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そのいち



――1――




『今日より、我等が象徴足る“関東特異能力及び魔導術式育成専門学校”で教鞭を執れることを嬉しく思う。だが私は、真摯に学ぶ君たちには申し訳なく思うが、常に教壇に立てる訳ではない。故に、特別講師として、先達としての役目が果たせるときは、極力、君たちの力になろう』


 関東エリア特異能力及び魔導術式育成専門学校、通称“特専”。

 本日はお日柄も良く、絶好の“修学旅行”日和となった訳なのだが……。


『改めて、自己紹介をさせていただこう。私は――俺の名は“九條獅堂くじょうしどう”。本日の第一学年第一期修学旅行を節目に、特別講師として招かれた。英雄だのなんだのと気負わず、ガンガン頼ってくれ』


 響き渡る歓声を、無駄に顔の整った男が受け止める。

 修学旅行の場。かつて異世界からのゲートにより侵略者が押し寄せたとき、あまりの攻防により土地が拡大・異界化を起こした旧沖ノ鳥島、現沖ノ鳥諸島。

 その海岸部に位置する政府直轄複合施設“高天ノ原”にある大講堂で、獅堂はそれはもうイキイキと笑っている。


「七……ええっと、これ、知ってた?」

「あはは。うん、まぁ、サプライズなんだってさ」


 実家から戻ってきて職場復帰した七に尋ねると、七はそれはもう申し訳なさそうな顔で頷く。

 ああ、口止めか。獅堂のことだ、よほど脅しかけて口止めしたのだろう。あの男、出会ったときからサプライズだの、ドッキリだのが好きな人間だった。それに一番被害に遭ってきたのが私で、次が七だ。

 うぬぬ、お姉ちゃん、対獅堂でろくに止められなくてごめんね、七。そういうのは毎回、同じ英雄仲間でも拓斗さんや時子姉に丸投げだったからなぁ。


「うーん、盛り上がってるなぁ」

「まぁ、獅堂だからね。彼は男の子に好かれやすいから」

「中二病の定めね。あ、ウィンク飛ばしてきた。避けなきゃ」


 音でも鳴っているんじゃないかというほど、派手にウィンクを決める獅堂。

 妙に様になってて大変、腹立たしい。みんな、騙されちゃいけない。あれは“ワイルドな魅力”とか自分で言っちゃう人間だぞ。




 九條獅堂くじょうしどう

 二つ名は紅蓮公プロミネンス・イーター

 能力名は紅煉咬プロミネンス・イーター

 七人の英雄の中では、弟分()を抜いて最も身近なヒーローと呼ばれた、発現型アビリティタイプの大御所が、教壇に立ってワイルドに笑っている。




「なんだか、無事に終わりそうにない気がするわ」

「まぁ、無事に帰れるように僕も協力するから、未知はあんまり気負わないで?」


 輝くスマイルで言ってくれる七には申し訳ないが、ため息を誤魔化せそうにない。

 それはここ最近の悪魔事情しかり、何故かできた弟子にしかり、獅堂の突然の登場にしかり。


「いざというときはお願いね、ポチ」

わんっ(心得た)


 肩に乗っている、黒毛の子犬しかり。

 どうにもこの修学旅行。今年は、平穏無事とはいかないようだ。


「はぁ……」

「はは……あんまりため息をついていると、幸せを逃がすよ、未知」

「うん……気をつける」


 誰かが、大暴れしてくれなきゃ、いくらでも気をつけますとも。ええ。














――/――




 この特専における私の立場は、常勤講師というだけで、担当のクラスを持っているわけではない。というのも、コネ入社の際に“ある程度縛り無く動いていて欲しい”などという頼みごとをされたから、なのだ。

