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そのよん

――4――




 森の中にテントを組み立てて。

 たき火の準備をしておいて。

 一時的な拠点を作る。


「なによりも大事なのは水の確保。水源よ。魔導術でじゃんじゃか出せるとは行っても、魔力を温存したい場面であるモノを使わないのは非効率だからね」

「木を手折ってたき火はできないわよ。生木には水分が多いから、乾燥した枯れ木を使うこと。明るい内に探せるだけ探しておきましょう」

「テントの組み立て方は……え、リュシー、なにその、なに? ルービックキューブ? え? 投げればテントになる? うん、任せたわ!」

「獲物の捌き方はこうしてまず血抜き……え? いらない? 静音が卒倒しそう?」


 ……と、こんな感じで。

 妙に旅慣れした夢ちゃんが、テキパキと指導してくれた。なんでも、忍者修行の一環で、お姉さんたちやご両親と各地を回っていたらしい。

 そういえば、極限樹海も行ったって言ってたもんなぁ。


「もう一羽くらい欲しいわね。狩るわよ」


 そう告げてカチャリと手甲を構える夢ちゃん。

 実演したときの一羽目は、現在血抜き中だ。


「鳥がいいの? 猪なんかも、探した方が良い?」

「探索術式ね。指定なんてできたかしら」

「えっとね、夢ちゃん。大きさで判断しようと思うの」

「なるほど。熊でも良いわね。熊の手は美味しいわよ」


 テント周辺に動物が近寄りづらくなる結界を張って、四人で移動する。

 探索結界は起動しているけれど、平原が多いから肉眼でも充分探せる。どちらかというと、隣接する森からの奇襲避けだ。


「ゆ、夢は家族が多いんだね」

「え? ああ、そういや知らなかったっけ。七人姉妹なのよ、うち」

「ええっ、だ、大家族だね」


 そういえばそうだった。

 なんでも夢ちゃんの家は、忍者家業の一環で、七人姉妹全員を別々の特専に通わせているのだという。


「両親は実家。一番上の姉は北陸特専で来年度卒業でそのまま北陸に教師として就職。二番目の姉は四国特専の大学一年生。三番目の姉は近畿特専の高等部三年生。四番目の姉は中部特専の高等部二年生。直ぐ下の妹は九州特専中等部三年生。末の妹は関西特専の小等部三年生。で、私が関東、と」


 なんでも、夢ちゃんのお母さんも忍者の家系らしい。

 家族全員、名前は一文字。でも、夢ちゃんのお母さんは二文字の名前をつける家だったから二文字の名前、なのだとか。

 話の流れでご家族の名前を聞いてみたところ……。


 父、こう

 母、乙女おとめ

 長女、ゆう

 次女、なぎ

 三女、らん

 四女、せい

 五女、ゆめ

 六女、れい

 七女、はるか


 ……と、なるらしい。

 それぞれ異能者と魔導術師が点在していて、お父さんは魔導術師、お母さんは異能者だとか、タイプも三種類+α網羅しているとか、なんだかすごいご実家だ。


「まぁ、退屈はしないわね」

「私は兄妹がいないから、羨ましく思うよ、ユメ」

「あら? ならうちに嫁入りする? 姉妹ハーレムできるわよ?」

「ほら、静音ちゃん」

「ゆめのへんたい」

「ぐはっ」


 姉妹がたくさん出来るよ、ではなくて、姉妹ハーレムが出来るよ、と言うあたりは非常に夢ちゃんらしい。でも、こんなところでらしさを発揮しなくてもいいのに。もう!

 見れば、リュシーちゃんも苦笑している。嫁入り、という発想は流石になかったようだ。


「まったく、ユメにはスズリがいるだろう?」

「うん、リュシーちゃん? なにを言い出すの?」

「え、えっ、そういったご関係で?」

「静音ちゃんまで?!」

「そっか……ごめん、鈴理、妬かせちゃったわね?」

「ぁっ、わかった! 三人でからかってるでしょっ、もう!」


 むくれてみせると、夢ちゃんと静音ちゃんに両側から頬を突っつかれる。

 後ろでは、リュシーちゃんがお腹を抱えてぷるぷると震えていた。肩も震えていた。

 まったく、もう!











 結局。

 鳥を一羽、兎を一羽追加して探索は終了。星明かりだけしか無いので、夜に歩き回るのは大変なのだそうだ。

 夢ちゃんが捌いて、鳥のスープと兎のステーキに加工。料理は僭越ながらわたしの担当とさせていただきました。静音ちゃんとリュシーちゃんにも、お野菜、洗ったり切ったりしてもらったよ?

 飯盒で炊いたご飯で鳥雑炊にすると、こんなに野性味溢れるごはんなのにすごく美味しい。動き回って、それから食べるご飯はなにより美味しくて、気の合う仲間たちと囲むたき火はなによりも楽しくて。空が雲に覆われてしんしんと雪が降り始める頃には、心地よい疲労に身を任せてしまいたくなってきた。


