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そのさん

――3――




 西之島異界への行き方は、船だ。

 というのも波止場はあるが滑走路は無く、乗り物のまま異界に侵入は出来ず、異界からの影響でヘリコプターは異常を来す。異界周辺の波模様によって、四方にある波止場のどれか一箇所、ランダムに泊めさせられるので厄介と言えばそうなのだが、安全な異界へ行くためのリスクと考えればたいしたことは無い。


「海だーっ」

ワンッ(ついに来たか)


 そんな訳で。

 船に乗る際、ペット同伴を禁止されたので仕方なく“胸ポケットに入る”サイズまで小さくなってもらったポチと、甲板で大海原を眺める。

 ちなみに、特専の生徒は異界に入るとき、こういう観光スポットのような場所でも制服の着用を義務づけられる。そのため、今日のわたしたちは黒白二人ずつのオセロパーティーだ。もっとも、あとから聞いたところ、バレることはほとんどないのでみんな私服らしいけれど。


「風が気持ちいいねぇ、ポチ」

わふ(うむ)


 ポチは返事をしてはくれているのだが、なんだろう、どこか元気が無いような?

 ――やっぱり、師匠が心配なのかな? なんでも、師匠の用事の場所は誰にも言うことが出来ないらしい。うっかり、悪意無く言われた場合、対処は難しい。だから師匠は今回は、ポチの同意のもと契約で“どこに行ったのか言えない”ようにしてあるらしい。

 万が一ということもある。確かに聞いたらフラグが立ってまた巻き込まれるかも知れないなぁ……なんて、うぅ。

 そんな訳で、ポチは師匠の行き先は、知っているけれど言うことが出来ないんだとか。ちなみに、今回は徹底していて、示唆するようなこともできないみたい。


『……むぅ、ボスめ。政府の情報規制と交通規制とやらはどうしたのだ』

「? なにかいった? ポチ」

『わふっ。なんでもない』


 やっぱり、ぐっすり寝てたから起こさず、ペット用の籠に入れてきたのはまずかったかなぁ? でもでも、呼んでも揺らしても抱きしめても起きなかったのはポチだからね?


「あ、す、鈴理。こんなところに居たんだね」

「静音ちゃん! ……二人の様子はどうだった?」

「や、やっと落ち着いてきたよ。苦手なんだね、船」

「うん、みたいだね。夢ちゃんも船酔い回復の刻印紙柱レリーフィング・スクロールが船酔いのせいで発動できない、なんて想定していなかったみたいだしね」

「リュシーは船、初めてで油断してたみたい、だし」


 思わず、目を合わせて苦笑し合う。

 完全に船酔いでダウンした二人は、今、船室で休んでいる。夢ちゃんは木々の間をひゅんひゅん飛び回ってぶら下がったりしているのに、なんで船がダメなんだろう?

 リュシーちゃんは、移動時間にそんなにかけたことはないらしい。出かけるときは博士作成の異様に揺れない車か、異様に静かな飛行機だったそうだ。


「静音ちゃんは平気なんだね」

「う、うん。水守の人は、水辺で丈夫なんだ」

「そうなんだ? ぁ、でもそうだよね。ほら」

「?」


 静音ちゃんの顔を覗き込んで、綺麗な瞳と海を比べる。


「えへへ、静音ちゃんの瞳と同じ色。すっごく綺麗な、海の色」

「っ――――すぅ、はぁ……鈴理。そうやって夢を落としたの?」

「へぁっ?!」


 胸に手を当てて顔を逸らす、静音ちゃん。

 その感情は観察するまでも無い。だって、耳まで真っ赤になっていたから。

 けれど、うん、落としたってなに?? 今小さい声で「毒牙」って言わなかった?


『む。鈴理、見ろ』

「へ? ――ぅわぁ」


 ポチの声で顔を向けると、どうやら西之島異界が見えてきたようだ。

 海流で自動的に流されていく船は、異界の外観を、島の周りをぐるりと回るようにして見せつける。その外観は、まるでクリスタルのドームのようであった。美しいクリスタルによって覆われた島。透明なように見えて向こう側はなにも言えず、足を踏み入れたら消えて行ってしまうような、そんな恐怖さえ覚える。

 でも、それ以上に、きれいだ。透き通っているクリスタルの壁が、光の膜のようにも見えるからだろうか。ファンタジー小説の世界に迷い込んでしまったかのようにさえ、思えてしまう。


「すごいね、静音ちゃん」

「う、うん……すごい」


 ぽかん、と、二人並んで呆けて見てしまう。

 夢ちゃんとリュシーちゃんにも見せたかったなぁ。あ、でも写真だけはとっておこうっと。












 定期船が波止場に止まったので、夢ちゃんとリュシーちゃんを引っ張り出す。出発の時は気がつかなかったが、どうやら今回の定期船で乗ってきたのはわたしたちだけみたいだ。

 おかげで他の乗客に迷惑をかけず、ふらふらの二人を運ぶことが出来た。


「うぷ……帰りは、お父様に頼んで、ヘリを、チャーター、する、よ」

「ふ、ふふふ、ふふふふ、ま、任せたわ、リュシー。だめだったら私、海上、走るから」


 口から魂でも出てしまったのか。

 空を見上げて動かないリュシーちゃんと、俯いて笑う夢ちゃん。二人とも、こわいよ?

