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そのじゅうろく

――16――




 小さく紡がれる“歌”。

 時折、思い出したかのように奏でる“ボイス”。

 その可憐な歌声は、私たちを衆目の目から逸らしていた。


「ずいぶんと応用が効くのね、あなたの“それ”」


 校舎の外。

 なるべく建物や木陰を選びながら、水守さんの異能の力でひっそりと進む。


「そ、そうだね。いつも、た、助けられている、よ? そ……それにしても、なんなんだろうね? この状況」

「そうね……どうしちゃったのかしら」


 誰も彼も、自身の異能を、自身の魔導をひねり出すように振り絞り、死にものぐるいでチョコレートを求めている。まるで、花に群がる虫のように。

 その極端な光景には、違和感を覚えた。中には見知った顔もいる。例えばクラスメートの一馬なんて、普段は控えめで大人しくて自分の異能を使う場面は避けているくらいなのに、堂々と異能を振りかざして高笑いしているのを見かけてしまった。驚いて動画撮影をしてしまったほどだ。

 こんな状況に、妹を連れてこなくて良かったと心底思う。私の妹、アリスウェルは単純に参加チケットを巡るイベントで手に入れられなかっただけなのだけれど。


「チーム同士で戦う――以外のことは全てやっている気がするわ」

「に、人間、刃物を向けるのは躊躇するはずなのに、む、むけちゃってる」

「そうね。自己防衛本能がろくに働いていないような気もする」


 人は何かをするとき、まず自分を守ろうとする。その守りが働かず、まるでみんながみんな戦いを。傷つけ合う行為を楽しんでいるようだった。


「水守さんは、なにか気がつくところはない?」

「え、ええっと――不快な“音色”が聞こえる、かも」

「誰かがなにかをしている、ということ?」

「た、たぶん。ええっと、どうかな?」


 そう言うと、水守さんは腕輪をぎゅっと掴む。

 すると、一瞬、黒い靄のような物が腕輪から漏れて、妖精がびくっと肩を震わせた。聞くに聞けないのだけれど……本当になんなの、その腕輪。


「うん――場所は、と、特定できない。ただやっぱり、人の欲望? を、増幅させるような音が流れている、みたい」

「欲望を増幅? そう、そうか、なるほどね。それでは本当に、“理性”が振り切れて本能の塊になっているんだ」


 私は、“幻想書架(ザ・ファンタジスタ)”の効果でそういった干渉は受け付けない。そして水守さんはおそらく、あの謎の腕輪の効果なのだろう。異能の一部じゃなくて独立機構なのかしら。

 なんにせよ、ものすごい地雷だったら困るから聞けないのだけれど。水守さんが突然牙を剥く性格で無いことはわかるけれど、腕輪が独立していた場合はちょっと、どうなるかわからないからね。


「せっかくのイベントだし、楽しみたいところだけど……そんな状況なら、このままやり過ごすのが無難かしらね」

「わ、私の異能での気配遮断には、げ、限界があるから……気がつかれたら、対応しないと」

「そうなの? 今は大丈夫なようだけれど、どうしたら気がつかれるの?」

「わ、私かイクセンリュートさんのどちらかのみを目的にしていたら、流石に誤魔化せない」

「なるほど」


 逆に、私たちの味方をしたがるような人間が居れば見つけて貰える、と。

 完全に乱戦向きよね。コンビを組んだら、遠距離コンビで打撃力に欠けてそう。でも、時間さえかければ打撃力の召喚が出来るし、序盤は堪えて後半に全力、かな。



「で、でも、そうそうそんな人は現れないとおも――」

「見つけた」

「――えっ」



 響いてきた声に警戒して、妖精が三体前に出る。

 振り向くとそこには、青い髪に黒目の少年と、白髪に黒目の男が並んで立っていた。少年は十歳前後。男は私たちとそう変わらない年齢だろう。だが、服の上からでもわかる隙間無く鍛え上げられた身体が、強者の風格を醸し出していた。


「静騎……どうして」

「知り合い?」

「は、はい。私を無能扱いして追放したあげく能力覚醒したら掌を返して政略結婚の道具にしようとした家の跡取りです」

「そ、そう。わかりやすいわね」


 さらっと重いことを言わないでくれないかしらね?!

 でも、そう、そういう事情なら――見捨てておけないわね。未来のクラスメート。団結力の高さが自慢のSクラス。


「クッ、姉上を政略結婚の駒にする気はありませんよ」

「そうだぞ。オレの盟友、静騎は純粋に――」

「――そう、純粋に姉上を他家に養子に出してから戸籍を改ざんしてぼくの嫁になって貰うだけです」


 えっ。

 えっ、姉なのよね? えっ、姉で、結婚?

 “これ”がデフォルトなのかと水守さんを見ると、ちょっと人前に出せないような顔で嫌そうにしていた。ああ、そう、“増幅”されているのね?

 あれ、でも、増幅ということは、元からあった感情を――いえ、止めておこうかしら。考えちゃ駄目ね。


「おっと、オレの自己紹介がまだだったな。オレはひさぎ芹。秘伝継承異能術師八伝一派七門“楸”正統後継者にして――英雄、楸仙衛門が一番弟子。志同じくする盟友、水守静騎の一助となるべく推参承った故、そこの金髪、悪いがここで沈んでいけッ!」


 なっ、英雄の弟子?!

