そのきゅう
――9――
瑠璃色のステッキがひび割れる。
強制接続することにより、ステッキから伸びた瑠璃色のラインが右手を浸食。
結晶が連なるように、歪な鎧が右半身を覆い、肩口から伸びたラインが左胸に突き刺さる。
「――接続【魂壁外殻】」
激痛。
そんなものよりも、心が悲鳴をあげている。
「――強制変革【夜王魂剣】」
ステッキの形が剣に変わる。
夜を煮詰めたような、瑠璃と常闇の剣。
「ひ、ひは? な、なんだよ、それ、ワタシはそんなの、知らないぞ!!」
この憎悪を、夜に捧げよう。
この憤怒を、冠に刻もう。
「――啼け【夜王の瑠璃冠】ッ!!」
踏み出した一歩が、衝撃波で白い地を“砕く”。
ただの一歩で、世界を縮める。
憎い。/ああ。
憎い。憎い。/もっと一緒にいたかった。
憎い。憎い。憎い。/一緒にしたいことがたくさんあった。
憎い。憎い。憎い。憎い。/ねぇ、覚えてる? あの日の雪を。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。/私はまだ、お父さんとお母さんと、生きたかったよ。
だから。/憎い。
おまえは。/許さない。
ここで殺す。/殺し尽くす。
お父さん。/横をくぐり抜ける。
お母さん。/振り返りはしない。
ごめんね。/“ ”
「ひ、ひひひっ、妖魔外装“大逆帝”――これぞワタシの真なる姿だ! ウルヴァ・イズーリなど仮の姿に過ぎない! この鎧こそが我が身体! この闇こそが我が魂! ひひひひっ、聞け! 我が真なる名は“ゲド・ウルヴァ・ダイギャクテイ”! 大魔王の弟にして次の統治者となるべき者だァアアアアアアアアア!!」
ごてごての鎧に覆われた身体に、剣を振り下ろす。
「キヒッ【多重妖魔障壁】!」
百重に張られた結界を、一撃で砕き。
「はひ?! ぐっ【多重妖魔装甲壁】!!」
千重に展開された壁を一撃で粉砕し。
「う、うわぁあああああ、わ、ワタシを守れ【呪縛の毛筆】! こ、これは千年の時を封じ込めた筆だ! ただの一撃で天を割るという天使の聖剣をも受け止めたという伝説の――」
振りかざした筆を。/あれで、お父さんとお母さんを。
振り下ろした剣の一撃で。/呪って封じ込めたのならば。
「死ね」
――ダンッ
「ぎ? あぎゃあああああああああああああああッ!?!?!!」
筆が両断され、砂になって消える。
同時に装甲を紙のように切り裂き、ウルヴァの右腕を落とし、右胸に裂傷を加える。
「いやだあああ、やだ、やめろ、ああ、ワタシの腕、うでがぁあああああ?!」
尻餅をついて後ずさるウルヴァに、近づいて、狙いを定める。
逃がしはしない。逃しなど、するものか。絶望を謳うのなら、己が痛苦の海に溺れるが良い。ここが、おまえの終点だ。
「いぎッ?!」
――右足を落とす。/足りない。
「あぐっ」
――左足を落とす。/足りない。
「あ、ああッ」
――腹を割く。/足りない。
「ぐふぅッ」
――裂いた腹を蹴る。/足りない。
こんなもので。
贖えると思うな。/足りない。
「消えろ」
「ひぃッ!?」
切り上げ。
怯えて屈んだウルヴァが、偶然、その一撃を避ける。するとその斬撃は、遺跡内部の壁から天井を割った。
「うそ、だ。この異界が傷つく? この異界が割れる? ひ、ひは、“超越”している。あらゆる“理”を超越、している……!?」
激痛。
侵食が心臓に届く。
危ういかもしれない。
「来るな、来るなよ、“化け物”めェッ!!」
這いずり回ることしか出来ないウルヴァ。
もう彼は、私の前から逃げ出すことなど、できはしない。
「ひぃッ、ひぃ、ひ、ぁ、ィッ」
だから?