 さて、少し休んでから行くのは良いが……さて、どうしたものか。あ、そうだ。二人の後に回り込んで、と。


「【速攻術式セット状態回復コンディションクリア展開イグニッション】」

「おおっ」

「ひぁっ」


 ぱぁっと顔が明るくなるリュシーちゃんと、びくんっと顔が赤くなる夢ちゃん。本来は毒や麻痺に効果のある術式なんだけど、船酔いにも効いて良かった。


「ありがとう、スズリ!」

「ふぅ、助かったわ、鈴理」

「どういたしましてっ」


 途端に元気になる二人を、静音ちゃんと苦笑しつつ見守る。

 いやぁ、本当に辛かったんだね。乗り物酔いはしないからなぁ、わたし。


「あれ? 夢ちゃん、手甲、つけてきたんだ?」

「あ、そっか、知らなかったのか。食材は、基本的には現地調達よ」

「さ、捌かなきゃだめなの?」

「捌くのは私がやるわ」


 夢ちゃんは、苦笑しながらそう答えてくれる。

 船から下りてきびきびと準備を始めた夢ちゃんは、それはもうちゃんとした装備だった。パイプが三本入った手甲もそうだけど、魔導ローブの裏ポケットに収納されているのは、どう見ても刻印紙柱レリーフィング・スクロールだ。

 どうやらよくよく聞いてみると、現地のファンタジー生物をハンティングして食糧を得るのが一般的、らしい。一般の方はなんでもできるガイドさんをつけて、お願いするのだとか。へぇ……。どうやら静音ちゃんも知らなかったようで、二人で夢ちゃんの説明に、ただこくこくと頷くことしか出来なかった。

 リュシーちゃんはどうやら知っていたようで、背中にライフル、腰に剣、太ももに拳銃二丁、両手足に鎧の“いつもの装備”を準備し終えていた。じゅ、準備とか一切要らないタイプで良かった。見れば。静音ちゃんもまったく同じ理由で胸をなで下ろしていた。


「あれが入り口ね」

「門?」

「そう。“フロンティア・ゲート”ね」


 門、ゲート……というより、アーチだろうか。

 クリスタルの壁に設けられた白い半円のアーチ。門戸の代わりに波紋を打つのは、水面のような壁だった。幻想的で、息を呑むほど神秘的。だけど潜れるのか心配、だったりもする。


 まぁでも、それよりも今、気になることは――


「――で、夢ちゃん? ガイドさんっていうのは?」

「ええ、うん、それよね」


 人影一つ無いゲート前。

 ぼんやりと周囲を見回すが、やっぱり誰も居ない。船員さんに確認しようにも、既に出港済みなようだった。思い返せば、船員さんの姿も見ていない。自動運転なのかな? こう、融通の利かない感じとか。


「ユメ、スズリ、シズネ。これ、ほら」


 リュシーちゃんがなにか見つけたようなので、ゲート脇に足を運ぶ。

 台座の上に置かれたのは、スマイルマークの缶バッヂ。これは、えーと?


「“完全自由コース用保険バッヂ”?」


 んー……説明書きを要約する限り、つまり、これがモラルに反することをしたり巻き込まれたりしない為の、“監視用のバッヂ”ということらしい。


「うーん、所詮は福引きね」

「そうなの?」

「ええ。特専みたいな政府直属の特別な機関以外で探索しようとすると、けっこうなお金がかかるモノなのよ、異界って」

「ゆ、夢。それって、経費削減でこうなっているってこと?」

「そうね」


 あー、うん、まぁ、一般人じゃ無くて良かったよ。

 普通の人がガイドも無くこんなところに放り出されたら、死んじゃうよね。


「はは、行き当たりばったりはいつものことさ。どれ、バッヂは私が持っているよ。誰から入る? スズリ」

「手を繋いで、横一列、みんな同時に、じゃだめ?」

「さ、賛成」


 だってなんだか、あの水面を通り抜けるのには勇気が要る。だから、みんなで一緒なら。そう思って口に出すと、静音ちゃんはまっさきに反応してくれた。

 うん、そうだよね、不安だよね……。


「よし! なら行くわよ、みんな!」


 横一列に並んで、号令を出すのは夢ちゃんだ。

 そのかけ声に従って、わたしたちは一歩を踏み出した。



 ――冷たい風を浴びるような。

 ――温かな海に飛び込むような。

 ――凪いだ湖上に降り立つような。



 ――感じたことの無い、不可思議な空気に、思わず目を閉じる。



「すごい」

「き、きれー」

「おお、これは」


 聞こえてくるのは、先に目を開けた仲間たちの声。

 わたしもそれに導かれるように目を開いて、思わず、感嘆の声がこぼれ落ちる。


「ふぁ」


 見渡す限りの大平原。

 白い雲のちらつく晴天は、遮るモノが無くただただ広大だ。

 その外観からは想像も出来ない広さはもちろんのこと、なだらかな坂こそあれど、ひたすら平坦な地表はさながら海外写真のようだった。

 草原から突き出るように苔むす灰色は、複雑な紋様を刻んだ遺跡群で、昔日の残照を想像させる。今までの殺伐とした異界とはまったく毛色の違う、穏やかで心地よい光景に魅了される。


「さ、行くわよ! 夜には雪が降り始めるみたいだからね。寝床の確保はしないと。まずは探検。それから食糧と寝床の確保! 行くわよ、チームラピスラズリ……ううん、“魔法少女団”!」

「「「おーっ」」」


 手を振り上げて、夢ちゃんの先導に従う。

 なんだか、久々に、純粋にわくわくしてきたかも!





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