そのじゅう
――10――
――遡ってヤミラピ変身直後。
雄叫びを上げる烏の堕天使を前に、笑いがこみ上げてくる。
なんて滑稽な造形。なんて憐れな顛末。なんて醜い最期。
「エンドロールにあなたは不要よ」
『キュェエエエエエエエェェッ』
“祈願”
“天ヲ別ツ赤雷”
“魔法識持続”
“成就”
「さようなら、おばかさん」
『キュ?!』
“転移”で背後に回り、双剣で×字に切り裂く。
赤雷に宿らせた力は“分離”。理性のない獣に意味は成さないけれど、記憶を分離させる力も宿してある。ただし、分離させるのは顔の部分の記憶だけ。全部消したら、あとで“私”が悶える要素がなくてつまらないもの。
烏とペンダントと光の粒子となった記憶が分離する。記憶はそのまま消滅し、ペンダントは砕け散った。烏に至っては、無事も無事。暢気にカァカァ鳴いている。
「さぁて、次に行く前に」
“飛行”で空を飛んで、窓から生徒指導室に戻る。
そろそろ瀬戸が目を覚ます頃だと思うのだけれど……。
「うぅ、ママが、ママが幼女に、ぐぅぅ」
よほどショックだったのかしら。
苦悶の表情で眠りこけている瀬戸を、起こして優しくしてあげようかと思案する。でもなんだかちょっと可哀想になってしまったので、ふふ。
「うんっしょ、と。はい、あたためておいてね?」
変身前の衣服は、基本的にステッキの中に収納されている。
なので、器用にブラジャーだけ抜き取ると、瀬戸の懐に名刺付きで放り込んでおいてあげた。んふふふふ、喜んでくれるかしら?
「さて、次つぎぃ、と♪」
“転移”を唱えて転移する。
さてさて、次の獲物の様子は、と。
「んーっと、あ、居た居た」
誰もいない森の中を徘徊する、片翼の天使。
とくに声を掛ける必要も感じられなかったので、脳天からずばっと一刀両断。
『ぐああああああああああ?!』
汚い悲鳴はBGM。
さくさく割り切って次へゴーっと。
さらに転移を繰り返して、次は校舎の屋上で飛び降りようとしている歪な神獣。
倒れ伏しているのは高原せんせーと川端せんせーと新藤せんせーと陸奥せんせーと河内せんせーと佐波せんせーと風間せんせーと……うーん、数えるのもめんどいなぁ。
さくっと片付けてしまおうかな、と、ひよこの亜種みたいなのに神獣化した生徒をズバッと一撃必殺。
『キュピィイイイイイイイイイィィッ?!』
手応えなし、と。
ただの人間の手には余るけれど、獅堂とか七とかなら倒せるレベル。でも、なんか変な感じがするなぁ。これはたぶん、どこかに力を吸われてる、感じかな。
ふつーに考えれば予測できるモノじゃないけれど、たぶん、運の悪さを思うと鈴理ね。可哀想に、あとでたっぷり、彼女の言うように“あだるてぃ”に可愛がってあげないと。
「あ、そうだ。はぁーい、“全体治療”っと」
せんせーたちをさくっと回復。
やっぱり“私”には、罪悪感ではなくて純粋な羞恥心で悶えて貰わないとつまらないからね。ああん、考えるだけでゾクゾクしちゃう。
さて、次々。
「もう一回“転移”っと……えーっと、なんだか見たことある子?」
校舎裏で戦っているのは、蠍の神獣化生徒と金髪美少女とお団子チャイナ。
へぇ、ふぅん、そっかぁ。なるほどねぇ。うーん、正体ばれだけは勘弁してあげるわね?
「はい、そこまで」
尾の針を倒れるチャイナ娘に突き刺そうとする蠍。
あたしはさくっとテレポートをして、チャイナたちには背中だけを見せてあげる。幼女の背中よ? 舐めても良いわ。
「なっ。た、助けてくれたアルか?」
「だ、だめ、逃げて、あなたみたいな小さな女の子じゃ――」
うーん、心優しい女の子。
たっぷり愛でてあげたいところだけど、今はお預け。
「細切れになりなさいな」
両手の双剣を×字に降る。
瞬間、無詠唱で“斬撃追加”。編み目のように飛来する赤雷の斬撃は、文字どおり瞬く間に蠍を粉々に引き裂いて、ペンダントと生徒と記憶に分類した。
「うぅ、おれのハーレム……がくっ」
コミカルに気を失う生徒。あら? これ、リュシーのクラスメイトじゃない?
