そのご
――5――
ユメがロードレイス先生の裏の顔を赤裸々にしてからというもの、なるべく集団行動を心がけるようになって一週間が過ぎた。だがロードレイス先生は拍子抜けするほど動きを見せず、ついに、手続きが遅れていたという編入生が紹介される日となった。
本音を言えば、動きがある前に警戒対象が増えることは喜べないのだが、仕方がない。同じクラスに警戒相手が居るということは、監視がしやすいということでもあるのだ。ポジティブに考えておこう。
「サテ、今日はミンナに新しいClassmateをショウカイしよう」
ホームルームで、いつものようにのほほんとそう告げるロードレイス先生。
だが、気のせいだろうか。いつもよりもカタコトというか、英語訛りの強い人間というか……どうしたのだろうか?
「サ、ハイってきてイイよ」
「はい、失礼します」
そう扉が開き、最初に目に入ったのは、鮮やかすぎるほどに輝く黄金の髪だった。
光を反射しているのかと思うほどに光輝く髪色は腰までウェーブしていて、左肩に垂れる一房だけ丁寧に編み込んでいる。編み込んでいない右側には“T”型の髪飾りをしていて、無骨な形のそれがなぜだか強烈に記憶に残った。
シズネよりもやや背が高く、私に比べたら低い。銀がかった金の目は、角度で変わるダイヤモンドの様だ。
「おお、美人……」
呟くカズマに、私語を注意しようと思う人間は居ない。それほどに、カズマの呟きはこの場にしっくりきてしまった、ということだろう。
彼女は我々の様子を気に留めた様子もなく、教壇の横で淑やかに頭を垂れる。ううむ、名家の人間なのかな? 所作に気品がある。
「初めまして・私の名は“フィフィリア・エルファシア・フォン・ドンナー”だ。よろしく頼む」
綺麗な声から響くのは、厳かな口調だった。
日本の四字熟語で言うのなら、傲岸不遜とでもいえば良いのか。彼女はきっと、誰かの下よりも人の上にいるほうが、似合うような人間だ。
「席は、ひとまず有栖川クンの隣でイイね」
「はい」
教育が行き届いているのだろう。
フィフィリアは丁寧に頭を下げると、ピンッと背筋を伸ばしたまま私の隣に着席した。シズネと彼女で、私を挟むような形だ。どのみち自由席だしね。
「あなたが有栖川博士のご息女か。私のことはフィフィリアと。どうぞ、よしなに」
「ああ、父を知っているのか? では、私もアリュシカとそう呼んでくれ。よろしく」
少しだけ目を瞠って、それから黙礼する彼女。
うーん、悪い子には見えないな。ユメに聞こうかとも思ったが、そうすると彼女はまたとんでもないことをやらかすかも知れないからな。危ない目に遭って欲しくないのに、危ないところに飛び込まれたらたまらない。
静かに、シズネと目を合わせる。とりあえずは私とシズネとSクラスのみんなで、それとなく彼女を引きつけておこう。なにもなければそのまま学校案内でもして交友を深めれば良い。何かあれば、その時はその時だ。
前途多難だ。
……けれど、一人じゃなければ頑張れる。うん、なんだかそんな気がするよ。
――/――
――Pikon!
鳴り響いた端末を起動させる。
差出人はリュシーちゃん。編入生を監視も兼ねて学校案内。今日は来られません、と。なるほどそっか、編入生が来たんだ。
「どったの? 鈴理」
「あ、リュシーちゃんと静音ちゃん。ルナちゃんたちと編入生のお世話だって」
「ふぅん? 調べようか?」
「無茶をするので却下です」
「うっ、で、でもね? 私のアイデンティティがね?」
「もう。心配なんだよ?」
「……はい。んじゃ、碓氷のデータベースで調べますかー」
そ、そんなのあるんだ。
いや、それもそうか。ロードレイス先生の最初の情報も、それで調べたんだ。そうだよね、そうじゃなければあんな短時間でわかるはずがないもんね。
――Pikon!
「あ、もう一件。師匠からだ」
顔文字も絵文字も一切使わない、簡潔なメッセージ。
ええっと、“講義進捗具合の魔導科職員会議のため、ロードレイス先生の動向を確認できません”かな。
その一文に、覗き込んでいた夢ちゃんの顔が強ばる。
「なら、仕掛けてくるとしたら、今日ね」
「え? そうなの?」
「ええ、なにせ、仕事の関係で九條先生と鏡先生が特専から離れているはずよ」
「!」
そっか……。
こちらの味方が全員拘束されている状況なんだ。あれ、でも、わたしが“特異魔導士”であることは、さすがにまだ知られていないんじゃ?
「私たち相手に動く、とも限らないのよ。自分に張り付く目がなくなったところで、誰かと接触したりなにかを仕掛けたり。普通、そんなことは私たちの気に留めることではないけど……ね?」
「あっ」
そ、そっか。わたしの運の悪さを考えたら、遭遇しかねない!
