そのご
――5――
全員で休憩がてら一息吐くと、早速、活動再開となる。
香嶋さんが全体指揮を執るので、私は板書を名乗り出る。最初の内は、会議をしながら黒板に纏めるのは難しいからね。
「では、集めた情報の確認を始めましょう。最初は、水守さんからお願いできる?」
「は、はい!」
水守さんは慌てた様子で立ち上がると、慌てて座り直して鞄から資料を手に取り、もう一度立ち上がる。非常に恥ずかしそうではあるが、おかげで緊張は取れたようだ。
「か、過去の資料を確認したところ、元々は下の第七実習室と階段で繋がっていて、こ、ここはあくまで、第七実習室の資料庫扱いだった、み、みたいです。そ、それがちょうど六年前に端末の導入と生徒会の権限拡大により、資料の配置場所が分担。大規模な改装工事を経て、幾つかの資料庫はこうした会議室や資料庫になった、みたい、です」
なるほど。
黒板には、元々は資料庫であった、と板書する。
「じゃ、流れ的に次は私ね」
そう立ち上がったのは、夢さんだ。
また無茶をしていないと良いけれど……まぁ、ひとまず、聞いてみよう。
「私が調べたところ、この部屋に騒動が目撃され始めたのは三年前。よくある七不思議の一つとして“無人教室に踊る影”というものがあったみたい。当時の生徒会が生徒からの陳情を受けて調査したところ、真上の教室にいた念動力系異能者の影響で、カーテンが大きく揺れ動いていたことが原因として判明しているわ」
「えっ。夢ちゃん、それじゃあ一度、解決されているの?」
「うん。なんだけど、七不思議の枠になった以上、噂だけは消えなかった。でも、もちろん、解決しているんだから目撃はされない。されるはずがない。でも――」
でも? でも、とはなんだろう。間を開けないで欲しい。
知らず、生唾を呑み込む。いや、怖くはないよ? 本当に。ただ、もったいぶられると気になるって言うか。ね?
「――目撃情報が、出たの」
「ユメ……それはその、見間違いではなく?」
「ええ、今日に続く“第七会議室の怪”。その発端が去年の夏休みなの。突然、ぐらぐらぐら、と、地面が揺れたかと思うと、ぼんやりと光る影が会議室に現れた。不審に思った去年の生徒会役員が調べてみると、そこには……」
そ、そこには?
「……怨嗟の声と、無数の人魂がぼぅっと浮かび上がったのよ!」
「ぴっ」
視線が、私に集まる。
ち、違うのよ? 怖くて悲鳴が漏れたとか、そんなことは一切ないんだからね?
「こほん――続けてください」
(ぐっ……お姉さま)
(師匠、かわいい)
(ミチ、かわいい)
(か、かわいい)
(こ、こわいのだろうか?)
(オウ、キュート……い、いかん、ボクにはヴィーナスが居るというのに)
ないんだからね?
半目になって見回すと、みんなは視線を戻してくれた。まったく。
お化け騒動なんて、まったく、ばかばかしい。
「と、そんな訳で会議室は一時封鎖。人は寄りつかなくなって、それでもたまーに目撃情報は上がる。私たちにこの部屋を開放した生徒会としても、妙な噂を断ち切りたかったんでしょうね。あと、この部屋の鍵を借りに来た人間一覧の名簿もあるから、これはあとで要検証ね」
んん?
ちょっと聞き捨てならないことが。
「夢さん? その名簿はどこから?」
「コピーですよ、コピー! あははは、ちょっと生徒会からお借りしまして」
まさか、忍び込んだ?
現生徒会のメンバーには、およそ補助という項目に特化させれば万能と言っても良い異能者がいる。その上で問題が教員にまで登ってこないと言うことは……見逃されている?
