そのさん
――3――
それから。
ゲームセンターに行って、行ったことがなかったという静音ちゃんとリュシーちゃんを驚かせて。それからアクセや小物を冷やかして、次に向かったのはデザートが食べられるところ、だったのだけれど。
「渋谷にもあったんだね……メイド喫茶」
「新宿にも池袋にもあるんだから、渋谷にもあるでしょ」
「ゆ、夢? それでなんで、メイド喫茶?」
「行ってみたかったから、かな!」
「スズリ、ここの趣旨は? その、メイドというのは、母様のような?」
「えっと、リュシーちゃんのお母さん、ベネディクトさんみたいな本格的なものではなくて、ええっと、一種のテーマパークのようなものというか」
夢ちゃんに連れられて来たのは、秋葉原発祥で都内にも数店のチェーン店があるという、メイド喫茶だった。
そういえば、なんでリュシーちゃんのお母さんはメイドを兼任しているのだろう。今度、聞いてみようかなぁ。
「まぁまぁ、入ってみれば解るよ。ほら」
夢ちゃんが先頭に立って、わたしたちを連れて行く。
小粋なベルの音。男女まばらな店内は、ふりふりで可愛い内装だ。来店のベルに気がついたメイドさんは、なぜだか他の誰よりも淑やかな、美しい所作でわたしたちを出迎えた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。本日は何名さ、ま……で?」
美しい金髪は片側だけ編み込まれ。
ハンマー型の髪飾りは、思いの外可愛らしい。
「な、なんっ、えっ」
混乱する彼女に対して、正直、わたしたちはもっと混乱していた。
いやだって、目の前でふりふりのスカートと麗しい笑顔で迎えてくれたこの人は、その、なんというか、えっ。
「な、なんでいるの? フィーちゃん」
どう見ても、わたしたちの友達にして魔法少女団の一員。
フィーちゃん、であったのだから。
メイド惑星めるるんぱるーん。
それが、このメイド喫茶の名前だ。各地の敏腕店長に経営の全てを任せることで、チェーン店一つ一つ、違った個性にするという試みは、オーナーの類い希なる人物眼により成功を収めたのだという。
フィーちゃんは、そんな渋谷出張惑星の中でも期待の星で、付け焼き刃ではない完璧な礼儀作法とその麗しい容貌、そしてお客様のためなら身体も張る力強さが人気を博し、着任から僅か十日でトップメイド星人にまで上り詰めた、のだとか。
「へぇ、そんな経緯だったんだ」
そう夢ちゃんが呟きながら手に持っているのは、テーブルに備え付けてある“メイドの経緯”という本だった。そこには、他のメイドさんから見たメイドさんのプロフィールが載っており、これを読んでいるだけでもけっこう面白い。
ふむふむ。子犬を助けたところを店長に見初められた、とかいう子も居る。面白い。
「ご注文はおきまりですか? お嬢様っ」
そう満面の笑みであざとく聞いてきたのは、フィーちゃんだった。
す、すごい努力だ。できる限り高いメニューを頼むことにしよう……。
「え、ええっと……ねぇフィーちゃん、なにがおすすめなの?」
「はいっ、ご案内しますね! こちら、当店の店長兼シェフは料理の腕“は”ピカイチですので、アイスクリームよりもパフェ、カップケーキよりもショートケーキ、と、手の込んだモノほど美味しいのですよっ!」
「ふ、普通で良いよ……?」
キラキラと笑顔を振りまくフィーちゃん。
ものすごく手慣れているから出来ることだと思っていたのだけれど、よくよく見たら目が死んでいた。い、いたたまれないよ、フィーちゃん。
「す、すまない、うぐぅ」
「無理、しないでね?」
「うん、がんばる」
あ、挫けそうになると強気な口調すら抜けるんだね。
「じゃあ、ええっと、わたしはこの惑星チョコレートパフェと紅茶をお願いします」
「な、なら、私はこのティラミスのバニラアイス衛星をコーヒーセットで……」
「フィフィリア、無理は禁物だよ? 私は、ショートケーキとロイヤルミルクティ、かな」
「みんな、ありがとう。畏まりましたっ。夢、君はどうする?」
ひとり、鋭い目でメニューを眺めていた夢ちゃんは、フィーちゃんの言葉にゆっくりと頷く。
……夢ちゃん? 夢ちゃんがこんなに悩むコトって、なんだか珍しい。でもなんだろう、嫌な予感がする。
「私は、抹茶のミルクレープと――“メイドラヴキャラメルマキアート”で」
「っ、か、畏まりました」
フィーちゃんは一瞬言葉に詰まったかと思うと、それからふらふらと厨房に歩き去る。
「夢ちゃん?」
「いやー、楽しみねー、鈴理」
「う、うん、そうだね?」
いったいどうしたんだろう。
夢ちゃんのきらきらとした笑顔がまぶしい。というかそもそも夢ちゃん、なんだか行き慣れてない? もしかして、メイド喫茶熟練者なの?
