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そのろく

――6――




 調査を開始するに当たって、幾つかの問題が浮かび上がった。

 その最たるモノが、もうこの会議室はわたしたちの手で使用済み。使われることはないのではないか、という懸念。

 もちろん、既にペンダントを持っている人から証拠を握る、というのもありだが、それではまず売人バイヤーは捕まらない。

 正体不明の売人バイヤーを押さえつけないと、入手元も目的もわからないのだから。

 わたしたちの誰かが囮として、靴箱に手紙を仕込んで“キューピッドさま”とやらと連絡を取る、という案もあったのだけれど……M&Lで再度確認したところ、キューピッドさまへの連絡方法はころころ変わり、求める人にどこからか情報がもたらされる、という実に怪しいのに囮になりにくいやり方だった。


「……で、色々調べてみたんだけど」


 そうわたしに声を掛けるのは、現在、わたしとペアになって動いている夢ちゃんだ。

 名簿上、既にペンダントを受け取っているであろう“鍵を借りたことがある生徒”についての調査や動向観察を進めている中、夢ちゃんは独自に調査もしていたらしい。

 なんでもあの会議のあと、“生徒会のことで”と師匠に呼び止められてお話ししたみたいなのだが……そのあとから、夢ちゃんは静かに燃えていた。「この私が踊らされるなんてね」なんて呟いていたけれど、なんだったのだろう?


「この、受験を控えた三年生の先輩。棟方むねかた恭弥きょうや先輩ね。どうもわざわざ鍵を借りて会議室に向かう最中、運悪く階段から落ちて捻挫したみたいなのよね。で、そわそわとした言動や態度、あるいは焦燥が見られるのよ」

「ええっとつまり、もう一度、ペンダント欲しさに接触する可能性がある、と?」


 確かに、それは運が悪い。

 夢ちゃんは真剣な表情で頷くと、一枚の地図を取り出した。校舎の見取り図のようだが、その上を人型の紙人形が歩いている。

 えっ、これなに?


「夢ちゃん、これは?」

「棟方先輩に貼り付けた、“術式刻印レリーフィング”探知プレートに連動してあるのよ、それ」

「うひゃあ、いつの間に……。あ、でもこれなら」

「そう。怪しい動向や人の寄りつかないような場所に彼が近づいたら、一目でわかるわ」


 紙人形は、まだ教室にいるようだ。

 ん? 移動? ぁ、トイレか……あ、あんまりじっくりとは見ないようにしよう。なんか悪いし、ね。


「動きがあったら即、端末の部活動用グループ配信で全員に通達。動くわよ」

「うん、了解!」

「ふっふっふっ、碓氷を侮ったことを後悔させてやるわ。ひとまずは犯人に、次は生徒会にね!」

「ええっと、生徒会は敵じゃないよ? 夢ちゃん。ぁ、これ聞いてないね」

「ふっあっはっはっはっはっ!」


 と、とにかく。

 そうと決まれば張り込みだ。他のみんなが進めている調査と同時進行になるのだろうけれど……なんだかこの紙人形が全ての突破口になるような、そんな気がしてならなかった。















 ――とはいえ。

 調査してから直ぐに動き出す、なんてこともそんなにない。交代で見張りながら日々を過ごし、動きがあったのは張り込み開始から十日後のことだった。

 経緯としては、棟方先輩が担任の先生に“集中力の乱れ”を注意されて、受験への焦りが募り、動き始めたということであった。


「いい、鈴理。ペンダントが出てきたら直ぐに映像を先生方に送信」

「レイル先生が確認して、“本物”だったら即確保、だよね?」


そう。実際に見てただのペンダントであったのなら、ペンダントよりもキューピッドさまの正体を暴く方を優先させる。穏便に済むなら、それに越したことはないだろうからね。

 でももし本物であったのなら、強制確保だ。無理はせずに、確実に。確保に動いたことで怪我でもしようものなら、師匠が責任を取りかねない。わたしたち魔法少女団にとって、それ以上の脅しはないのだから。




「こちら夢、鈴理ペア。対象が校舎を移動。会議室方面」

『こちら香嶋、アリュシカペア。了解』

『こちら、み、水守とドンナーペア、了解です』

『こちらレイル。ラジャー』

『こちら観司です。みなさん、無理はしないようにね?』




 師匠は今回、参加はしない。

 所用あってのこと、と、説明しているが実際には違う。いざとなったら直ぐに変身して向かえるように、人気のない空き教室で待機しているのだ。

 師匠をヴィーナス呼ばわりするレイル先生に、師匠がヴィーナスだとバレるわけにはいかないしね! うん? なんか変?


