そのに
――2――
――カランカランカラン。
わたしたちが全員で動かしたハンドル。
六角形の箱がぐるんと回転して、トレイの上に玉が落ちる。
「大当たり~! おめでとうございます!!」
なんだかんだといつもの四人で集まって、街で見かけた福引きに挑戦して、誰の運が一番良いのか話し合ったあげく、全員でハンドルを回した。
その結果が、トレイに転がる黄金の玉。
「や、やった、やったよ夢ちゃん! リュシーちゃん! 静音ちゃん!!」
うれしい。
特賞が当たったことよりも、運の悪さに振り切れている自分が真っ当な商品を獲得できたということが、なによりも嬉しい。
「やったわね! 全員の運を足してもマイナスにしかならないかと思っていたけど、案外なんとかなるものね」
「碓氷さ――夢、そ、それはちょっと」
「そうかな? 私は、スズリたちと出逢えたときから幸運だと思っているけれど?」
夢ちゃん……き、気持ちはわからないこともないんだけどね?
「そ、そうだ、鈴理。と、特賞の内容は?」
「あ、そうだった。おにいさん、特賞ってなんですか?」
「はっはっはっ、これだよ、お嬢ちゃん」
そういって帽子を目深に被ったお兄さんが指さしたのは、壁に貼り付けられた商品一覧。
下から順番に四等賞お米、三等賞ポータブルプレイヤー、二等賞自転車、一等賞テーマパーク宿泊券。特賞は――
「おお」
「ふぇ」
「はぇ」
「あー」
――西之島異界“遺跡大結界”探索ツアー!?
「いせきだいけっかい?」
って、え、異界?
異界を景品にして大丈夫なのだろうか。そう、夢ちゃんを見ると、夢ちゃんは得意げに頷いた。
「西之島異界は観光スポットの一つよ。苔むした遺跡が大平原に点在するっていう、それだけの異界ね。異界の中にちょっとした森や湖なんかもあるけれど、基本的に平坦。魔物の出現も無くて、天候も外と同じ。ただし風からは隔離されているから、船乗りたちの逃げ場でもあるのよ。あと、魔法の実験なんかで荒れても、一晩で元通りになるから、“無為の平原”なんて呼ばれた方もしているわね」
ほへぇ……。
なんだか危険な異界ばかりに関わってきたから信じられないけれど、そんな異界もあるんだなぁ。でもそっか、危険性の無い異界なら、観光スポットになるのも頷ける。
よくよく詳細を読み込むと、いくつか情報が出てくる。
規定人数は四人まで。師匠から預かっているポチはどうなんだろう? いや、普通に考えてペット枠か。預かっている以上置いていく訳にもいかないし、いざとなったら掌サイズまで小さくなって貰おう。
キャンプ用具の持ち込みが必要。期間は二十日から二十二日までの二泊三日。未成年だけでのお泊まりになるのは良いのかなぁ?
「大人の人の随伴って、なくても大丈夫なのかな?」
「西之島異界なら、現地に未成年引率係のスタッフがいるんじゃなかったかしら?」
「はい、おっしゃるとおりです」
夢ちゃんがくじ引きのお兄さんにそう尋ねると、肯定される。
なるほどなぁ。安全で観光スポットになるような異界なら、そういうこともあるのかぁ。
「スズリ、そろそろ後が詰まってきているよ」
「あ、すいませんっ、ありがとうございました!」
「いえいえ、毎度~」
慌てて列から外れて、一息。
それにしても、どうしよう。春休み期間中だし、師匠はいないし、二十日ってことは明日だし。準備、間に合うかなぁ。
「……せ、せっかくだし、み、みんなでキャンプ用具、これから買いに行こうよ」
「賛成! 良いこと言うわね、静音」
「スズリは、キャンプに行ったことはある?」
「へ? あ、うん。おじいちゃんが――」
「待ちなさい鈴理。あんたそれどうせすっごいディープな話でしょう?」
「――そ、そうかな? ただ二人きりのキャンプが一人きりになっただけで」
「あぅ、鈴理。そ、それ、重いよ?」
お、おかしいなぁ。そこまでじゃないと思うんだけどなぁ。
首を傾げるわたしに、みんなはそれはもうため息を吐いて、ぴたっとわたしにくっつく。あわわ、あ、歩きにくいよ?
