そのじゅうなな
――17――
水の盾が妖精たちの攻撃を防ぐ。
稲妻を妖精たちの精霊術が防ぐ。
その隙間を縫うように、静音の声が響いていた。
「っ、砂の声【―♪―♪♪】」
「ぬぉっ?!」
「妖精よ!」
校舎だったらともかく、校舎の外で足下は石畳だったのが幸いしたのだろう。
静音の異能で脆くなった場所に踏み込んだ楸が、僅かに体勢を崩す。その一瞬の隙をついて放たれた風の弾丸は、やはり水の盾に防がれた。
千日手。そんな言葉が思い浮かぶ。けれど、勝利条件は確定していて、こちらの方が僅かに有利。本にチョコを挟んでいる私と、胸元にチョコの袋を僅かに出して入れている静音。“見えるところにチョコを置く”という制限ギリギリだが、“腕章”という固定のある男子よりもマシだ。
――静音は、接近戦の切り札があると言った。なら、どうにかして接近戦を突破しなければならない。けれど、二日間絶え間なく妖精を出し続けていたせいで、私の霊力が危うい。“風妖精”の一括りならまだ召喚できるけれど、他は辛いだろう。
「あと一手、なにか出来れば――っ」
「あと一手? ルナ、な、なにが必要?」
「今、一番欲しいのは霊力、かしら、ね!」
そう、風妖精を増やすのでは状況は好転しない。
他の役割が、今は欲しい。
「友の声【♪~♪~♪~♪♪】」
「っ」
途端、急激に霊力が増える。
はっと見れば、青い顔で微笑む静音の姿があった。加減の効かない霊力供給?!
「ちょ、ちょっと、静音!」
「だ、いじょう、ぶ。切り札に、影響はないから」
「っ、コトが終わったら、あなたのお友達とアリュシカと四人で取り囲んでお説教よ。でも、ありがとう。これなら――!」
妖精を増やして、増えた妖精たちも含めて全員守りに集中させる。風妖精を増やす分には、歌の影響は共有するのね……。ま、まぁそれは良いわ。
「司書たる我が名と我が霊力に応えて開け、幻想の門。現れ出でよ【フェアリー・サラマンドラ】!」
新しく召喚されたのは、槍を手に持ち、炎のように燃え上がる髪と翼を持つ赤い妖精たち。彼女たちが口々に口笛を吹くと、炎の中から火蜥蜴を作り出して、跨がった。
「っすごい、か、かわいい!」
「ありがとう! さぁ妖精たちよ、水を焼け!!」
そのまま飛来すると、何体かは楸に落とされるも、他の数体は静騎少年に突撃する。
「炎で水に? まぁ良いでしょう。水気盾型、我は請う【急々如律令】」
水の盾が一息のうちに構成され、静騎少年を守る。
妖精たちはその水をことごとく“蒸発”させると、そのまま静騎少年に向かわず、直角に曲がって楸に攻撃した。
「なっ!」
「はっ、そんな攻撃!」
超反応によって、不意打ちに対応する楸。
なるほど彼は優秀だ。状況判断が伊達ではない。だからきっと、“気がつかなかった”のは、欲望を増幅させる音色のせいだろう。
楸の周囲は妖精によって取り囲まれ、動くこともままならない。こちらも身動きは取れないが、ここまで詰めてしまえばあとは――。
「静騎!」
「姉上?! はっ、歌しか知らない貴女が、ぼくに傷を負わせるような手段があるものか!」
「静騎、油断するな! その女、なにか隠しているぞ! チィッ、このオレが、妖精なんぞに!」
楸が動けないのは、妖精よりも弱いからではない。どんなに数の暴力があろうと、彼は切り抜けるだけの力を持っている。
今、それができない理由は簡単だ。全ての妖精が、“腕章を狙っている”から。腕章をやられずに静騎少年を助けたいのであれば、彼は妖精に取り囲まれるべきではなかった。
「水守に攻撃手段がないと侮ったこと、制服を切り刻まれてから後悔するが良い、姉上! 水気盾型、薄刃成形、我は盾の刃を請う【急々如律令】!!」
「発想がいちいち気持ちが悪い!」
「うぐっ」
あ、言葉の刃。
盾を刃のように薄くして迎え撃つ静騎少年の攻撃が、ワンテンポ遅れる。
その一瞬の隙に、静音は腕輪を振りかぶった。
「限定召喚、我が意に応えよ、魔鎧の王――」
――黒い靄。
――空気に圧力があるかのようなプレッシャー。
――本能が警鐘を鳴らす。理性が悲鳴をあげる。心が締め付けられる。
