そのじゅう
――10――
抱き留められた腕の中。
燃えるように熱い唇を、思慮の外に放り投げて。
「私は――」
望みを言えと、彼は言った。
無駄に整った顔立ちを、愛おしそうに――んんっ、慈しむ、ように緩ませて、獅堂は私に問いかける。
獅堂の目はまっすぐだ。昔からそうだった。悩んでも、苦しんでも、いつでも私をまっすぐと見つめてくれた。ああ、なら、私はそのまっすぐさに応えなければならない。彼が投げかけてくれた言葉に、真摯に、告げよう。
それを求めて、くれるのなら。
「――救いたい。昔から、なにひとつとして変わらない。なんでもない毎日を守りたい。誰でも無いひとを救いたい。誰もが、明日を笑って迎えられるように」
悲しい思いはして欲しくないよ。
だって私は、知っているから。“悲しい”は“つらい”って、知っているから。
だから。
「なら、いつものように、救ってやんなきゃな?」
「うん――うん。ありがとう、獅堂」
「ま、惚れた女の懇願だ。応えなきゃ、男じゃねーよ」
「ほ、惚れっ……うん、そのハナシはまたあとで。それじゃあ、獅堂」
「ああ」
「行ってきます」
「ああ――行ってこい、未知」
ラインが身体から離れて、ステッキへと戻っていく。
ひび割れたステッキ。いつだって一緒に戦ってきた相棒で、“前”の世界から繋がった、唯一の絆の証。私が魔法少女以外になれなくなるような特典を贈った神様を、恨めしく思ったこともあった。
けれど、この世界に転生して、魔法少女に成れたことを、今ではすごく感謝をしている。衣装だけは、どうにかして欲しく思うけれど、ね。
「ごめんね、私の花冠。どうかもう一度、力を貸してくれますか?」
【説明しよう! 観司未知は正義の力によって魔法少女へと変身できるのだ!】
【正義の心ある限り、少女の力が花開く! 何度道に迷おうとも、必ず正義を取り戻す!】
【それが、魔法少女なのだ! さぁ、私を手に取れ! 戦え、魔法少女!!】
「うん――ありがとう。行くよ! 【ミラクル・トランス・ファクトォォォッ】!!」
瑠璃色の光が満ちる。
輝きに、光が灯る。身体の中から溢れるように、正義の心に満ちていく。
ひび割れたステッキが元に戻り、力を取り戻して、そして――!!
「導く正義」
――ぷぎゅるっと踏み込む足に効果音。
「花開く少女」
――らぴっとポーズをとる指に☆。
「人々に絶望と嘆きを刻む悪に」
――ぷるんっと揺れる胸元にリボン。
「希望をもたらす愛の使者」
――ふわっと靡くツインテールは瑠璃色に。
「魔法少女、ミラクル☆ラピ!」
――ぱちんっとウィンクにラピっと音色。
「世界の果てより導かれて、キュートに無垢にけ~んっざん!」
――すぱっとどこからともなく現れるスポットライト。
静まりかえる。
怯えたまま後ずさり、そのまま固まるウルヴァ。
眠たげに私を見て、目を擦って私を見て、首を傾げながらもう一度見るファリーメア。
「さぁ、人々を悲しませる悪い子は、ラピがオシオキなんだからねっ!」
――憎いよ。
殺してやりたいほどに、憎い。
でも、思い出したから、憎しみでは戦わない。
「【祈願・魂に安らぎあれ・成就】」
「な、なんだ? わ、ワタシのコレクションがッ!!」
ウルヴァの折れた筆から。
そして、二つの人骨から、光が溢れ出す。
『ありがとう、未知』
『ひとりにして、すまなかった。どうか、幸せに』
「うん。――うん、ありがとう、お父さん、お母さん。――ばいばい、また、会えて、良かった」
『もう、一人では無いんだね』
『ああ――安心、した』
お父さん。
お母さん。
「私は、二人の子供に産まれて幸せだよ。これからも、ずっと」
だから、どうか、安らかに。
掌の中に残った、二つの結婚指輪を抱きしめる。その二つを獅堂に預けると、私はウルヴァに向き直った。
「ひ、ひゃはッ! 茶番劇で時間を置いたのが貴様の敗因だ、化け物めッ!! これぞ我が究極奥義! 絵画転生【装画究筆】!! 見よ、より美しくなって蘇ったワタシの四肢を!!」
「【祈願】」
四肢を装甲のような形に成形し、装着したウルヴァ。
なるほど、その四肢は前の彼よりも遙かに強力なモノだろう。だが、それだけだ。愛と希望の魔法少女には、及ばない!
