そのいち
――1――
放課後の職員室。
わたしは夢ちゃんと二人、未知先生の前に立っていた。
「それで、放課後もみんなで集まれるような理由が欲しいんです」
「なるほど……」
元々はみんなでお出かけしたあの日、設立しようと決めていた“部活動”。いつにしようかと話し合っていたのだけれど……思いがけない先日の騒動に、ちょっと、現実的な理由で設立を目指すことになったのだ。
それもズバリ、“なんだか巻き込まれ体質が感染してきたようにも思えるのでいっそ大義名分ごとまとまっていよう”というものである。師匠も、わたしたちみたいな生徒が点在していたらやりづらいだろうし。
……いつもご迷惑をおかけしてごめんなさい。って、そうじゃなくて。
「それで、私に顧問に?」
「はいっ」
「わかりました。あなたたちなら滅多なことはないでしょう。念のため、部活動名と活動内容を――」
「観司先生」
言いかけた師匠を遮ったのは、わたしたちの担任の先生、新藤先生だった。
新藤先生は割って入ってしまったことを片手ですまなそうに詫びる姿勢をとると、師匠になにやら耳打ちをしていた。
「――瀬戸先生が? わかりました。直ぐに参ります。……ああっと、鈴理さん、夢さん。席を外さなければならなくなったので、サインと判だけ押してしまいましょう。設立には顧問の先生の他に、監督の先生も必要です。活動内容の是非はその方に確認して下さいね。あと、わかっているとは思うけれど、設立には最低五人。一人は一年生か三年生、別の学年の生徒も入れて下さい。サークルなら一つの学年、四人以上で良いけれど、部として活動したいのなら注意して下さいね」
「は、はい」
そう言うと、師匠は活動内容の確認もできないまま、さっとサインと判を押して、新藤先生と並び去る。
あとに残されたわたしはというと……夢ちゃんと、顔を合わせて苦笑した。
「却下されるかもって思ってたけど、通っちゃったね、夢ちゃん」
「そうね。いや、あとが怖いような気もするけれど……うん、まぁ、大丈夫でしょ。未知先生の胃壁に冥福を祈るわ」
「夢ちゃん? 別に、わたしは問題ないと思うんだけどなぁ」
申請用紙は二枚。
部員と顧問、監督、部室の記入欄のある用紙と、活動名、活動内容、希望予算、内訳詳細などなどの項目のある用紙。後述の用紙を手に、わたしはついつい首を傾げた。
夢ちゃんは、ちょっと大げさなのだと思います。
「んじゃ、監督は予定通り、で良いの? 鈴理」
「うん。わたしたちと活動していれば、滅多なこともないと思うんだよね」
言いながら、わたしは職員室の中でも大きな席。
窓際の異能者教員のブースに近づく。
「あの、今、よろしいでしょうか?」
わたしが声を掛けると、“その人”は笑顔で顔を上げた。
相変わらず爽やかだけど、なんだろう、“薄っぺらさ”が抜けたような気がする。すごく晴れ渡った、吹っ切れたような表情だ。
「やぁ心の友よ。どうしたんだい?」
あの日。
すっかり意気投合し散々語り合ったあと、わたしは何故か“心の友”扱いされていた。それ以来というもの、敵対した余韻など一切なく、気軽に接されている。
その気さくな様子に思うところがあるのか、夢ちゃんは胡乱げな目で見ているけれど。うん、小声で「弱み」とか「揺さぶって」とか「私の鈴理に」とか言うのはやめようか? そもそもわたしは夢ちゃんのモノですらないからね?
「えっと、部活動の設立をしたくて――出来れば、レイル先生に監督になって欲しいんです」
「ほほう? で、サークルネームは?」
「はい――」
夢ちゃんと、顔を合わせてせーので提出。
そこに綴られた項目を見て、レイル先生はぱっと目を瞠って、期待と高揚に満ちた瞳で部活動名を読み上げる。
「ほう、エクセレント! “魔法少女団”か、良いじゃないか!」
告げるレイル先生に、わたしたちは笑顔で頷く。
【部活動名】
・魔法少女団。
【活動内容】
・魔法少女研究。
【必要部室】
・小規模~中規模会議室程度の部屋。
【必要予算】
・活動内容により随時申請。
【活動内容】
・魔法少女の技能研究。
・魔法少女史の考察。
・魔法少女の行動原理考察。
・その他、魔法少女に関する様々なもの。
【顧問】
・観司未知
【監督】
・レイル・ロードレイス
【部長】
・香嶋杏香 ――三年生 魔導科 Aクラス
【副部長】
・笠宮鈴理 ――二年生 魔導科 Aクラス
【部員】
・碓氷夢 ――二年生 魔導科 Aクラス
・アリュシカ・有栖川・エンフォミア ――二年生 異能科 Sクラス
・水守静音 ――二年生 異能科 Sクラス
・フィフィリア・エルファシア・フォン・ドンナー
――二年生 異能科 Sクラス
学校のルールに則って作られた用紙。
なんだかその用紙は、きらきらと輝いているようにさえ思えて、胸がむずがゆくなる。
「レイル先生、ありがとうございました」
レイル先生に頭を下げて、笑顔で退室する。
部員に綴られたメンバーは、みんな、快く賛同してくれた。唯一フィフィリアさんだけは笑顔が引きつっていたけれど、あえて“観察”はしていません。
だってなんか、悪い気がしてどうも……ね?
「まぁ、フィフィリアのことはそんなに気にしなくて良いんじゃない?」
「へ?」
「最初はおどおどしていた静音だって、今やスッカリ貫禄出てるでしょ? ようは、慣れよ。慣れ」
「ああ、うん、そうだよね。わたしたちの警護なら、慣れが必要になるかぁ。でも、そんなに気張らなくても大丈夫じゃない?」
「鈴理――まぁ、そう思いたければ、その方が平和ね」
「うん、夢ちゃんが自重すれば問題ないと思うよ?」
またまたー、なんて笑う夢ちゃんだが、その口元は引きつっている。
じとーっと半目で見つめていたら顔を逸らしたのが、なによりの証拠だ。まったくもうっ。
「ほ、ほら、さっさと生徒会に提出しに行くわよ、鈴理!」
「あ、ちょっと、待ってよ夢ちゃん!」
早歩きでたったか進んでしまう夢ちゃんを、慌てて追いかける。
まぁ、夢ちゃんらしくてわたしは好きだけど――フィフィリアさんが“慣れ”るまでは、自重してくれても良いんだよ? なんてね。




