そのろく
――6――
ざっざっざっ。
さくさくさく。
しんしんしん。
聞こえるのは自分たちの足音だけ。
見るべき物はリーダーのハンドサインのみ。
歩き回って目指すのは、ただ安住の地。
「防音」
「壁の声【――、――】」
夢ちゃんのサインで静音ちゃんが小さく歌う。
効果はたった三秒の絶対遮音。
「【展開】」
そして、その三秒は、狙撃手にとって金にも勝る価値がある。
無音で発射された鏃が、スノウゴーレムの頭を正確に射貫く。スノウゴーレムはゆっくりと膝を突き、新しい頭を作るために、周囲の雪をかき集め始めた。わたしたちは、その隙に堂々とゴーレムの前を横切って、進んでいく。
『夢、十時の方向は気配が強い』
「了解。進路を三度修正」
時折、ポチが“敵の集団”を嗅ぎ分けて、そう告げる。
すると夢ちゃんは迷うこと無く指示を出して、リュシーちゃんに警戒を指示しながら進む方向を修正。
「よし、全体停止。見えてきたわ」
告げられて、目をこらす。
強くなってきた吹雪。顔に当たる雪を払いながら見てみると、ぽっかりと口を開けた遺跡があった。だが、その前には、五体のスノウゴーレムが互いを監視するように配置されている。
これまでの検証で解ったことは、ゴーレムの仕組みだ。ゴーレムたちは欠損を自分で回復することが出来るが、胴体を崩されたら回復できない。頭を崩されたら周囲が解らなくなるが、崩されない限り全方位に意識を向けることが出来る。
攻撃方法は格闘。または、冷気を身体から噴出させてこちらの自由を奪うこと。身体のバランスが必要なのか、冷気の噴出はどこか一箇所でも欠損していたらできない。
「私たちならあれくらいは瞬殺できることでしょう。でも、可能ならば私たちが遺跡に侵入したことに気がつかれたくない」
「屈折迷光で遮断する?」
「気配消去ね。でも、鈴理の手札と霊力は隠蔽したい。で、静音の“声”なら燃費効率は最高だから、こちらを使用したい」
「で、でも、五体は切り抜けられないよ? できて二体、ううん、三体ならなんとか」
「オーケー。なら作戦は簡単よ。ただ、引きはがす」
そっか、監視を引きはがせば良いのか。
なるほど、そうすればその間に洞窟に侵入できる。でも、どうやって?
「ゴーレムたちが感知しているのはおそらく“音”よ。音を放っておびき寄せて、その間にくぐり抜ける。静音、防音」
「か、壁の声【――、――】」
「【展開】――【展開】」
夢ちゃんは右斜め遠方に鏃を発射。次いで、左斜め遠方にも発射した。
「【術式接続】……静音、もう一度。三――」
「壁の声【――、――】……ふぅ」
「――二、一【展開】!」
強く紡がれたのであろう詠唱。
遠隔操作のために歯を食いしばって叫ぶように行われた詠唱は、けれど静音ちゃんの異能によってかき消える。
代わりに、小規模のパンッという音が、左右斜め遠方から響き、ゴーレム二体が確認に動いた。
「静音はリュシーの合図で気配遮断。リュシー、どう?」
「【啓読の天眼】……まだ気がつかれる、まだ、まだ――よし!」
「く、草の声【――、~♪】」
リュシーちゃんが“感づかれる未来”を剪定し、その合図で気配遮断がかけられ、走る。
全員が一つの生き物のように、信頼感で結ばれた動き。その一丸に、スノウゴーレムは気がつかない。そして、そのまま彼らの脇を通り抜けると、夢ちゃんはポチにハンドサインで合図を送った。
『“眷属呼応・幽体召喚・氷河のスコル”――狼臨“アイズ=オブ=ロア”』
ポチの身体から放たれた透明な狼が、その身体を氷の壁に変質させる。すると、遺跡の入り口をぽっかりと塞いでしまった。
「鈴理」
「うん【速攻術式・解析展開陣・展開】」
洞窟内を素早く解析。
中は意外と広くて、末広がりの構造だ。で、肝心の空気穴だけど……うん、ある。なんだか不思議な感じだ。通気口のようなものが構造の中に含まれている。
「大丈夫だよ」
「オーケー。食料はまぁまぁ持つわね。狩りに頼って保存食に手を付けていなかったのが幸いしたわ」
「お父様に持たされた保存食はすごいよ。なにを想定しているのだとお母様に呆れられていたからね」
「ろ、籠城で生活?」
「静音ちゃん、大丈夫だよ、そんなにかからないと思うよ? なんてったって師匠だからね!」
