


「……どのみち、口止めも必要か。崇」

「はいッス。お嬢さんたち、ちょっといいッスかー?」


 崇がそう少女たちに声を掛けて、連れてくる。

 その様子を見ながら、正路は湧いて出てきた厄介事にため息を吐きながらも、信じてもいない神に祈った。


「吉と出てくれよ」


 この展開が、状況の打破に繋がることを――。

















――/――




 人質に取られているという師匠のことが気になって、わたしたちは野次馬でごった返すファミレスの前までやってきた。夢ちゃんが後についてこいというのでそうしたら、こんなにぞろぞろと引き連れているのに、人混みをするする抜ける。

 すごい、けど、忍者だって隠さなくなってきた気がするんだけど……良いのかなぁ?


「ほら、特課よ」

「警察の?」

「ええ。ちょっと話の内容を読んでみるわ」

「へ? ああ、夢ちゃんの、なんだっけ? そう、読唇術!」

「夢、頼むから犯罪行為などしてくれるなよ?」


 フィーちゃんはそう、じと目で夢ちゃんにそう告げる。

 いや、うん、だ、大丈夫だと思うよ?


「ふむふむ、ほうほう、えっ、黒百合? スケバン? うひゃあ、なるほどね」

「何がわかったの? 夢ちゃん」

「うーん……私たちの力が役に立ちそうってことかな?」

「え?」


 でも、事件の解決に動いてくれてる警察官さんの邪魔になっちゃうんじゃ?

 そうわたしが問おうとするよりも早く、夢ちゃんは二十メートルくらい離れたところに立つ刑事さんに声を掛けた。


「あの!」


 夢ちゃんの声に、刑事さんが振り向く。

 一人は髪をオールバックにした、野性的な男性。もう一人は、若い刑事さん。二人とも、スーツに外套姿だ。

 二人が振り返ったのを確認すると、夢ちゃんは小さくわたしに耳打ちをする。


「二人だけに、私の声を届かせるコトってできる?」

「え? ああ、なるほど。うん」


 一般の異能者も魔導術師も、授業外で力を使うと記録に残り、用途の追求をされる。

 けれどわたしの場合、魔導術を使えば記録に残るのだが、異能の方は登録やらなにやらが間に合っていないらしくて、記録に残らないようなのだ。もちろん悪用するつもりはこれっぽっちもないけれど……こういうことなら、まぁ良いかな。


「“干渉制御ロジック・コントロール”――“音域限定サウンド・リミット”」

「ありがと。――潜入、探しているんですよね?」

「な、なるほど、周囲の人に聞かせられないもんね」

「流石ユメだ」

「ふむ、やはりこういった場では頼りになるな」

「……やめなさい、照れるでしょうが。あと、これに関してはすごいのは鈴理だからね」


 うんうん、そうだね、と夢ちゃんの頭を撫でてあげる。

 真っ赤になりながらも抵抗しない夢ちゃんは、実に珍しい様子だった。懐かない猫を撫でているような感覚、とでも言えば良いのだろうか。


「――お嬢さんたち、ちょっといいッスかー?」

「あ、はい!」


 他のお巡りさんと一緒に、若い刑事さんが小走りで近づいて来る。

 彼は周囲のお巡りさんに指示を出すと、あえて周囲に聞こえるように「民間協力者、到着」と、引き込むために違和感のない方便までついてくれる。

 そうだよね、周囲の人からすれば、“なんで刑事さんと一緒に?”ってへんな注目を集めちゃうもんね……。気がつかなかったなぁ。


「こっちへどうぞッス。専用の車両があるんで、話はそこでするッスよ」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。自分は先輩の指示に従っているだけッスから」


 そう言うと、刑事さんは装甲車両の一つにわたしたちを案内してくれる。

 どうやら作戦立案用の車両らしく、車の中には机と椅子、それから色んな機械が設置してあった。

 最初に若い刑事さんが入って、わたしたちがそれに続き、あとからベテランっぽい刑事さんが入ってくる。


「さて、手早く行くぞ。俺は特課課長、くすのき正路せいじ。こっちは巡査部長のまさきたかしだ」

「よろしくッス」

「は、はい。私は碓氷夢。右から笠宮鈴理、水守静音、アリュシカ・有栖川・エンフォミア、フィフィリア・エルファシア・フォン・ドンナーです」

「碓氷……霧の碓氷か? なるほど」


 夢ちゃんの協力の意図は、どうやら家名だけで伝わったようだ。

 若い刑事さん――柾さんは、しきりに首を傾げているけれど。


「未成年を使う気は無い。そう言いたいが……霧の碓氷か」


 なんと、お巡りさんを悩ませるほどのネームバリューがあるんだね、夢ちゃんの家。

 悩む楠さんに、次いで口を開いたのはフィーちゃんだった。


「私は“神聖なる悠久”所属の悪魔祓いとして公式の実践功績があります。海外でのことですが、警察機構への協力も何度か」

「ほう? ドンナーっつたか。なるほどな……」

「その上で、彼女たちは幾度となく修羅場を潜った精鋭揃い。特に笠宮鈴理は、人質である観司先生の弟子でもあり――」

「は? 弟子? 未知の?」

「――え、ええ」


 結局、そのどれが決め手だったのだろうか。

 楠さんはその場で何度か逡巡して見せてから、ゆっくりと頷く。


「……わかった。だが、こちらの指示には従って貰う。良いな?」

「はい! もちろんです!!」


 代表して、夢ちゃんがそう告げる。

 その返答に、わたしたちは思わず顔を合わせた。


 急なことで戸惑いはあったけれど……師匠たちの、力になれるかもしれない。その事実がわたしの胸を、どうしようもないほどに熱くする。






 こうして、協力体制が敷かれることになった。

 吉と出るか凶と出るか、なんて言わせない。傷つく人が出ないように、師匠の弟子であるということに恥じないように、頑張るだけだ!





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