「もう本当に、もう、あんたは、もう」
「えっ、もう?」
「そ、そうだよ、鈴理は、もう」
「も、もうかな?」
「もう、まったく。スズリ、抱きしめていいかい?」
「う、うん? きゃー」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるリュシーちゃん。
便乗して乗っかってくる夢ちゃん。
おずおずと袖を掴む静音ちゃん。
なんだか四人でお団子みたいになって歩くと、すごく重いのに心は暖かかった。
不思議だなぁ。
おじいちゃんとの過去は、辛いモノでしか無かった。暴力と罵倒と蔑みに満ちた、灰色の日々。痛みと悲しみに塗れた、苦渋の日常。思い出すだけでもじくじくと胸を刺す疼痛も、いつしかなくなっていた。
師匠が救ってくれて、大事な友達が手を握ってくれる。言葉にすれば簡単だけれど、わたしにとっては、心に灯が灯るような、あたたかなことだ。
「はなれたくないなぁ」
気がつけば、そんな言葉を口にしていた。
いや、わかってるよ? 直ぐに離れる訳じゃ無い。卒業まで二年もある。放課後にだっていつでも、会おうと思えば会える。
でも、もうちょっと、時間が欲しい。みんなで過ごす時間が欲しい。そんなの、だめだ。だってそれは、ただの我が儘だから。自分勝手なことだから。
「わかるわー」
「え?」
「そ、そうだね。なんとかしようよ」
「へ?」
「そうだね。ユメはなにか良案がないかい?」
「はぇ?」
「うーん、静音は?」
「ひぇ?」
「うぅ、直ぐに思いつかないよう」
あ、あれ?
夢ちゃんも、静音ちゃんも、リュシーちゃんも。一人もわたしの我が儘だと咎めることは無く。
ただみんなで、解決策を出し合って――ああ、そうか。心が、ひとつになったみたいに思うんだ。なんだろう、これ、すごい!
「スズリは? 良案はないかな?」
なんて感動して見せたところで、良案なんて浮かんでこない。
えーと、うーんと、あー……えー? どうしよう。放課後まで一緒に居られる時間が合ったら良いよね? そうしたら――そう、だ。
「――部活、なんてどうかな? 所属するんじゃ無くて、立ち上げるの!」
放課後にみんなで集まりたい。
でも、わたしたち全員が入りたくなるような部活動なんて探すのは難しい。だったら、作ってしまったらどうなのかな?
わたしたちが、思いっきり学校生活を堪能するための、部活動!
「す、すごい、鈴理、すごい」
「いいわね、それ! 規定人数は五人、だから、香嶋先輩誘えばちょうど良いかな」
「顧問はミチにお願いしよう。ミチなら、セト先生にも顔が利く」
「みんな……うんっ! それならさ、それならさ、部活動の名前は――」
「あ、待ちなさい鈴理。それに関してはたぶん……うん、みんなたぶん、考えることは一緒だからさ、一斉に言ってみない?」
わたしたちに共通すること。
わたしたちが救われたこと。
内緒話でもするみたいに顔を寄せ合って、せーので呼吸を合わせて。
「「「「――魔法少女団!!」」」」
なんだか、おかしくなって笑い合う。
「ふっ、はははっ、結成完了までミチには名前は内緒だね」
「あははっ、確かに! 未知先生ったら照れ屋だからね」
「ふふふっ、み、観司先生羞恥心耐性は強い方じゃ無いの? とてもまねできない」
「ふふ、あはははっ、師匠の衣装、格好良いのになぁ。わたしも着たい」
なんてしみじみ呟くと、集まる視線。
えっ、なに?
「それはちょっと、ないわ」
「えっ、スズリ? SexyじゃなくてCool?」
「鈴理って、センスが、そ、その、ね?」
「みんなちょっとひどくない?!」
もう、師匠は格好良いのに!
なんでみんなわかんないかなぁ?
きめ細やかな衣装。瑠璃色のステッキ。流麗なライン。わたしも師匠みたいな格好いい大人になって、師匠みたいな格好いい衣装を身に纏って、師匠の隣で正義の魔法少女として悪を裁いて、えへへへへ。
「ほら、いつまでもむくれてないで、行くわよー!」
「あ、待って、夢ちゃん!」
少し先を歩いてしまった夢ちゃんたちに、小走りで追いついて。
待っててくれる誰かの手に留まる喜びを、日差しのまぶしさで誤魔化した。
魔法少女団、か。
うん……ふふ、うん。
――/――
商店街の一角。
列を成していた福引き場。
その場を見ていた親子が、福引き場を指さす。
「ママー、福引きやりたい!」
「福引き? しょうがないわねぇ……で、どこにあるの?」
子が指さすところに顔を向ける母親だが、何故か、そこに福引き場のようなものは見られない。ただがらんとした空間が、モノ寂しげにあるだけだった。
「あれ? でもさっき……」
「見間違えたんでしょ。ほら、帰るわよ」
「えー」
足早に去って行く親子。
周囲の人たちも一度空間を眺めたが、直ぐに興味を無くして目を逸らしてしまう。
その、福引き場の――上。ビルの屋上に佇むのは、帽子を目深に被った男性だ。
「く、くく」
男性は“成果”を確認するように、薄く笑う。
楽しげに、純粋に蝶の羽をもぐ子供のように、笑う。
「準備は整った」
そう、囁くように呟いて。
「ふははははっ、あはっ、ひ、ひゃっはははははははははっ!!」
声を上げて笑いながら。
男性は、風と共に灰となって消えていった。
あとにはなにも、残らない。
ただ刻みつけられた“悪意”すらも。
その場にはなにも残さずに。
ただ、空ろな闇へ消えていった――。




