そのはち
――8――
魔導科の教員のみで集められた職員会議。
合同会議の前に必ず行われるこの場は、第一期修学旅行を控えた教員たちにとって、非常に重要な場だ。気持ちを整えて挑まなければならない、の、だけれども。
(何事もなければ良いのだけれど)
どうしても、“心配事”が脳裏を過ぎる。
動きを見せないロードレイス先生。連絡の取れない時子姉。アリュシカさんのクラスの編入生、ドンナーさんのことについては拓斗さんにも問い合わせているけど、未だ返信はない。
おまけに今日は職員会議で私が拘束されているのに、獅堂も七も政府直轄の仕事で不在だ。さすがに、こんな事情を陸奥先生たちにお話しして巻き込む訳にもいかないし……。
(鈴理さんのことだから、何があっても乗り越えられるだけの仲間と力はあるし、大丈夫だとは思う。問題はその、“なにか”が起こりやすい体質だということ)
変質者の遭遇は、笠宮装儀――彼女の祖父の仕業であったことは判明している。だがそれ以上に、根本的に鈴理さんは、“巡り合わせ”が悪い。良縁と同じだけの難所に遭遇する巻き込まれ体質。
せめて私が傍に居てあげられたら、なんて、職務を放棄できるほど証拠が揃っている訳でもないのに考えてしまう。
「――では、これについて意見は? ふむ、ないようですね」
瀬戸先生がそう締めくくると、辺りを見回す。
……ど、どうしよう。最後、聞いてなかった。
「それでは今回の会議はこれで終了となります。ああ、気もそぞろな職員は、自覚があるようなので自主的に残るように」
うっ。
さ、流石に仕方がないか。今のは完全に私が悪かった。うぅ。
他の教員も何人か心当たりがあるようだったが、顔を青くして逃げ去ってしまう。新藤先生なんかは足を止める私を見て、合掌してから去って行った。そ、そんなに気の毒そうにしないで。
「……あなただけですか、観司先生」
「はい……申し訳ありません」
「観司先生。基本的に職務には真っ当であり、積極性もあるあなたが“そう”ならば、事情は生徒のことでしょう?」
着席を促され座ると、瀬戸先生は椅子を持ってきて私の正面に座る。
その真摯な視線に当てられて、なんだか、とても恥ずかしくなってしまった。この人はこんなにも他の教員のことも見ていて、会議の舵取りもして、その上で忙しい中なのにこうして時間を取って下さる。
そんな姿を見ているとどうしても、私は自分の至らなさを自覚してしまう。
「いいえ、私の未熟です。申し訳ありません」
だから、こうとしか答えられない。
真摯に向き合ってくれる瀬戸先生には、こうとしか、答えちゃいけないと思ったから。
「ふぅ――真面目すぎるのも考え物ですね。良いですか? 観司先生。私生活では甘えさせていただいていますが、職務上では私はあなたよりも先輩に当たります。――頼りにならない、とは言わせません」
「え?」
「甘えなさいとそう言ったのです」
ぽん、と、頭に手が置かれる。
「俯く必要はありません。貴女以上に生徒のことを思える教員は、そういない」
「そ、んな。でも、私は――」
「強情ですね。わかりました、では強情な観司先生のために、動かざるを得ないようにしてあげましょう」
「へ?」
そう、瀬戸先生は端末を取り出すと、気軽な様子で操作をする。
「上級教員権限により、観司先生が校舎で魔導術を使用しても“記録に残らない”よう設定しました。職権乱用ではありませんよ? “生徒のため”です」
「そ、そんなことをすれば、瀬戸先生が」
「ふん、この私が、付け入れられるような隙を晒すとでも? 何事も、やりようはあるのですよ」
「――あ、はい」
ニィっと口角をつり上げる瀬戸先生は、その、ずいぶんと“悪い顔”をしていた。
でもそれがなんだか頼もしくて、安心する。
「さ、もう良いでしょう。“お説教”はこれで終わりです。気に掛かることが、あるのでしょう?」
「っはい。なにからなにまで、ありがとうございました」
「気になさらないように。甘えろ、と、そう言ったのは私ですので、ね」
眼鏡をクイッとあげながら、瀬戸先生はそう言ってくれる。
私はそんな瀬戸先生に頭を下げると、急いで会議室を出る。
――Pikon!
