そのよん
――4――
――合同実践演習。
その全てが英雄たちによって秘密裏に解決されたとはいえ、昨年度の悪魔の活性化は見過ごせるモノでは無かった。いつ、表立ったところで人間に牙を剥くかわからないと危惧していたところに、度重なる通り魔事件と、文化祭への介入。
一歩間違えれば、という事態が連続したことで政府機関もその重い腰を慌てて上げて、全特専に“実践的な授業の必須科目を設けること”と通達があった。そこで、日本特専理事連盟が合同会議を開催。幾つかの候補を絞って最終的に可決されたのが、異能者と魔導術師があらゆる不測の事態にも対応できるように“ダメージ変換結界”を用いて実践的な演習訓練を施す、というものだった。
場所については色々と協議されたが、実のところ、我が関東特専にはちょうど良い場所がある。浅い層に敵は出ず、一層潜ると敵が現れ、最下層は魔法少女が封印済み。そんな都合の良い“異界”――第七実習室奥の異界だ。
「今日は、よろしくお願いします。“ロードレイス先生”」
「ハイ、お願いします、観司センセイ」
和やかな笑みを浮かべるロードレイス先生と、握手を交わす。
その背では、高原先生がのほほんと眺めていた。うん、そう、ええっと、どうしてこうなった。
封鎖中だった第七実習室に生徒たちを集め、牽引して異界に赴くと、その景色の変化に生徒たちは口々に興奮した様子を見せていた。監査の教員は基本的に一人、高原先生が固定でつく。その他に、多様性を持たせるために、色んな科目の教員を異能者から一人、魔導術師から一人、ローテーションでつく。
その初回に選ばれたのが魔導術師の私であり、新任と言うことで日本の特専の授業により多く触れておく、という名目で抜擢されたロードレイス先生だ。
「はは、それではお二人とも、まずは生徒たちに自己紹介と行きましょう」
新一年生は、異界に入るのはこれが初めてとなっている。異界での演習、ということは担任の先生から聞き及んでいても、第七実習室から行けるとは知らなかったのだろう。
先ほども、集められた実習室で、黒いブレザーの生徒と白いブレザーの生徒が困惑した様子であった。今は突き抜けるような蒼天に、開いた口がふさがらないような様子だが。
「それではみんな、注目! 俺が今日からこの合同実践演習の担当になった高原一巳だ。みんな、よろしく! で、この授業は毎回、魔導術師と異能者から一人ずつ先生を派遣して貰えることになっている。では、まず、ロードレイス先生」
最初に、生徒が関心を持ってちらちらと見ていた外国人の先生から、まずは紹介させてしまおうということだろう。
「Hello! ミンナ、ボクは今年から二年生のSクラスで担任をスルことになった、レイル・ロードレイスとイう。ボクもJapaneseのセンセイとしてはビギナーだが、海の向こうでもセンセイをやっていたんだ。ミンナに有用なアドバイスができるように、ガンバるよ。ヨロシク!」
爽やかに挨拶をするロードレイス先生に、黄色い歓声が集まる。まぁ、そうなるだろうね……。自分の時との反応のあまりの差に、高原先生、顔が引きつっているし。
高原先生はなんとか顔面筋に気合いを入れてロードレイス先生を下がらせると、次いで私に出番を促す。
「では、み、観司先生、どうぞ」
まぁ、ちょっと声が震えているが、それはご愛敬か。顔には出ていないし、目元は前髪で隠れてしまっているので見えづらいし。
「はい。ご紹介にあずかりました、観司未知です。普段は術式論理学などの担当をしているので、魔導術師の皆さんは今後も顔をお見せする機会は多いでしょう。異能、魔導術にかかわらず、なんでも相談して下さいね」
私がそう言って頭を下げると、控えめな拍手がちらほらと聞こえた。うん、別に拍手はしなくても良いんだよ? そんな風に苦笑していると、さっそく、白いブレザーから手が上がる。
「はい、質問があります」