 経験を積む意味で最初の三年間だけ担任を持ち、今年に入ってからは魔導術式学の常勤講師としてのみ籍を置いている。


 そんなわけで、この修学旅行においては固定のクラスについても良いしつかなくてもいいし、というある程度ふらふらできる護衛員、のような立場のはずだったのだが……。


「何故私が貴方のお世話係なのでしょうか? 九條特別講師」

「いやな、友人だと話したら自然とこうなったんだよ、観司先生」


 あくどく笑う顔に浮かぶのは、確信犯の三文字だ。

 これもサプライズの一環ということだろうか。まったく、この中二病は……。


「わかりましたよ、もう。職務はまっとう致します。よろしくお願いしますね、九條特別講師」

「はっはっはっ、もっと肩の力を抜いても良いんだぜ?」


 気軽にひとの背中をばんばん叩いてくる獅堂を流しつつ、旅のしおりで予定の確認をする。

 一日目は“異界”の解説。二日目と三日目は“異界”内部での探索。四日目は反省会と観光。今日はまず旧沖ノ鳥島中央に根ざす“異界”に案内して全体講義、かな。


「では、旧沖ノ鳥島に向かいましょう」

「沖ノ鳥島か。懐かしいねぇ。国が総出で、ちっぽけな岩場を保護していたのが懐かしい」

「……そうですね。最早保護する必要はありませんものね、アレ」


 流石に獅堂を一般生徒のバスに乗せるとパニックになるので、私と彼は魔導術式補佐型無人タクシーで移動だ。

 車内で眺めるのは、島の中央。かつて小さな島だった“沖ノ鳥島”が、諸島などと呼ばれるようになった原因。


 天に昇る、極光オーロラの柱。


「相変わらず、無駄に荘厳な光景です」

「ああ、まぁな。アレ実際、なんでああなったんだっけ?」

「アレです、あの、貴方と拓斗さんと私と、セ、じゃなくて――七が、一斉に、こう」

「ああ」


 それはもう強力な悪魔が居た。

 沖ノ鳥島に込められた、幾人もの人間が捧げられた“存続して欲しい”という願いを、自身をバイパスにして実現。悪魔にとって都合の良い巨大な島と、暗黒の塔を作り上げた。

 その塔を英雄四人でよってたかってぼこぼこにして爆破すると、巨大な島は幾つにも別れた小島となり、塔のあった場所は空間が歪んで“異界化”を起こしたという、あらゆる意味で私たちにとって教訓となった事件だ。


 小島周辺の生態系もずいぶん変質――稀に二メートルの鰯が出現する、など――したために漁猟権という意味ではほとんどプラスにならなかったが、観光地としては大賑わいだ。もっともそれも、異界化した中央の島ではなく、周辺の小島に限った話なのだが。

 いや、入れられないでしょう。一般人。


「ま、こうして若い萌芽の育成に役立てたんなら、あの悪魔もの世で泣いて喜んでいることだろうさ」

「まぁ、泣いていることは確かね」


 思わず頷くと、獅堂はニッと不敵に笑う。

 その笑みに脈絡がなさ過ぎて、思わず首を傾げた。


「――やっと、肩の力が抜けてきたな」

「へ?」

「俺は確かにおまえを心配してる。でも、それを気負うな。女に気負わせることほど、格好悪い男はいねえんだよ、ばーか」

「――ぁ」


 だって。

 だってさ、驚くじゃないか。

 突然の特別講師? 人に教えるなんてガラじゃない、なんて笑っていた男だよ?

 私のせいで、無理させているのかなって、思うよ。


 ああ、でも。

 うん、ふふ。


「しょーがない、我が儘な獅堂くんに免じて、そうしてあげよう」

「そうそう。それで良いんだよ。おまえは俺を動かせる。誇れよ、魔法少女」

「うるさい。もう少女じゃないの。心も体もとっくに大人なんだから」

「そうかそうか、成長したもんなぁ」

「うげ、変な目で見ないでよ。変態」

「男はみんな変態だ」

「胸を張ること?」

「当たり前だろ。これだけは七も同意するぞ」

「七を獅堂の目線で穢さないで」

「七も可哀想に……。これじゃあなにもできんぞ。好都合だが」

「?」

「なんでもねーよ」


 あなたは、いつもそうだったね。

 心配かけてごめんなさい。気を遣わせて、ごめんなさい。

 でもこの言葉は、私を満足させる言葉でしかないから、胸にしまっておくよ。


 だから、さ。


「獅堂」

「なんだ?」

「ありがとう」

「おう」




 お礼くらい、言わせて。

 あなたは私の仲間で――大事な親友なんだから。




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