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そのさん

――3――




 関東特専実習校舎の端。

 休憩用のベンチと小さな丸テーブル、それから幾つかの自動販売機が並ぶエリアで、わたしは紅茶の缶を片手にフィフィリアさんの横に並んで座る。

 見た目は完全な外国人の美少女さんなフィフィリアさんが、美味しそうに緑茶の缶を傾ける姿は、なんともミスマッチだ。それでも似合っているのは、彼女が綺麗だから、だろうか。

 如何にも、"育ちの良いお嬢様”といった感じだと思う。


「まず、なにから話そうか……。そうだな、聞きたいことを察知して話すのは難しい。最初から、話していくよ」


 そう、フィフィリアさんはぽつりぽつりと話し始めてくれた。


「私が生まれたのは、所謂名家というやつだった。生まれ落ちた時は、ね」

「それは、どういう……?」

「私が三歳の時だった。自我が芽生え始めたばかりの幼い私は、その日、ただ慌ただしかったことばかり覚えているよ。大怪我を負った父、気丈に振る舞いながらも一人、涙を堪える母。威張ってばかりだったお祖父様がいなくなって、使用人たちの姿も見なくなった。その日、由緒正しい雷神の直系、フォン・ドンナーの名が地に落ちたのだと知ったのは、私がもっと大きくなった時だったよ」


 それはきっと、フィフィリアさんにとっての“原初の記憶”だったのだろう。

 憂いを堪えた横顔に、語られた過去を想起する。その、彼女の言う“慌ただしかった光景”を何も出来ずに見つめていた幼いフィフィリアさんは、どんな思いだったのだろう、なんて。


「後に、裏の世界の人間たちの間でこう名付けられた戦いがある」

「?」

「“雷霆戦争”――魔王が屠られ、日本出身の英雄が活躍し、けれど誰もが疲弊していた時。誰もが力を合わせて復興を志さなければならなかったその時に、裏の世界を牛耳ろうと戦争を仕掛けた、先代ドンナー当主その人による、反乱だ」

「! そんな、それじゃあ」

「そうだ。彼は止めに入った父上を“雷霆”により返り討ちにすると、当時、反体制派だったアスモス家、セフィロ家、フラガン家、エルファセル家の重鎮を引き込んで京都へ侵攻。誰もが寝静まった頃に電撃作戦を決行した彼らは、しかし、栄光を掴むことはなかった。日本の自衛隊や特課の隊員をなぎ払い、京都に踏み行った彼らは、日本側の防衛戦。黄地時子、九條獅堂、東雲拓斗――たった三人の英雄に依り敗退、捕縛された」


 あ――ここで一つ、繋がった。

 時子さんとフィフィリアさん。なんの繋がりもないと思っていた二人の間にあったのは、思いも寄らない縁だった。

 敵同士の縁。場合によっては、時子さんの立場は――恨まれる側だったのかも知れない。そう思わせるほどの、危うい、薄氷の縁。けれど依頼を受けるような関係になったと言うことは……きっと、フィフィリアさんの想起が、わたしに教えてくれるのだろう。その時をただ、じっと待つことにした。


「各名家の重鎮たちは、隠居先から抜け出してきたような連中だったから、その責任もその程度のモノだった。だが、彼らを唆し、名家の権力を存分に揮い、その力の象徴まで使って暴れた先代ドンナー当主。彼が正式な引退を表明しておらず、その時はまだ“ドンナー当主”の肩書きを保持していたことから、国連は事態を重要視して、責務はドンナーにこそあるとした。多額の賠償金、地に落ちた名、後ろ指を指され、石を投げられたこともあった。だから、ドンナーの現当主は謀反の心を抱いていないという証拠に事件にあたった英雄たちがはるばる様子を見に来てくれるようになり、私の遊び相手は必然的に、獅堂や拓斗、そして時子だったのさ。そんな、守られてばかりの視界の中でも――見えていたよ、父が、母が、どんなに努力を重ねても、過去は覆らないと言うことが」


 フィフィリアさんの手の中の缶が、小さく形を変える。

 悲しげに細められた目の奥には、怒りとも悔しさとも取れない激情が、まるで稲妻のように渦巻いていた。


「だから、私は、日本に味方する。日本に牙を剥く諸外国の人間から、日本を助ける。地に落ちたドンナーはもういない。再び日の目を見るドンナーの血は、誇り高き雷帝のものであると知らしめる。――そうだ、だから、鈴理。私は、誇りを取り戻すために“ここ”に来たんだ」


