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そのじゅうきゅう

――19――




 眼下で聞こえるのは喧噪。

 どうやら一部の生徒が暴走し、手当たり次第チョコレートを狩りに出ているようだ。よく見てみると、水守さんを守護するようにイクセンリュートさんと夢さんが前に出ていた。

 アリュシカさんと七も、香嶋さんや新藤先生と協力して暴走する生徒たちの鎮圧に動いているようだ。この分なら、下は気にしなくても良いだろう。上を気にされることも無い状況、というのも助かる。


「答えなさい。なんのつもりなの、ファリーメア」


 時子姉の声は、今までのどんな時よりも厳しい。厳しく、そして重い声だ。私たちは、誰一人として魔龍王と矛を交えたことは無い。私と獅堂が、劣化コピーの龍と戦ったことがある程度だ。

 魔龍王の容姿が、時子姉とさほど変わらない年格好だということすら、知らなかった。


「招待状を渡しに来ただけ」

「招待状?」

「そう」


 魔龍王、ファリーメアはそう言うと、一枚のカードを投げてよこす。咄嗟にそれを受け取ると、確かにそこには“Invitation”と綴られていた。


「私が交わした契約は、魔王を名乗り戦うこと。契約の一環としてやらされた」


 抑揚の無い声。

 感情の込められていない顔。

 空ろな、目。


「招待状を渡したら、大人しく帰る、と? 信用できると思うの?」

「ここで戦うのは面倒。あなただって、“ここ”を壊滅させたくないはず」

「やりようはあるわ」

「どのみち、私は契約でしか動かない。招待状の日まで私はオフ」


 最大限の警戒が滲む時子姉に対して、ファリーメアはどこまでもフラットだ。


「あれ? では何故、あなたは鈴理さんと一緒にいたの?」


 ふと気になって、思わず問いかける。

 だって、契約でしか動かないのでは?


「契約した。ほら」


 ぴらっと広げた、コピーと思われる契約書。

 そこに綴られていたのは、“甲、メアはバレンタインを乙、鈴理と共に協力して乗り越える”の文字。

 ……鈴理さん、またそうやって厄介事をホイホイしたのね。


「鈴理さん?」

「ご、ごめんなさい?」


 鈴理さんも流石に困惑顔だ。

 うん、まぁ、そうでしょうね。


「力も人間の異能者程度まで抑えてある。なんだったら、バレンタインに協力する一環で、バレンタインを邪魔する者を排除する手伝いをしてもいい」


 時子姉が私を見る。

 すると、私の肩にスズメが止まった。何故?

 迷う時子さん。警戒を絶やさない瀬戸先生。おもむろに、口を開く獅堂。


「なぁ、良いんじゃねぇか? 時子」

「――はぁ……良いでしょう。言葉が本当であれば、この場は信じます」

「そう。ウルヴァの配下。心を狂わす悪魔が“上”にいる」

「上?」

「雲の上。上空千二百メートル」


 雲の上?!

 そんなところに、そんな悪魔がいたなんて。


「マジかよ……そんなん気づくか」

「退治に協力はしてくれないのかしら?」

「敵対は契約上できない。場所を教える程度は契約に書き込まれていない」

「そう。――獅堂、いける?」

「無理だな。結界を壊しちまう」


 そうか、結界の上なのか。

 獅堂のいまいち加減の利かない炎で戦闘なんかしたら、結界へのダメージは計り知れない。しかも、もし落ちる悪魔に追撃でもしたら、結界どころか校舎も人も危ないだろう。

 時子姉は悪魔との戦いを隠蔽するためにも、この場で玄武を維持しなければならない。瀬戸先生では悪魔に勝てない。七は? だめだ、疲労が色濃い。地上でならともかく、空の上では危険すぎる。


 あれ?

 そうなると、選択肢ってまさか……?


「うぅ……時子姉」

「ええ、ああ、うん、そうね」

「でも、どうしよう」

「あー。視界の範囲外、雲上までは連れて行ってあげる。二重顕現になるから戦闘は無理でも、足にはなるからね。下からの、目隠しにも」


 この場にいるメンバーは、“知っている”ひとばかりだ。

 ただし、知られると心の底からまずい相手が一人居る。言うまでもなく、ファリーメアだ。彼女の口から他の魔王に知れたら、笑えないことになる。

 実のところ、雲の上まで飛べるのだけれど……意味は三つ。体力の温存、下から気がついた人への言い分け、ファリーメアになるべく手札を見せないこと。時子姉はまぁ、ファリーメアに対して手札は知られているみたいだしね。


