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そのきゅう

――9――




 消滅する銀の剣。

 呑み込まれ、ひしゃげ、転がる聖銀の雨。

 その全てを瞬く間に成し遂げた“黒”は、複雑に編み込んだ紫の髪を靡かせて、レースの日傘をゆっくりと閉じた。


「ごきげんよう。あら? どうしたの? 挨拶くらい返したらどう?」


 アメジストの瞳。

 高級そうなゴシックロリータ。

 幼い体躯に白い肌、恐ろしいほど整った顔立ち。


「ちっ、新手かッ」

「まっ、フィフィリアさん!」


 わたしが止める暇もなく、フィフィリアさんが大鎚を両手に振りかぶる。


「アハッ、威勢が良いのは嫌いじゃないわよ?」


 彼女――リリーちゃんはそう楽しげに言いながら、日傘に黒いオーラを纏わせる。

 たったそれだけで撫でるように大鎚をはじき飛ばし、フィフィリアさんが体勢を崩した。けれど、フィフィリアさんは、それでは止まらない。


「古きドンナーの血が命ず――【重火減転じゅうかげんてん・イルアン=グライベル】!」


 途端、フィフィリアさんがつけていたのであろう腕輪が光と共に籠手となり、さらに、巨大化した大鎚を軽々と振り回す。

 風を切る重い音。土砂を巻き上げ、樹木を砕き、リリーちゃんに迫る。けれど猫のように悪戯気に笑う彼女は、大鎚を片手で受け止めた。フィフィリアさんが動かそうにも動かせないほどに、強く。


「なっ、くそ、離せ!!」

「ふふっ、バイバーイ……【闇王ダークホール――」

「リ、リリーちゃん、待って、だめぇーっ!!」


 その圧倒的な気配の一撃を、わたしは慌てて止めに入る。

 あ、あんな力を込められて放たれたら、フィフィリアさんが死んじゃうっ!!


「あら、鈴理じゃない。ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう?」

「そうそう。それで良いのよ。ふふ、見ない間にこちら側に傾倒したの? 前よりもずっと素敵よ、あなた♪」

「あ、ありがとう?」


 じゃなくて!

 周辺一帯の荘厳な力を全て、“一度に”消し飛ばした闇の力。そして、謎の力で天使になった先生を追い詰めたフィフィリアさんを、軽々とあしらった底知れなさ。

 圧倒的な“悪”の力を前に、フィフィリアさんは目を瞠り、先生は口を開けて呆けている。


 それは、そうだろう。

 わたしは彼女以外に、師匠に勝った存在を知らない。

 ヤミラピちゃんが出てくるまでの間、唯一、師匠を追い詰めたひと。


「何者だ、キサマッ!?」

「初対面のレディを貴様呼ばわりなんて、あなたたちの“神”とやらはずいぶんとお行儀が悪いのね? アハハッ、おっかしい。聖職者なんて口先だけってコト? 生まれ変わってやり直したら?」

「うぐっ、ぐっ、ぐぅ」


 一を言えば百を返すような激烈な暴言に、先生は胸を押さえて後ずさる。

 ポチの時にも思ったのだけれど、このひと、案外と純粋培養なのだろうか。寄生虫おじいさんと一ヶ月くらい一緒に生活させてあげたくなる。


「まぁ良いわ。“名前を尋ねるときは自分から”なんてちっちゃい子でもわかるようなことも出来ない出来損ないの坊やのために、私から自己紹介、してあげるね」

「で、デキソコナイ? ハハッ、知らない単語アルね」

「動揺が口調に出てるわよ? お馬鹿さん。まぁ良いわ、改めてご紹介いたしましょう」


 彼女は状況に追いつけないわたしたちを余所に、スカートの端を摘まんで美しく礼をする。その余裕はなるほど、先生にはないものだ。


「私の名は“リリー・メラ・観司”――現状、魔界の最も新しき統治者よ。魔統王なんて呼び方は、可愛くないからやめてちょうだいね? 気軽にリリー様と呼んで頭を垂れることを許すわ♪」

「それって気軽じゃないよ、リリーちゃん」


 無邪気に笑う彼女に、さすがにツッコミを入れる。


「味方、ということで、良いのか? その、魔統王とか、聞いてはならない単語が聞こえたが?」

「え、ええっと、かつての魔界大戦とは関係ないみたいだから、気にしなくて大丈夫だよ! うん、味方、で、大丈夫?」


 なんでもリリーちゃんは、かつての大魔王が侵攻を開始するずっと前から幽閉されていたらしい。そうフィフィリアさんに説明すると、彼女は首を傾げながら頷いた。人類の敵ではないと納得して貰えたら、それで。新生して人類の敵になる前に、師匠に打ち砕かれたしね!

