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そのはち

――8――




 生徒指導室の一角。

 俯いたまま弁明の言葉を口にする生徒と、そんな生徒にいつものようにお説教をする瀬戸先生。その光景に、何故か巻き込まれている私の姿。


「それで? 何故こんなものを持ってきていたのか説明できないのですか?」

「そ、それは、その、これは、その、ね、ねが」

「ねが?」


 事の起こりはそう、鈴理さんたちから連絡が来て直ぐのことだった。

 人気のない場所を探して歩いていた私は、生徒を指導する瀬戸先生に出くわした。なんでも、学業に関係のないものを堂々と持ち歩いていたので口頭注意をし、名前とクラスを聞いたが要領を得ないので、一度生徒指導室に連行する、と。

 本来ならば私が同行する必要はないのだが、相手はいまいち何をするかわからない異能科の女生徒。密室に二人きりだと鬱陶しい蠅が湧く、と瀬戸先生がおっしゃるので、三十分(鈴理さんから連絡のあるはずの時間)程度で抜ける可能性がある旨をお伝えして、同行することになった。

 だがこの子、何故かいっこうに名前とクラスを言わない。端末で調べれば直ぐだが、自分で言った方が罰則の類いは軽くなる。というか、口頭注意で終わらせられる。だから、できれば自分で言って欲しい、という瀬戸先生の優しさだ。わかりにくいけれどね。


「願いを、叶えてくれるんです」

「え?」


 女生徒の言葉に、私は思わず聞き返す。


「だからダメなんです、持ち歩いておかないとダメなんです、肌身離さず持ち歩いておかないとダメなんです」

「異能の掛けられた道具、ということですか?」


 胸にかき抱く“なにか”。

 チェーンがついている。ネックレスだろうか。はは、まさか。


 どうしよう、雲行きが怪しくなってきた。


「違います! そんな俗なモノじゃないんです!!」

「では、見せてみなさい」

「異能者でもないのに、視て解るはずがない!! これはダメなんです、私と、彼氏を繋ぐ鍵なんです、だって!!」


 だって?

 いや、もう、問うてしまおう。ここでヒートダウンされたらまた、押し問答が続いてしまうかも知れない。


「“キューピッドさま”、ですか?」

「観司先生、それは、職員会議の?」


 目に見えて震える女生徒に、私は思わず天を仰ぐ。引き寄せすぎではないだろうか。

 この問題、魔法少女団の調査発覚時に、“生徒同士の違法取引”という名目で職員会議で取り上げている。もちろん、魔法少女団の実績になるようにね。

 そうしておけば、先生が例のペンダントを見つけたとき、良い抑止力になるだろう。そう思って取り上げていたのだが――まさか、ペンダント発見教員第一号が瀬戸先生と私になるとは、夢にも思わなかった。


「だだだだめ、知られたら効果がなくなるのに! 私と、彼氏の絆がなくなるのに!」

「あの、彼氏さんと喧嘩をしてしまったのですか? それとも、遠距離であるとか? いずれにせよ、生徒の悩みは私たちの悩みでもあります。私たちが協力しますから、それではいけませんか?」

「ダメ!!」


 即答か、ううむ。

 まぁしかし、恋の問題はいつだってシビアだ。私だって学生時代、告白してきた男性にお断りをしたらストーカー問題に発展したことがある。どうやって解決したか身に覚えのないうちに、獅堂と拓斗さんと時子姉と七と仙じいとクロックに、解決した旨だけ聞かされたから顛末は知らないけれど。

 やっぱりそれだけこじれることだってあるし、上手くいかないことが大半だろう。なら、彼女がこうして縋り付いてしまうのも、多感な時期ということも併せて仕方のない部分もあるのかもしれない。


 よし、ここは根気よく――




「観司先生も瀬戸先生も……美男美女だから、わからないんです!」




 ――ん?