「さて【せいりゅうせいちょうよくしん・南方司る七星よ・我が約定かわせし式神に・その真なる姿を解放せん】」


 私の肩からスズメが飛び立ち、空に昇る。

 すると、私たちの前で、スズメが突如、燃え上がった。


「【式揮顕現・現れ出でよ・五徳の礼神】」


 そしてその輝きは徐々に強くなり――


「来たれいぃッ【朱雀・急々如律令】!!」


 ――大きな炎の鳥が、姿を顕した。


「下から見れば獅堂の一部にしか見えないでしょう。未知には燃え移らないから、行きなさい!」

「その子が行くの? あなたではなく?」

「最高峰の魔導術師よ。さ、早く」

「ふぅん?」


 ファリーメアは、訝しげにしつつもそれ以上詮索しようとはしてこない。

 どうやら追おうとはしないようなので、気が変わらないうちに朱雀の上に乗った。


「お願いね、朱雀」

『クァアアア!』











 朱雀は私を乗せたまま、どんどん上空に昇っていく。

 結界を越え、雲に近づき、霧に包まれるように雲に入る。雲の中は冷たくて、息苦しい。

 けれど、ここまで来れば――!


「来たれ【瑠璃の花冠】」


 夜に溶けてしまいそうな瑠璃色なのに、きらきら光るからやたら目立つ。

 これから悪魔の反応を考えると、今からでも胃が痛くなる。キリキリする。でも、私しかいないのだから、仕方がない。うぅ。


「【ミラクル・トランス・ファクト】」


 身に纏うのは、いつもの魔法少女衣装。

 魔法少女の掟では、必ずポーズをとらなければならない。けれど一つ、例外がある。それは、もう一段階変身すること。

 そのもう一段階のタイミングを計って、待つ。


 雲を抜け。

 ぎょっとした様子の悪魔を見つけ。

 けれど更にその上まで朱雀を昇らせて。


 月を背負う。




「【トランス・ファクト・チェーンジッ】!!」




 瑠璃色の光が満ちる。

 月を背負った理由は単純だ。この角度なら、多少雲の上が光っても、下から月に溶けてわからない。

 だからついでに、羞恥心は月に溶かしてしまおう。気分だけでも!


『な、なんだッ?!』




「人々の恋を護るため」

――振り上げた手に纏うは、ぱつんぱつんに上腕を強調する長手袋。

「地より出でて愛を請う」

――緩やかに上げた足に纏うは、張り詰めるほど太ももを見せつける足袋。

「愛と希望の使者」

――首元で交差する白い天使服は、わざわざノーブラ鬼畜仕様。ころせ。

「魔法少女、ミラクル☆ラピっ」

――背に生えるのは、もはや白い糸くずにしか見えない天使の羽(ミニ)。

「スカイフォームで、美麗にステージ・オンっ♪」

――槍型ステッキをくるりと回すと、ハイレグを隠せない下敷きサイズの羽衣が揺れた。




 上空で朱雀が見守る中、ハープを演奏していた悪魔が、ハープを落としかけて慌てて拾った。ああ、うん、わかるよ。そういう反応だよね。

 でも大丈夫。二度目だから。このフォーム二度目だから。このフォームで痴女呼ばわりされるの、二度目だから!


「わるい悪魔さんは、ラピがずばっ☆とやっつけちゃうぞっ♪」

『う』

「う?」


 首を傾げてみせる。

 ツインテールが揺れて、星形首飾り鈴付きが、ちりんっと揺れた。

 つらい。


『うつくしい』

「はぇ?」

『人間の醜い欲望を煮詰めたようなデザインッ! なんという美しさだ、これは持ち帰ってウルヴァ様に献上しなくては! ちょっと君、死んでくれないか? ウルヴァ様は死体と幽霊に別れていた方が好まれるのだよ』


 褒められても嬉しくないけれど、とくに嬉しくない褒められ方だこれ。


『ああいや、その前に愛でようッ。さぁ、麗しい声で泣いておくれ、ぼくの女神よ!』

――ポロロン

「っステッキさん!」


 危機感を覚えて、ステッキを振る。

 すると、何も無いところから衝撃が伝わった。音の斬撃か。厄介な!


『おや、中々お強い!』

――ポロロン

「無駄だよ☆」


 なんて、口では言いながらも、不可視というのは例え避けられても体力を削られる。

 雲に腰掛けてハープを弾くような変態悪魔なのに、この悪魔、強い!


「ステッキさん! 力を貸して。輝き奏でろ、少女力!」

『む? なんです? この音、は――!?』


 出来れば、これも使いたくは無かった。

 けれどここは上空千二百メートル。いつものように他に観客のいる場で無いだけマシだから、割り切ることも容易だ。もうこれ以上、変態扱いはされないだろうしね!



 ――ラピラピラピ♪

 ――ラピラピラピ♪

 ――魔法少女ぉミラクルぅぅぅ……ラピっ!