「――へ? え? あれ? なにが?」
「じゃ、ハーレム願望のせいで洗脳されたあなたのクラスメイトの子のことは、よろしくね?」
「え? 一馬がハーレム願望? あのそれ、たぶん、暴いたらだめなものでは? ぁっ」
「あ、お礼、謝々アルよ!」
金髪美少女――そう、ルナミネージュとチャイナ娘、龍香ちゃんの声をバックに再び転移。上空に転移して、周囲を確認。あとは鈴理のところで全部ね。
ぎゅっと霊力を溜めると、転移位置の確認に、遠見の魔法を仕掛ける。
詠唱はさくっと省略して、“千里眼”っと。
さぁて、鈴理の様子は……あん、やっぱり“そこ”に力が集まっていたのね。
追い詰められた可愛いあの子たちと、何かを決意した表情の鈴理。トリップ状態? あの子、自己暗示をやり過ぎると“ああ”なるのよね。
相手は獅子の神獣化人間。なるほど、ちょぉっと面倒そう。
『【霊魔力同調展開陣】』
って、んんん?
霊力と魔力の同調? それって、“魔法”の“一歩前”じゃない。
魔力は私が世界に刻み込んだ新しい法則。その法則を霊力で取り込めば、逆説的には魔法の領域に足を踏み入れる。
うーん、これはちょっと止めてあげた方が良いわね。
『【“心意刃如”】』
「異界化してるわね。それじゃあ、“天移”っと」
あたしは魔法で瑠璃色の光でできた円環を生み出すと、躊躇わずにそれに飛び込む。
――景色が変わる。
――世界が換わる。
――常識が代わる。
魔法の力でジャンプして、あたしは――
「【“創造干渉・狼雅天――」
「はーい、そ・こ・ま・で★」
「――星、きゃんっ!?」
鈴理の耳元に、息を吹きかけた。
「ふふっ、あははははっ。このまま見ていてあげても良かったんだけどぉ、あんなののせいであなたが愛でられなくなるのも業腹だしぃ」
「え? え? え?!」
動揺する鈴理。
固まったまま動かない周囲。
うーんと、とりあえず無詠唱で獅子に“行動束縛結界”っと。この分だと長くは保たないけれど、ちょっと保てば良いしねー。
「ハァイ、可愛い可愛いあたしの性徒たち。ちゃんと持ちこたえられたみたいだから」
まだ反応がない。
つまんないなぁ。
まぁでも、反応できるように……ふふ。
「あとであたしが、“アダルティ”にご褒美を、あげるわね♪」
そうたっぷりの妖艶さを注ぎ込んでウィンクすると、何人かが肩を震わせ、夢が生唾を呑み込んだ。んふふふ、夢はあとで特別に可愛がってあげないと。
「ヤ――ヤミラピ!?」
「お・ひ・さ~」
やっと反応した鈴理に、ひらひらと手を振って答えてあげる。
これはあとでオシオキが必要ね。いったいどんな風に鳴かせてあげようかしら? さっきの無茶の罰も含めて、たぁっぷりと可愛がってあげないと、ねぇ?
そんな意味も含めて流し目で鈴理を見ると、鈴理は紅い顔のまま目を逸らした。初心で可愛いわねぇ。
さて、さっさと愛で倒したいことだし。
さっさと、邪魔モノの排除をしないとならないわね。
「さ――オシオキの時間よ★」
怯える獅子に笑いかける。
あたしはそんな獅子に見せびらかすように、双剣を構えた。
「あら、拘束は解けているじゃない。さ、どこからかかって来ても良いわよ?」
『グルルルルル……』
「もう、ほら、早くしてよね」
脱力して見せて。
油断を誘い。
挑発して。
『ガァァァァッ!!』
振り上げられた爪。
追従するように、全方位から放たれる光線。
「甘いわよ、“鏡転剣舞”」
『グルァ?!』
振り下ろされる一撃は、半歩身体を斜めして避ける。
集まった光線は、双剣を寝かして駒のように回転し、反射させて獅子にお返ししてあげる。
『ガルゥァッ!?』
「もう、逃げちゃだ・め」
頭上で重ねるように振り上げる双剣。
『ガァッ』
すさまじい反応速度で翼を前に出し、前面に強固な結界を張る獅子。
「“転移”」
それを、背後から強襲してあげる!
「赤雷よ、蹂躙なさいな!!」
雷鳴。
『ギィッ』
悲鳴にも似た轟音が、獅子の断末魔すらかき消していく。
ふふふ、私がもし少女であれば、この程度の敵は真っ向から倒せたことでしょうに……倒せる相手にあたしを頼ってしまうなんて、可哀想な子。
あとでちゃぁんと敬愛の目を向けられるように、あたしが頑張ってあげないと。もっとも、愛欲の目かも知れないけれど、ね?