 ラスボスを抜いて裏ボスクラス。ただし、師匠のため以外では動かず、気分屋。そんな情報は、ほら、この場では言わなくても良いかなーなんて。だめ?


「隙をミセタな? 銀よ!」


 その会話の合間を縫うように、先生の銀十字が剣を模して、リリーちゃんに向かう。


「隙? そうね、あなたは隙だらけだわ――【闇王の棘ダークホール・スティング】」


 影でできた棘が剣を貫き。

 そのまま幾重もの棘が先生を取り囲む。先生は抜け出そうとするが、それよりも遙かに丈夫な棘には叶わない。

 そして。


「ぐ、ハナせ!!」

「いいよ。はい、どっかーん♪」

「なっ――ぎッ?!」


 轟音。

 棘の全てが爆発して、先生の身体が吹き飛ぶ。

 リリーちゃんの敵として一度は相対したからわかるのだけれど……あの攻撃は、相当、痛い。


「離してあげたのにお礼の一つも言えないなんて、あなた、本当にグズね。ね、鈴理、もう帰って一緒に遊びましょうよ。お互いが気持ちよくなれる遊びを知ってるの。未知と一緒に、ね?」

「あわわわ、だ、だめだよ。リリーちゃん」

『見学は可能か?』

「良いわよ?」

「良くないからね!?」

「いや、まだ決着は付いていないのでは?」


 うぅ、ああ、もう!

 にじり寄るリリーちゃんから後ずさって、ポチの後に隠れる。あわわわ、どうしよう。夢ちゃんがまったく反応してないのもこわい。録画とかしてないよね?!


「ウソダ」

「ん?」

「ウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダァアアアアアアアアアアッ!!!!」


 所々焦げていた先生が、ふらふらと立ち上がる。

 その目に既に正気はなくて、ただ狂気染みた光だけが宿っている。

 そしてその思いを肯定するように、巨大化する翼。気がつけば先生の身体もだんだんと羽毛に覆われ初めて、荘厳な獅子に姿を変えていく。な、なにこれ?!


「神獣ってやつかしら?」

「神獣だと?! 大戦中に一度だけ投入されたという、あの?」

「大戦中云々は知らないけど、それじゃない。ねぇ、私、飽きてきちゃったんだけど? 未知がなでなでしてくれるまで働きたくなーいー」


 そう言って、頬を膨らませて倒木に座ってしまうリリーちゃん。

 え? もう飽きちゃったの? そ、そっか、師匠の目がないからこんな……。


『だが鈴理たちを守らねば、ボスが悲しむぞ』

「それじゃ、未知の生徒たちは影の檻に放り込んでおきましょう。安全よ?」

『なるほど、名案だ』

「いや、それだと、学校に降りちゃうよっ、あれ!!」

「えー、学校は知らないわよ? あ、人間は守ってあげるわよ? 建物とかどうでも良いけど」


 あわわわわ、ど、どうしよう、どう説得すれば良いんだろうっ!?

 わたしが一人でそうやって慌てていると、リリーちゃんはふと、そらを見上げる。それから楽しげに笑うと、手元の傘をくるりと弄んだ。


「――気が変わったわ。足止めね? してあげる」

『ガァァアアアアアアアァッ!!』

「弾き飛んで。“斥力”」


 襲いかかってきた獅子を、リリーちゃんはただ傘を払うような動作をするだけで、はじき飛ばしてしまう。

 そのあまりにあっさりとした退け方に、強力な在り方に、フィフィリアさんの顔が強ばるのが見えた。さっきから、立ち位置もわたしとリリーちゃんの間にいつでも割り込めるように、斜め前に控えている。

 ありがたく思うけれど、同時に申し訳なく思う。今の状況は大混戦の三つ巴。フィフィリアさんにとっては、警護の対象? というわたし以外は、誰も信用できない状況なのだろう。


