えぴろーぐ
――エピローグ――
――ピコンッ
【魔法少女のハート成長を確認!】
――テレンッ
【ヴァージョンアップ承認! 次回から、魔法少女衣装サイズが十一才用に変更!】
――ラピッ☆
【さぁ、明日もみんなで、愛と正義の魔法少女を応援しよう!】
――ピロリンピロリンピロロロロリン!
「は?」
「どうした? 未知。まだゆっくりしていくか? 俺はおまえとなら、何時間だって」
「ちょっと待って、え? え?」
「未知?」
「ええぇぇぇぇぇっ――!?!?」
――/――
時刻は午後七時過ぎ。
なんだかんだと残業があり、瀬戸先生に協力して貰って片付けたモノの、結局この時間までかかってしまった。手首の腕時計に目を遣りながら、特専内の街の中、いつもの場所に早歩きで向かう。
冬の夜は早い。もうすっかり日の落ちた、瑠璃色の空。ネオンに照らされた街を、少しだけ息を切らせながら抜けていく。
「ふぅ……もうみんな、集まっちゃってるかな」
夜を模したデザインの腕時計。瀬戸先生からホワイトデーのプレゼントといって渡されたそれは、高価だから受け取れないと断ることは目に見えていたのだろう。わざわざしっかり残業を手伝ってくれて、その上で「残業まで手伝わせて受け取れないとは言いませんよね?」などと言って渡された。
デザインがすごく好みで、夜と月を模した文字盤に、アクセント程度だが可愛らしく☆がデザインされたベルトや、瑠璃色を基調とした落ち着いた色合いなど、何故か……本当に何故か、私の好みを満点まで取りそろえたものを用意してきて下さったことに驚愕を隠せなかったのはここだけの話だ。
「はぁ――瀬戸先生も謎だなぁ……と、着いた」
回転寿司型個室居酒屋“りつ”。
自動ドアを潜って入店。活気のイイ歓迎の言葉を聞きながら受付へ向かうと、珍しく、オーナーの姿があった。
「今晩は、亮月さん。お店に出向かれているの、珍しいですね」
「お? よぉ、いらっしゃい。なに、来年度から美月が入学するからな。店舗の視察も兼ねて周辺の飯屋の偵察さ」
量の多いウルフカットに大きな身体。
背中のギターケースには調理道具一式が詰まっている、“さすらいの料理人”。彼自身異能者でもあり、特専では私の先輩で、獅堂と正路さんの同級生。
数々の飲食店のオーナーでもある彼の名は、“御食国亮月”さんという。ちなみに、美月さん、というのは彼の年の離れた妹で、やはり異能者だったはず。それまでの過程はすべて、“さすらいの料理旅”について回るために通信教育などで必要履修を終えたという秀才だ。
「獅堂たちはもう来ているが……良いことでもあったのか? 妙に上機嫌だぞ、アイツ」
「ああ、うん、それは、ええっと、触れないで」
「ああ、なるほど。ははっ、そうかそうか。あとの報告を楽しみにしてるよ」
俯く私の様子になにかを察したのか、亮月さんはにやにやしながら私を見て、そう頷いた。なにか反論でもしようと思ったが、全て墓穴に繋がりそうなので、苦笑するに留めておく。
「じゃ、まぁ美月と会ったらよろしく頼むぜ」
「ふふ、ええ。できることはします。では」
「ああ」
笑って手を振る亮月さんと別れて、店内の廊下を進む。
七番角部屋、個室スペース。大人数の時は隣の壁を開閉して繋げてくれる。今日は繋がっているが、増えても良いように、というお店側の“常連”への気遣いだ。
扉を開いて中へ入る。
既に料理の並べられたテーブル。最初に私に気がついてくれたのは、時子姉だ。手を振ってくれる彼女に振り返して、そのまま隣に誘導された。
「遅れてごめんなさい。今晩は、みんな」
「はい、こんばんは。良いから座っちゃいなさい。疲れたでしょう?」
「大丈夫だよ。ありがとう、時子姉」
時子姉と隣に座って、一息吐く。
「未知、お疲れ様。とりあえずほら、あったかいお茶。未知が席に着くタイミングで届くように、亮月が手配してくれたみたいだね」
「ありがとう、七。亮月さんにもあとでお礼をいっておかないと」
温かいお茶を一口飲むと、ほぅ、と一息吐くことが出来た。
「お疲れ、未知」
「うん……ありがとう、獅堂」
さて――うん。
なんだろう。拓斗さんの時は、そうそう会うことが出来ない距離の人だから直ぐ落ち着くことが出来たが、獅堂はそうも行かない。卒業式の準備でまだまだ学校業務があり、その度に職員である獅堂とは顔を合わせなければならないので、うん、まぁ、やっと落ち着いたくらいだ。
あれから、というか、あの告白から、獅堂は目に見えて開き直った。まだまだ中二病っぽさが漂っているのと、あのあと直ぐのステッキの“アレ”があったから余裕があるが、そうでなかったらもっと混乱していたことだろう。
「で? 早速だけど未知、あなた、獅堂になんて返事をしたの?」
なんて、最初に興味深そうに覗き込んできたのは、時子姉だった。
今日まで事後処理で忙しかった彼女は、今日の夕方にようやく解放されたという。なにせ、“表の情報”としては、英雄・黄地時子に屈服した七魔王、魔龍王ファリーメアは今後、時子の命により正義のために動く、ということになっていたのに肝心のファリーメアがいなくなっていたからだ。
ファリーメアは私と別れてから時子姉と一緒に、鈴理さんたちを捕まえようとしていた悪魔たちを一掃。無事にみんなを救出して涼しい顔をしていた。その後、時子姉が偉い人の前に連れて行き“無実の民に危害を加えず、外敵から人々を守ることに従事する”という証文を書いて血判を押した。契約は守る性質なようなのでそれで一安心をしていたら、突然、置き手紙と共に失踪していたそうだ。
ちなみに、置き手紙には【愛と正義の使者として振る舞うためには、常日頃は人から姿を隠し、危機的状況に合わせて出現するのが作法と学んだ】と書いてあったそうだ。うん……私のせいじゃないよね?