『グルゥア、アアアアアァッ!!』
「ヤミラピ、危ない!!」
黒焦げになりながら、爪を振り上げる獅子。
同時に響く、鈴理の声。
んー。
“幻影”。
「避けて、師匠ーっ!!」
『ガルァアアアッ! ……ガゥッ?!』
「へ?」
爪は、あたしの身体――に似せた幻影を切り裂いて。
「はぁい」
『ガッ!?』
あたしは、獅子の背中に乗る。
これの相手もいい加減飽きたわ。だから、これで終わり。
「【赤雷龍爪】」
双剣に龍のように巻き付く、赤黒い稲妻。
付与効果は変わらないけれど、やっていることは二重詠唱。つまり、威力の超強化。
獅子はあたしを振り落とそうと暴れるけれど、振り落とすことは叶わない。むしろこのあたしに騎乗されるんだから、お金を払って貰ってもいいくらいなのに、失礼ね。
「バイバーイ♪」
『グラァアアアアアアアアアッ!! ――……ァァァゥ』
見る影もないほど焼け焦げて、力なく倒れる獅子。
けれど光と共に分離して見ると、本体の生徒に傷一つ無い。まぁ、しばらく起き上がれないでしょうけれど。
「そんな……あれほど苦戦したのに、傷一つ無く?」
呟くのは……フィフィリアちゃんね?
聞きしに勝る不幸な境遇。ちゃんと快楽で慰めてあげなきゃ。
「ボボボボボ、ボクの、ヴィーナス、は?」
「なぁに、まだ言ってたの? それ」
「き、キミはいったい? ボクのヴィーナスの妹かい? ということは、ボクの妹?」
混乱しておかしなことを口走り始めたレイルを、足払いで転ばせる。
小さな悲鳴と共にお尻を押さえるレイルに馬乗りになると、あたしはレイルの顎をくいぃっと持ち上げて。
「妹? 違うでしょう? レイル・ロードレイス」
「ななななにを」
「妹に――こんなこと、させられないでしょう?」
「へ?」
そう言って、レイルの唇をぺろりと舐める。
呆然と固まるレイルを胸に押しつけるように抱きしめると、髪に口づけを落としてあげる。
「なに喜んでいるのよこの変態。あなたみたいな白豚に、ラピが振り向くとでも思うの? おばかさん♪ だから大人しく、ヴィーナスは諦めてあたしに――あら?」
「ししょ、んん、ヤミラピ、レイル先生気絶してる、よ?」
「あらー」
白目を剥いて倒れ伏すレイル。なによー、根性ないわねー。これだから信仰バカは。
ちょっと自分の信じてたモノが崩れようとすると、すぐこれなんだから。あーあ、あとで十字架に亀甲縛りで磔にしなきゃ。
さて、と。
「っ、え、えっと、あなたはラピなわけ?」
誰から遊んであげよう。
さりげなーく人払いの結界を張って、舌なめずりをしていると、夢は躊躇いつつも前に出てきた。
「ええ、そうよ。ミラクルラピ、闇堕ち魔法少女モード。ヤミラピって呼んでね」
「や、ヤミラピ……」
ぱちんっとウィンク。
くるっとターン。かわいいでしょう?
「うっ、あざとかわいい」
「ユメ、しっかりするんだ!」
「……水守さんは笠宮さんの調子を調べて。無茶のぶり返しが怖いわ。ヤミラピは、私が抑える」
「えっ、わ、わたしは別に大丈夫だよ」
「鈴理、む、無茶しないで。ほら、こっち」
他のみんなを制して前に出るのは、杏香だ。
なるほどね。部長として、みんなの前に出ようと。健気ねぇ。これは、ご褒美をあげなくちゃ。
「さて、あなたが観司先生だというのならば、もう変身を解くのが道理では?」
「ふふ、ねぇ、あなた――呼び方は、“そう”ではないでしょう?」
目の前に転移して。
耳に息を吹きかけながら。
撫でるように、頬に指を這わす。
「っ」
「ほら、にゃあと鳴いてごらん」
「お、お姉さま、わ、わた、私は――にゃあ」
これでひとり陥落、と。
そのまま流し目で夢を見る。期待を孕んだ目。熱に浮かされた瞳。ええ、ええ、わかっているわ。構って欲しいんでしょう?