うぅ……なんでこんなことを想定に入れないとならないんだろう。
『そうだ。故に、我が応援に来た』
「っ……て、い、いつの間に?!」
響いた声に飛び上がる。
わたしの足下には、いつの間にか、子犬モードのポチがいた。毎日寮で餌やりをしているのに新鮮な気がするのは、外で散歩に付き合うことが久々だからだろうか。
『つい先ほどだ。護衛、だそうだ』
「師匠が? そっか」
「まぁ確かに、最強戦力の一角よね、あんた」
なにせ彼の七魔王の一柱だ。
しばらくは彼が七魔王であることには、気がつかなかったんだけどね! だってポチ、普段はただのぐーたら家犬だからなぁ。誇り高き狼の同胞とは思えないほどぐだーっとしていることがある……って、わたしは狼ではないか。
『うむ。故にいっそ、我と鈴理だけで歩かせるか?』
「あー、なるほど。私が気配を消して?」
『そうだ。犬の散歩をしている雌。雄なら臨時で犬を飼ってでも狙うべき状況だ』
飼い主仲間で話しかける流れにする、と?
もう、ポチはいったいどこからそんな知識を入手するのだろうか。
「それじゃ、そうしようか。鈴理、準備とかある?」
「大丈夫。年中無休でいつ襲われても良いように、対応済みだよ!」
「……今度、あんみつ奢ってあげるね?」
「………………うぅ、ありがとう」
だ、だって、これまではいつ襲われるかなんてわからなかったんだもん。
夢ちゃんの気遣いが胸に痛い。も、もう、悪魔以外には狙われなくなったんだよ?
『ところで鈴理』
「ふえ?」
『黒は早すぎるのでは――ぷぎゅるっ?!』
何事か口走ろうとしたポチの頭を、咄嗟に押し潰す。
す、すかーとの真下にいたと思ったらこの、もう、もう!
囮。
つまり、変質者なんかの類いにとってわたしは良い餌であり、わたしを気にしない変質者でもひとりで居れば引き寄せる可能性もあるということ。
まったく嬉しくない特技ではあるが、最近、同時に思うようになってきたことがある。わたしを囮にして変質者が撲滅されるのであれば、もう、それでもいいのではないだろうか?
「どう思う? ポチ」
『わんっ』
「そ、そうかな? うぅ」
見た目は尻尾を振りながら散歩を喜ぶ子犬でしかないポチが、冷静にツッコミを入れる。
うーん、だめかぁ。良い考えだと思ったんだけどなぁ……って、尽きないほどいるものなの? お、男の人ってこわい。
「あ、ここ……」
ふと、気がつく。
当てもなく散歩をしている最中、たどり着いたのは森林公園だった。ここは確か、静音ちゃんがゼノを宿したときの場所だ。
なんとなく歩いてみると、ふと、なんだかわたしの警戒心に引っかかる場所があった。
「ポチ、少しだけ近づいて見よう」
『わんっ』
普段だったら逃げ出すところだけど……今は囮だし、なにより他人を疑いながら生活をするのは中々辛いものがあるので、この辺りで一つの区切りが欲しい。
藪をかき分け、公園の裏手から奥へ進む。普通の生活をしていた女の子だったら悲鳴をあげるような芋虫なんかも、手でぺいっと払いながら進むと――黒い、靄があった。
「はへ?」
『む。鈴理、よくあんなモノを引き寄せたな』
「え? え? え?」
人や動物、運が悪くても悪魔以外が出てくるなんて想定外すぎるよ?!
黒い靄は形を作り、赤い目でわたしたちを睨み付ける。これってもしかして、芹君の時に戦った……。
「妖魔?!」
『うむ。しかも、“ダビドの残留思念”で覚醒した妖魔だ。死んでからも図太いとは、生き汚なさには見習うモノがあるな』
「褒めてる場合じゃないからね?! っ、ポチ、来るよ!」
黒い靄が物質化する。
その姿は蜘蛛。しかも、カマキリのような腕を持つ、巨大な蜘蛛だった。
蜘蛛は八つの紅い複眼を光らせて、黒い靄を纏いながらわたしたちを見据える。
「ポチ、【限定解除】!」
『心得た!』
「【速攻術式・平面結界・操作展開陣・術式持続・展開】!!」
ポチが子犬から成犬サイズに変化。
わたしが盾を展開すると、同時に蜘蛛が跳ね上がる。あれを人が居るような場所に解き放ったら――それだけは、だめだ!
『オオオォ?!』
破裂音。
のけぞる蜘蛛。
夢ちゃんの鏃だろう。なら、援護や人の誘導は任せられる状況だ。
「ポチ、久々に、息を合わせて行こう」
『うむ。同胞よ、その力をあの妖魔に見せつけようぞ!』
――すぅ、はぁ。
息を整えて、謳うように己に自己暗示を染みこませて、ポチと二つで並び立つ。
「“狼の矜持”!」
あなたはここから逃がさない。
もうなにもかも予想外だけど……それもここで、終わらせる!
2024/02/01
誤字修正しました。