「しかし、フィフィリアはお金に困っているのかい?」
リュシーちゃんがふと、言い辛そうにそう告げる。
そう、実はフィーちゃん、自分の事情はわたしにしか話してくれていない様子なのだ。どうも、みんなのことは友達だとは思っているけれど、自分の状況は基本的には恥ずべきことだから言いたくないのだとか。
わたしは、フィーちゃんにとって“友達、という括りには置けないもっと上の友情”と言われた。ええっとつまり、“親友ってこと?”と聞いたら、他に友達が居ないからよくわからないそうだ。かわいい。
結局、みんなは、フィーちゃんが話したくなるまで待つ。もしくは、話したくなるようにわたしに負けないほど仲良くなる! と意気込んでいた。
それでもこうしてリュシーちゃんが呟いてしまったのは、やっぱり、心配だからなんだろうなぁ。
「えっと、その」
「ああいや、独り言さ。気にしないでくれ」
リュシーちゃんはそう言うと、ぽんぽんと頭を撫でてくれる。
か、かっこういい……って違うか。いけないけない。
「ま、そういうこともあるでしょ。杏香先輩だってバイトはしているでしょ?」
「そういえばそうだね。内職だっけ?」
「え、えっと、い、家でひたすら造花を作っているんだって」
「……キョウカも、大変なんだな」
わたしと夢ちゃんは家から仕送りがある。
静音ちゃんとリュシーちゃんはSクラス稀少度異能者のための政府からの支援金と、リュシーちゃんはそれに加えてご実家からの仕送りとクレジットカード(黒)が支給されているらしい。
有栖川博士なら、そうなんだろうなぁ。警察の、特課の使用している異能武器なんかや一般流通の異能道具なんかも、特許の九割を有栖川博士が所持しているのだとか。しかも、未だに増え続けていて、販売もしているので留まるところを知らないらしい。それなら、うん、城も建つよね……。
「なんだか、考えさせられるなぁ」
「ま、それは食べてからでも良いんじゃない? ほら」
夢ちゃんの声で顔を上げると、そこにはフィーちゃんの姿。
フィーちゃんはわたしたちの前に、器用に注文の品を並べていく。おお、なんだかすっごく美味しそうっ。
「お待たせしましたっ。ご注文の品は、以上でよろしいでしょうか?」
「うんっ、ありがとう! フィーちゃんっ」
「いえっ、それではごゆっくりとお召し上がり下さいねっ」
フィーちゃんはそう言うと、笑顔を振りまきながらUターン。
その背に――鋭い瞳の夢ちゃんが、厳かに声を掛けた。
「メイドさん、ひとつ、お忘れですよ?」
「えっ? 夢ちゃん、揃ってない?」
「違うよ、鈴理。私の頼んだ商品のコレ、“メイドラブキャラメルマキアート”はまだ完成していないわ」
とても、そうには見えない。
アイスカフェラテ、柔らかそうなホイップ、キャメルで描かれたフィーちゃんの笑顔。なんかすごくクオリティが高いように思えるけれど、なにがだめなんだろう。
「し、失礼しました~。それではさっそく――」
「待った。この、猫耳オプションもお願い」
「――っぐぬぬぬぬ、夢、貴様、覚えておれよ」
ねこみみおぷしょん?
夢ちゃんの言葉にフィーちゃんは恨めしい目を向けると、引きつった笑顔で猫耳を装着する。なんと、髪の色に合わせて金色だ。いつの間にか、メイド服のリボンに金色の尻尾飾りも引っかけている。
「はーいっ、それではこれから、らぶぱわーを注入するにゃーっ!」
フィーちゃんはそう大きな声で言い放つと、片手は腰に、片手は顔の横で招き猫のように手を作り、ポーズを取った。
――瞬間、暗転して店がミラーボールの光で彩られる。えっ、何が始まるの?
