そのに
――2――
四月、春、進級、クラス割り。
わたしは端末に送られてきたメールを開いて、ほっと一息。安堵に胸をなで下ろす。どうやら、今年もまた夢ちゃんと同じクラスになれたようだ。
去年のクラスメートだと、郷子ちゃんとは離れてしまったが、陸稲君とは同じクラス。他にも何人か同じクラスだった子は居るけれど、そんなに多くは無いみたい。
「あ、夢ちゃん、お待たせ!」
居住区を出て特専内を走るスクールバスに乗り込んで、高等部指定ターミナルから降りたところで夢ちゃんに手を振る。夢ちゃんはなにやら端末を操作していたようだが、わたしに気がつくと手を振ってくれた。
「クラス、見た? 同じだったね」
「ええ。一安心だわ。あんたって放っておくと変なことに巻き込まれるし」
「わたしも一安心かな。夢ちゃん、一人にすると暴走するしね」
「お、言ったな~?」
「あはははっ、くすぐったいよ、もうっ」
少しだけじゃれ合いながら、通学路を歩いて行く。
緊張した面持ちの生徒は、昨日、入学式を終えたばかりの一年生だろう。一年行事の説明と校内設備の説明だけされて帰されているはずだ。今日からが本格的な授業、ともなれば不安さも頷ける。
もっとも、半分以上は中等部からの繰り上がりなのだろうけれど。やたら広い特専の両端だから、見えている景色は、誰にとっても新鮮だろうけれどね。
「ところで、さっきは熱心になにをしていたの?」
「んあ? ああ、リュシーがね? 新任教師について教えてくれって言うから」
「ほへ? 先生、新しく赴任するの?」
「ええ。未知先生に牙を剥いて瀬戸先生にメタメタにされた柿原先生の代わり……って、これは一般公開されていない情報か。内緒ね?」
「あ、あはは、は、うん、師匠に牙を剥いて報復が既に終わっているなら、わたしはなにも言いません」
「うん、まぁそれで。わざわざイギリスのEU承認超常能力教育機関“SpecialClassSchool”から呼び寄せた人材らしいよ。もっとも、募集をかけたのは国内だったのに、何故か海外の彼らが反応して接触。“呼び寄せた”形を取らないと、国際問題とは言わずとも面倒なことになりそうだったから、そうなったみたいだけどね」
「ええっと、新しい面倒事?」
「さぁ? それはこれから次第ね。まぁ大方、英雄の所属する特専に赴任して、力の秘密を探るとかそんなんだとは思うけれどね」
おお、さすがは夢ちゃんだ。詳しい。
うーん、でも、リュシーちゃんが聞くってことは、Sクラスの担任になるってことだよね? まぁ、前任が柿原先生だったのなら、後任は柿原先生同様Sクラス担当になるのは自然な流れか。
「……でも、なんだかちょっと違和感?」
「そうねぇ。きな臭いような気もするけど、首を突っ込めることでもないものねぇ」
そうなんだよね。
さすがに、もう、変な事件に巻き込まれたりもしないと思う。なにせ、七魔王はもう実質、いないようなものなのだ。
リーダーを失えば容易く瓦解する……なんていうのは、夢ちゃんからの受け売りだけどね。
「未知先生の害になるようだったら、できることはしたいけれどさ。さすがに未知先生が巻き込まれるようなこともないでしょうよ」
「……で、でも師匠だよ? わたし並に引きが強い師匠だよ?」
「よし――放課後、リュシーたちとお茶しましょう。で、新任の先生について聞こう」
「そうだね、それが良いね!」
師匠も、不幸なコトへの遭遇具合はわたしとそんなに変わらない。
というか、色々思い返してみると、わたしよりも重いのでは無いだろうか。
「でもねぇ」
「夢ちゃん?」
「私としては、あんたが心配なのもあるのよ?」
「へ?」
「未知先生が巻き込まれるような事態よ? 鈴理、あんた無関係で済むの?」
えっ。
あ、だ、大丈夫だよ、きっと。だってほら、師匠が巻き込まれたっていう柿原先生のことだって知らなかったし!
わたしがそう必死になって伝えても、夢ちゃんの訝しげな目は変わらない。それどころか、より深くなっているような気さえする。
「本当に大丈夫だからね?!」
「………………ええ、そうね」
「なに、その、間!!」
うぅ、もう、大丈夫なんだよ?