「ほら、夢? お・い・で?」
「は、はい、いまいきまふ」
「だ、だめだ、ユメ、正気に戻って!」
「ちょ、ちょっと夢! ダメだよ! あとから、み、観司先生共々後悔するんだから!」
「離して、お願い離して、リュシー! 静音! 私は、私はーっ!!」
羽交い締めにされる夢を尻目に、赤らんだ顔の鈴理に近づく。
夢たちにあげようとしていたのはご褒美だけど、鈴理のはちょっと違う。
「ねぇ、鈴理? あんなに無茶しちゃだめじゃない」
「あぅ……ごめんなさい、ヤミラピ。で、でも!」
「でも? ああ、もしかして――あたしにオシオキされるの、期待してた?」
「わたしは、みんなを守りたく――うぇぇえっ?!」
しょうがないなぁと呟いて、鈴理を引き倒す。
小さく悲鳴をあげて倒れる鈴理に馬乗りになると、あたしは鈴理のネクタイで彼女の両手を素早く縛り、幼げな胸元に指を這わせた。
「んぁっ、ひんっ」
「ふふふ、可愛い子。そんなに構って欲しかったのね?」
「あわ、あわわ、あわわわ、だ、だめだよ。こ、こんな、こんな」
「良いじゃない。ほら、今からどんなことが起きるのか、夢が期待した目で見ているわ」
顎に手を当て、横を向かせる。
そこにはアリュシカに羽交い締めにされて、静音に冷たい目を向けられている夢の姿があった。
「ゆ、夢ちゃん、さすがにそれはちょっと」
「違うのよ鈴理! こうほら、据え膳食わぬはなんとやらとか、そういうあれで!」
「なにも変わってないよ。夢、さいてー」
「うぐっ」
うんうん、いつもどおりね。
夢とのめくるめく愛欲の一幕は後回しにして、と。
「さ、鈴理? 友達の期待には応えなきゃ。そうでしょう?」
「ひぇぇ、だ、だめだよぅ」
身を捩る鈴理に逃げ場はない。赤らんだ顔、瞳の奥にはじれるような色。
ブレザーのボタンを外し、スカートのホックを降ろして、薄いシャツに指を這わせ、それから――
「うぐ、ひ、ひっく、うぁ」
――ぜんぜん関係ない方向から響く泣き声に、首を傾げた。
「ふぃ、フィーちゃん?」
泣き声の主ことフィフィリアは、何故か、へたり込んで涙を流している。
ちょ、ちょっと、どうしちゃったのよ?
「うぁ、み、観司先生、なんて、ひぐ、なんて不憫な」
「へ? ちょ、ちょっと、何を言ってるのよ」
「あんなに、うぅ、必死になって正体を、ひぐっ、隠したがっているのに、うぁ、うぅ、ひっく、うぁ、わ、私たちを守るために、こんな、こんなことをさせられて」
ちょっと、やめて、やめなさいよ。
そう願ってやまないのに、あたしの足は動かない。
というか、胸の奥から響く、こう、なんともいえない罪悪感。
こ、この、ヤミラピともあろうものが――押されている?!
「ほんとうに、ひっく、観司先生――」
「や、やめて、それ以上は言わないで。それを言われたら、あたし、あたし……」
「――おかわいそうに」
胸の奥がひび割れる。
ちょっと嘘でしょう? こ、こんなところで?!
「あ、ああ、だめ、じょ、浄化されるぅぅぅぅぅっ!?」
魔法の力が抜けていく。
込められた霊力が消えていく。
そして、あたしの身体は――。
「お、覚えてなさいよ、次はこんなものじゃすまさないんだから~っ!!」
――光に包まれた。
うぅ、もう、こうなったら、私の中でことの顛末を確認するしかないかぁ。ああもう、最悪。だからちょっと、ぞくぞくしちゃう。
さ、私?
あたしはもう引きこもるから、精々、楽しんでね?
ふふ、あはははっ、あははははははははっ!!
「し、師匠?」
「……」
「正気に戻ったのですかにゃ? お姉さま」
「…………」
「も、もうアダルトモード終わっちゃったんですか?!」
「………………」
「ミチ! 良かった、正気に――ミチ?」
「……………………」
「夢、台詞が酷すぎるよ? お、お疲れ様です、観司先生。先生?」
「…………………………」
「ひぐっ、み、観司先生? どうしたのですか? 紙とペンなんか取り出し――辞表!?」
「………………………………うぅ」
「だ、だめです、正気に戻って! 師匠、師匠――っ!!」
「みんな、ミチを取り押さえるんだ! 早くーっ!!」
「もう、やだ、こんなのむり」
2024/02/01
誤字修正しました。




