そのじゅうさん
――チーム時雨――
チョコレートの袋は、角度によっては見えるところ、という程度でかまわない。そのルールを思い出して、私は“本”に袋を挟んだ。挟み切れるサイズではないからセーフだろう。
周囲には、いつものように呼び出した妖精を配置。ついでに“他の子”も呼べるように準備だけは整えておく。
「ぁ、有栖川さんのクラスの……?」
そう妖精を呼び出していると、ふと、声を掛けられて振り向く。
長い髪の一部を首の後ろでまとめた、黒髪に深い海色の瞳を持つ女生徒。かなりおどおどとしながらアリュシカと歩いていたことがあるのを、会釈程度はした覚えがある。
どうやら彼女は私同様、周囲に親しい人間の居ないチームに配属されてしまったようだ。少しでも見知った顔を見つけられて、ほっとしているのだろう。
「ルナミネージュ・イクセンリュートよ。よろしく」
「は、はい。わ、私は水守静音といいます。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないでちょうだい。Sクラスに所属していると、偉くもないのに崇められて微妙な気分になってしまうのよね」
微妙、と表したが、おどおどとするこの子の前でハッキリと言うのは気が引けてしまった、というのが正しい。
正しくは、無意味に持ち上げられることは不快だ、となってしまうから。
「あ、あわわ、やっぱりそうなんですね……や、やっていけるかなぁ」
「? どういう意味なのかしら?」
「え、ええっと、わ、私、異能覚醒の関係で来年からSクラスに配属されることが内定しているんです……うぅ」
へぇ!
滅多に人が増えることのないSクラスに人が増えるなんて……。
うん、だったらなおさら、かな。
「ふふ、なら、畏まらないで? Sクラスは横の繋がりが深いのよ。結束力が強い、とも言うわ。もっと気楽にしてくれると、私も、みんなも嬉しい」
「は、はい……じゃなくて、う、うん。よろしくね?」
「ええ、よろしく」
気弱だけど良い子そうだ。
けれど、戦いには向いて居なさそうな気もする。せっかくの機会だから、フォローしてあげようかな。
でも何故だろう、さっきから妖精たちが水守さんの“腕輪”に怯えている気がする。
うーん? 異能は案外厳つい能力、とかなのかな?
――チーム薬仙――
その、“一般参加枠”が入手できたのは偶然だった。
お供の勝巳が生徒会主催のルーレットで引き、けれどそのあとに“あんなこと”があってホテルで寝込むことになったので、代わりに出場することとなった。
ぼく一人で参加することに難色を示すお目付役は、しばらく行動不能だろう。
「くそっ、姉上が、まさかあんな」
姉上は弱い人だ。
気も力も弱くて、おどおどとしている。だからぼくをすてて逃げ――んんっ、ぼくたち宗家の責務から逃げだした臆病者だ。これを、当主として制裁を与えて、そう、ぼくの下で改めて“教育”を施す必要があるのだと教えてあげなくてはならない。
そして思い知らせてやるのだ。姉上にとって当主たるこのぼくがどれほど重要な存在であるのか、を。
「ひとまず、チョコレートだ」
そう、ひとまずチョコレートだ。
理由は、えーと……えーと……そ、そう! ドジで無能な姉上が手作り、うん、手作りしたようなチョコレートを他人に渡して、むざむざと水守の恥をさらす必要は無い。
ここはぼくが水守当主として姉上の手作りチョコレートを“管理”せねばならないだろう。まったく、まったく。
「姉上のチョコはぼくのものだ」
「鈴理のチョコは俺のものだ」
「え?」
「うん?」