「ええと――はい、秋蔵柚葉さんですね。どうぞ」
古名家の一つ、“四季家”の序列三位、“秋蔵”の現当主の妹さん、かな。お兄さんは関西の大学部に通っておられると思うのだけれど、妹さんはこちらに来たのね。
一族特徴の豊かな橙色の髪を長く伸ばし、緩く広げた大人っぽい少女だ。うん、なんとか新学期に合わせて、新一年生全員の顔と名前を“覚える”ことが間に合って良かった。
「? はい。異能者の質問にも答える、とおっしゃいましたが、先生は魔導術師ですよね? 答えることは、本当に可能なのでしょうか?」
「そうですね……。では、なにか、質問をして下さいますか?」
ずいぶんと率直な聞き方だ。根が素直な良い子なんだろうなぁ。
だが、疑問に思うのは重々承知の上だ。不満や不安を隠して授業に臨まれるよりも、こうして不安を解消してから臨んでくれた方が遙かに助かるのだし。
問いかけられて、秋蔵さんは少し悩んでいるような様子だったが、やや逡巡してから頷いた。
「我々特専の生徒が想定している相手とは、未だ閉じることなく開いている魔界の門から現れる悪魔であったり、異能及び魔導を用いる特異能力犯罪者であったりすると聞き及んでいます。その中でも硬い皮膚を持つ悪魔や魔物の類いか、あるいは防御に特化した魔導術師や異能者が相手だった場合、異能者はどのようにしてその守りを突破すればよろしいのでしょうか?」
ふむ、なるほど。
彼女のように古名家で既に専門性のある異能の扱い方を学んできた人間でなくとも、つまり一般校で基礎のみを学習してきた生徒にも“為”になることを学べるような、良い質問だ。
さて、そういうことであれば、と。
「そうですね……皆さんはもう既に、最初の講義を終えて魔導術、あるいは異能力の“専門的な使用方法”について触れたと思います。小等部や中等部から基本の積み重ねを覚えてきた生徒はもちろん、これまで一般校で基礎の基礎を学んできた方々も、これから学ぶ新しい技術に期待を寄せていることでしょう。ですが――」
今年から魔導術式や異能を学ぶ生徒は、特専の持ち上がり組に対して基本の習得で大幅に遅れている。だが、特専はあくまで“専門的に学べる学校”であり、一般学校であっても最低限の能力制御は必修科目で学ぶことになる。
なにせ世界に、異能者か魔導術師、そのどちらでもない人間など存在しないのだから。能力制御を学ばせないのは、かえって危険といえる。そのため、特専に入学してきた生徒は魔力を用いた魔力制御や霊力を用いた霊力制御の一段階上のステージに期待を寄せるので、“基礎”を振り返る機会が狭まってしまう。
せっかくこんな場を用意して貰えたのだ。この機会に、“基礎”を振り返ることの大切さを改めて感じて貰えるのなら、教師としてこれ以上のこともないだろう。
「――これからお見せするのは、これまでに皆さんが学んできた“基礎”の“応用”です」
ざわざわと、困惑したような表情が見て取れる。
落ち着いているのは数名だが、その数名も眉を顰めたり首を傾げたりと反応が初々しい。うん、でもこの特専にいたらだんだんと奇妙な事態には慣れていくからね? 普通の特専は一年生に富士の極限樹海に行かせたりはしないし。
だいたいみんな、炎獅子祭で熟れて、図太くなった精神で二年生になっていくのだし。
「では、実演してみましょうか。的は適当な岩でも見繕って魔導術で加工を――」
「ああ、それならボクにお任せクダサイ、観司センセイ?」
「――ロードレイス先生。はい、では、よろしくお願いします」
うーん、なんだろう、夢さんの情報ありきでよくよく観察するとわかるのだけれど――目が、笑っていない。朗らかな視線の中に、見極めようとするような、観察と僅かな悪意に染まった色が垣間見えた。
あんまり手の内は晒さない方が良いのかも知れない。が、私の手の内はどのみち、見せたら見敵必殺の魔法少女という名の羞恥プレイ。うん、問題ないかな!