「ラブリー――」
「へ?」
「――ストラーイクッ!!」
「はぎゅッ?!」
身体を僅かに傾けて、大ぶりの拳を避ける。
重心のぐらついた胴に横振りのステッキをたたき込むと、ウルヴァの身体は“く”の字になって吹き飛んだ。
「あなたの悪。あなたの罪。あなたの全てで償いなさい!」
「あ、ぎ、ぎ」
「【大浄化愛撃砲】」
かざしたステッキの先端に、複雑な魔法陣が現れる。
瑠璃色の輝きで周囲一帯を照らす魔法陣は、まるで、安らぎの夜を与えるかのように優しげで。
「や、やめろ、いやだいやだいやだいやだ! ワタシはまだ、遊び足りな――」
「【成就】!!」
「――いぁあああああああああああああああああああッ!?!?!!」
光の奔流がウルヴァを呑み込む。
愛の力は最後の試練。彼に少しでも他者を愛する気持ちがあれば、光に溶けて次の生に向けて旅立つことだろう。
けれど。
「ぎぃいいやあああああああああああああッ!!!!」
彼には、その愛が、僅かにもなかったのだろう。
奔流の中、四肢の端からひび割れて――そのまま、影一つ残さず消滅した。
「――さようなら」
振り向くと、もう、他の戦いも終わりが見えていた。
セブンによって黒い槍に串刺しにされているダビド。時子姉の術に縛られているファリーメア。私は、狂い果てたダビドはともかく、と、ファリーメアに向き直る。
「さて、あなたはどうする? ファリーメア」
「……契約主はもういない。契約が履行できないのであれば、次の契約に移行する」
「鈴理さんの?」
「そう」
時子姉に抑えられていたファリーメアは、そう告げて抵抗を止める。
青龍と拮抗に戦っていた龍もまた、ファリーメアに深く頷くと、方陣の中へ姿を消していった。
「契約は、多重にとれるの?」
「内容が矛盾しなければ」
「なら、私と契約しないかしら?」
「未知?!」
時子姉は驚いたように私を見て、それから、諦めてため息を吐く。
「“愛と正義の使者として、子供たちを守る”こと。どう?」
「あのね、未知? 仮にも七魔王。確かに彼女本人は私との遭遇戦が十割だった上に妙なポリシーを持っていたから、本人の罪と言えば器物破損に住宅倒壊くらいだけれど、いくらなんでも――」
「良いよ。はい、契約書」
「――えっ」
まぁこの状況下だ。契約を結ぶ、くらいのことが無ければ逃げられないことは彼女も考えていたのだろう。七魔王の一柱として、戦いが始まるのでは無いか。時子姉と同じように危惧したが、私は今、愛と正義の使者である魔法少女だ。戦わずに済む手段を試さずに、戦いになってしまうのは避けたい。
救うために戦うのだと、決めたのだから。
「【祈願・誓約・成就】――はい」
「うん。あれ? なんだか強固?」
ただ、ちょっと保険は掛けさせて貰ったけれど。
「これにて、魔法少女は今日も可憐に解決! キュートにエンディング☆だよ♪」
びしっとポーズ。
巻き起こる爆風。
そして。
「――さて。おいバカ獅堂。知ってのとおりオレは悪性の存在だ。単純に、向いてねぇ」
「あ?」
「“任せた”。オレはこの図太いダビドの消滅を、“外”でキッチリ見届けてくる」
セブンはそう言うと、串刺しになったダビドを引き摺って、エレベーターに向かう。
そんなセブンを、時子姉が追いかけていった。
「未知、あなたは獅堂と少し休んでおきなさい。無茶した罰よ、良いね?」
「あ、でも、鈴理さんが」
「それはファリーメアの最初の仕事よ。ほら、きびきび歩きなさい」
「……契約書、どこか変? ん、まぁ良いか。わかった。内容は履行する」
セブンと並んでエレベーターに消えていく、時子姉とファリーメア。
私はそんな彼女たちを訳もわからず見送ると、獅堂と二人きりでぽつんと残されてしまったので、困惑しながら変身を解いた。
ええっと、つまり?
どうすればいいかわからず、ただ、首を傾げる。
「なんだろう、残されちゃったね? 獅堂。そうだ、怪我は無い? あったら魔導で――」
「未知」
だめ。
ああっと、そうじゃなくて。俯く獅堂の目元は見えない。けれど声が重かったような気がして、戸惑ってしまう。
「も、もう、なに? 急にそんな風に呼ぶなんて」
「未知、なぁ、未知」
だめだよ。
違う。なにがだめなのよ、もう。ええっと、なんだっけ?
ええと、そう、うん、誤魔化さ、なきゃ。
「――未知」
「だめだよ、獅堂」
目の前まで近づいてきた獅堂が、私の手を取る。
そっと握らせてくれたのは、二つの指輪。お父さんとお母さんの、指輪。
「ぁ、ああ」
だめ、だめだ。
救うために戦うのに。こんなところで立ち止まってなんかいられないのに。
「もう、一人じゃ無い。泣いても良い、怒っても良い……抱え込まなくても、いい」
「だ、だめ、だめ、だよ」
「だめなことがあるか、バカ未知。よく、頑張ったな。もう――」
「お願い、お願いだから、それ以上」
抱きしめられて。
髪を撫でられて。
耳元で、獅堂は、優しく告げる。
「――“ ”くても良いんだ、未知」
「っ」
ああ。
ああ、もう、だめ。
「わ、わた、私、お父さんとお母さんを、守れなくて!」
「ああ」
「救うために戦いたいのに、許せなくて、憎くて!」
「ああ」
「口先だけの愛と正義を語る自分が、誰よりも、許せなくて!!」
「ああ」
だめだ。
止まらない。
涙なんて形で、流してしまいたくなんか無いのに。
抱きしめてくれる腕が、あたたかくて。
「悔しい、嫌だ、嫌だよ獅堂っ。私は、別れたくなんか無かったのに!!」
「ああ――よく、頑張った。偉いぞ、未知。よく、頑張ったな」
「う、ぅあ、ああ、ぅあああああああっ!!」
撫でる手が、優しくて。
閉じ込めていた気持ちが、溢れ出す。洪水のように、嵐のように、溢れて止まらない。
だめなのに。私は先生だから、立ち止まってなんか、いられないのに。
でも。
「今は泣け。泣いても、良いんだ。未知」
彼の声が、優しいから。
私はいつまでも、あの日に、魔法と一緒に置いてきた、幼い子供のように。
「うぁあああああああああああああっ!!」
ただ、温かな腕の中で泣きじゃくった――。




