そのろく
――6――
ぼろぼろの笠宮さんを、背に庇う。
相手はまさかの狼男。タイムリー過ぎて泣けてくる。
『ぁ、ああ、ぁああああああぁぁ』
怯える狼男を尻目に、座り込んで私を眺める笠宮さんの頭に、そっと手を置いた。
「【祈願・現想・治癒・成就】」
「ぁ、傷が……全部……」
「さ、あとは、先生に任せて休んでいて、“だワン”」
「はい――はい! み、未知先生!!」
さて、と。
狼男から感じる気配は、二つ。
一つは男のモノで、一つは悪魔のモノ――って、あれ“悪魔憑依”なのか。よほど悪魔と相性の良い男だった、ということか。
なるほどなるほど……慈悲はいらんな。
「世界が闇に覆われるとき」
――突き出す足は前。スニーカーにはふわふわの毛皮。
「夜より現れて闇を祓う」
――突き出す手は瑠璃色。毛皮から覗く鋭いクロー。
「そう、我こそは救世の聖女」
――見えそうで見えないようで見えるスカート。スカートの上から生える、ふわふわの尾。
「魔法少女」
――傾げる首。揺れるツインテール。動く犬耳。
「ミ☆ラ☆ク☆ル」
――ビキニと見まごう胸部。何故か追加された黒いサスペンダーが食い込む。
「ラピっ!」
――びしっとポーズを決めると、敵はビシッと固まった。
「モード・チェイサーで、勇猛果敢に参上だワンっ♪」
――当然ながら、“ワンっ”は強制だワン。ころせ。
『ぎ、ぎェェェェェェェッ、よ、妖怪だァァァァァァッッ!?』
「狼男に妖怪扱いとか失礼にもほどがあるワン!?」
足を震わせながら後ずさる狼男に思わず叫ぶ。
妖怪? 妖怪?! 化け物枠?! ふざけんな!
『ちっ、これだから十八才以上のババアは! 恥を知れ妖怪ババア!』
狼男が踏み込むと、土煙をあげてその姿がかき消える。
だが、“魔法”という手順を踏まなければならないノーマルフォームと、このチェイサーフォームでは“鼻”が違う。
「ワン!」
――ガヅンッ
肌で感じる空気が。
鼻が嗅ぎ分ける臭気が。
目で捉える脈動の雰囲気が。
耳で聞き分ける足音の気配が。
感覚という感覚が、狼男の位置を捉えて私に告げる!
『ギャウンッ!?』
下から振り上げた爪型ステッキが、狼男の顎を捉える。
『チィッ、変態の分際で!』
「身の程知らずの変質者に――」
筋力で以て大きく後ろに跳躍する狼男に、張り付くように飛び上がる。
距離を空けさせはしない。開かぬ距離に、絶望を刻み込むために――!
「――お仕置きだワン!」
ズガンッと硬質な音を立て、狼男が赤土にめり込む。
振り上げた爪の軌道など、捉えさせはしない。
『あぎっ!』
「もう一発行くワン!」
『ぎゃぐっ!?』
一撃。
――狼男の牙がはじけ飛ぶ。
二撃。
――狼男が地面でバウンドし、浮く。
三撃。
――浮いた狼男が、地面と水平に飛んでいく。
四撃。
――木に激突するよりも速く背後に回り込み、その背に一撃を加える!
『あっづっ、ギッ!?!?!!』
地面を再びバウンドし、木に激突する。
それだけでは勢いは止まらず、木を一つ、二つ、三つと折り、四つ目でめり込むように動きが止まった。
「とどめだワン!」
『いいや、まだだ』
「っ――」
再び姿がかき消える狼男。
だが先ほどまでのように闇雲に動こうとはせず、慎重に私との距離を見計らう。
『交代だ、相棒――いや、だが――精神にも攻撃を受けているだろう――ああ、わかった、任せたぞ。相棒――ああ、任された』
ぼろぼろの身体で、同じ喉で、まったく違う声。
人類の敵対者たる悪魔。人の魂を糧とする彼らは、基本的に人間を食料のようにしか見ていない。
そんな悪魔と完璧に意思疎通を可能とするとなると、最早才能では片付けられない執念。どんだけ悪魔と相性良かったんだあの男。
『またせたな、英雄』
「“敵であっても友との最後の語らいを邪魔してはならない”。魔法少女の掟だワン」
『そうか』
悪魔と肉体の操作権を入れ替えたのか。
先ほどまでの粘着質な空気は消え、その口調は落ち着いている。
「悪魔よ、何故、おまえはその人間に荷担しているワン?」
もしこれで、“種”を渡していたのなら、魂を苗床に仲間を復活させるためだと思えた。
だが彼らが、奇妙なほどに助け合っている。
『彼の王が死に配下も眷属もいなくなった狼の王など、己の意思で蠢く儚い存在に過ぎん。全盛期よりはるかに力が落ち、術も扱えず、ただの狼の悪魔として繁殖と繁栄を求めていたところに、この男と巡り会った。種として繁栄を望むこれと、利害が一致したに過ぎん。若くて健康な雌を狙うのであれば、我もそれに乗るまでだ。だが、我は強い雌を求める、故に――』
狼男の身体が膨れあがる。
漆黒は光沢を持ち、毛は針のように鋭く、瞳は獰猛に輝いた。
『――貴様も犬で在るのなら、狼の矜持はその血にあろう。強く美しきその同胞を、我に差しだし子を孕め、雌よッ!』
「言いたいことはいくつもあるワン。でもとりあえず」
狼男の足が地を砕く。
その速度は、強さは、鋭さは先ほどまでの比ではない。
だけど、それでも。
「【祈願】――私は精神攻撃を行ったつもりもなければ」
振り下ろされた爪の一撃を、半身に身体を傾けるだけで避ける。
「【現想】――雌犬になったつもりも」
『魔法など、使わせは――グッ!?』
残像を残すほどの動きで迫る狼男の、膝を蹴りつけて体勢を崩す。
「ない、ワンッ!!」
『なに、をッ!?』
地に伏せる狼男。
その頭を踏みつければ、黒い身体は地を跳ね、無防備な腹を私に見せつけた。
「【転生爪撃・成就】――その認識を、恥じて生きるが良いワンっ!!」
爪型ステッキを覆う瑠璃色の光が、振り下ろしと共に強大な光の爪となる。
『ば、ばかなッ!? こんな、あからさまに誘っているとしか思えない雌犬に、狼の王たる我が、ァ――アァァァァァァアアアアァァァッ!?!?!!』
瑠璃の極光は、暗雲を貫き天に昇る。
そしてゆっくりと光が収束すると、そこには、ぼろ布を身につけただけの変質者と、“首輪をつけた黒い子犬”が横たわっていた。
「悪魔といえど、悪人といえど人と寄り添おうとしたことだけは評価するワン。その可能性に免じて、子犬として生きてみなさい、ワン」
彼らに背を向け、女豹の、いや、女犬のポーズ。ころせ。いや、間違えた。
「これにて、一件落着だワン!」
そう苛立ちで引きつる笑顔でウィンクをすると、瑠璃色の爆破が変質者と犬を吹き飛ばして、変身が解除される。
ああ、もう…………おうちかえりたい……。