「それじゃあみんな、手拍子でお手伝いしてっ」
率先して手拍子を始める夢ちゃん。
それに合わせる周囲のお客さん。
訳もわからず参加するわたしたち。
「にゃーにゃー、きゅん!」
――パンッパンッパンッ
「にゃーにゃー、きゅん!」
――パンッパンッパンッ
「にゃー、にゃー、きゅん!」
――パンッ、パンッ、パンッ
「らぶ、らぶ、にゃー、にゃー?」
――パンッ、パンッ、パパンッ、パンッ
「にゃにゃにゃんにゃんにゃ!」
――パパパンパンッパンッ
腰を振りながら、手を入れ替えながら、時折キャラメルマキアートに投げキッス。
なんだろう、フィーちゃんの目、どこかで見たことがある。いや、それどころか、わたしはこの目を知っている。
そうだ、この目は――師匠が変身する時に見せる、目だ。そうだったんだ、だからフィーちゃん、あのとき師匠に自分を重ねて泣いちゃったんだ。
「いくよーっ! メイドラヴ、ちゅう☆にゃうっ!」
両手の投げキッス。
恍惚の表情の夢ちゃん。
素直に拍手する静音ちゃんとリュシーちゃん。
「ありがとうございました、にゃん☆」
一斉の拍手に見守られて、ほんの数秒のオンステージが幕を閉じた。
「夢ちゃん?」
「反省はしている。後悔はしていないわ!」
「フィーちゃんの嫌がることはしませんって約束した上で、フィーちゃんに言うことがあるよね? なかったら――この先、“碓氷さん”って呼ぶからね?」
石のように固まる夢ちゃん。
ギッギッギッと油の差していないブリキ人形のように涙目のフィーちゃんを見て、椅子の上で綺麗に土下座をした。
昔は名前呼びは嫌がっていたけれどね、夢ちゃん。
「ごめんなさい、もうしません」
「ぐすっ……いや、いい。私も仕事だ。だが“ともだち”に引かれるのは、つらい」
「うぐっ――ほんとごめん、私がフィフィリアの可愛い姿を見たいばっかりに浅はかだったわ。お詫びに出来ることならなんでもする」
「いや……そうだな。今度、私の水着選びも手伝ってくれ。それでいいよ」
その、心からの思いが伝わったのだろう。
フィーちゃんは優しく微笑んで、そう告げた。
「いや、それじゃご褒美だからね?」
「手間、だろう?」
「なんで? 友達の可愛い女の子の水着選びとかご褒美じゃない。ねぇ?」
「ゆ、夢、発想が中学生男子だよ」
「うぐっ」
うーん、夢ちゃんにとってご褒美じゃないことってなんだろう?
「――それなら、連帯責任だ。みんな、私のことは鈴理のようにフィーと、そう呼んで欲しい。ダメかな?」
「だからご褒美だってば! ね、みんな?」
「ああ、間違いないな。それはそうと、フィー。私もリュシーと、そう呼んでくれるかな?」
「わ、私だって嬉しいよ、フィー」
「なら、夢への罰はこれで帳消し。打ち解ける切っ掛けを作ってくれて、ありがとう」
「……ごめん、フィー。あんまり調子に乗らないようにします」
よかった、なんとか持ち直せた。
でも、ふふ、なんだか嬉しいな。チョコレートパフェを口に運びながら、そんな風に思う。だって、打ち解けられたから。それがなんだか、すごく嬉しい。
「そうだ、フィーちゃん、今日はお仕事、何時まで? 終わったら一緒に遊ぼうよ!」
「ぁ……嬉しいが、まだ仕事があるんだ。終わりは七時くらいで――ぇ」
ふと、フィーちゃんの言葉が止まる。
何事かと視線の先を追うと、そこには執事服を着た男性が居た。
すらりと高い背。
耳に掛かる程度の黒髪。
澄んだ青い瞳と、切れ長の目元。
二十代後半くらいだろうか。びっくりするほど整った顔立ちの方だ。
「店長?」
「えっ、店長?!」
夢ちゃんが驚きの声を上げる。
まぁ、どこぞでモデルでもやっていてもおかしくない容姿だしね。いや、そんなことを言ったら師匠もそうだけど。
「フィフィリア・エルファシア。君は日頃、職務に誠実だ。偶には友人と遊ぶのも良いだろう」
「ぁ――は、はい! ありがとうございます、店長」
「構わん。君たちも、当店の精鋭をよろしく頼む」
「は、はい!」
店長さんは、そう告げると奥へ戻っていった。
ほへぇ、話のわかる方だなぁ。
「久遠店長からもお許しが出たから、着替えてくる! ちょっと待っていてくれ!」
慌てて奥へ走り去っていくフィーちゃんの姿に、わたしたちは顔を見合わせる。
そして、降って湧いた興奮と溶けかけのアイスクリームに、慌ててスプーンを手に取った。