まぁ、うん、現実逃避はここまでにして。
「保留、かな」
「あら? フらなかったの?」
「おいこら時子、なんで俺がフられるのが前提なんだ?」
いやまぁ、最初は断ろうとも思った。
こう、もう家族のように、六才から二十年間過ごしてきた。拓斗さんの時みたいに初恋の人でも無い。むしろ、当時は年上の弟のようにすら見ていたのだ。
想ってくれていたのは嬉しいけれど、なんというか、仲間として以上の好意はない。ないと、思う。えっと、はい、たぶん。
それを獅堂は、撥ね除けた。
「必ず俺に惚れさせるから、保留にしてくれって言ったんだよ。俺がな」
「ははっ、拓斗に先を越されれば良いのに」
「そこで自分が! って言わない辺り、七はへたれよね」
「うぐっ」
“幸せに”と、そう、お父さんとお母さんに言われて。
お父さんとお母さんを失ったあの日から止まっていた時間が、ゆっくりと進み始めたような気がした。自分の幸せ。誰かの為ではない、私の幸せを考えてみようとそう思った。
まぁ、教師をしている時は本当に幸せなのだと実感を得られたことはそれはそれで収穫だが、もう一つ。向けられる好意、について捉える余裕が出来た。これまでは余裕が無かったのもそうだけれど――守れなかった私に、そんな好意を受け取る資格はないと、そんな風に考えていたから。
向けられる好意にたいして、心が、拒絶してしまっていたのだろう。
七も、なんというか、私に好意があるのだろうか。
でも七はなんというか、獅堂以上に“弟”という感覚が強くて、向けられる視線の熱について考察できる余裕はできたけれど、本人が言い出すまでは“弟”固定かな。
ちょくちょくメールでこちらを気遣ってくれる拓斗さんは、その、とても包容力があって困る。圧倒的に大人の男性で困る。振り回して、何様なんだ私はとか自分自身にたいしてもやもやしていた私を見越して、『未知におれのことを考えていてもらえているってことは、それだけでおれの楽しみでもあるんだ。どうか、おれの楽しみを奪わないでくれるか?』なんてわざわざ音声メッセージを入れてきてくれたりとか、その、困る。困る?
瀬戸先生はなんというか、正直、一番、欲しい言葉と行動をくれる方だ。
だけれども、なんだろう、瀬戸先生に対して私はどうしたらいいんだろうか。ママなの? ママでいいの? ママ固定なの? どう反応して良いのか困るわ!
「未知、乱暴にされたら言うのよ? 関西で雇ってあげるから」
「ふふ、ありがとう、時子姉」
「しねーよ」
「監禁用のマンションは買っているのにかい?」
「ばっ、七、テメェなんで知ってんだ。違うぞ、未知。軟禁用だ」
「……未知、やっぱり私が貰ってあげようか?」
え、ええっと、うん、まず。
「獅堂、軟禁用って?」
「おまえが世間に“バレた”とき、どこへ行くつもりだ?」
「それは……や、山に引きこもるつもりだったけれど……」
「それだ。だったら俺のマンションでも良いだろ? 愛の巣だ」
「ええっと」
良くない、かな?