まぁ、この場でつるし上げるように言うこともない。あとで二人きりで、じっっっくりとお話しはさせて貰うけれど。もう、なんらかの形で釘は刺されているかも知れないけれどね。
「では、スズリの前に私から良いかな?」
「ええ、お願い。有栖川さん」
香嶋さんと合同で調べたことを、アリュシカさんが纏めて発表する形のようだ。
鈴理さんを最後に回したのは――十中八九、“鈴理さんのことだから思いも寄らないことをしでかしかねない”というところだろう。夢さんか鈴理さん、どちらかがなにかやらかすのがこのグループの特徴だし。
やらかす、と言えば、教員寮の自室に置いてきたリリーのことが心配になってきた……と、これは今は良いか。
「私の異能、【啓読の天眼】はなにも未来を垣間見ることだけが能力の全てではないんだ。もっとも、未来視と現在視以外は使う機会がさほどなかったのだけれどね」
「あれ? リュシーちゃん、現在視って?」
「ああ、狙撃なんかで使っていたよ? ようは、遠くのモノでもハッキリ見えたり、闇夜を見渡したりすることさ」
そういえばアリュシカさんは、狙撃が要求される場面でスコープの類いを使っているのは見たことがない。おそらく、常時発動なのだろう。技能眼系異能者によく見られる、“発動せずとも漏れ出る力”というやつだ。
なるほど、言われてみれば使っている。でも、まったく気がつかなかったなぁ。
「その中でも、今回は“過去視”を用いて、断片的ではあるけれど、この場の過去を読み取ったんだ」
「アリュシカ……君はすごいな」
「はは、ありがとう、フィフィリア」
調査、探索の場では非常に有用な力だ。
……あまり無理はさせないよう、よく見ておこう。人の役に立つと思えば無理をする、というのもこのグループの特徴であるようにも思えるし、ね。
「見える映像はいつもぶつ切りで、あまりハッキリしたものではないが……とりあえず、見えたモノは絵にしてみた」
「どれ……へぇ、有栖川さん、絵、上手いわね」
「裁縫とか絵とか、けっこう得意なんです」
確かに、上手だ。
並べられた絵を、せっかくなので全員で見ていく。
一つは会議室に腰掛ける白い影。布の間から男子生徒のズボンが見えている。
一つは天井に向かって手を伸ばす誰かの姿。天井が高く、黒い縁にかけられた手が見える。
一つはたくさんの影。白い影とたくさんの影が、手を取り合っているように見える。
一つは床に落ちたペンダント。緑色のガラスか翡翠か。星形に象られているように見えた。
「この中で、正体が判明したのは一つ。この、天井に向かって伸ばされた手だ」
アリュシカさんはそう言うと、香嶋さんと顔を合わせて頷き合う。
それから何気なく立ち上がると、会議室の一角をとんとんと拳で叩き――タイルの隙間に定規を差し込んで、持ち上げた。
「アリュシカさん、それは?」
「扉さ。第七実習室に繋がっている」
「それは……」
隠し扉?
違う、最初に静音さんが調べた内容のままだ。昔、繋げられていたときの名残か。改装工事の際、なんらかの理由があったのか、単純に忘れていただけなのかは不明だが、残ってしまっていたのだろう。
「あ。ってことはこの白い影、ここから侵入した生徒がカーテンを被ってお化けのフリしてたんじゃない?」
「ぁっ、夢、冴えてる」
ほっ、お化けじゃないのか。
ん、いやいや、怖いとかじゃなくてね?
もしも心霊現象だったら手に負えない可能性もあるからね。それも踏まえての安堵なのです。
「じゃあ、ちょっとこれは関連してるかも」
「スズリ?」
「えっとね、フィーちゃんと情報収集してたときには大した物は得られなかったんだけど……ちょっと、伝手で情報が仕入れられたんだ」
「伝手? 鈴理、あんたそんなもの――ああ、M&Lだったり?」
「えへへ……うん」
M&L?