――“アレ”は私たちとは次元の違うものだ。畏れなければならないものだ。
「――剣技召喚【ゼノ】!!」
黒い靄が形になる。
その手に現れるのは漆黒の両手剣。
呆気に取れながらも盾を翳す静騎少年。その反応は素晴らしい。だが、解る。理解させられる。“アレ”は、例え鋼鉄を用意しても防げない。
「はぁあああああああああっ!!」
「ちょっ、姉上それオーバーキルぅあああああああああああッ?!」
一刀に伏せる。
その言葉が相応しいだろう。たった一撃で全てのヒットポイントを失った静騎少年は。溶けるように光の粒子となって消えていく。
「う、嘘だろオイ……って腕章燃えてるぅぅぅッ?!」
参加チケットを失って、呆然と佇む楸。
ヒットポイントを失ったものよりは緩やかに、転送が始まる。
「くそッ、鈴理の、チョコ、れい、とぉ――」
そして彼は、そう言い残して消えていった。
「ふぅ。あ、ありがとう、ゼノ。戻って良いよ」
剣が解かれ、黒い靄に戻る。そうするとやっとプレッシャーが抜けてくれた。芯が強いのはわかるけれど、どちらかというと気弱な静音が何故あんなとんでもないものを持っているのだろうか。
そういえば以前アリュシカが、“私の友達は私よりもずっとすごい”と言っていたのを思い出す。その時は謙遜かあるいはメンタルの話かと思ったのだが……観司先生共々、みんな修羅の国の方々なのだろうか。なにそれこわい。こわい。
「ありがとう、静音」
「こ、こちらこそ、だよ、ルナ」
「でも、その、ね?」
「?」
「腰が抜けちゃったから、手を貸して?」
きょとんと首を傾げたあとに、こくりと頷く静音。
その可愛らしい様子と、先ほどまでの修羅が如き様子のギャップに苦笑する。
なんだろう、ここ二日間で広がった交友関係。
考えれば考えるほどおそろしいことになりそう、だから、あんまり考えないようにしようかなぁ。
――/――
一年Sクラス所属、黒土一馬は中二病である。
いや、中二病であった、という方が正しいだろう。中学一年生のときに中二病を発症し、丸々一年間で死ぬほど恥ずかしい思いを覚えて覚醒。それまで“鑑定”という稀少だが戦闘能力は皆無、という準Aランク稀少度の異能者だった彼は、中学二年生で能力覚醒によってSクラスに移動した。
それから今日に至るまで、彼は己の能力と向き合い続けるハメになる。治る前までであれば歓喜したであろう異能。今は、死にたくなるような思いで構築しなければならない異能。その名を、“あゝ我が愛しの黒歴史”。
世界で唯一の異能であり、“超常型”の稀少性を持つ力。その恥ずかしい異能のせいで、バレンタインとは無縁だったからこそバレンタインの単語を避けていた彼は、今回のバレンタインイベントに喜んでいた。はずだった。
(ルナは同じチームだけど、他は全員ばらばらだ。アホの香だって見てくれは良いし、今年は銀の妖精アリュシカだって居る。あいつの友達もことごとくカワイイ。狙うのならその当たりだと、思ったのに――ッ)
物陰に身を隠した彼の横を、“水流”が流れる。
“攻撃”ではありません“防御”です、というルールの穴を付いたような術だ。水浸しになるくらいで、攻撃力は確かに無い。だが、制服が濡れれば重くなる。そこに、“狙撃”が組み込まれたとき、恐ろしい連携となる。
(なんで蒼時雨、鏡カウンセラーとアリュシカが組んでるのさ!?)
石畳に覆われた中央広場。
大きな噴水が美しく、デートスポットとしても有名。
そんな場所に倒れ伏す、死屍累々。いや、転送され始めた脱落者。
贔屓じゃないのか? そう文句を言う者はいない。なにせ彼らは自軍は綺麗に守っている。ゲームの範疇でしか動いていない。ゲームの範疇で本気の恨み言を言うほど格好悪いことはない。
もっとも――一馬は気がついていないが、全員、理性が吹き飛んでいるのでよく覚えていない、というのもあるのだが。
(このままじゃ、今年も非リアのバレンタイン。妹に「お兄ちゃんキモい」と言われるのは、もう嫌だ! こ、こうなったら、意地でも死線をくぐり抜けて、アリュシカのチョコを持って帰って妹に自慢してやる!!)