「彼氏? 居ませんよ!! 彼氏を作るために持ってるに決まっているじゃないですか!!」

「そ、そうなの? ごめんなさい、私も男の人とおつきあいしたことはないから、作り方はよくわからないの。だから、その、一緒に悩みませんか?」

「美人に生まれて周りが美男子の時点で勝ち組リア充じゃないですかやだーッ!!」


 え? え?

 なんだろう。想像していた方向性と全然違う。そうじゃなくて、こう、もっとシリアスな……ああいえ、もちろん本人にとってはすごく大切なことなのはわかるけれどね?


「こうやって私は勉強に追われて灰色の青春を過ごしたあげくアイドルに入れ込んで給料全て乙女ゲームにつぎ込んで二次元とテレビの向こうに恋して処女のまま死んでいくんだわ!!」

「お、女の子が大きな声で、しょ、んんっ、処女、とか、言ってはいけませんよ?」

「観司先生ってアラサーですよね?」

「え、ええ、二十代後半ですからね?」

「アラサーで美人で優しくてピュアな処女なんて腐るほど需要あるわもうやだーッ!!」


 そ、そんなこと言われてもどうしろと?

 思わず瀬戸先生に助けを求めようと視線をやると、瀬戸先生は机に突っ伏して震えていた。えっ、なに? なにごと?!


「リア充憎い、リア充羨ましい、リア充が恨めしい、美人が恨めしいッ!!」

「その、先ほどから気になっていましたが、あなたは可愛いと思いますよ? たくさん、自分を磨く努力をしてきたのは所作でわかります。今はまだ周りの男の子たちはあなたの魅力に気がついていないだけです。きっと直ぐに、あなたの魅力に気づく素敵な男性が現れます」

「きゅん――じゃなくて、じゃあ、先生が貰ってくれるんですか?」

「えっ」

「ほらやっぱり世の美人は私に振り向かないんだもうやだーッ!!!!!」


 あれ? さっきまで美男子って言ってなかった?

 というか、予想外すぎて答えに窮してしまった。いや、貰ってあげるわけにはいかないのだけれども。



「うぉおおお、世の中のリア充が憎いィッ、リア充を滅ぼす力を私に下さいキューピッドさまぁっ!!」



 彼女が握るペンダントが、急激に輝き出す。

 その光に瀬戸先生も思わず、といった表情で顔を上げて身構えた。もう、最近ちょっと格好良かったと思えばこの人は……!


 怪しげな笑みで、ペンダントを輝かせる彼女。

 だけれども、私は、彼女がどうにかなってしまう前に一言だけ、言いたいことがあった。そして、この一言がどうか、正気に戻して欲しい。そう願って。


「ま、待って! それって彼氏が出来たとき、あなたも滅んでしまうのでは?」

「ぁ」


 凍る時。

 女生徒ははっと我に返って、輝きが収まらないペンダントを見る。


「いやぁーッ、リア充の敵ッ!!」


 どの口が。

 そうツッコミを入れる暇もなく、彼女は窓を開け放ち、ペンダントを放り投げる。すると、飛んできた烏にペンダントが攫われて、そのまま烏が木の上まで持って行ってしまう。


「あー、私のキューピッドさまが! 妄想彼氏日記を生け贄にしてキューピッドさまに力を注ぎ込んで貰ったのに!!」


 そして、ペンダントはそのまま烏が――呑み込んだ。


「え?」

「へ?」

「なっ」


 烏の身体が、光輝く。

 緑の光に包まれた烏。その姿は瞬く間に変化していく。黒と白の歪な翼。ガチムチマッチョな体躯を包む、白いスーツ。頭だけは烏のままという怪人が、マッスルポーズで降りてくる。


「わ、私のキューピッドさまがマッチョに――きゅぅ」

「きゃっ、し、しっかりしてください!」

「だめですね、完全に気絶しています」


 夕暮れの裏庭に降り立つマッチョ。

 間抜けな姿でマッスルポーズを堪能しているだけなのに、異様なほどの重圧を感じる。間違いなく、このまま戦っても勝てないだろう。なら、烏の気が変わってこちらを攻撃する前に、先手必勝で――。


 ――PiPiPiPiPiPiPi


 鳴り響く端末。

 すぐさま出ると、そこには、焦った声の陸奥先生。


『大変です、観司先生! 今、学校の色んなところで歪な片翼の生徒が暴れています! 人もまばらになったとはいえ、残っている生徒も居ます。どうか、応援を――うわっ』


 ぷつん、と切れる端末。

 あらゆる場所で暴れている? あのレベルの強敵が?