似たような言葉が隣から聞こえてきて、首を傾げる。
白い髪と黒い目。シャツの上からでもわかる鋼のように鍛えられた筋肉。何故だろう、仲良くなれそうな、気がした。
「……一般参加、水守静騎と申します。よかったら共闘いたしませんか?」
「……ああ、いいぜ。俺も提案しようと思っていた。一般参加、“楸芹”だ。よろしく」
がしっと交わした握手は、やはり鋼のようだった。
その頼もしさに、思わず不敵に笑い合う。これはもしかしたら、姉上の手作りチョコを回収するのも、難しくは無いのかも知れない。
――チーム式神――
見渡す限りに知人はいない。
クラスメートすら配置されていないというのは、なんとも寂しい。思わず付いたため息は深く、少しだけ憂鬱だ。
こうなったら、もう、ミチのチョコレートを手に入れるしかないだろう。そして、スズリたちとも分けるのだ。これが最善の選択肢ではないのだろうか。そう思うと、胸が躍るような気もするのだから、人間って単純だ。
「あれ? アリュシカ、君もこのチームか」
「えっ、あ、カガミ先生? 東北にいかれたのでは?」
「ああ、はは。後夜祭前に帰して貰えてね」
そう苦笑するカガミ先生の顔には、疲労感が見て取れる。
よほど大変だったのだろう。顔色もあまり良くはない。
「ご無理はなされない方が……」
「ああ。はは、大丈夫だよ。飛行機のフライトを待つよりも“海”を渡った方が速かったからそうしたら少しだけ疲れてね。まぁこの程度だったら、直ぐに回復するさ」
「は、はぁ」
ほ、本当に大丈夫なのだろうか?
だが、まぁ、カガミ先生がこちら側だというのは心強い。同じチームなら、ミチのチョコを分けてくれることもあるだろう。
「気心の知れた仲だ。目的は“同じ”ことだろうし、よろしく頼むよ」
「は、はい! こちらこそ、鏡先生」
「ああ」
交わした握手は、冷たい。
けれどそれ以上に情熱とも呼べるリビドーを覚えて、不敵に笑う。
こんなに信頼してくれているのだ。これはちょっと、負けられない、かな。
――チーム鋼腕――
仕方がないと、そう思う。
だってそうだろう。鈴理と一緒なら協力した。未知先生と一緒なら情報収集だってやった。いつもの四人組の誰であっても碓氷の忍者として全力を尽くしたことだろう。
だけど、現状はどうだ? 見事に見知った人は一人も居ない。ただ一人でぽつんと、このイベントに参加しなくてはならないような、そんな孤独感すらある。その寂寥を打ち崩したいのであれば、どうすることが成功なのだろうか。
答えは簡単。
単純明快と、そう言っても間違いでは無い。
「チョコだ」
チョコレートを奪い尽くし、みんなの“愛”でこの虚無感を打ち消す。それは最早、当然の権利ではないのだろうか。はい論破。
達観系小動物、鈴理のチョコも。
銀の妖精美少女、リュシーのチョコも。
気弱系腹黒可愛い、静音のチョコも。
棲み分け小動物、鄕子のチョコも。
所帯系おかん美人、香嶋先輩のチョコも。
不憫系常識人美女教師、未知先生のチョコすらも。
全てが全て、私がいただく。
「ふふ、ふふふふふ、はーはははははははっ!!」
このバレンタイン、リア充忍者の名にふさわしいのは、“闇の影都”でも“無音の門音”でも“鮮烈の孔雀院”でもない。
そう、“霧の碓氷”こそ至高なのだと思い知らせてやらねばならない!
さぁ行こう。
私の、戦場へ!
――チーム幻理――
オレの不幸はどこから始まったのだろうか。あれか、吾妻に騙されてからか? それとも、観司に注意されてから? いや、街であのカワイイやつナンパして、横やり入れられてからか?