端末に届いたメッセージは複数。
まずは夢さんのメッセージ。“鈴理が悪魔と交戦中。自軍は夢とポチ”の簡潔な文章。端末のGPSに反応はない。磁場の歪み? なら、妖魔もいるのかな?
現在地が受信できないことも想定済みだったのだろう。夢さんのメッセージにつけられた添付ファイルには、現在地を示す地図画像があった。コスモの忌まわしい思い出が蘇る、森丘の方か。学校の屋上から飛べば、最速でいけるだろう。でも会議室のある校舎から森丘は、非常に遠い。
もう一つは、拓斗さんから。
退魔家の方で問題が起こり、時子姉が身動きが取れない状況であること。となると、時子姉の現在地は退魔結界の最深部かな? あそこなら、電波どころか全ての“縁”は届かない。以前にも、侵入者撃退用の結界がおかしくなったことがあったし……その関係、かな。
また、ドンナーさんのことについても知っては居るようだ。それも、調べた、ではなく“思い出した”という形。これについては――うん、なるほど。こういう事情であれば、“私に”関わりのない事柄だったことは明確。
もう一つは、アリュシカさん。
ドンナーさんと和解。時子姉に依頼されて派遣されてきた、生徒の警護にあたる人間だったということ。不穏な気配を感じると言って走り去ったため、見失ったということだった。
今はむしろ、帰還を待って欲しいので、鈴理さんの居場所はわかっている旨と一度帰宅しておいてくれるようにメッセージを送る。二次被害は避けたい。
「教員権限使用、屋上解放」
屋上に続くドアを開けて、さらに念のため一時封鎖。
屋上から森丘の方を見据えると、“強い気配”と大きな気配が見えた。これは、森丘に対して認識阻害もかけないと、何事かと見に来た人間に被害が及びかねない。
でも、あの光を放置しておく? もしかしたら、ドンナーさんが介入して助けてくれたのかもしれない。でも、その保証もない。ここから飛翔し、雲の上へ。魔法少女に変身して、学校に認識阻害結界と、意識を逸らす魔法。それから、救出。時間は掛かるし下手をしたら余計な人に正体がばれるかも知れないが――覚悟を、決めよう。
「一度に両方は選択できない。だったら、確実に――」
「分担、すれば良いんじゃない?」
「――そう、分担が出来れば……へ?」
空に飛び立とうとする私を、引き留める声。
なんの前触れもなく。なんの予兆もなく。封鎖された屋上に現れた姿に目を瞠る。
「認識阻害? それはあなた。救出はわ・た・し。……ね? それで良いでしょう?」
告げてくる姿に、ゆるゆると頷く。
ある意味では心配だけど――もしかしたら、なんとかなる……かも?
――/――
柄が短く、無骨な黄金の鎚。
巨大なそれをフィフィリアさんが振り回すと、たったそれだけで木々がなぎ倒される。
「ミョルニルよ、その稲妻を以て神撃を成せ!」
「神の理よ、我が意に救いの霊核を与えん!!」
先生が生み出した銀の剣。
十字架を模したそれが宙に何千と浮かび上がり、フィフィリアさんに殺到する。だがフィフィリアさんは大鎚を振り回すと、自分とわたしに向かう剣をたたき落とし、そのまま稲妻で焼き切った。
「天翼。其に、導きあれ!!」
天使の羽が、羽ばたきと共に輝きを増す。
するとその羽根が抜けて、散り、周囲に舞って――その全てから、閃光が穿たれた。
「全方位攻撃?! ――間に合え“流向遮断”!!」
わたしとフィフィリアさんとポチを囲うように、“流れ”の遮断を展開。
閃光は粒子の流れを維持できず、わたしたちに当たる前に霧散した。び、びっくりした。危なかった!
