そのじゅうご
――15――
――迫り来る砲弾の嵐。
――飛び交う閃光の矢。
――暴れ狂う暴風と火。
――這い寄る毒の水流。
「あわ、あわわ、あわわわ!」
異能者と魔導術師たちの学校で行われる“争奪戦”が、こんなにも情け容赦のないものだったとは想像していなかったわたしは、メアちゃんの手を引きながら走る。
「チョコレート! チョコレイト持ってんだろオラァッ!!」
「私のチョコレートは九條先生にあげるんだから死ねェッ!」
「未知先生のチョコレイトォ! はどこだァッ!!」
「はーっはっはーッ! ほら、これが欲しいんだろゥッ!」
「バァカァめェッ!! それは偽物だよォォッ!!」
所々で響き渡る罵声。
罵り合いの狭間に挿入される魔導術と異能。まるで嵐のように蹂躙する光の行き交い。ダメージ変換結界が無ければきっと、校舎など跡形もなかったのではないかと、そうとすら思う。
「み、みんな、そんなにチョコが欲しいのかな……?」
「人の欲望は深いもの。嫉妬、強欲、暴食、憤怒、怠惰、色欲、傲慢。幾つ積み重ねても学ぼうとはしない。“飽きる”まで、その欲は終わらない」
「うーん、わかるかも。でも、飽きる? 学ぶ、じゃなくて? うひゃっ、と、とんできたっ」
「そう、飽きる。学ぶとは怖がるということ。痛いからやめよう、気持ち悪いからやめよう、嫌われるのが怖いからやめよう、やり返されたくないからやめよう。それは、恐怖を忘れたらまた繰り返すことと同義」
メアちゃんはそう、淡々と、無表情のままにそう告げた。
悲しみはない。憐憫はない。それどころか喜びも憎しみも楽しさも怒りもなくて、ただ無感情に告げる。
なんとなく、だけど、言っていることもわかる気がする。それでも、いや、だからこそ、かな。
「好きだから、学ぶ。そういうのも、あるんじゃないかな?」
「愛は刹那。瞬きの中にある感情。過ぎれば欲。過ぎなければ無力」
あぅ、取り付く島もない……。
――というかさっきから、メアちゃん、飛び交うものを全部避けてる?! 何者なんだろう、本当に。ただ、感じる気配というか、重圧というか、そういったものは普通の人間にしか思えない。
だからこそ、奇妙な齟齬を感じる。どこかで決定的にかみ合っていないような、そんなズレを覚える。うーん、どういうことなんだろう?
「よう、チョコレイト。元気か?」
「誰がチョコレイトよ! って、あれ?」
かけられた声に振り向くと、喧噪の中、ぎらぎらとした目でわたしを見る見知った顔。
白い髪に黒い目、細身ながら余すところなく鍛え上げられた身体。
「もしかして、芹君?」
「久しぶりだな。でもゆっくり会話を楽しむ暇はねェんだ」
「え?」
「チョコレイト、貰うぜッ!!」
芹君の全身に“力”が巡る。
この“力”は間違いない。あの日、芹君と出会ったときに見せて貰った――“仙法”の力だ!
「【仙法――」
「っ【速攻術式・平面結界・展開】!」
「――迅雷鋼体】!!」
稲妻が奔る。
結界にぶつかる瞬間。踏み込まれた足に限定的に“重力遮断”。体勢を崩した芹君の一撃を受け止めながら、“反発”。
跳ね返ってもなお着地の姿勢を崩さない芹君の足下に、“流向制御”。芹君はつるっと滑ってひっくり返った。
――ゴンッ
「あだッ?!」
よし、なんだか様子のおかしい芹君。
猪突猛進だったおかげで、攻撃が読みやすかった!
「今のうちに行こう、メアちゃん! ……でもやっぱり、みんななにかおかしい?」
「欲望とは隙。心の穴を埋めるもの。穴とは孔。穿たれし洞。欲の水は無尽蔵で無差別だから、一度全て受け入れれば全て呑むことになる。それがなんであれ」
「え、ええっと?」
ど、どうしよう。
あからさまに年下のメアちゃんがなにを言っているのか、イマイチわからない!