なんだか以前、新藤先生や高原先生も似たようなことを言っていたような気がする。あれ? そういえば瀬戸先生も、ファンクラブがどうとか……。
うん、これ以上は私の心の平穏に差し障りそうだから、止めておこうかな。
「なんでも、一部の生徒たちの間でこの場所は、“秘密のアイテム”の取引が出来る場所、として有名だったみたいなんだよね」
「その、鈴理の情報網からの連絡によると、“願いが叶うアイテム”を手に入れられるそうだ。方法は――」
フィフィリアさんが説明してくれた“方法”は、こうだ。
最初に異能科高等部三年生用靴箱左上の、未使用箇所に“願いを叶えて欲しい”と書いて、自分の靴箱を指定する。それを“キューピッドさま”と呼ばれるバイヤーが回収すると、靴箱に指定日時が書いてある。
鍵を借りて生徒が入ると、そこには白い布で顔を隠した“キューピッドさま”が居て、“自分の大切にしているモノ”一つと交換で“アイテム”をくれるのだという。
「――そのアイテムとやらの特徴が、“ソレ”に酷似しているのだ」
そうフィフィリアさんが指さしたのは、星形のペンダントが描かれた絵だった。
なるほど、色々と繋がってきた。つまりお化け騒動の原因を辿ると、行き着くのがこの謎のイベント、ということか。
「ところで」
ふと気になったので、小さく声を上げる。
「先ほどからずっと静かですが、どうかなさいましたか? ロードレイス先生」
「ぁ、いや、スマナイね。気になったのだけれど、うーん……誰か、ボクのヴィーナスに伝言を頼める人は居るかな?」
「え?」
思わず首を傾げてロードレイス先生を見ると、彼は慌てて首を振る。
「いや、ヨコシマなコトではないよ? ただこの、取引されていたというペンダントだが……似ていないか? ボクが使った“天意の雫に」
「えっ、レイル先生、それってまさか――“天使化”?!」
鈴理さんが勢いよく立ち上がり、ロードレイス先生に問いかける。
緑色の菱形の結晶。それが鈴理さんたちの前でロードレイス先生が呑み込んだ“天使化”のキーアイテムだったという。
そして取引されているのがもし、天使化の結晶だとしたら……まずいことになる。杞憂ならそれに越したことはないが、そうでなかったら。
「学校を混乱させる、という程度ではすまないわ。……良いでしょう、魔法少女には私から伝えます」
「オウ! 観司センセイ、キミなら連絡がつくのか?! デ、デハ、その、愛の言葉とか」
「必要なことのみ伝えます」
「シット! ヘイ、妬みは良くないんじゃないか?!」
「妬みでも僻みでもありません、常識です」
邪なことじゃないの、もう!
項垂れるロードレイス先生を放置して、みんなを見回す。わかっていたことだけれど、その眼光は衰えない。みんな、ここで退いたりはしないだろう。
「魔法少女団、最初の任務が決まったわ。観司先生、よろしいですね?」
「無茶はしない……約束、できますか?」
「もちろん、お約束します。ではみんな、最初の作戦名は“密売の犯人を追え”。異論はないわね?」
「もちろんだよ、杏香先輩!」
「任せてください、杏香先輩。腕が鳴るわね」
「ああ、もちろんだ。頑張ろうね、みんな」
「は、はい。いざとなったら、ズバッと」
「ず、ずば? ああ、もちろん私も賛成だ。新参だが、精一杯勤めよう」
その意思の力強さに苦笑する。
もう何度も修羅場をくぐり抜けてきた彼女たちの目に、怯えも油断もない。
なんとかする。なんとかなる。いつの間にか、そんな強さを持っていた彼女たちの“強さ”に、なんだか、感動すら覚えた。
「では、明日より、碓氷の名簿をもとに調査を開始します。やるわよ、みんな!」
「おーっ!」
振り上げた手に頷くと、私も決意を固める。
いざとなったら、この身を羞恥に晒すことも躊躇わない。私にできることは、全てやり遂げてみせよう、と――。