「簡易重力での押さえつけは、さすがに足りないかしら? 【闇王の領域ダークホール・フィールド】」

『ガゥッ?! ガァアアアァッ!!』


 リリーちゃんが手をかざすと、獅子が黒い空間に押し潰される。

 重力の塊、とでもいえばいいのか。獅子はどんなに足掻こうと、闇に沈んでいくばかりで身動きを許されない。


「さ、もうすぐフィナーレよ。あなたの終演、あなたの閉幕、その空っぽな眼でご覧なさいな!」

「リリーちゃん? ……ぁ」


 リリーちゃんが空に指を差し、全員でその先を見上げて。

 逆光から“降ってくる”姿に、わたしは思わず声を漏らす。




「きゃるーんっ☆」




 靡くツインテール。

 翻るミニスカート。

 瑠璃色のステッキ。

 格好良い衣装の姿。


「可愛い可愛い私の生徒を傷つける悪い子は、魔法少女がオシオキよ☆」


 きゃるんっと効果音を響かせて、救世主が私たちの前に降り立った。


「へ? お、おい、鈴理? あれって観つか――」

「魔法少女ミラクル☆ラピだよフィフィリアさん」

「――え? えっ、英雄の? 父上が憧れてる魔法少女の? えっ、なにそれこわい」


 むぅ、失礼だよ? フィフィリアさん。

 ほら、照れ屋の師匠が決めポーズ姿のままぷるぷるしている。


「ラピ! ほら、言いつけドーリ守ったわよ? 褒めて褒めてーっ」


 リリーちゃんはふわふわと浮き上がると、そう言いながら師匠の首下にはしっと抱きつく。そんなリリーちゃんを、師匠は“あとでね”と小声で告げて、少しだけ頭を撫でながら遠ざけた。むかっ。

 ん? あれ? わたし今、おかしな気持ちにならなかった? 気のせいかな。うん。


「さぁ、あなたの企みもここまでよ!」

『ガァアアアアアアアアァッ!!』

「っお願い、ステッキさん!!」


 ラピッという効果音。

 牙を剥いて飛びかかってきた獅子を、師匠はステッキの一降りでたたき落とす。


『ガァッ!?』


 瞬間。

 轟音と共に、獅子の顔が地面にクレーターを作った。


「そ、そんな強い振り方はしていなかったよな? なぁ、鈴理!」

「うん、えっと、なんだかフィフィリアさんの反応って新鮮というか、懐かしいというか」

「鈴理?!」


 そんな、“裏切られた”みたいな顔をされても困ります。

 師匠はへろへろになった獅子の銀剣を、ステッキの一降りで三百破壊し。

 師匠はふらふらになった獅子の羽根ビームを、ステッキの一薙ぎで千破壊し。

 師匠は涙目になった獅子にラピっと決めポーズをとることで、獅子の心を、折った。


「やっぱり師匠は、戦い方がスマートでかっこういい!」

「スマート?!」

「わかってるじゃない、鈴理」

「君もか!!」

『うむ、伝統芸だな』

「伝統!? ――時子め……日本が魔窟とは聞いてないぞ」


 ふらふらと後ずさるフィフィリアさんの姿は、なんだか憐れだった。

 ええっと、ごめんね? でも、フィフィリアさんも日本に居れば直ぐに慣れると思うんだっ!


「【祈願セット浄化大砲撃セントブラスター】」


 そうこうしている間に、師匠はステッキの先にチャージを始めていた。

 でも、天使属性に浄化って効果あるのかな? あ、でも、魔法少女的な浄化と天使の浄化じゃ違うのかな。


『グガアアアアアアアアァァァッ!!!』

「【成就イグニッション】――汝に、救済あれッ!!」


 どうやら、しっかり効果があったようだ。

 わたしたちの前で、光に呑み込まれていく獅子。その姿が完全に捉えきれなくなったかと思えば、奔流のあとからぼろぼろのロードレイス先生が現れた。



「ふふんっ☆ 今日も、魔法少女は可憐に解決っ。ラピは今日も、らぴらぴ♪だよん!」



 巻き起こる瑠璃色の爆発。

 吹き飛ばされ、空中で水晶が分離し、吹き飛ぶロードレイス先生。


 そして。


「らぴ、らぴって、なんだ……?」


 フィフィリアさんは何故か、胃を抑えて倒れ伏した。


「ふぃ、フィフィリアさん――?!」


 ええっ、なんで?

 とにかく、介抱しなきゃ!

 わたしは急いでフィフィリアさんに駆け寄ると、その真っ青な顔色を確認しながら起こして、ポチの背中に乗せてあげる。


 あ、あれ? なんでこうなったんだろう――?






2017/02/14

2017/04/02

誤字修正しました。

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[一言] >「らぴ、らぴって、なんだ……?」 それはこっちが聞きたい
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