「我が意に従え――【聖人の銀十字】」
ロードレイス先生の手が翡翠色の淡い燐光に包まれる。その燐光が指に集まると、淡い銀色に色が変化した。
そしてその銀色を纏った指で十字を切ると、十字形の光が飛び出して回転。“物質化”し銀色の十字架を産むと、そのまま地に突き刺さった。
「これを的にしてクダサイ」
「ありがとうございます」
なるほど、結構な硬度だ。異能で生み出した銀ということであれば、単純な自然界の銀とは訳が違う。こんこんと表面を叩いてみて、頷く。
「では最初に、デモンストレーションで攻撃をしてみましょう」
「それでしたら、先生、私が試してみてもよろしいでしょうか?」
「秋蔵さん? そうですね……はい、では、よろしくお願いします。前へどうぞ」
秋蔵さんはみんなよりも前に出ると、十字架の前に立つ。古名家、四季家の秋蔵となれば異能の扱いに対する教育もされていることだろう。
彼女は少し息を整えて、懐から指揮棒のような小さな棒を取り出す。霊力媒介、かな。
「【巡り巡りて四季より至りて白に満ちる】」
突き出していた指揮棒に風が満ちる。
そして、秋蔵さんは風が充分に満ちたことを体感すると、大きく指揮棒を振り上げた。
「【諷意招来・雷気顕々】!!」
風の塊が鎌鼬のように十字架にぶつかると、その風を道導にするようにして稲妻が轟く。
――瞬間、十字架の外側が淡く輝き、その衝撃を外側に流す。エフェクトは派手で大きいが、それだけ。十字架は未だ健在だ。うーん、外殻で攻撃を弾いたのかな。特殊効果付与の銀十字、あるいは銀を操作する異能、といったところか。
「なっ」
秋蔵さんも、まさか傷一つ無いとは思わなかったのだろう。悔しげに指揮棒を握りしめている。だがまぁ、これから実践することを直ぐに出来てもちょっと困ってしまうので、その様子に苦笑するに留めた。
おそらく彼女は、教員の用意した的を壊せないことを理解していながらも、本気で壊すために尽力したのだろう。その姿勢は凄く好感が持てることだけれど、あまり無理しないように見守ってあげた方が良いかな。
「ありがとう、秋蔵さん」
「い、いえ。あの、本当にこれを壊せるのですか?」
「ええ、もちろん。そのためにまず実践して見せて、それからみんなの意見を聞きながら解説したく思います。良いでしょうか? 高原先生」
「はい、もちろん。ついでに最初の講義はそれにしよう。基礎の応用、という項目の大切さは直ぐに思い知らされるからな。具体的にはそう、期末試験、とか」
高原先生が悪戯っぽくそう言うと、生徒たちの顔が引き締まる。うん、まぁ、そういう反応だよね。
一方、ロードレイス先生の顔はというと……うん、楽しげだ。そう、“壊せるモノなら壊して見ろ”と、そう物語る顔だ。うーん、これは相当硬くしたな。
「それでは、始めましょう。まず最初に、これは“魔力制御”で行いますが、始まりが己の内側からくみ取るのか、外側から吸収するのか、という違いがあるだけで、過程と結果は霊力制御であっても変わりません。それが魔導術師でも霊力運用について指導できるポイントでもあるのですが……その点は後ほど、秋蔵さんにリベンジして貰うときに、説明しましょう」
「えっ、は、いえ! や、やります!」
「ふふ、ありがとうございます。それではまず、やってみせますね?」
十字架に近づいて、わかりやすいように手をかざす。
呼吸によって世界に満ちる力、マナとも呼ばれるそれを体内に取り込み、循環。魔力へと変化させると、淡い青の燐光として視覚で捉えることが出来るようになる。
その光を掌の上に集中。強くなった燐光を手よりも“内側”に蓄えると、一瞬、視覚では光が消えたように見えることだろう。そのまま十字架に近づいて、優しく掌を触れさせる。
「【魔震功】」
破裂音。
次いで、爆砕。
「Oh……なんとイう」
ロードレイス先生の、ぼんやりとした声が聞こえる。
十字架に起こった現象は、“内側”からの爆発だ。半ばからポキリと折れてしまった十字架と、手をかざしたままの私。秋蔵さんはその両方を何度も見て、視線を往復させているようだ。
「なにが起こったのかわかった方は、いますか?」
尋ねると、生徒たちは――魔導科も異能科も関係なく――互いに目を合わせて、困惑した様子で首を否定に振る。
彼女たちは事前に秋蔵さんの派手な術を見ていて、その上でこう思ったことだろう。“壊れるはずがない”と。うんうん、こういう反応は教え甲斐がある。
「それでは、解説に移りましょう。まず、あらゆる防御結界、あるいは特異な能力によって防御をするものには“間”があります。ただの平面結界一つにしても、衝撃が加われば設定された術式に従い波紋のように衝撃を流しながら受け止めます。そのため、衝撃の直後にはほんの僅かな揺れがあります。実のところ悪魔の皮膚も似たような原理が働いていて、彼らが理不尽に“硬い”のは、生まれながらにして妖力による膜を形成している、という部分もあります」