この程度で、この裁きは終わらせない。/救えなかった私の罪も、贖えない。
――/――
未知に、声が届かない。
“斜めにずれた”異界の天井を見て、思わず舌打ちをする。なにを犠牲にすれば、常識を覆すような力が引き出せるのか。
そんなこと、深く考えずともわかる。
「くそッ! 七、ダビドの方に回ってくれ!」
「ああ、わかった! すぅ、はぁ――――【魔人】」
時空結晶が砕け散ると同時に、龍とファリーメアが動き出す。
七はそれと一緒に行動制限から解放され、後方での待機という状況を利用し、敵に介入されない状態で“反転”。
あの、未知を暴走させた二つの人骨。いや、“二人”、か。二人以外の骸骨を全て浄化させた時子が、空に字を切ってファリーメアの元へ駆ける。
「【角・亢・氐・房・心・尾・箕・東方司る七星よ・我が約定交わせし式神に・その真なる姿を解放せん・式揮顕現・現れ出でよ・五徳の仁神・神名解放】」
時子の懐からにょろりと出てきた空飛ぶ蛇が、光に包まれてその存在を増していく。
「来たれぃ【青龍・急々如律令】!!」
巨大な青い東洋の龍が、血色の西洋龍に組み付くと、ファリーメアに向かって時子が走る。
俺はそんな怪獣大決戦を横目に捉えながら、おそらく己の身体に種を埋め込んで暴走しているダビドを、ゆっくりと立ち上がった七……いや、セブンに向かって投げつけた。
「受け持ってやる。しくじるなよ、獅堂!」
「ああ! 気をつけろ。頼んだぞ、セブン!」
「はっ……誰にモノを言ってやがる! さっさと行けッ!!」
声を背に。
炎を翼に。
「未知ッ!!」
駆ける。
いつものステッキは、いつもと違い歪に変形し、剣となっていた。
昔、敵の攻撃で未知が心を失って変身できなくなったとき、ひび割れた心で無理矢理変身しようとして至った、“瑠璃の花冠”の能力覚醒、その亜種だ。
覚醒時の能力を無理矢理引き出すそれは、未知本人の魂を侵食する。使い続けたその先のことは、誰にもわからない。だが傷つき、痛みに顔をしかめる未知を見れば、代償など簡単に予測が付いた。
死。
存在を、消すということ。
「未知、おい、正気に戻れ!」
おまえが笑っていてくれたから、俺は道を踏み外さなかった。
おまえが居てくれたから、俺は今まで、生きてこられた。
この絶望だらけの世界で。
たった一つの光があったから。
希望を捨てずに、生きることが出来た。
「なぁ、未知――」
未知の目の前に立つ。
ウルヴァしか見えていない彼女は、俺に気がつかず、ただ障害物として避けて通ろうとした……その肩を、掴む。
「おまえが世界を憎むなら、俺が世界を壊そう」
「?」
「おまえが世界を憂うなら、俺が世界を救おう」
「――」
「おまえが世界に怯えるのなら、俺がおまえを閉じ込めて、誰の目にも触れないように、愛し尽くすよ」
だから、頼むよ、未知。
「元のおまえのままで、おまえの望みを聞かせてくれ――未知」
「ぁ……」
焦点のあっていない目を見て。
焦燥に駆られた顔を、顎を持って上げさせて。
震える唇に、己のそれを重ねた。
「んっ」
唇を合わせて。
空気を求めて開いた唇に己を伸ばし。
「むっ、んぁっ」
並びの良い歯をなぞり。
「ふむ――んむっ?!?!」
舌を搦めて。
甘露に満ちた蜜を舐め上げて。
「ふむーっ、ふむーっ、ふむーっ?!」
呑み、込む。
「ふぅ――よう、遅いお目覚めじゃねーか。気分はどうだ? 俺の眠り姫サマ?」
「へっ、なっ、なぁっ、えっ、ええーっ」
「おっと、どうやらまだ寝ぼけてるみたいだな。ほら、顔あげろ」
耳元でそう囁くと、未知は左手で俺の顔をぐいぐいと押してくる。
そのリンゴみてぇに真っ赤な顔が愛しくて、押しつけられた手をぺろりと舐めた。
「ひゃあああああ、もう、なに? なんなの?!」
「なんだ、聞いてなかったのか? そんな可愛い顔をするなよ、本当に閉じ込めたくなるだろう? 俺の腕の中だけで笑ってくれたらどんなに良いかと、ずぅっと我慢してきたんだぜ?」
「え? なに? ええっ、どういうことなの!?」
赤らんだ顔で慌てる彼女を愛でるのは楽しいが、ここまでにして置いた方が良いだろう。そろそろ、セブンと時子の目が痛い。
――二人っきりだったら、違ったかも知れないが。
「――正気に戻ったか? 未知」
「へっ、ぇっ……ぁ」
目に光を取り戻し、呆然と見上げる未知。
俺は、罪悪感と後悔に苛まれているだろう未知に、もう一度、同じ質問を投げかける。
「なぁ、未知、聞いてくれ」
「わ、私、私は」
抱きしめて。
華奢な身体を、閉じ込めて。
今だけは、俺の熱で、俺の炎で包み込むように。
「おまえが世界を憎むなら、俺が世界を壊そう」
「っ」
「おまえが世界を憂うなら、俺が世界を救おう」
「それ、は」
「おまえが世界に怯えるのなら、俺がおまえを閉じ込めて、誰の目にも触れないように、愛し尽くすよ」
「あ、愛、って、そのあの、その」
「だから、聞かせてくれ、未知。未知は本当は、どうしたい? おまえの望みを聞かせてくれ、未知」
「――ぁ」
揺れる瞳。
一筋こぼれ落ちた涙に口づける。
「私は――」