 どうする。魔法少女に変身して戦わなければ生徒が危うい。でも痴女に? みんなに正体を明かす展開? どうにか、どうにか、どうにか私だと発覚しない方法で――ぁ。


「どうなさいますか? 観司先生」

「瀬戸先生。あの、巻き込んでしまったらごめんなさい。来たれ【瑠璃の花冠】」

「ッ。よろしいので? さすがに、教師は続けられなくなりますよ。あなたがこの学校から去るくらいならば、私が――」

「いいえ、大丈夫です。その、あとで酷い目には遭いますが、私だとは発覚しません」


 ああ、もう、やだ。

 恨むよ、謎のキューピッド。あなたのせいで私は、こんな醜態をさらすことになる。


「【ミラクル・トランス・ファクト】」


 もう時間は三十分などとっくに過ぎた。

 学内の天使もどきを一掃して、鈴理さんのもとへも駆けつけて、正体がばれないように全員救い出す。そのためには、もう。


 これしかない……!!




「二重変身――【ミラクル・トランス・コンヴァーション】!!」




 黄昏の雲に。

 夜の帳が蓋される。


 瑠璃色よりも深い闇。

 常夜の空より昏い黒。

 漆黒よりも鮮やかで。

 悪徳よりも艶やかに。



「ふくっ、ふふっ、アハ、はははははっ」



 “私”の世界が塗り変わり。



 ――意識が薄れて。

 ――心の奥から浮上する。



 “あたし”の世界が顕現する。



「アハハハハハハハハッ!!」



 これを、快楽と言わずになんと言おう!


「震えるほどに気持ちが良いわ」

「なっ、えっ、は? み、観司先生?」

「なぁに、亮治くん? あら、震えているの、可愛いわね」


 背丈は低く。

 肌はダイタンに露出させて。

 双剣に変わった杖を振り回し。


 幼い胸に指を這わせながら、震える瀬戸に微笑んだ。


「ふふふ、良いわ。せっかくだからそのマザコン、あたしがロリコンに塗り替えてあげる。どう、嬉しい?」

「なっ、こ、これは、いったい?」


 混乱して尻餅をつく瀬戸に近づいて、顎に手を掛けて馬乗りになる。

 そういえばこの子は最近、(未知)の好感度が高めだったから、ちょっとだけサービスしてあげようかなぁ。ふ、ふふふふっ。


「反転よ、反転。“(未知)”ったら、正体がばれたくないから、ばれないようにあたしに変わったの。でもよほど混乱していたのでしょうね――今回は、前回のように、鈴理の言葉なんかでは戻らないっていうのに。あはははははははっ」


 そう、ずぅっと内側に引きこもって見ていたのだ。

 前回みたいに“純真無垢”な視線なんかで戻ってあげられるほどヤワではない。それを想定せずに変身して、あとで悶えることになる。ああん、ゾクゾクしちゃうわ。


『クェエエエエエエエエエッ!!』


 と、没頭していたら、どうやら烏に気がつかれたみたいね。

 しょーがないから、楽しみは後回し。放置していて誰かが傷つき、(未知)の心が壊れでもしたら悶える姿に愉しめないしぃ。




「あたしはラピ、闇堕ち魔法少女モード――可愛らしく、ヤミラピって呼んでね?」




 まずは楽しく邪魔モノの後片付け。

 愉しみはそのあとにたーっぷり待っているんだから。


「だから、あたしの楽しみの邪魔、しないでね♪」


 とっとと退場、して貰うわね?





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