えぴろーぐ
――7――
それから。
変質者の男は警察機構に引き渡され、この事件は表向き、異能者犯罪として片付けられた。
悪魔がちらほらと姿を見せている以上、いつまでも隠して置くわけにはいかない。だがたかだか変質者にも悪魔が協力しているという情報は、間違いなく余計な混乱を助長させるだけだろう。
公表はまだ、世間が落ち着いてから、だ。今まだ時期尚早として、ただの異能変質者として片付けられるのは無理からぬことであろう。
「それで、ええっと、この子が?」
そう、戸惑うように私に告げる笠宮さんに、そう、と頷く。
事件の翌日、私が“魔導術制御型使い魔”として登録した、肩に乗るサイズの子犬は、魔導術師のパートナーとして職員室に連れている。
「未遂でしかなかったとはいえ、結果的に死人や重傷者を出さなかったことと、人の隣にあれるという“可能性”を考慮して、私が“管理”することになったのだけれど……やはり、あなたは被害者だし、不快、かしら?」
うーん、いや、引き合わせるのは様子を視るつもりだったのだが、笠宮さんが予想をはるかに超えるバイタリティで復活。
事件のあらましを伝えるうちに、疑問に持たれてしまい、こうなった。
「いえ! 未知先生が飼い主なんですよね? なら、全然大丈夫ですっ」
そうはにかんで告げる笠宮さんの信頼は、強い責任を覚えると同時に、やっぱり嬉しくはある。
「それで、えと、名前はなんというのですか?」
笠宮さんが私に尋ねると、私が応えるよりも先に、“子犬”が口を開く。
『我が名は魔狼王“フェイル=ラウル=レギウス”――改め、“ポチ”である』
渋い声に尊大な話し方。
そう、これはあの変質者の相棒を勤め上げた狼型の悪魔。
長ったらしい名前をぶんどって縛り付け、契約を交わした私の使役魔獣。
『クッ、存外良い名よな。まさか全盛期に力が戻るほどの契約とは思わなんだ』
その新生した名を、“ポチ”という。
前世で可愛がっていた犬の名前だ。感謝して欲しいくらいの素敵な名だろう。
「どうもご丁寧に。わたしは未知先生の一番弟子、笠宮鈴理です」
「ちょっ、えっ、弟子って――」
『ボスの舎弟か。うむ、よろしく頼む』
渋い声でぺこりと頭を下げる肩乗り子犬は正直可愛らしい……って、そうじゃなくて!
「か、笠宮さん? その、弟子、というのは――」
「だっ……だめ、ですよね。わたしなんかが、図々しく、そんな……っ」
「あ、いや、駄目ではなくて、その、ね?」
「本当ですかっ! ありがとうございます! 師匠!」
頭を下げて笑みを浮かべる笠宮さん。
その姿に、以前のようなおどおどとしたような雰囲気や、弱々しい瞳はない。
ああ、もう、そんな、意思を込めたような瞳で見つめられたら、嫌とは言えないのだけれど、ううむ。
「――他の生徒と差別はできません。これまでどおり、質問には答えます。それでいい?」
「はいっ」
「それから、師匠ではなく先生と呼んで、ね?」
「はいっ、未知先生!」
先日まで敵対していた悪魔狼と、手を取り合って喜ぶ笠宮さん。
気苦労はこれまでよりもぐっと増えそうなのだけれど、うん、まぁ、でも、なんだ。
「これからも、よろしくお願いしますね! 先生っ!」
嬉しそうに笑う笠宮さんは、壁を乗り越えたのか、その声に力強さが籠もる。
まっすぐに私を慕う瞳は、熱く、心地よくて。
まぁ、なんだ。
こういうのも悪くないのかも、しれない。
――/――
暗闇で、影が蠢く。
『威力偵察にも、ならんか』
闇の中でぼんやりと光るモニターに映し出される、森の惨状。
抉られた地面。なぎ倒された木々。未だに雲の集まらない空。
『だが、良い。次はもっと大がかりだ』
そう呟く影。
その手元には、“特専”に関わる資料が握られている。
『必ず力のほどを見極めさせて貰おう。そして――』
モニターの傍に貼り付けられた、一枚の写真。
スーツ姿の女性――観司未知のものを、影は疎ましそうに睨み付けた。
『――必ずや、我が天下を築こうぞ』
影は写真を手に取ると、“特専”の文字が綴られた資料に叩きつける。
ばらまかれた資料。その一枚が、モニターの微かな光に当てられた。
『魔法少女の終演こそ、我らの始動となるのだ』
資料に大きく綴られた文字。
“第一期 修学旅行”の一文の上に、影が重なった――。
――To Be Continued――