一馬は己の内側に意識を向ける。
まずは手札の整理。やれることを考えて、導き出して、作戦を立てる。
「我が呼び声は深淵の音。呼び立て出でよ王の冠。現れよ、【ステータス】!!」
――――――――――――――――――
Name:黒土一馬 LV:20
Race:人間 Job:異能者・超常型
HP:2500/3000
MP:3448/3500
STR:50
VIT:40
AGI:55
DEX:100
INT:200
MND:250
LUC:20
SKILL↓
ステータス鑑定 LV:6
業炎の魔王 LV:Max
真実の目 LV:Max
眷属召喚(影獣)LV:Max
右腕封印(黒雷)LV:Max
左腕封印(吸魔)LV:Max
荒雅の魔眼 LV:3
血針獄界 LV:2
救霊王の天翼 【300/1000】
悪導王の魔翼 【250/1000】
天閃 【100/1000】
――――――――――――――――――
己の内面、本来は数値化できないそれを数値化する規格外。
数値は子供で十、十五才以上で五十から百。異能者や魔導術師として戦闘可能な者が、百から二百。高校卒業程度で二百から二百五十。大学卒業までで、四百五十。
教師陣は四百五十から五百五十。人類限界値は六百。何故か限界突破している英雄七人は七百はある。この情報は鑑定で得たものではなく、“基準”として“異能が教えてくれる”ものだ。鑑定が六の一馬では、自分のレベル+十二までしか鑑定できない。
スキルは十でマックス。黒い括弧の中は“熟練度”であり、熟練度が満ちるとレベル一としてスキルを所得することが出来る。まさしく、破格の能力。だが当然、強い能力には代償が伴う。
(くそっ、これで発動条件が“ロールプレイ”じゃなければモテモテなのに!)
もしくは、イケメンだったら。
誰が見ても“普通”とか“平凡”とか“影が薄い”とか“良い人そう?”とか言われる一馬にとって、ノリノリでロールプレイをすることは苦痛だった。おまけに、熟練度を上げる方法もロールプレイ。発動しない異能のロールプレイを空打ちする苦行だ。
だからこそ隠しに隠して、幸い、まだ妖精美少女と名高いアリュシカにバレていない。だというのに、この状況だ。
一馬は平均の半分以下の幸運値を、血を吐く思いで睨み付ける。もう、逃げ場はない、いずれバレる異能とチョコレートを天秤にかけ、揺れる一馬の胸に“音”が響いた。
『チョコレートのためなら仕方ない』
「ああ、そうだな、仕方ない」
一馬は物陰から飛び出ると、まるで最初から隠れていたことを気がついていたかのような七とアリュシカと、目が合う。
なにせ相手は英雄だ。そういうこともあるだろう。
「良いのか? おまえたち」
「カズマじゃないか? どうかしたのか?」
「俺の手に宿る破壊の王を覚醒こしたぞ!」
「……まずいよアリュシカ、獅堂の同類だ。精神をやられるよ」
ひどいことを言われた気がする。
一馬はそう、“いつもなら”まず一度心が折れかけていることだろう。だが今は“何故か”チョコレート以外、気にならない。
「我が封印、解き放たれしは漆黒の神鳴」
右腕を掲げ。
※ポーズに意味は無い。
苦しむように顔を歪め。
※別に苦しくはない。
叫ぶように詠唱する。
※詠唱は気分で毎回変わる。
その右腕に、黒い稲妻を宿す。
※黒いことに特殊な効果は無い。
「――フッ、この稲妻に身を焦がしたいか? いいぜ」
右腕に纏わり付く稲妻を、手を振ることで解放する。
途端、轟音と共に石畳がめくり上げられ、噴水が爆発した。
「ククッ、フハハハハハハッ! これが王たる我が力! 我が神の異能なるぞ!!」
ロールプレイに熱中する一馬は、“だから”気がつかない。
“未来”を見ているアリュシカが、動いていないことに。
「フハハハハハハ――」
爆発した噴水から水が流れ。
高笑いをする一馬の身体を濡らし。
「――はははががががぎゃんっ?!」
自分の異能に感電して、倒れた。
「……カガミ先生、自分の異能に感電するものなのですか?」
「……発現型ならともかく、あの手の異能は“認識”だよ。水に入って電気を受けたら感電する、という“固定概念”から抜け出していなかったんだろうね。コミカルな焼け方だしね。余計なモノが入り込んでいなければ、それでも感電はしなかったのかも知れないけれど――ダメだね、結界のせいで発信源がわかりにくい」
七はそう言うと、大きくため息をつく。
アリュシカと行動を初めて直ぐに“違和感”に気がついた七は、今の今までこうして過剰に暴走した生徒を鎮圧しながら、かつイベントを成立させるために自分のチームに気を払い、疲労に塗れた身体を酷使して学内を巡っていた。
「ごめん、アリュシカ。君も普通にイベントを楽しみたいだろうに」
「いえ、楽しんでいますよ? このまま、ミチのチョコレートを一緒に奪取しましょう、カガミ先生」
「ははっ、そうか。わかったよ、ありがとう」
アリュシカの気遣いに笑いながらも、七は集中を途絶えさせない。
愛する人の愛する学校を、行事を、守り抜くために。
「に、しても」
「?」
「獅堂はどこで、なにをやっているんだ?」
ただ一つ、懸念を残して。