か、考えるのはあとにしよう。この喧噪をくぐり抜けて、落ち着ける場所に行く。それからはいつものように“観察”で得た情報を整理して、違和感の正体を突き止める。
……うん、よし、冷静になってきた。
「メアちゃん、まずは一緒に、適当な空き教室に入って作戦を立てよう」
「意外と冷静? わかった。道は作る」
「へ?」
廊下にはまだ幾ばくか人影がある。
チョコレートの奪い合いをしているようで、ヒットポイントが削りきられて光の粒子に変わる人も少なくはない様子だった。
そんな廊下に向かって、足を止めたメアちゃんは気怠げに片手を突き出す。
「盟約に従い我が力に応えよ【幽体呼応・限定顕現・龍の息吹】」
轟音。
巻き起こる風。
メアちゃんが呼び出した赤い魔法陣が輝くと、局地的な台風でも起こったかのような轟風が起こる。
その突風は目に見える全て人間をはじき飛ばして、幾人かを粒子に変えた。や、やっぱり異能者だったんだ。このくらいの年の子で落ち着いているのって、相応の異能を持った子ばっかりだしなぁ。特性型、かな? 吹き飛ばされた中に紅蓮チームが入っていないのは偶然なのか意図的なのか。ううむ。
「これでいい?」
「あはは、あ、ありがとう」
首を傾げるメアちゃんに頷いて、手を取って空き教室に入る。
そのまま教室を覆うように“気配遮断”をかけておけば、誰もこの教室を意識しようとは思わないことだろう。相変わらず、補助系の術だと消費が少なくて楽だなぁ。
「さて、と」
ちょっと状況を整理してみよう。
チョコレートの争奪戦。約束されたリア充への道。定食orスイーツ無料の魅力。それならば、むしろ一週回って冷静に作戦を立てて戦いそうなものだけれど、誰も彼も正面突破ばかり。
「判断能力が低下している? でもなんでそんな……?」
「持たぬ物なら違和になる。持つ物ならば融和する。植え付けられた思想は破綻するけれど、信仰を膨れあがらせれば力となる」
「えっと」
すごく、大切なことを言ってくれている。
持たぬ物? 思想、信仰。……意思? 植え付けられた意思は壊れやすい、けれどもしも初めからあるものを増幅――
――ズガンッ
「っ」
――思考を切って立ち上がる。
開け放たれた扉。けれど、肝心の開けた人間が見当たらない。いったい、どこへ?
「後」
「っ!」
メアちゃんを抱えて飛び退く。
するとそこには天井から糸を垂らして手を伸ばした格好の、黒ずくめ。というか、忍者衣装の、これって、まさか。
「ゆ、夢ちゃん? 様子が変? みんなと同じ状況なのかな」
「たぶん、違う。心に隙が無い。目標が定まっているから流れ込んでいない」
あの、それって素ってこと?
「うーん、そんなに上手くはいかないか」
「夢ちゃん……真っ当な争奪戦。そういうことだよね?」
「そ。スイーツフリーパスは私はいただくわ」
「なら、負けられない。わたしだって、ご飯がかかっているからね!」
良かった、へんなこと言われたらどうしようかと思ったけれど、まっとうだ。
ならわたしも安心して戦え――
「そうそう。だからついでにみんなの手作りハートフルチョコレートが私の物になっても、仕方のないことよね?」
――うん、全然安心できない!