『ぐ、ぐぅぅ、なんと邪悪な音だ! ぼくの音がかき消える?!』

「ふっふっふっー、これぞ魔法少女の伝統! “ミラクル☆ラピのテーマソング”だよ!」



 ――愛☆ラピ☆愛☆ラピ

 ――ずんしゃかしゃかしゃか

 ――Love☆ラピ☆Love☆ラピ

 ――ずんずんしゃかしゃかずんずんしゃかしゃか



『ぐぅ、怪音の中で勝負を仕掛けるとはなんたる非道!』

「いや、ちょっと言いすぎじゃない?!」



 ――愛の星からやってきて♪

 ――悪い奴らをやっつけるぅ♪

 ――夢と希望と少女のハートの♪

 ――可憐でキュートな魔法少女♪



 ちなみに、音声は常に変身時点の私のものだ。

 おわかりいただけただろうか。ダメージを負うのは悪魔だけでは無い。この私だ!



 ――ミラクルゥ♪

 ――(みらくるぅ☆)

 ――トランスゥ♪

 ――(とらんすぅ☆)

 ――ファクットォ♪

 ――(ふぁくっとぉ☆)



『やめだ! 泣かせようなどとしたぼくの失策だ! この失敗は、怪音を甘んじて受けることで贖おう!! さぁ、その身体を寄越せ、偽少女めェッ!!』

「偽って、せめて元って言ってよ!!」



 ――ちゃかちゃかちゃかちゃか☆

 ――チェーンッジ!

 ――(ちぇーんじっ☆)



『うぅ、わぁあああああああああああああッ!!』


 目を真っ赤に腫らし、泣きながら頭を振る悪魔。

 悪魔はハープを膝で叩き折ると、爪を伸ばして殴りかかってきた。

 なんだろう。私自身とて聞いていて心地よい音楽では無いけれど、こんな反応をされると流石に傷つく。ひどいよ。私がなにをしたっていうのよ……。


 もう、怒った。

 いいよ、それなら、私も歌うからッ!!



 ――可憐に飛び交うスカッイー♪

「すかっいー☆」

『キェエエエエエエエッ!!』



 悪魔の爪を避ける。

 反撃はせずに耳元で歌う。



 ――わんっとダッシュだチェイッサー♪

「ちぇいっさー☆」

『アギェエエエエエエエエエエエッ!?』



 後ろ回し蹴りを避けて、回り込んで耳元で歌う。



 ――にゃんっとジャンプだレンッジャー↓♪

「れんっじゃー☆」

『オオオボッ、オオオオオオヴォ』



 かかと落としを避けて、掴み。

 羽交い締めにして耳元で歌う。



 ――今だ! キュートに☆ 少女力をチャージだ♪

「いつも! 可憐に☆ 少女の力で♪」

 ――みんなで、一緒に、と・な・え・ようっ☆

「【祈願セット】♪」

 ――ずんずん、とん、ちゃか・ちゃか!

「【守護天使大槍撃ラブリーハートランス・クラシカル】♪」



 手を離すと、悪魔はふらふらと月を見上げる。

 顔面蒼白で、目は空ろ、口からは音にもならない言葉が零れる。

 まるで廃人同然だ。歌は下手ではないとは思うのだけれど、ここまでひどい反応をされると気になる。今日は帰ったら枕を濡らそう。


 でも、その前に!


『ウウウウウウウウウルヴァ様バンンザアアアアアアイイイイイイイイイイッ!!』


 雄叫びをあげてツッコんでくる悪魔。

 彼の胸に向けるのは、瑠璃色に輝く槍型ステッキ。

 それを私は、色んな感情を込めて、渾身の力で投げた。



 ――うぅうううううぅっ☆

「【成就イグニッション】!!」

 ――みらくるぅううううっ♪



 音楽と共に放たれる槍。

 悪魔は音と共にやってくるそれを絶望の表情で避けようとするが、間に合わない。



 ――しゃんしゃんしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかっ♪

『い、いやだ、こんな怪音で死にたくなぁ――』

 ――ラピっ☆

『――ァァぁああああああああああああ!?!?!!』



 テーマの終わりと共に、光の中へ消えていく悪魔。

 その消滅を見届けると、私は手元に自動転送されてきた槍型ステッキを、くるっと回してポーズを取る。

 と、何故か背中で一緒にポーズを決めてくれる朱雀。


「今日もきらっとオシオキしゅーりょーステージアウトっ☆ ラピは今日もハートフルっ♪」


 ふ、ふふ、真っ白に燃え尽きた。

 さて、変身を解いて帰って寝よう。そして、一人カラオケ行って、九十点台出るまで歌うんだ……ふふ、ふふふふ、ふふふふふふ、はぁ。





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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、一人カラオケ
[良い点] アニメで見たい笑 元が超絶美人みたいだから余計に痛々しさが、ね……
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