そのさん
――3――
私の知る限りにおいて、私の可愛い生徒たちには特殊な事情を持つ子が多く居る。
平等に接する教師としては褒められたことではないのは承知しているが、その中でも、なんだかんだと巻き込まれるので放っておけない生徒たちが居て、彼女たちはそれ相応に特殊であることは否めない。
それは、頭痛を堪えるように頭を抑えてため息を吐く七から見ても、同様のことなのであろう。
一人は、私の弟子。
唯一の異能と魔導術を併用可能な“特異魔導士”、笠宮鈴理さん。
一人は、Sクラスの異能者。
過去・現在・未来。全てを見通すポテンシャルを秘めた“天眼”保持者、アリュシカ・有栖川・エンフォミアさん。
一人は、能力覚醒でSクラスに至った“音”系異能者。
万能であり強力な“詩歌”の異能と、魔王の一柱を宿した名家の少女、水守静音さん。
そして、いつもの四人組と化した生徒たちの中で、もっとも“普通”寄りのプロフィールでありながら、普通じゃない行動が多い生徒。
「――と、いう訳です」
普通の魔力量。
いないこともない、伝承系魔導術師の家柄。
いつもの四人組の一人、碓氷夢さん。“霧の碓氷”と呼ばれる忍者の家系に根ざす彼女は、放課後の食堂で驚くべき情報を明かしてくれた。
「そ、そんな情報、“ここ”で明かして良かったの? 夢」
「内緒のお話がしたいって未知先生に言って、ここに連れてきて、了承を取ってまで鏡先生がいるからね」
「あー、まぁそうだね。声の“流れ”は操作したよ」
「さすが、ユメだね……そうか、ロードレイス先生が、そんなことを」
「夢ちゃん、すごいね! でも、危ないことはしないでね?」
「うっ……はい」
レイル・ロードレイス先生。
バチカン方面に繋がりがあり、“異端”という方向性で私と、おそらく鈴理さんに目を付けている。しかしそうか。それなら、職員室で感じた視線はロードレイス先生だったのか。
「情報入手手段の危険性については、鈴理さんが言ってくれたので良しとしましょう。私たちのために情報を集めてくれるのは嬉しいし、もしかしたらご実家から与えられている課題の一環なのかも知れないけれど、あまり危険なことはしないでね? その上で、教えてくれてありがとう、夢さん」
「は、はい……にひひ、どういたしまして」
「夢、“にひひ”はないよ……」
「うぐっ、おほほほ、なんのことかしら? ちょ、ちょっと、冗談だからそんな目で見ないでよ、静音」
うーん、しかし、困ったなぁ。
新学期早々、まさかの新任教員がどこからかのスパイとは。ただ、無事に赴任できているということは理事長では押し止めるのは難しい人材であるか、有害でもさほど問題ないレベルか、ということだろうか。
どのみち、柿原先生の穴は埋めなければならなかった。その上でバチカンから要請があれば断れもしないのかな。ううむ。
「……ひとまず、鈴理さんは今後、決して一人にはならないこと。居住区と生徒寮で場所が異なるから、移動の際はなるべく水守さんと一緒にね?」
「はい! 師匠っ」
「は、はい。……一緒に帰ろうね、鈴理」
「うん、よろしく、静音ちゃん!」
あとは私も、なるべく隙のある時間を作らないようにしよう。
新しい授業のこともあるし、ちょうど、瀬戸先生に色々と相談したいこともあった。なにせ、新一年生に対する一回目の実技講師は、くじ引きで私が選ばれた。任されたからには、生徒たちに不自由はさせられない。
「未知。休憩時間なんかは医務室を使うと良いよ」
「いや、カガミ先生、それだとミチの“コネクション採用”疑惑が深まってしまわないですか?」
「ああ、大丈夫だよ。未知の担当する科目で使用する可能性があるからね。休憩ついでに指導をしたいという名目も立つ。一応、未知一人では呼び出さないように配慮もするよ。とくに、華南はなにかとこき使われるだろうからね」
「師匠、華南さんって?」
「南先生のことですよ」
七は基本的に、名字の括りで人を判別しない。そのため、聞いた名前に情報通の夢さん以外は首を傾げた。
家柄や地位で人を分けることに意義を見いだせないのだとかなんだとか。それは人よりも次元の違う域に在る精霊種特有の視線であり、こういった時に、その性質が垣間見える。事実、七は“人の括り”という彼が自身にかけた誓約を外すと、“恐ろしく強い”のだが、人と感性が違いすぎると人と生活できないのだとか。
「全員で気をつけながら、普通に生活をするということにしましょう。バチカンの方は、詳しい人に事情を聞いてみます」
「ミチ、知人に詳しい人が?」
「ええ。みんなも知っていると思うけれど――東雲拓斗さん。彼は実際に、バチカンの、ローマの危機を救ったことがある人だから」
鈴理さんが小さく、“異邦人”と呟いた。
そう、七英雄の一人で、私の兄貴分で、ええっとその、うん、まぁ……仲間の一人。
“異邦人”、“鋼腕の勇者”と呼ばれる異能者、東雲拓斗さんその人である。
――/――
あれは、そう、私が九歳の時だった。
大魔王を討伐するちょうど一年前。当時、“魔将”を名乗っていた強大な悪魔が、世界に波状攻撃を仕掛けた。