 動向を細かに報告しながら移動する。

 やがて紙人形はわたしたちの部室、よりも一部屋下の階に移動。このままだと向かう先は――第七実習室、だ。


『第七実習室、ね。碓氷班は部室の床を少し開けて、動向の観察』

「了解」

『水守班は実習室の外、廊下右側に待機。先生は反対側へ』

『りょ、了解です』

『ラジャー。任せてくれ』

『私たちは左右から階段を一時封鎖するわ。健闘を祈るわよ』


 わたしは夢ちゃんと頷き合うと、部室に移動する。

 それからこっそり“干渉制御ロジック・コントロール”で音を消して、下の部屋に通じる扉を開いた。


「見える?」

「うん」


 隙間から覗くのは、薄暗い実習室だ。その中央に佇むのは、白い布を被った人影。おそらく、あれがキューピッドさまとやらなのだろう。

 合同実践演習のために解放されてはいるけれど、異界に入るためには特別な鍵が必要らしく、異界への門は閉ざされている。

 わたしたちは棟方先輩が入ってきたのを確認すると、そっと耳をすませた。






「おい、ほら、金なら持ってきた。願いが叶うんだろ? くれよ」

「……大切なモノと言ったはずだが?」

「金が大事なんだよ! 悪いか?! ぼっちの宝物なんて金くらいなんだよ!!」

「いや、構わないさ。願いは?」

「受験と友達だ」

「おいおい、欲張るなよ。“天使様”が叶えてくれるのは一つだけだぞ」

「受験か友達で」

「そ、そうか」






 あれ、なんだろう。急に胸が痛くなってきた。

 そうか、棟方先輩。友達が居ないんだね。まるで、夢ちゃんに出会う前までのわたしみたいだ! うぅ。やっぱり胸が痛い。






「まぁいい。では、机にモノを置け」

「あ、ああ」

「見ていろ。願いの対価の有り様を!」






 棟方先輩が机に置いた、豚さんの貯金箱。

 その貯金箱にキューピッドさまがかざすのは……星形の、ペンダントだ。

 わたしは端末でその映像を撮影すると、レイル先生に連絡した。すると、間髪入れずに返信が来る。


『間違いナイ、ホンモノだ!』

「鈴理!」

「うん、夢ちゃん! “重力増加グラビティ・プラス”!!」


 対象はペンダント。

 呑み込まなければ効果がないというそれを、持ち上げられないほど重くする。


「ぐぁっ?!」

「えっ、どうした? 友達がもう!?」


 あ、受験よりも友達なんだ。

 って、いけないいけない。今は気を逸らしている暇はない!


「棟方先輩、覚悟!!」

「おお、天使――にしては、胸がないばわ?!」

「天誅!!」


 棟方先輩は睡眠干渉で眠らせるつもりが、ついうっかり気絶させてしまった。

 でもひとまず今は、キューピッドさまの確保が優先。そう見てみると、夢ちゃんが既に腕を極めて引き倒していた。


「よくやった!」

「ぐぁ!? なっ、新任教師の?!」


 飛び込んできたレイル先生を見て、布を剥がれた白い制服――異能科の男子生徒が驚きの声を上げる。危険な賭ではあったけれど、なんとかなって良かった。一時はどうなるものかと。


「さ、答えてモラおうか? キミはええっと、Bクラスの男子生徒だね?」

「チッ」


 レイル先生が、端末で照会しながらそう問う。

 一般生徒のわたしたち相手だけならともかく、レイル先生も相手となれば言い逃れも出来ないことだろう。

 そう思いつつも、怪しい挙動がないか見守っておく。


「ハッ、まさかあんたが裏切り者だとはな」

「なに? キサマ、何を知っている?」

「天使様に刃向かうモノの末路、知らないとは言わせない! 我らこそが至高。我らこそが正統なる神の使徒だ! 愚かな“紛い物”を駆逐して、我らの世界を作り上げることこそが至宝!!」


 なんだか、雲行きが怪しい?

 苛立ちに包まれる男子生徒。鳴り響いて止まない心の警鐘。


 そして。


「ならばこの場で断罪してやる! 我らこそが、神の真なる使徒なのだァアアアアアアアアッ!!!!」

「まずい……離れるんだ、碓氷夢!」

「ッ」


 急いで離れる夢ちゃん。

 とたん、彼の背中から溢れ出したのは、歪な片翼だ。

 純白なのにどこか傷ましいその翼を前に、わたしたちは身構える。


『裁キヲオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』


 どうやら、ちょっと、逃げられそうにないみたいだ。





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