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そのなな

――7――




 平凡な顔つきの男子生徒だった。

 黒い髪に、焦げ茶の瞳の彼。名前も知らない彼は、今、雄叫びと共に歪な片翼を羽ばたかせて、手から出した光の槍を打ち出している。


「【速攻術式セット平面結界フラットバリア操作展開陣コントロールバレル術式持続ドゥレイション展開イグニッション】!」

「【起動術式スタートワード忍法ニンジャスペル隠練望シノビインビジビル】」

我が意に従え(Order)――【聖人の銀十字(SaintCross)】!」


 広い第七実習室の中。

 最初にわたしが盾を展開して、槍を弾く。その隙に夢ちゃんが姿を消し、レイル先生が十字架型の剣を構えた。


「レイル先生、外との連絡が取れません!」

「カンタンな異界化だね……ここでタイオウするしかないようだ」


 師匠との定期連絡は三十分。

 五分過ぎて連絡がなかったら、動いて貰うことになっている。ということは、あと三十分程度は時間を稼がなければならない。ポチもいない戦場って、なんだか久しぶりかも。


「これは――フィフィリア・エルファシア、加勢する!」

「っ、鈴理、夢! わ、私はリュシーと香嶋先輩に、れ、連絡してから戻ってくる!」


 そう言って、フィーちゃんは大きな鎚を呼び出して持ち、静音ちゃんは踵を返して走り去る。そのまま直接師匠に報告できる状況だったら良いのだけれど、そんなに甘くはないんだろうなぁ。


「力の帯よ、我が血に従え――【剛腕力帯ごうわんりきたい・メギンギョルズ】!」


 フィーちゃんが腰に巻いていたのであろうベルトが、羽衣のようになってフィーちゃん自身に巻き付く。するとその帯が爛々と輝き始めた。


「焼き潰せ、トールハンマー――【雷揮神撃らいきしんげき・ミョルニル】!」


 更に、フィーちゃんの鎚が稲妻を纏う。

 空気を焼き焦がすような音。室内で振り回すためか、サイズは変えていない。けれど伝説級の特性型スキルタイプの名は伊達ではないのだろう。その威圧感は、息を呑むほどだ。


『裁キィイイイイッ!!』

「黙れ」


 風切り音と共に鎚が振られる。

 天使もどきはそれを避けようとするが、足下に“やじり”を打ち込まれて怯み、それも叶わなかった。

 よし、この軌道なら確実だ。あんな一撃なら、再起不能くらいまでなら追い詰められる!


「――下がれ、フィフィリア! 罠だ!」

「ッ」


 響いた声。

 入り口から飛び込んできたリュシーちゃんの言葉に、フィーちゃんは咄嗟に後ろへ飛ぶ。


『【裁キノ光】――チィッ、外したか』


 天使もどきが身体から放ったのは、幾重にも束ねられた光の槍だった。

 まるでハリネズミのように防御として展開されたそれは、鋭く痛々しい。もしあのままフィーちゃんが突撃していたら、と、そう思うと――知らず、怒りが身を包む。


「裁きってなに? 独りよがりの正義で、色んな人に、それがなんであるかも教えないであなたみたいな姿にされる人たちのことも考えずに? なに、それ……!」

『神ヲ信ジレバイイ! 神ヲ信仰シナイカラ罰ヲ受ケタ! ソレダケダロウ?』

「わたしたちが辛いときに、神様は何かしてくれたの?」

「……そうだ。神はスクッてはくれない。くれなかった。神を信奉する信者たちが悪魔にコロされていても、神は、天使は、なにもしなかった。ダカラ、天使は信用されてイナイ。多くの人間が、聖人をタクト・シノノメに定めた。タスケてくれたカレを、天からの遣いとしなければ――神を信じてコロされていったドウシたちが、報われないカラだ」


 そう語るレイル先生の声は、重い。

 絶望、失望、悲嘆、郷愁、諦観。あらゆる感情が、レイル先生の瞳の奥に渦巻いている。

 その言葉の重みは、胸に響くようだった。そうだ、レイル先生自身こそが誰よりも、直視したくなかったことなのだろう。それをどうにか己で決着をつけて、折り合いをつけて、今ここに立っているのだろう。