いやでも、うん、そっか。山に引きこもらせないため、という名目だったらわかってしまう。やり過ぎだとが思うけれど、思いを告げられたあとだと“そういうものか”とも思ってしまう。
で、でも、軟禁用かぁ……うーん……。
あと、それから。
「時子姉は、男の人と結婚願望あるのよね?」
「そうね。でも正直、ありのままの私を見てくれる人って、いないのよねぇ」
「クロックはどうなんだ?」
「ロリコンは無理」
「いやロリコン以外は無理だろ」
「……ねぇ、未知、獅堂だけは止めない?」
権威とかお金とかで惹かれる男性が多いのだろうなぁ。
そして、外見で惹かれるような男の人はもれなくロリコン、と。けれど偉すぎて、内面を見てくれるほど近い男性も作れないんだね。
「もう、本当に、いざとなったら未知が貰ってね?」
「あはははは……ええっと、考えておきます」
貴重な異能者の国外流出防止やらなんやらで、混乱期の中で整えられた法整備の一環が、同性婚や一夫多妻、一妻多夫の法的承認だ。けれど急遽整えられたというだけあって、世間の常識は追いついていないというのが現状だ。
だからこそ夢さんも、法的に許されたことでも、最初の頃、言葉にすることに罪悪感と忌避感を抱いていたのだろうし。今では、ずいぶんと吹っ切れているようだが。本当ならそういった団体が少しずつ常識を浸透させて国に認めさせるのが真っ当な流れであったのだろうけれど、法的承認がある時点で、常識を浸透させたい団体も、かえって動けないところもあるようだし。
「まぁ、良いわ。で、そろそろ逃避していた問題についてお話ししましょうか?」
「時子姉……うん、“ラピ”のことだよね?」
そう、そうだ、そうなのだ。
あのあと、泣きじゃくった直ぐあとに流れたメッセージ。私の頭の中だけに響いたそれについては、既に全員に告げてある。
「魔法少女のハートの成長、ねぇ。どういうことなんだろう? だって未知、成長、しているわよ?」
「私も色々考えてみたのだけれど……“魔法少女”に変身しているときに行ったことへの結果、なのかなぁって」
思えば、おかしかったのだ。
私が最初に変身したのは、六才。けれど今着ていたのは、十才女児用。本当に成長しないのであれば、サイズは六才用であるはずだ。
そしてあの当時は、毎日が成長の連続だった。そう思うと、幾つかの条件が絞れていく。
「魔法少女変身中に成長するようなことがあればプラス一歳分、衣装も成長する。ただし、現在年齢が上限だったから、それ以降は溜められなかった」
「なるほどね。成長の連続だったら、メッセージが流れない不具合もあるのかも知れないわね。そうなると」
「なら未知、当時に比べて力が上がっていることは気がついているかな?」
七に言われて、確証は無いけれど、頷く。
当時の少女力は確実に無いのに、当時と同等の力が揮えている。これは、基礎能力が上昇しているということなのだろう。なんらかの手段で少女力を取り戻したら、とてつもない力になりそうだ。
「結局は成長するしかねーってことだろ? だが、それについては、心配する必要は無いと思うぜ」
「獅堂……うん。そうだと、嬉しいかな」
もう、前に進めるようになったから。
だから、もう、大丈夫。そう暗に言ってくれたのだとわかって、頷く。
「じゃ、辛気くさい話はここまでだ。呑むぞ」
「ふふ、ええ、そうね」
こうやって、笑ってくれる仲間が居る。
どんな私でも、認めてくれるひとたちがいる。
それならもう、悩まなくてもいいのかもしれない。
「と、ついでに、ほれ」
「へ? ひゃっ」
獅堂に投げ渡された箱を受け取る。
ええっと、これは?
「ホワイトデーだよ」
「あげてないよ? チョコ」
「俺のチームが勝ったからな。貰ったよ」
突き返しても受け取ってはくれないだろう。
苦笑しながら箱を開けると、中には留め金に☆をあしらったチェーンが出てきた。
「持ち歩けるだろ? 御守り」
「ぁ」
手鞄から、布にくるんであった二つの指輪を取り出す。
チェーンにとおして首にかけると、かちゃ、と、優しい音が鳴った。
「――ありがとう、獅堂。嬉しいよ」
「ほっぺにちゅーしてくれても良いんだぜ?」
「もう」
ジョッキを傾けながら、そんな風にしまらないことを言う獅堂。
もう、本当に、もう。……でも。
「は?」
「へ?」
「なっ」
対面に座る獅堂の襟を掴んで引き寄せて、身を乗り出して頬に口づけを落とす。
ぱっと離れてなんでもなかったようにおちょこを傾けて、お刺身を一口。ハマチが美味しい。
「ま、待て、未知、もう一回! もう一回!」
「知りません。時子姉、このハマチ、美味しいよ」
「ふふっ……あら本当。オリーブハマチかな?」
「未知、おい、ちょっと、頼むから」
「おおっと獅堂、頬を洗ってあげよう。口紅がついたままだと、困るだろう?」
「バカ野郎、この、七! テメェ!!」
とっくみあいを始めた獅堂と七を放置して、時子姉とお酒を呷る。
頬の熱さは、きっと美味しいお酒のせいだ。そんな風に零すと、時子姉は声を上げて、笑った。
――First Stage Complete To Be Continued Second Stage――
今章にて第一部完結となります。
明日から第二部開始となります。
それに伴い、この話を公開後にタイトルに【連載版】を外します。
今後とも、お楽しみいただけましたら幸いです。