教室に着いて一息吐くと、夢ちゃんはようやく信じてくれたようだ。
決して、わたしの言葉に諦めた訳では無い。からかわれていた、ような気がしないでも無いけれど。もう!
「今年はA組か」
「みたいだね。エリート?」
「異能科のSクラス以外は均等分配よ」
「だよね、うん」
すっごく優秀な生徒と成績が下位の生徒はだいたい同じクラスになる。
わたしは師匠のおかげで魔導術は好成績だけど、一部の一般教養が苦手だったりして、総合的には“ちょっと良い”だ。美術とか、楽器音楽とか。うぅ。
夢ちゃんも似たような感じだがわたしよりも遙かに器用で、“かなり良い”の分類に足を踏み入れていたはずだ。
(どんなひとがいるんだろう?)
興味本位でぐるりと周囲を見回す。
ちらほらと見えるのは、元・クラスメートや“M&L”のメンバーはわかる。でも気のせいだろうか。昔気質のリーゼントサングラス男子とか、前髪で顔が完全に隠れた、暗黒色のオーラを放つ女子とか、筋骨隆々の男子とか……なんだかちょっと、色濃くないだろうか。
普通の女子代表としては、なんだかこのクラスでやっていけるのか不安になってきた。来年の炎獅子祭までには、仲良くなっておきたいモノだ。
「お、全員、席についてるなー。おはよう、あと、初めまして。一年間このクラスの担任を務めることになった“新藤有香”よ。よろしく」
あ、新藤先生。
そっか、今年も新藤先生なんだ。見知った先生が担任の先生だと思うと、なんだかほっとしてしまう。小学生の頃は、一年間変質者系の先生だったこともあったしね。
「――と、連絡事項はこんなところ。それじゃあ次に、自己紹介をしていこうか。“あ”行から、初めてちょうだい」
あれ、いけないいけない、ぼぉっとしていた。
あとで夢ちゃんに、新藤先生がなんて連絡したのか聞いておこう。
「次は“い”ね」
「はっ。一條朝日。尊敬する異能者は楸仙衛門殿、伏見真一郎殿。信奉するものは筋肉。筋肉に通らぬ道理なし」
「そ、そう、じゃあ“う”ね」
「はい。碓氷夢です。流行には敏感かなって思います。こう見えても可愛い物とか、けっこう好きです。よろしくお願いします」
「うん、普通だ。良かった。次は――」
おお、さすが夢ちゃん、さらっと終わらせた。
でも忍者的にどうなんだろう、流行に敏感って。あらゆる情報を把握しています! みたいなものとかインパクトありそう。
ってそっか、目立っちゃイケナイし忍者なのは内緒なんだ。
「はい次、“か”ね」
「鈴理、ほら、出番出番」
「へぁっ?! は、はい!」
夢ちゃんに袖を引っ張られて、思わずガタンッと立ち上がる。
すると、当然のようにみんなの視線がわたしに集まってしまった。うぅ、初日からやってしまった……じゃなくて! ちゃんと切り替えていかなきゃ!
「か、笠宮鈴理です! 趣味は“幸せ探し”で、得意なことは家事炊事とかですっ。と、とくいな術式は平面結界で、ええっと」
「はいはい、そのくらいで大丈夫よ」
「あわわ……うぅ、失礼しました」
横で笑うのを我慢している夢ちゃんをじと目で見ながら、着席する。ところどころからクスクスと聞こえてくる忍び笑いに、顔から火が出そうになった。
……ところで。
(おい、あれまさか、“ドジッ子小動物”か?)
(いや、あれは“気遣い小動物”の方だな)
(なるほど、癒やし系か。愛くるしいな)
(筋肉も喜んでいる。筋肉に勧誘する必要がありそうだ)
(((や め ろ !)))
うん、ひそひそ話のつもりかもしれないけれど、全部聞こえているよ?