リュシーちゃんがテントを展開。
夢ちゃんは地面に術式刻印でストーブ代わりの熱発生術式を展開。わたしは外を警戒しながら、ポチと一緒に入り口の“蓋”を更に強固に、厚くしていく。
その間に、出番が多くて極限の集中状態だった静音ちゃんが一休み。夢ちゃんにも一休みして欲しいけれど、本人曰く“忍者は立って寝られる”そうなので、休憩のタイミングは任せている。
「これで、もう少し知性のあるモノが見ない限りは所在地すら判明しないわ。籠城を続けて、居場所がバレたら攻勢に移る。その時のポジションだけ決めたら、休憩よ」
『では休憩中は我が見張ろう』
「ポチの体力は大丈夫なの?」
『誰にモノを言っている。狼だぞ?』
「悪魔だぞ、ならわかるけど、狼は関係なくない? まぁいいわ、お願い、ポチ」
『わんっ』
方針が決まると、ポチは氷壁の前で丸くなり、わたしたちはテントの中に潜り込む。
まずはなにがなんでも休養が必要だ。一時間半の睡眠時間を設けて、体力を回復させる。そのあとに、本格的に警戒を始めればそれでいい。
「なんだか怒濤ね」
「そ、そうだね。はふぅ」
「ふふ、まだシズネは慣れないかな?」
「な、慣れているんだ……?」
「いや、静音ちゃん、籠城ははじめてだよ? ただこう、突発的なことは、ね?」
話していると、気が緩んでくる。
緩みきっても警戒できるのは、最早、経験の賜物であろうとしか言えない現状。
師匠の足を引っ張らないで済むのは嬉しいけれど、女子高生としてはどうなんだろう?
うん、考えないようにしよう!
「ふわ」
「スズリ、ほら、背中を叩いてあげるよ」
「ありがとう、リュシーちゃん」
クスクスと笑う誰かの声。
けれど、一度微睡み始めた意識は、安寧に身を委ねていく。
そうして直ぐに柔らかな感覚に包まれて、白濁とした視界の中に落ちていった。
――/――
――中央遺跡群地下大空洞。
真っ白な部屋の中心で、男が白いキャンパスに筆を揮う。青白い肌、尖った耳、細い眼鏡の奥の紫の目。
鼻歌を歌いながら、男は楽しそうに絵を描く。
「絶望、悲鳴、断末魔。人間の描く悲劇の模様は一様に美しい。そうは思わないか? エルドラドの姫君よ」
「別に」
「そうか? 君とてそれを喜悦にする悪魔ではないのか? 悪魔はみな、魂に刻みつけられているのだ。人間を、己の糧にせよ、と。クククッ」
「悪魔の話ならなおさら関係ない」
「魔王ともあろうものが、無関心でいけないね」
男はそう、楽しげに笑う。
彼にとっては、こんな些細な一幕も、さほど価値はないのだろう。戯れ言のすべてに重さはなく、浮かべる笑みすら軽薄だ。
「ん? 報告だ」
そんな男の前に、一羽のコウモリが降り立ち、悪魔の姿に変化する。
「申し訳ありません、ウルヴァ様、未だ見つからず」
「……この単調な敷地でお使いすらこなせないとは、まったく仕様のない。もう時間もないから良いよ、代用案でいこう。芸術性は劣るがね」
「はっ」
男……ウルヴァはそう告げると、新しいキャンパスにナニカを走り描く。そのキャンパスを指先から出現させた黒い炎で焼くと、キャンパスから飛び出すように四つの人形があらわれた。
絶望の表情。ぼろ切れのような服。十字架に縛り付けられた姿。四人の少女たちを模したそれは、人形にも関わらず、生きているかのように呻いている。
「悪趣味」
「良いだろう?」
ウルヴァは別の悪魔にそれを運ばせるように命ずると、再びキャンパスに立ち戻る。
だがふと、思い出したかのように足を止めた。
「ああ、そうそう。それとは別に、罰は与えないと」
「ひっ、申し訳ありません、ウルヴァ様、今度こそ」
「塵となれ」
「ぎ、がぁあああああああああああ!?!?!!」
燃やされ、灰になって消える悪魔。
その姿を見届けると、ウルヴァはまた、控えていた別のコウモリに探索と捕獲を命じた。その命令に、コウモリは焦ったように飛び去っていく。
「やっぱり、悪趣味」
「ククッ、褒め言葉さ」
ウルヴァはまた、楽しそうに筆を執る。
魔狂王――“ウルヴァ・イズーリ”。彼は英雄たちの苦しむ顔を想像して、声を上げて笑った。
開幕の時は、もう、すぐそばまで迫る。
その光景に笑みを深める彼の顔は、どんなものよりも醜悪で楽しげであった。