 言い切ったフィフィリアさんの声には、つよい決意が宿っていた。

 なんだろう、やっぱり他人事には思えない。フィフィリアさんの方がわたしよりもずっとずぅっと立派だとは思うけど、こう、そうじゃなくて。

 彼女も、お祖父さんに苦しめられてきたんだ。わたしのような不幸を味わってきたんだ。そう思うとなおさらに、胸が痛くなった。


「頑張ったんだね。頑張ってるんだね、フィフィリアさん」

「ありがとう。でも、私はまだまださ。まだ、なにも成し得ていな――す、鈴理?」

「へ?」


 フィフィリアさんは不自然なところで切ると、缶を置いて、ハンカチを手に取る。

 それから何故か、ひどく優しい手つきでわたしの頬に当ててくれる。あれ? なんで?


「私があなたを、泣かせてしまったのかな?」

「泣いて――ぁっ、えっと、ごめんね、違うんだ。ただ」

「ただ? どんなことでも話して欲しい。これから、長く一緒にいることになると思う。君さえ嫌じゃなければ、もっと近くにありたいんだ」


 あわわわ、どうしよう、困らせてしまった。


「ただ、違うの。ただ……すごいなぁって思ったの。辛くても、悔しくても、それでも目標を見つけて、頑張って前を向いている。それってすごく大変なことなのに」


 なのに。

 わたしはまだ、乗り越えただけだ。未だ、自分が心の底からやりたいことも、目指したいことも決まっていない。自分の未来を定めることは、すごく難しいことだ。

 それでも、辛くて苦しかったフィフィリアさんは、前を向いて輝いている。それがすごく羨ましくて――それ以上に、綺麗で、どこまでも嬉しかった。似たような境遇の子が乗り越えて前を向いて夢を抱いていることが、わたしは、我がことのように嬉しかったんだ。


「鈴理は、優しいな。でも、私なんかの為に泣かないで欲しい。ほら、涙を拭って」

「うぅ、ありがとう。――恥ずかしい」

「ふふっ、恥ずかしいものか。ああ、そんなに擦るな。まったく」


 苦笑する彼女は、まるで年上のひとのようだった。

 いや、わたしが幼すぎるだけか。うぅ、本当に恥ずかしいや……。


「なぜ、そんなになってまで私の話が聞きたかったのか、聞いてもいいか?」

「うん……えっと、ね? ちゃんと知って、友達になりたかったから。友達として、あなたのことが信用したかったから、なんて、わがままだよね」

「……いや、そうか。これでも私は同年代の友達が少なくてね。そうだな――出来れば、フィーと、そう呼んで欲しい。優しいきみにそう呼ばれるのなら、私も嬉しいんだ」

「うん、うんっ、よろしくね、フィーちゃんっ」

「ちゃん、か。いや、良いんだ。ふふっ、なんだか照れるな」


 はじめて、フィフィリアさん――フィーちゃんが、年相応の女の子に見えた。

 大人びた表情は鳴りを潜め、年相応の恥じらう“普通の女の子”としてのフィーちゃんが、わたしの隣で頬をかいて照れている。

 わたしは、それがなんだか、嬉しい。


「さて、時間を食ってしまったな。そろそろ調査の再開をしようか。なにせ、私が友人と乗り越える最初の事件、に、なるようだからな」

「うんっ。よーし、そうと決まれば――」



 ――Pikon!



「――っあと、待って。連絡が来た。同士Kだね」

「K? ああ、さっきの電話の相手か。なんだって?」

「……これ、ほら」

「? ほう!」


 端末に表示された情報を見せると、フィーちゃんは驚きに眉を上げる。

 流石、もうすぐ四桁のファンクラブは伊達ではない。あとで師匠に、“師匠のファンと名乗る生徒が情報をくれたんです”と言って、ご褒美情報の公開をお願いしなきゃ。


 わたしはフィーちゃんと顔を合わせて不敵に笑い合うと、端末を片手に部室に戻る。

 さて、みんなはどんな感じかな?





