 なんでそんなものが、水守さんの弟に協力なんかしているの? とんでもないネームバリューね……。楸仙衛門といえば、肉体強化の術のみで“山をいた”ことで有名な超肉弾戦特化英雄。


「姉上には、力の差を実感していただかなくてはなりません。五分差し上げます。お得意の歌やら音やらで、どうぞ武装されると良い。なにせあなたは、ぼくの実力など随からご存知でしょう? なに、嫁になると三つ指付いて申し出るのであれば、生意気も可愛げと受け止めて差し上げましょう」


 ――ああ、そう、なるほど。

 水守さんが言葉の節々から実家を嫌悪する気持ちも、よくわかる。この家の人たちは、こんな子供を“こう”教育してきたのだろう。

 水守さんも同じように教育を受けて、追放という形で呪縛から逃れることが出来たのだろう。他人を見下す目。他人を自分の下であると、決めつけた言葉。


 ほんとうに、“うち(イクセンリュート)”によく似ている。


「イクセンリュートさん、巻き込んでしまってごめ――」

「名字は好きじゃないの。あなたと同じ理由よ。共闘関係になるのだから、ルナ、とそう呼びなさいな。良いわね? 静音」

「――ぁ。う、ん。わかった、ルナ」


 英雄の弟子?

 名家の跡取り?


 上等。

 的に不足なし。

 粒子となって大講義場で呆然と佇むのはどちらになるか、骨の髄までわからせてあげなければならないことだろう。


「さ、さくせ、作戦――ふぅ、ルナ、作戦を練りながら後退」

「ええ、わかったわ」


 二人に背を向けて走り出す。五分という約束は守るつもりなのだろう。強者の余裕、とでも言いたいのだろうか。腹立たしいが、利用させて貰おう。













 走りながら、ひとまずは情報収集だ。

 いったい静騎と名乗る少年は何が出来るのか、静音にしっかり聞いておくことにした。


「み、水守は守護の家。本来は真伝十三家の六、水無月に仕える青桐、朝槻と並ぶ守護宗家。その霊術は守護に特化していて、水の盾や膜で攻撃を防ぐ。前衛を生かさなければそこまで脅威では無いけれど、前衛がいる今は厄介」

「楸仙衛門と言えば仙法による肉体操作と自然操作が有名。噂に聞く“薬仙”の効果は不明だけれど……知ってる?」

「ううん。ただ、と、友達の友達だから、接近戦が得意で搦め手も可能、って聞いたことがあるよ」


 それは、厄介ね。

 腐っても英雄の弟子。彼の偉大な七英雄の一人。そういえばアリスは、幻理の騎士に憧れを抱いていたみたいね。物語の英雄。その英雄に、直接師事を受けているという事実。

 それが、実感が追いつくたびに重くのしかかる。でも――負けたくないのは、変わらない。


「るにゃ……んんっ、ルナの妖精は、どれくらい呼べるの?」

「るにゃってあなた……まぁ良いわ。でもそうね、一ページの妖精を、霊力キャパシティの続く限り呼べるわ」

「一ページ……同一の、存在?」

「群にして個、個にして群。そういう存在よ」

「なら、一つ、試してみる」


 私の周囲に飛ぶ妖精。

 風を司る緑の乙女、フェアリー・シルフ。出している四体の彼女たちを見つめて、静音は大きく息を吸い込んだ。


「汝は知、汝は慧、汝は叡智を宿す深淵の杖。なればその身は、【永久とこしえの賢者と知れ】♪」


 途端、妖精の身体が輝きだし、彼女たちはくすぐったそうに笑った。

 同時に、契約者たる私に、彼女たちの状態が流れ込んでくる。精霊術強化、使用範囲拡大、威力上昇、効果上昇、消費軽減、架空属性耐性強化……なななな、なにこれ。

 なるほど、他人の異能にこんな強化、普通じゃないし聞いたこともない。前例のない特異な能力。類い希なる異能。Sランクの、領域。


「き、近接戦闘は切り札がある、から。私は妖精のサポートに専念。機会を見て切り込む。ルナは妖精さんの操作で、英雄の弟子を抑えて」

「わかったわ。でも、切り札って――」

「ルナ、接敵! く、来るよ!」

「――ッ、風乙女よ!」


 五分経ってしまったのだろう。

 稲妻を纏って現れたのは、英雄の弟子、楸芹。


「作戦は終わったか? あんまり、手の内を知らない相手に対して時間の猶予をやりたくないんだが、友の頼みだ。時間はやった。一撃で、刈り取る――なッ!?」


 稲妻の腕が、目にもとまらぬ速度で打ち出される。

 それを、私の想像を遙かに越える形で強化された妖精が、“精霊術”による光の盾で受け止めた。

 その隙に他の妖精が風の弾丸を放つが、それは水の膜に防がれる。


「そう簡単に、やらせません」


 楸芹の背から出てきたのは、静騎少年。

 わかりやすい拮抗。結末は見えない。けれど、どうしてだろう。静音とならばどうにかなるような、そんな気がして不敵に笑って見せる。


 名門名家落ちこぼれペア。

 そう名指しで言われても仕方のない関係かも知れない。

 それでも、だからこそ、切り抜けることを誓える。


「行こう、静音」

「う、うん――ルナ!」


 即席ペアでも、意地の太さは負けないのよ。

 刮目しなさい。これが、Sクラス(予定)の実力よ!



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