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そのよん

――4――




 腕時計を見て思わずため息。

 実技演習。それから直ぐ傍まで控えた第一期修学旅行。どうにか区切りを付けたモノの、大幅に遅れてしまった。せっかく鈴理さんたちの部活動の、初回だというのに。


「そういえば結局、活動内容はなんだったのかな? 行けば、わかることか」


 部長は香嶋さんか。

 だったら、けっこう頭を使う方向の部活なのかな。史学研究とか。みんな一芸ある子たちだし、変に暴走を促すような内容じゃないと良いのだけれど……そうなったら、止めてあげよう。


「おや、観司センセイ。あなたもこれから?」

「ロードレイス先生……。はい、ということは、ロードレイス先生が?」

「エエ、カントクに任命されましたよ。ボクのヴィーナスも関わりがあるようですし」


 ああ、うん、ヴィーナスねぇ。ミロのヴィーナスにあやまれ。

 いや、間違えた。そうだね、確かに全員、魔法少女の正体を知る人たちだ。彼の反応にも頷ける。彼女たちに関わっていれば、魔法少女に会える確率は高くなるものね。

 ……うん、魔法少女でなくても一般人の“天使化”及び“神獣化”を解除できる方法を、一刻も早く見つけ出さないと。私の、心の平穏のためにも。


「――そういえば、観司センセイ。あなたはボクのヴィーナスとどんな関係が?」

「みなさんと、同じようなモノですよ」

「ナルホド。彼女の美しさに傾倒したのですね。ハナシがわかるひとだ」

「命を助けられた、と解釈してくださいね?」


 事実、魔法少女の力がなければ窮地に立たされていたであろう場面は、数え切れないほどにあるのだ。魔法少女(の力)に命を助けられてきた、というのは間違いでは無い。

 というか、そもそもあなたのヴィーナスではないからね?


「観司センセイは、教師は長いので?」

「まだまだ、ですよ。今年で五年目です」


 最初の一年は行き当たりばったりで、色んな人に支えられながら、ひたすら走り抜いた。

 翌年からは副担任としてクラスを持たせて貰い、その更に翌年には未熟ながら担任教師として生徒たちを見守って。結局、生徒たちにとって掛け替えのない三年間に、私が何が出来たのかは解らない。けれど、たくさんすれ違って、泣いて笑って、失敗して。教師の肩に掛かる重責を思い知った。

 去年は怒濤の一年だった。高等部、大学部の授業枠を受け持つ教師としてのリスタート。一度、担任の枠から外れて三年間、生徒たちに触れていこう。そう始まった教師生活四年目は、振り返っても激動だった。鈴理さんに出会って、思いがけない苦難があって、十六年の思いに一つの区切りが付いて。

 まだ、五年目の私はまだ、日々与えられる課題に四苦八苦しているだけの若輩者だ。


「そう、なのか。キミはボクの目から見ても、立派に教師をしている。だからキット、教師としてはボクなんかよりズット先輩なのだと、そう思っていたのだが……ソウカ」

「道半ば、ですよ。どんなに十全に準備をして、充分に向き合ったつもりでも、もっと生徒たちのためになるやり方があったのではないかと後悔ばかりしています。どれほどのことが次に生かせているかはわかりません。でも――きっと、教師として生徒たちと接するすべに、ゴールなんかないんです」


 私にとっては、五年間の内の一年間かもしれない。

 でも生徒たちにとっては、その一年は唯一無二の、何ものにもかえられない一年間だ。私たち教師が背負っているのは、手放したら二度と手に入らないのかも知れない。そんな、掛け替えのない一年間を背負っている。

 ……もっとも、ほとんどが教師だった父の受け売りだ。だが、この万金にも勝る言葉の数々は、どんなものよりも価値のある宝だと、私はそう思っている。


「……キミが何故、あのように少女たちに好意を向けられるのか、リカイできた気がするよ。ボクとて教師として素人ではないが――立場に、オゴっていたのかも知れない」

「教師とて、学校で学べることは山のようにあります。教師人生に、勉強を怠る暇などありません。逆に言えば、今からだっていくらでも、学び身につけることが出来るのです」

「ああ――ああ、そうだね。キミには叶わないよ………………キミが、“彼女の正体”であればいいのに」


 うん? 後半、なんと言ったのだろう?

 よく聞こえなかったので無礼を承知で聞き直すと、ロードレイス先生は苦笑しながら「なんでもない」と首を振る。ええっと?


「それより、ホラ、ボクたちの管理する部室が見えてきたよ」

「ぁ、そうですね。まずは遅れてしまったことを謝らねばなりませんね」

「ここにいるのはミンナ、ボクらの心の友だというじゃないか。ナラ、モンダイはないよ」

「差し障りの有無ではなく、誠意ですよ」

「ハハッ、ナルホド、それは一本とられたね」


 陽気なロードレイス先生と共に、ノックをして第七会議室――彼女たちの、部室に入る。

 中には香嶋さんとアリュシカさんが居て、なにやらタブレット端末に情報を入力している様子だった。


「遅くなってごめんなさい。……今は、なにをしているのですか?」

「ミチ! それに、レイル先生も!」

「お待ちしておりました。どうぞおかけください」


 香嶋さんに教員用と割り振られた席へ促され、言われるがままに腰掛ける。中規模の教室の中央に並べられた長方形の机。黒板側に香嶋さんが座っているから、おそらくそこが部長席なのだろう。

 あくまで顧問、あるいは監督である教員用の席は、黒板横に並べられていて、部活動の様子を眺められるようになっていた。なるほど、部活動の設立は初めてだと言うが、よく練られている。真面目で人の良い香嶋さんのことだ、任命の話を受けて直ぐに色々と考えていてくれたのだろう。