『煩イ、煩イ、煩イ……黙レェエエエエエエエエッ!!』


 それはまるで、子供のかんしゃくのようだった。

 我が儘ばかりの子供の、泣き叫ぶような抵抗だった。


「くっ、力が増してる?!」


 爆発的に溢れる力。

 レイル先生の時のように静謐ささえ感じさせる精微な力はそこにはない。ただ、無理矢理引き出して暴発させているような、そんな力だ。

 当然、振るわれる力に、配慮なんてモノは無い。


「ッここはボクが食い止める! ミンナは、ラピが来るまでタイヒを――」

「逃げるところなんてどこにもありません。ましてや、“監督”の先生を置いて逃げるところなど」

「――ッ香嶋、キミは」


 杏香先輩と、肩で息をする静音ちゃんが入ってくる。

 これで、魔法少女団の前座メンバーは集結だ。みんなとなら、負ける気はしない。なら、師匠が来るまで持ちこたえるなんて、楽勝だ。


「碓氷は姿を消したまま援護。有栖川さんは後衛から狙撃。水守さんは私の背後で補助。笠宮さんは前線維持。ドンナーさんとロードレイス先生で切り込み。状況開始!」


 戦いの中で返事はない。

 ただ各々が役割を頷き、配置を動く。


「【起動ライズ】!」


 リュシーちゃんの二丁拳銃が。


「汝は希望、汝は勇気、汝は闇を祓う勇猛なる戦士。なればその身は、【勇者の旅団】と知れ」


 静音ちゃんの歌が。


我が意に従え(Order)――【聖人(Saint)の銀剣(Crossblade)】」


 レイル先生の剣が。


「【重火減転じゅうかげんてん・イルアン=グライベル】」


 フィーちゃんの籠手が。


「【術式開始オープン防御力向上展開陣ディフェンダーバフバレル術式連動インクリース

 【術式開始オープン対象指定ロックオン魔法少女団メンバー連動展開デュアルイグニッション】」


 杏香先輩の二重詠唱が。


「影から御免――【展開イグニッション】!」


 夢ちゃんの奇襲が。


「“息を潜め、牙を研ぎ、獲物を見据え。冷たきはそとへ、熱きはなかへ、心意に満ちるは刃の如く。故にこれぞ”――」


 わたしの自己暗示が。


「“狼の矜持”!!」


 すべて、重なる。

 今、過剰な力を欲した堕ちた天使との交戦が、本格的に幕を開けた。




















――/――




 ボクにとって彼女たちは、ホンライならばこんな風に共闘する仲にはなり得なかった。


「レイル先生、右から来ます!!」

「OK! 聖銀よッ!!」


 名門の長男。ドウジに、姉の絞りカスであるかのように扱われ、タダ、全ての重圧から逃げるために神に縋った。

 ホントウはわかっていたんだ。神という存在は、天使という存在は、ココロから信じていいとは限らないような、ソンナ存在であることなど。

 けれど縋って、それなりの地位を手に入れて、天使と繋がりのあるという御方のモトで任務をこなすようになって、それでスベテが報われたような気がしていた。気になって、喜んでいただけの、アワレな駒だった。だからこそ、渡された結晶が欠陥だらけのモノだなんてわからず、知ろうともせず、カンタンに捨て駒として利用されて。


「何故、ニゲない? ――問うテモ、無駄なんだろうナァ」


 助けられて、胸を射止められて、それで“マタ”縋ろうとした。

 美しい女性に、煌めいていたカノジョに縋って楽になろうとしていた。そんなボクの下心など、見抜いていたであろうに――信じてくれて、共に戦ってくれるカノジョたち。


 その姿に、ムネのオクが、ボゥっと熱くなる。


「愚かだ。けれど、それならキット、ホントウに愚かなのは他でもない――ボクだ」


 この恋心はホンモノだ。

 偽物だらけのボクが手に入れた、ホンモノの感情だ。

 だからもう、オワリにしよう。諦めて、縋り付くのは、ここでオワリにしよう。


『何故ダ、何故敵対スル! レイル・ロードレイス!!』

「決まっているダロウ?」

『ナニ?』

「ボクの生徒タチを、守るためだ!!」


 ボクの生徒は傷つけさせない。

 だからキミの足止めをしよう。コロすためや、ニゲるためじゃない。スクうための戦いをしよう。




「来い! ボクが相手だ! カノジョたちには、指一本触れさせない!!」

『オノレェェエエエエエエエエエッ!!!!』




 それが――ボクのヴィーナス、キミに恥じることのないボクであると、思うから。





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