「む? そうか、それが。助かったよ、鈴理」
「ッその力! おまえが、“あの御方”の危惧する“変革者”か! なるほど、悪魔の手先だというのであればナットクしたよ。キミはここで、消え去るべきだ!」
「チッ、急に元気になったじゃないか。鈴理、下がっていろ」
先生は大きく十字を切ると、再び銀の剣を浮かせる。
その数は万にも及ぶであろう膨大な数。しかも今度はわたしたちの全方位に展開されている。
『む、まずいぞ鈴理。“流向制御”を維持しろ。あの厄介な羽毛が混じっている。きっと、おまえたち二人の服をばらばらにして組み敷く気だ!』
「命は狙っていても、そ、その気は無いんじゃないかなぁ?」
「あなたは女をなんだと思っているんだ? 下郎め」
「き、キサマら……生きて帰れると思うなよ!!」
最早余裕の欠片もなく、憤怒をまき散らす先生。
危機的状況に引っかき回すポチの行動に、なんだかちょっとだけ、先生が気の毒に思えてきた。
「剣よ、穿ち貫け。光よ、ことごとく滅せよ!!」
「剣は私とその狼で打ち落とす! 鈴理は閃光を頼むぞ!」
『応ッ』
「うん!」
大鎚が唸り、ポチの牙が剣を砕き。
流向遮断により閃光が空に溶けて。
それでも、一向に収まらない攻撃。
「足掻くことは罰。逃げることは罪。汝らに、死の救済を与えん。微睡みより空を見よ。ここに、天使の梯子は成される。いざ、刮目せよ、我が聖歌【福音の天剣】」
そして。
雲間から、巨大な銀の剣が現れた。
「ッ――狼よ、雑多の剣は任せる。私はアレを、打ち落とす。なにを犠牲にしてでも」
「っダメだよ! 死を覚悟するような、そんな方法はダメ!!」
『ならば娘よ。我の方がまだ丈夫だ。こちらに任せよ』
「ポチ!? ダメだよ、傷つくようなやり方じゃ……!」
決意の目を見せるフィフィリアさんと、覚悟を決めるポチの姿。
だめだ。誰かが傷ついて帰るのなんてだめだ。そんなことで得た幸福に笑えるほど、わたしは何もかも諦めていないから。
どうにかしなきゃ。あの、十メートルは優に越えるであろう巨大な剣を受け止めなきゃ。どうしよう、どうしよう、どうしようッ!!
「初対面で、それも怪しい私のことなど気にするな。私とて私の目的に生きている。誇りを守り正義に殉じることが出来るのなら、我がドンナーの汚名も雪がれよう。だから――吠えろ、ミョルニル」
「ダメ、ダメだってば! フィフィリアさんッ!!」
どうする?
どうすればいい?
夢ちゃんからの狙撃で、剣を打ち落としてくれている。でも、足りない。
ポチと夢ちゃんと、そしてフィフィリアさん。全員が全員、守りながら戦うコトなんて向いてないのにわたしを守って、だから傷つこうとしている。
フィフィリアさんはあの剣をどうにかできるのだろう。でも、どうにかするためにわたしの異能の効果範囲から抜けられたら、閃光に串刺しにされる。わたしとポチの融合は――だめだ、間に合わない。
「――笠宮鈴理、狼の悪魔。キミたちが首を差し出すのであれば、彼女は見逃しましょう」
「レイル・ロードレイス……! 先生、あなたは、こんな――先生、なのに!!」
生徒を守るために。
生徒のために。そう、いつも一生懸命な、凜とした横顔を思い出す。
「時間切れデスね。サヨウナラ、異教徒たちよ。神の下に召されよ――」
だめだ。
なにかもが間に合わない。
ああ、どうか、お願い……助けて。
「師、匠……っ!!」
そして、剣が、落ちる。
全てをえぐり取るように、銀の剣が、わたしたちを。
「【闇王の重鎚】」
貫く間もなく――漆黒の柱が、銀の剣を呑み込んだ。