あと誰が小動物系よ。陸稲君だよね、今の? 小動物なんかではありません! 直ぐに伸びるんだからね! お、お母さんもちっちゃいけど。
「ははは、みんな元気が良くてよろしい。それじゃあ次は委員会を――」
進められていくホームルームの中、まだぷるぷると震えている夢ちゃんを見て、むぅと呟く。。
うーん、どうなることやら。なんだか早くも前途多難な気がして、わたしはついつい大きなため息を吐いてしまった。
――/――
――PiPiPiPi
――PiPiPiPi
――PiPiPiPi
――PiPi……
「Hallo……なんだ、アナタか」
『見つけたか?』
「見つからなイよう隠されているワケでもないからね。アレが異端者か」
『そうだ。我らが主の敵対者となる真なる魔……そう言える可能性すらある』
一人きりの資料室。
端末とはまた別の、棒状の電話を耳に当ててそうやりとりをしているのは、レイルだ。
その顔に、職員室で見せていたような柔らかさはない。ただ酷薄に眇められた目が、空いた手に持つ写真を観察している。
『もう一人は?』
「厳重にロックがされていル。“特異魔導士”……そんなノ、本当にいるのか?」
『信頼を得ることが出来れば、通達される。その程度のことだったはずだ。それより』
「ああ、大丈夫サ。ボクの情報が漏れているような様子はナイよ。ロードレイスがエクソシストであることはバレても、ディルンウィンやサンクトゥス・アエテルタニスまではたどり着けない。……ましてや、SCS以前、バチカンのことなんかもってのホカ、というヤツさ」
くつくつと笑うレイルは、そう、日中に挨拶した人間の顔を思い出す。
平和そうで気の抜けた職員たち。色欲に支配されたかのように女の尻を追う英雄。将来有望だがまだまだ未熟な、神の導きにも目覚めていない生徒たち。
その憐れな仔羊たちに訪れるのは、救いか生贄か。十字を切るレイルの横顔は、いっそ慈悲深ささえある。
『だが気をつけろ。Japanには、Ninjaがいるのだろう?』
「ククッ、あなたともあろうカタが、フィクションの見過ぎだよ」
『そうなのか? もしかしたらおまえがバチカンで答えたあの、好物についての記述まで探られていることも、覚悟していたのだが』
「ははっ、そんなバカなことがあるモノか。好きなモノはスシ、スキヤキ、嫌いなモノはナットウ……公式記録ではこうコタえているだろう? 食べられるものならばなんであっても施しであり、受け取るべきだ。食べられないもの以外は、神よりもたらされたものである――そのやりとりは、秘匿されている。もしこれを知るようなニンゲンが学内にいるのであれば、英雄よりも悪魔よりも、ボクはその人物に恐怖スルね」
『いや、まったくだ』
面白い冗談を聞いたかのように笑うレイル。
電話越しの相手もそんなレイルの様子に安心したのだろう。冷たい、氷のような雰囲気にもかかわらず、その一言には安堵の温かさがあった。
「では、また連絡するよ」
『ああ、くれぐれも気をつけろ』
「ああ。そんなにシンパイする必要は、ナイと思うけれどね」
『念のためだ。私は君を信頼している。だから相手のテリトリーでのやりとりはここまででいい』
「定期連絡のヒツヨウはナイ、ということかい?」
『そうだ。次の連絡こそ達成のものであればいい。では、朗報を期待しているよ』
「ああ――我らに主の加護を」
電話を切ると、レイルは粛々と十字を切り、目を瞑って僅かに瞑想をする。
それから、気持ちを切り替えたのだろう。酷薄な表情からこれまで見せてきた朗らかな表情に切り替えると、優しげな雰囲気を身に纏い、資料室をあとにした。
――そして。
「【術式解除・忍法・絶対隠密】」
天井の照明。
その一部に擬態していた影が、ぽとりと落ちる。その影は徐々に形を作り、やがて、ゆっくりと風景から人間へと戻っていった。
「なんだか、思っていたよりも深刻ね。写真は未知先生、“特異魔導士”は鈴理。やーっぱり二人とも、厄介事に巻き込まれているじゃない」
そうため息を吐くのは、癖のある黒髪を結い上げた少女。
――夢は、全身全霊の気配遮断で、不安の種を探っていた。
「碓氷にも要請してもうちょっと深く掘りたいわね……」
怒濤の一年間で図太く成長した彼女は、闇に溶けるようなあくどい笑みを浮かべる。
本来の彼女が得意とするのは、戦闘ではない。裏方の中の裏方――即ち、諜報だ。夢は己の本分に準えた試練の存在に己を奮い立たせると、再び、闇へと消える。
「未知先生と鈴理の好感度アップフラグ――逃がさないわよ、レイル先生♪」
――その動機に、邪なモノを抱きながら。