――/――




 ――意識を研ぎ澄ませる。

 ――闇に溶けるように。

 ――霧と化して掻き消えるように。



「碓氷“体術”――雲渡り」



 周囲の気配。

 音や風、それから私自身が発する音を、世界が発する些細な雑音に綺麗に合わせて同化する。異能があって、魔導術がある今の世だからこそ“盲点”に準える碓氷の秘術。

 私の身体は、気配は、この時より“雲”と化して宙空に溶けるものとする。


(成功。ふっふっふっ……新学期が始まるまでに身につけた碓氷の奥義。これを使えば)


 放課後の生徒会室。

 中に居るのは二人。いずれも二年生、伏見ふしみ六葉むつはさんと、焔原ほむらはら心一郎しんいちろう君。幸い、私のことを感づける二人ではない。悔しいが、教員クラスの異能者や魔導術師、それから“闇の影都かげつ”がいたら感づかれてしまう可能性は高いし。

 今日、これ以上の人数が出入りしないのは確認済み。だからこそ、わざわざ生徒会室まで来たのだ。ここのところ、暴走夢ちゃんのレッテルが外れない以上、ここらでズバッと良いところを見せておかないと……!


(まずは)


 コンコンと、小さくノックをする。

 すると伏見さんが扉を開けて、首を傾げた。悪戯かな、と呟く唇。その“音”に合わせるように動いて、扉を閉める伏見さんの背から生徒会室に侵入。次いで、焔原君の視線が私に向く前に天井に張り付いて視線をやり過ごし、じっとチャンスを待つ。


「なんだ? 悪戯か?」

「そうみたいですね」

「生徒会に悪戯を仕掛けるなんざ、妙な度胸だ。肝試しか?」

「もう、しん君は生徒会をなんだと思っているのですか?」

「魔窟」


 雑務をこなしながら歓談する二人の、気の緩みの合間を狙って音も無く床に立ち、素早く半開きになっていた生徒会資料室の中に潜り込む。

 監視カメラの死角は、事前に入手した情報により把握済みだ。本棚に張り付きながら移動して、資料把握を開始する。


(第七会議室関連は……あった。鍵貸出管理表と、それから、これは)


 手元の資料に書かれたのは、陳情報告書の写しだった。

 なるほど。第七会議室で問題が起こったのは今回が初めてではなかったようだ。いっそ、特定の部活に解放して、“問題”を起こしづらい環境を作る、というのは生徒会でも議題に上がっていたこと、ということか。


(生徒会管理情報、いただいていきますよっと)


 私は手早く資料の内容を覚えて本棚に戻すと、音も無く窓を開け、周囲を確認しながら外へ出る。そのまま体重を殺して雨樋あまどい伝手に屋上へ上り、何食わぬ顔で外側から髪ピンで扉を開け、中から鍵を閉めて校舎に入る。


 うん、我ながら完璧だ。忍者としての技術に磨きがかかってるわ、これ。


「さてさて、一足先に戻っても良いけど、まだ時間も早いし――静音の仕事でも手伝いますかね」


 杏香先輩は私たちの技能についてはよく見てくれているけれど、内面については、一朝一夕で追い抜かれたりはしない。

 静音の得意な仕事に間違いは無いけれど、あれで彼女はけっこう寂しがり屋で、一人でじっとしていると暗い方向に考えが偏りがちになっていく。まぁ、美少女キラーの鈴理にフィフィリアさんを任せたのは、成功だと思うけどね。



 それじゃあまずは、静音の作業場まで移動――




「生徒会室に侵入者?」

「ああ、そのようだ。どうする? りん

「気骨があるのは嫌いじゃないよ。ふふっ、どうせ犯人もわからないんだろう? 慧司けいじ

「……刹那が、“影の位置を把握”していたから、ズレに気がついただけだ。それ以外の証拠は見つからなかったと悔しげにしていたよ」

「はははっ、そうなんだ? それなら、仕方ないよ」

「まったく、君がそうでは示しが付かないぞ、“生徒会長”」

「なら、君が支えてくれよ? “副会長”殿?」




 ――しようとして、内心の動揺を押し殺す。



 廊下を歩く二人に道を譲り、笑顔で会釈。

 そのまま思わず安堵の息を吐きそうになる自分を、ぐっと押しとどめた。いやぁ、危なかった。このタイミングで侵入が発覚ということは、コンマの差で役員が増えたのだろう。イレギュラーはいつだって起こり得ることだけど、今回は、天秤は私に傾いたようだ。

 去って行く二人、生徒会長と副会長の姿を脳裏に思い描きながら、せっかくリスクを冒してまで手に入れた情報を損なわないように注意する。


「じゃ、改めて、静音のところに行こうかな」


 泣いていたら慰めてあげないと。

 なんて、早々ないことに対して想像を膨らませながら、私は静音の待つ資料室へ足を速めることにした。





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