日本には時子姉が残り日本の退魔師を先導、七はオセアニア方面へ、仙じいは中国・モンゴルを中心に、ロシアは寒さに対応できる獅堂が飛んで、アフリカ大陸はクロックが救援に向かい、私はアメリカからカナダにかけて魔法で対応した。おかげで、ワシントンにはラピの銅像が置いてあり、日本よりも魔導術が人気を博している。
そんな中、当時、神の使徒として激烈に悪魔を倒していたバチカンには魔将本人が現れた。ここで信仰の要を打倒して、人間の勢力を衰退させることが目的だったのだという。
人々が追い詰められ、祈りを捧げる中、神は彼らの救援には訪れなかった。彼の有名な“悪王砕き”ローマ法王が満身創痍に追い詰められ、それでも神は手を差し伸べず、多くの敬虔な信徒が途絶えて。誰もが、絶望に身を投げ出そうとしていたとき。
雲を割り、鋼の勇者が現れた。
背から“銀の炎”を噴出させ、巨大な鋼の腕と、龍を喰らうという伝承を持つ聖剣を手に魔将と戦う異人。血を流しながら戦い、言葉の通じないローマ市民を支えながら戦い、子供を庇って深い傷を負い、それでも立ち上がって戦い続けたその姿に――いつしか、ローマ市民たちは涙を流しながら祈りを捧げていたのだという。
彼こそは使徒。彼こそは御使い、彼こそは我らが救い。その偉業に打ち震えた人々によって、全てを投げ打ち悪と戦う聖人の号として、“タクト”が用いられるようになったのだとか。
『いや、恥ずかしいっての』
「あはは、拓斗さんなら、そうだろうね」
『おいおい、SUSHI、TENPURA、SUMOU、に並んでMAHOUSYOUJOとかいう英単語を生み出したラピさんに言えたことか?』
「うっ……ごめんなさい」
夜の自室。簡素なルームウェアに着替えた私は、晩酌片手に魔導機械のホログラム通信で拓斗さんと話をしていた。
バチカンと拓斗さんの関係について詳しいことを聞こうとすると、拓斗さんはおもむろに世界的な辞典サイトを開いて見せてきたのだ。説明するのは七面倒くさいので、読め、と。
『――とまぁ、視て解るとおりおれとバチカンの仲は悪くない。なにせ、未だに訪れれば号泣されながら跪かれて花を投げられる。イタリア各地にはおれより三割増しで美形に書かれた絵が売られているのに、何故かおれを見ると“本物はより神々しい”とか言われる。英語やらイタリア語やらを必死で覚えた理由の大半は、“何言ってるのかわからないと申し訳ない”っつう、罪悪感だぜ?』
「そ、それはなんとも――ご愁傷様です」
『わかってくれるのはおまえだけだよ、未知。獅堂のアホを見て見ろ。アイツ、未だにおれの記事読んで爆笑するんだぜ。落ち込んだら読むことにしてるよ、なんて言われたおれの気持ちも考えてくれよ、っていうな』
獅堂……うん、はい、獅堂にはお説教しておきます。
でもそうか、それなら拓斗さん、ひいては英雄について悪い感情は抱いていないだろう。
「そうなると……やはり、一枚岩ではない、ということ?」
『だろうな。悪魔に敗北した現ローマ法王を非難する声もある。だが、現ローマ法王は御年百歳にして歴代最強。実際に悪魔やら異能者やら魔導術師やらが犯罪を起こし、ローマに喧嘩を売る中で、あれ以上に安心な“守護者”はいないのが現状だ。となると残る可能性は――“異端審問”だろうな』
「ええっと、異教徒撲滅、とか、そういう?」
『ああ。そして、彼らの言う異教徒とは、直接的に悪魔であり――悪魔たちの王を打倒してからひょっこりと世に現れた、魔導術師であるという。狂信者の中には、魔導の才能があると発覚した時点で、魔導犯罪者用の“能力封印”を施す事例も珍しくはない。ま、未知にとっては気分のいい話ではないだろうが』
それは……確かに、複雑だ。
拓斗さんは映像の向こう側で苦々しい表情を浮かべている。確かに、複雑ではあるし、罪悪感も悲しみもある。けれど、後悔はしていない。異能者でなくても誰かを守れる力を、誰しもが手に入れられるようになったのだから。
「注意はした方が良いね」
『だろうな。だが、そうだな……新任として配属されているんだったら、“カウンター”を用意するために時子が動いている可能性もあるな』
「時子姉が?」
『ああ。顔の広さでは、時子に追随できるやつなんかいない。まぁ、それはこっちで確認しておくよ』
「うん、ありがとう」
そうか、時子姉が動いてくれている可能性もあるんだ。
それならなるほど、安心もできるかな。
「色々ありがとう、拓斗さん」
『礼はデートで良いぜ?』
「でっ……んんっ、そんなことでいいの?」
『もちろん、テストも兼ねてるぜ?』
テスト?
いったい、なんのことだろう?
首を傾げてそういうと、拓斗さんはくつくつと笑った。
『――男として見てくれるんだろ? ちゃんと、実感できているのかテストだよ』
「んなっ! ……た、拓斗さん?!」
『じゃ、またなにかわかったら連絡するよ。おやすみ、おれの可愛い未知』
「か、かわっ……ちょ、拓斗さん!?」
ぷつりと通信が切れる。
えーと、ああもう、どうしよう。
「はぁ……顔があつい」
こんなんで直ぐ寝られるわけ、ないじゃない。
2024/02/01
表現一部加筆しました。