「テントが雪よけをしてくれるようになっているから、見張りもそう冷えはしないと思うよ」

「交代で良いわよね。二時間ごとに二人組でどう?」

「ふわぁ……うみゅ、静音ちゃん、一緒に組む?」

「う、うん。そうだね」

「ちょっと、ここはくじ引きでしょう? ほら、あみだくじ」

「ユメ、細工をしていないだろうね?」

「せんわ!」


 わいわいとあみだくじを巡って騒ぐ中、すたっとポケットから降り立ったのは、ポチだった。ポチはサイズを小型犬程度まで大きくすると、わふっ、と吠える。


『見張りは我が勤めよう』

「え、いいの?」

『明日に備えて英気を養え。そうだな、あとはゼノでも置いておいてくれ。置物にはなるまい』

「な、なるほど。ゼノ、いい? ――そう、ありがとう。現体顕現【ゼノ】」


 腕輪から黒い靄が溢れ、それが形になってフルプレートアーマーの黒騎士が現れる。

 威圧感は極限まで抑えているらしいのだが、それでも滲み出る迫力に息を呑む。静音ちゃん、平然としているけれどけっこうすごいからね? 腕輪として身に纏っているから、慣れたのだろうけれど。


「お願いね、ゼノ」

『心得た。フェイルと共に守護に努めよう』

「フェイル?」

『それは昔日の名だ。ポチと呼べ、ゼノ』

「あ、ポチか」

『良かろう、ポチ。……主よ、私にもタマ、などとつけても良いのだぞ?』

「え、やだ」


 心なしか、ゼノが落ち込んだようにも見えたのだけれど……き、気のせいかな。

 ひとまずポチに【限定解除リミットリリース】をして、と。うん、これで大丈夫かな?


「よし、調子はどう? ポチ」

『うむ。これでいつでも合体できるな』

「……うん、憑依って言おうよ、ポチ」

『わふ?』


 いや、うん、良いんだけどね?


「よし、なら、頼んだわよ? ゼノ、ポチ。じゃ、私たちは寝ておこうか。雪の中での活動は体力を削られるからね」

「ぁ、そっか。そうだよね」


 夢ちゃんに言われて気がつく。

 確かに雪が降っていると、がっつりと体力は持って行かれてしまう。

 いざとなったら“干渉制御ロジック・コントロール”で何とかなるかも知れないけれど、温存したいのもわかる。


「うん、ふわ……そうだね、そろそろ寝よう。お休み、ポチ」

「お、おやすみ、ゼノ」


 頷く一匹と一体に背中を預けて、あくびを押し殺しながらテントに横になる。自然と順番は、リュシーちゃん、夢ちゃん、わたし、静音ちゃんになった。

 瞼を閉じると、直ぐに意識は落ちていく。ただ、意識を手放す前。誰かの話し声が聞こえたような、気がした。


















――/――




 パチパチパチ、と火花を散らすたき火の前で、成犬サイズになったポチが身体を丸めている。

 その向かい側、切り倒した木に腰掛け大剣を地面に突き刺すのは、漆黒の鎧、ゼノだ。ゼノはがらんどうのフェイスプレートで、まるでたき火を見ているかのように悠然とそこに在る。生気の無いはずの生ける鎧(リビング・アーマー)は、赤く反射する炎の色でまるで鮮やかな表情を浮かべているようでさえあった。


『気がついているか、フェイル』

『ああ』

『忠告はしないのか?』

『巻き込まないための契約だ。“それでも運悪く巻き込まれたと生徒が気がついた場合”以外、示唆することも叶わない。そういう契約だ』

『私には問題ないようだが?』

『生命体の枠外なのだろう。詳細を口にすることは叶わんが、こうして示唆できている、というのはな』


 ポチは、契約を交わしたときの主の表情を思い出す。

 内心、ツガイだと決定済みの主は、彼の目から見ても思い詰めた表情をしていた。己の雌であるのなら、その弱さを享受しよう。そんな腹づもりで交わした契約が、仲間枠の鈴理の運の悪さに完全敗北している現実を、ポチはため息と共に実感する。


『広大な異界。門は真反対。遭遇はせんとは思うが……いや、いっそ、した方が良かったのかも知れんな』


 言いながら、ポチは荷物をあさる。

 中から出てきたのは、入り口で配られた“ガイド用バッヂ”だった。


『フェイルよ、それは? あやかしか?』

『わからん。だが、碌な気配はせん。手慰みに噛んでいた、とでもしておこう』


 そう言うと、ポチは咥えたそれを噛み、ひしゃげる。

 すると一瞬震えたかのように見え――“黒い靄”が缶バッヂから抜けて、消えた。


『要らぬ泥ではないか? フェイルよ』

『構わん。己の雌のために被る泥ならば、飲み干して見せよう』

『……本当におまえの雌なのか? いや、おまえが言うのならそうなのか?』


 ゼノはそう、“四人とも己の雌扱いしていないか?”と疑うように首を傾げる。

 だがポチにとって鈴理は同胞枠であり、ツガイ枠はあとの三人+主だ。なんであれ、鈴理の同胞枠以外は本人の同意などないのだが。


『――いつから動き出すと思う?』

『明日の黄昏。早くともが中天に昇る頃だろう』


 夕方、早くても昼。

 そう告げたポチに、ゼノは深く頷く。彼らの役目は、等しく“裏方”だ。守護者として、二柱の魔王は視線を交わしただけで誓いを立てる。

 決して、誰一人とて欠けさせはしない。深い決意は誓いに似ている。かつて利のために大魔王に仕えた二柱は、今、義のために少女たちの力になることを誓ったのだ。


『ところで、フェイルよ』

『どうした?』

『ソレを、いつまで噛んでいるつもりだ?』

『む? いや、中々悪くない噛み心地でな』

『……………………そうか』


 ゼノは、涎でべとべとになった缶バッヂから目を逸らす。

 静寂と、なんだかぐだぐだとした沈黙が、夜半のたき火を覆っていた。





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