なんの変哲も無いいつもの文化祭だったはずなのに、いつの間にかマブダチの様子がおかしくなり、気がつけばオレは無理矢理“この集団”の中に放り込まれていた。
「我の至宝は誰だ!」
『敬愛すべきは未知先生ィ!』
「我らの至高は誰だ!」
『信奉すべきは未知先生ィ!』
「我らの名はなんだ!」
『未知先生を敬愛し信奉する友の会!』
「ならば言え! 我らの目的はなんだ!」
『未知先生のチョコレイトォ!』
「そうだ! 未知先生のチョコレイトォ! を、どうする?!」
『不埒な輩から守り抜き、我らの手で管理するゥッ!!』
「誇り高き会長は紅蓮に召された! ならば我らこそがチョコレイトォを手にするべきである! 総員、散開、未知先生のチョコレイトォ! をお守りしろ!!」
『おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!』
グランドの壇上に登って演説するのは、村瀬と同じく中等部からのマブダチで、名を片山真次。だがあの忌々しい観司にかなやまと呼ばれてからずっと、かなやまと名乗って止まない変態になってしまった。
今では、片山と呼んでも返事すら帰ってこない始末。あくまでかなやまでないと認めないスタイルだ。まぁ、名家片山の実家との確執は聞いていたし、ヤツの双子の姉との当主争いやらなんやらでコンプレックスの塊だったことも知ってる。なんつーか、あのときみたいに濁った目をしてんじゃなくて、ああしてはっちゃけてやがる姿を見ていると、これで良かったって思い……思い……思い、たい。
つーか、なんだよ! 未知先生のチョコレイト?! ありゃ美人だが中身は鬼か阿修羅に違いねぇぞ! なんで華奢な女教師にオレがあっさり鎮圧されたと思ってんだ?!
なのに、こいつら……つーかこれ、何人いるんだよ。数え切れねぇ。
「手塚! 村瀬! おまえたちも行くぞ!」
「おう!」
「いや、おい、なんでオレまで」
「通称M&Lの会員番号九番、名誉の一桁会員だからだろ?」
「は? ……は? えっ?」
「羨ましいぜ……」
いや村瀬?
おまえもいったいなに言ってんだ。
「くっくっくっ、副会長として負けられないのさ、あの笠宮の暴虐にはな!」
「いや、でも、おまえさぁ」
「問答無用! 行くぞ!!」
そう手を引かれ、走り出す。
だからオレは、口を出すべきか出さないべきか迷いに迷って、結局なにも言えなかった。
片山の双子の姉。関西特専に通うはずのそいつが一般参加枠で参加して、偶然オレたちのチームに配属されて、変わり果てた片山を見つけて口を開けた間抜け面のまま微動だにしていなかったことを。
まぁ、とりあえず……片山に写メっとくか。
――チーム魔女――
何故か急に悪寒が走り、背筋が震える。
「な、なんだったんだろう? 今の」
「未知? 大丈夫?」
「ぁ、うん。心配掛けてごめんね、時子姉。なんでもないよ」
「そう? ならいいけれど、警戒は解かないようにしましょう」
「ええ、そうだね」
後夜祭だけなんとか間に合ってくれた時子姉。
特別参加枠、という扱いで私と同行することになってくれた時子姉は、微弱に感じるという“魔”の気配に警戒をしてくれていた。
でもなんだろう、今感じたのは、悪魔とはまた別の力だった気がするのだけれど……ええっと?
「嫌な予感がする、けれど、なんだろう?」
「……バレンタイン、チョコレート争奪戦、器用にもチョコレートを生身の人間と仮定して貼られた“ダメージ変換結界”、嬉々として参加して居るであろう獅堂と七。未知、その悪寒の理由は、深く考えない方が良いかもしれないよ? こう、現実逃避というか、ええ」
「?」
けっこうみんなばらばらになってしまった。
このチームでよく知る人は、時子姉と瀬戸先生くらいだ。
「気をつけよう」
誰にも被害は出さない。
そう誓うものの、なんというか……最大の被害者が私になるような気がするのは、いったいどうしてなんだろう?
スタートの合図を待ちながら、私はただ、首を傾げることしか出来なかった。