「現在は、最初に方針を決めて、その上で最初の行動を開始しています。具体的には、“実績”の蓄積による部活動の存続を第一に動くとなりましたので、この会議室にまつわる噂の実体解析を奉仕活動の一環と捉え、活動中です」

「そう……。と、ごめんなさい。私はまだ部の名前と具体的な活動内容について把握していないの。申し訳ないのだけれど、そこからの説明をお願いできるかな?」


 香嶋さん相手に敬語で話すと、良くないこと――学内でのお姉さま呼ばわり――が起きるので、あくまでフランクにお願いする。

 香嶋さんの表情がそれでも不満げなのは、確実に“もっと厳しい言葉で言え”ということなのだけれど……それは、悪いけれど気がつかなかったことにさせて貰います。


「しかし、そうですか。ご存知なかったのであれば、あっさりとサインをいただけたのも頷けます」

「え?」

「部活動名“魔法少女団”。活動内容は主に“魔法少女の研究と考察”です」

「……………………へぁ?」


 えっ、ちょっ、えっ?

 まほうしょうじょだん? あはは、どう変換すれば良いんだろう? なんて、そんな。


 えっ。


「で、では、実績というのはつまり?」

「魔法少女であるのなら愛と正義のために動くのではないかというシミュレーションにより、行動。問題解決に尽力して結果を残します」

「オウ、素晴らしい! 聞いたカイ? 観司センセイ! 彼女たちの行動は胸に響くね」

「そ、そうですね」


 どうしよう、声が裏返った。

 なんだろう、この、果てしなく自分の首を絞めているような感覚。あれ、ひょっとして、私は鈴理さんたちにこれでもかというほど研究し尽くされそうなのだろうか。

 い、いやしかし、ロードレイス先生はラピの正体は知らないのだし……赤裸々なことはされないよね。うん。


「た、ただいま戻りましたー。あれ? 観司先生も来られたのですね」

「碓氷夢、水守静音の両名、任務完了です! あ、未知先生こんにちは」

「はい、こんにちは。成果は上々ですか?」

「はいっ、もうばっちりです。ね? 静音」

「う、うん。ゆ、夢、近いよ」


 最初に夢さんと静音さんが連れだって戻ってくる。

 それから直ぐにぱたぱたと足音が聞こえて、鈴理さんがひょっこりと顔を出した。


「戻ったよー。あ、師匠にレイル先生も! ひょっとして、わたしたちが最後ですか?」

「遅れて申し訳ありません、先生方。鈴理、どうやら私たちは最下位で間違いないようだ」

「ふふ、私も含めて皆さん、そう差はないですよ」


 続々とメンバーが集結し、気がつけば部活動、まほ、うぅ、魔法少女団のフルメンバーとなった。





















――/――




 放課後の廊下。

 夢のいなくなったあと、窓辺に二人の男女が佇む。

 一人は黒髪を撫でつけた眼鏡の男子生徒――生徒会副会長、鳳凰院ほうおういん慧司けいじ

 もう一人は、菫色の長い髪をポニーテールにした、赤紫色の吊り目の少女――生徒会、会長、四階堂しかいどうりんだ。


「良かったのか? 凛」

「ええ、もちろん。うまく解決してくれた方が双方の利益になるわ。“釘も刺した”し、もう一度同じ手段を使うこともないでしょう」

「そうではなくて――刹那のことだ」


 慧司の言い分に、凛は僅かに眉をつり上げる。

 けれど直ぐに、堪えきれない、という表情で笑い声を上げた。その姿に慧司が眉を顰めることなどお構いなしに。


「心配性ね。そんなに、侵入者の詳細を伏せたことが気になるのかしら?」

「ああ。“管狐くだぎつね”で調べてくれた六葉にも、口封じをしただろう?」

「ええ、もちろん」


 慧司の吐く息は、深く重い。

 昔からそうだ――そんな風に呟く慧司に、凛はただ笑みを深めるだけだった。


「良いのよ。“正体はわからずとも何者かに出し抜かれて侵入を許した”と、そう思っていた方が成長に繋がるわ。刹那も、しんもね」

「“霧の碓氷”を良いように利用したのか。そんなことが可能なのは、生徒を全員洗ってもおまえだけだろうな。凛」

「あら。別に、全てが全て思い通りではないのよ? 物理的証拠の一切もなく、侵入と退出を一切気取られない。異能や魔導を用いずそんな芸当が可能とは思わなかったわ」

「まぁ、確かに、彼の“闇の影都かげつ”といえど、異能に頼り切りの刹那では難しい――ああ、だからか」

「ふふ、そういうこと。今の技量では“謎の侵入者”とは渡り合えない。下手に仮想敵を“霧の碓氷”に限定するよりも、伸びそうでしょう?」

「……おまえには敵わないよ、本当に」


 慧司はそう、振り回される役員たちの顔を思い出して、ため息を吐く。

 そして同時に思うのだ。“忍者を侮るとあとが怖い”とも。良いように利用した生徒会だが、それは今回に限ってのこと。いまいち自分たちの枠では捉えきれない変態体術使いを相手に副会長を務めなければならないという事実に、慧司は頭痛を覚える。


「刹那と心のフォローはしておく。六葉には、君からもう二~三声を掛けてやれ」

「ふふ、畏まりました。副会長サマ?」

「君に限って心配はしていないが、さじ加減を間違えないでくださいよ? 会長様」

「ええ、もちろん。任せてちょうだい」


 慧司は不敵に笑う凛に苦笑すると、歩き出したその背中を負う。

 夕暮れに伸びた影が揺れる姿に、慧司は不吉な予感を覚えざるを得ない。




 今年の二年生。

 一癖も二癖もある人間が、この小さな問題を切っ掛けに、生徒会を大いに悩ませる存在になるのではなかろうか、と。





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