一生懸命“端末”にメモをしてくれている生徒たちを確認しながら、講義を続ける。
ちなみに、上級悪魔は生物として頑丈な上に膨大な妖力で膜を張っていたりする。だが、それはさらなる応用と技術が必要なので、まだ早い。
「その“揺れ”を意図的に引き起こし」
十字架の破片を手に取る。
さっき、音が“連続”したことに気がついた生徒はいないようだったので、今度はもう少しゆっくりやって見せよう。
「一つ」
タンッという小さな音。
「この直後に、放出した魔力を潜り込ませて破裂させます。……二つ」
破片を持つ右手と、空いた左手。
左手の掌の先で、魔力を破裂させる様子を見せる。
「これを連続させると――こう」
タダンッという二連続の音。
揺れに潜り込ませた力を爆発させて、内部破壊を可能とする“基礎”の“応用”で、これを更に応用すると、魔導術式“結界破壊”になる。
「すごい……こんなの、秋蔵では教えてくれなかった」
「ふふ、それが、“特専”で学ぶ意味でもあります」
「っはい! 観司先生!」
きらきらとそう言って貰えると、うん、やった甲斐があったかな。
「それではロードレイス先生、もう一度、的をお願いできますか? 今度は――」
「ハハハ、モチロンですよ!」
「――“初心者向け”で、お願いしますね?」
言外に告げるのは、“先ほどのように”綿密な作りにはしないでくれ、ということだ。
熟練者ほど、己の弱点や弱みになりそうなところへの対処は万全となっていく。ロードレイス先生の“それ”はまさしく“そう”であり、ちょっと一般の生徒どころか教員でも対処が難しいほどに、“揺れ”がなかった。
ほとんどゼロと言っても良い“それ”に対して一撃で成功させるのは至難の技であり、生徒たちの技量で勉強になる範囲ではない。色んな意味で熟れた私だったからなんとかなったようなものだ。ちょっとシビア過ぎる。
「……ああ、わかった」
ロードレイス先生はそう、笑顔を貼り付けたまま、複数の的を生み出す。
よし、じゃあまずはリベンジだ。秋蔵さんを呼んで的の前に立たせると、今度は後から指揮棒を持つ手を握る。
「霊力制御用の魔導術式を展開制御します。緊張しないで、リラックスしていてください」
「は、はい!」
詠唱し、術式を展開。
秋蔵さんの霊力制御状態をこちらで把握できるようにすると、今度は一緒に的を狙う。
「最初に風で指標を立てますね? それで揺れを作りましょう」
「っ一目で、見抜いたのですか? わ、かり、ました」
んん? なんで戦々恐々としているのだろう?
ま、まぁ、気を取り直して続けていこう。
「深呼吸をして。媒介に集めた風を解き放つのではなく、媒介の先端でまず狙いを定めます。……そうですね、繊細で良い循環です」
「はい! 【巡り巡りて四季より至りて白に満ちる】」
言われるがまま、秋蔵さんは指揮棒の先端を十字架の中心に定める。
「風と稲妻の間に、呼吸一つ分の差も多いでしょう。ピアノを弾くように、次の音階に素早く移行するように、連続して放ちます。さ、行きますよ、一、二、一、二――」
「――ふぅ、一、二、一、二、一、二【諷意招来・雷気顕々】!」
風と稲妻のタイミングは、ほぼ同時だ。
風は狙いどおりに十字架に接触。多少軌道からずれていた稲妻が、着弾した風に導かれるように軌道を変更。瞬く間のことだが、霊力制御を感知していれば充分捉えられる。
破裂音。
次いで、轟音。
内側から爆ぜるように折れる十字架を見て、秋蔵さんは我がことながら驚いたのだろう。ぽかんと、折れた十字架を眺めていた。
「でっ、できた! 出来ました、先生っ!!」
「ええ。見ていましたよ、よくできましたね」
褒めると、秋蔵さんは勝ち気そうな目元を緩ませてはにかんだ。だがちょっと恥ずかしかったのか、直ぐに表情を戻しているが……うん、頬に朱が差したままだ。
「それでは早速、みなさんも取り組んでみましょう。魔導科と異能科でちょうど同じ人数です。互いに白いブレザーか黒いブレザー、自分と違う色の人と組んで……ええ、そうです」
「よし、それじゃあ的の前に立って練習開始! わからない班は手を上げて先生を呼んでくれ」
高原先生の呼び声に、生徒たちは動き出す。
うん、どうなることかとひやひやした場面もあったけれど、なんとかなりそうで良かった。
ただ、まぁ。
「へぇ……?」
酷薄な目で笑う、ロードレイス先生の姿を除けば、かな。
うーん、こちらはもう本当に、どうなることやら。まぁ、とりあえずは静観しか、できることはないのだけれど。
『観司先生っ、こっち、お願いしますっ』
「ああ、はい、直ぐに参ります」
でもまぁ、とりあえずは――“先生”のお仕事を、全うしますかね。
2017/04/02
誤字修正しました。