「あ、鈴理、メア。そこ、危ないよ?」
「へっ?」
足下を指さす夢ちゃんに、つい反応する。
途端、メアちゃんに引き寄せられて体勢が崩れた――ところに通過する、パチンコ玉。
「詠唱は?!」
「違う。今のは指弾。親指で弾いただけ。あの隠密、年の割に洗練されている」
「ありゃ。一発で見抜かれるとは思わなかったわ。んじゃ、これから先は出し惜しみ無し、と」
夢ちゃんが袖を向ける。
その奥に見えるのは一本のパイプ。放たれるのはパチンコ玉だろう。そう痛くはないだろうけれど、それ以上に問題がある。
夢ちゃんは戦略戦のスペシャリスト。一撃当たったら最後、詰め将棋のように王手をかけられる。なら、この状況そのものを回避しなければならない。なら、どうする? 考えなきゃ。考えて、勝たなきゃ。夢ちゃんと勝負が出来る機会なんて、ほとんどないんだから!
机を盾にする?
――視界を狭めるのは悪手。
突撃してみる?
――手札が解らない。危険すぎる。
結界で応戦する?
――メアちゃんはどうする気だ。却下。
回避に専念する?
――メアちゃんと一緒に? 現実的じゃない。
無人の教室。
喧噪の聞こえる廊下。
わたしが作戦を立てていることに気がついて、狙いを定める夢ちゃん。
なら、もう、これしかない!
「メアちゃん! 地面にさっきの!」
「させないわ。【展開】」
「【龍の息吹】」
夢ちゃんの弾丸が、地面に放たれた突風によって弾かれる。
わたしはメアちゃんを掴むと、轟風の勢いそのままに、“窓から”飛び出した。
「なっ、外?! でもここ、二階――」
「【屈折迷光】!」
「――ちィッ、そう来たか!」
姿を消して、重力に干渉して地面に着地。
気配を遮断して、そのまま走る!
「ギリギリセーフだね、メアちゃん!」
「良い機転」
「ありがとうっ」
何はともあれ、ストッパーのいない暴走状態の夢ちゃんを、読み合い以外で逃走するのは難しい。けれど今回はメアちゃんという要素のおかげで、なんとか上回ることが出来た。
だから、この勝負はわたしの勝ち! 次に夢ちゃんと対峙するときは、こちらが先手を取らないと危ないなぁ。
――/――
声が聞こえる。
誰の声だろうか。
ああ、そうか、オレを起こす人間なんてひとりだけだ。
「――鈴理」
「残念ながら静騎です、芹さん」
「んぁ?」
どうにか目を覚ますと、そこには“十枚以上の腕章”を手に持つ静騎の姿。
やべ、どうなったんだっけ? 確か、鈴理の姿を見つけたからまずは挨拶で好感度アップしようと目論んで……あれ? 記憶が無い。
「オレ、どうなってたんだ?」
「一人で走り出したと思ったら、ここに倒れていました」
「あー、悪ぃ。スッ転んで夢でも見てたみたいだ」
「大丈夫ですか?」
「ああ。この程度でどうにかなるほど、“英雄の弟子”はヤワじゃないんでね」
身体のバネで起き上がって、身体の調子をじっくりと確認してみる。
どうやら相当気が抜けていたみたいだが、もう問題ない。
「悪ぃな、静騎。詫びだ、まずおまえの用事から済ませよう」
「いいのですか?」
「男に二言はない。悪い女に誑かされた姉を正気に戻すんだろ?」
「はい――ありがとうございます、芹さん」
なんでも、邪悪そうな女三人組が静騎の姉を誑かしたようだ。
それならオレはその邪悪な女を打ち倒して、静騎の前に姉上とやらを引っ張り出さなくちゃならない。それがオレにできることだろう。オレも英雄の弟子として格好良く活躍して、鈴理のヤツに痴女よりオレの方が良いって思い知らせてやんなきゃならねーからな。
大体なんだあの魔法熟女。鈴理が着た方がイイに決まってるのに、ったく。アレ、口ではぶーぶー言ってたが、絶対趣味だぜ。シュミ。
「行こうぜ、静騎。オレたちの嫁を取り戻すために――!」
「嫁? 姉上が嫁? ふむ――ふむ」
邪悪な女共にも痴女にも、鈴理は渡さねェ。
今に見ていろよ、魔法少女(笑)! 絶対、テメェを越えて鈴理を迎え入れてやるからな!!
2016/12/17
誤字修正しました。




