そのじゅうに
――12――
日が沈み始めるころ。
炎獅子祭一般入場終了のアナウンスが流れ、高校生以下の生徒や児童は帰宅を促され、後夜祭が始まろうとしている。
ここに残る学外の人間は、関係者か、昼間に所々で行われていたイベントによって“参加チケット”を入手した一般参加者のみとなっている。
「お疲れ様です、観司先生」
「ぁ、お疲れ様です、陸奥先生」
「うちの音楽会、見に来て下さったんですね」
「水守さんから伺いましたか? ふふ、素敵な音楽会でしたよ」
「良かった。そう言ってくださるのであればなによりです」
職員室。
生徒会からアナウンスを待つようにお願いされた教員たちも、こうしてのんびりと過ごしていた。忙しそうにしている先生は、数少ない“事前にイベントの情報を入手”している先生であり、生活指導の先生や学年主任の先生ばかり。
瀬戸先生もその枠に入っているため、今は職員室に姿が見えない。
「しかし、バレンタインイベント、今年は何をするつもりなんでしょうね?」
「去年はクイズ大会でしたっけ。全校生徒を巻き込んだ盛大な。亮治……瀬戸先生が教えてくれるはずもないから、僕らもサッパリです」
あ、一応聞いてみたんだね、瀬戸先生に。
陸奥先生と瀬戸先生の関係は、一言で言えばライバル、だろうか。なにかにつけていがみ合っているように見えて、その実、互いを尊重している。素敵な関係だと思う。
私にとって、誰にあたるのかな。いがみ合うとかはなかったし、舞台が違うからライバル、といった感じも無かった。なんだかちょっと、羨ましいかも。
――ぴんぽんぱんぽーん
スピーカーから鳴り響く音。
コミカルな音声に、何事かと首を傾げる先生方。これは、もしかして?
『生徒会よりお知らせです。生徒会よりお知らせです』
やっぱりそうだ。
そうか、ついに始まるのか。
声色は女生徒の者だ。次期メンバーではなく、今季卒業の生徒会役員だろう。
『今日この日、今宵の一瞬を待ち続けた諸君! お待たせしました、バレンタインイベントの時間がやってまいりました!』
『今年のバレンタインイベントのタイトルは――“対抗チョコレート争奪戦”です!!』
んんん?
チョコレート争奪戦?
えっ、争奪戦……って、この規模で?
『ルールは簡単! 全校生徒をこれからランダムに、七英雄にちなんだチームに分けます。自分がどのチームに所属しているのかは、端末に送信されるデータで確認をしてください。イベント開始前に各チームの腕章をお配りしますので、“男子生徒は”腕章は必ず身につけてください。それが参加チケットになります』
ぽん、とポップされる送信メール。
どうやら教員もチーム分けには参加させられるようだ。
自分のチームと同時に表示されるのは、全チームの名前の横にグラフが書かれた、“現在のランキング”というものだ。
その、チーム名は以下のようなものになる。
“紅蓮”
“時雨”
“薬仙”
“式神”
“鋼腕”
“幻理”
“魔女”
こんな感じになっている。
ちなみに私は、なんの因果か“魔女”チームだ。
『女子生徒は、端末に手持ちのラッピング袋を近づけてください』
言われて、ラッピング袋を近づける。
生徒会から郵送された指定ラッピングを使え、というのはこういうことだったのだろう。無地のラッピングが、おそらくチームの色である瑠璃色に染まった。
『ルールは簡単! 自分以外のチームのチョコレートか、腕章を争奪します。チョコレートか腕章が奪われたらその時点で失格。奪ったチームに得点が加算されます。奪ったチョコレートは基本的にはその人自身が獲得することになるので、毎年、チョコレートが貰えない男子はこの機にアイドル並みの獲得数を目指してくださいね?』
悪戯っぽく告げられた言葉に、職員室でもくすくすと笑い声が零れる。
『見事一位になったクラスは、学区内生徒・学生用食堂全てで使えるデザートor日替わり定食フリーパス券三ヶ月分が贈呈されます!』
おお、すごい。
特専はどこも、自分たちのところに生徒を確保したい。だから設備はかなり充実していて、食堂に出てくる料理やお菓子は、良いところのレストラン並みだったりもする。
そのフリーパス券にでもなれば、チョコレートが確保できる男子以外も諸手を挙げて喜ぶことだろう。
『争奪戦は当然ながら、魔導術及び異能の使用は可能です! 後夜祭イベントの期間中のみ、遠征競技戦で用いられる“ダメージ変換結界”が展開されます。ヒットポイントがゼロになったら自動で全校集会用大講義場に転送されますので、そこで回復してからでないと参加できません。また、先生方は生徒への攻撃は禁止です。なにせ、九條先生に焼かれたら全滅してしまいますからね! ただし、先生同士でしたら攻撃可能なので、日頃の鬱憤はそちらにお願いしますっ』
ひ、日頃の鬱憤って、もう……。
ああ、陸奥先生の目が光っている。瀬戸先生になにかするつもりだね。
『それでは、全員、“スタート地点”に移動してください!』
アナウンスに苦笑して、移動を開始する。
しかし、ダメージ変換結界まで引っ張り出すとはかなりの規模だ。毎年力を入れているイベントではあるが、今回はその上を行く。
まぁ、私は生徒が怪我をしないように気を払いながら、チームの邪魔にならないように頑張ろう。
そう少しだけ跳ねる鼓動に我がことながら苦笑しつつ、“スタート地点”に足を向けた。
――チーム“紅蓮”――
関東特専のシンボルを象るのであれば、スタート地点は正門である。
端末に届いたワードを確認して、よし、とわたしは気合いを入れた。
居住区生徒であるわたしは、ひしひしと贖罪感が伝わってくる仕送りと学校からの補助金で生きているのだが、そうすると罪悪感でデザートなんて食べられない。というか、自炊の方が安上がりだから食堂すらいけない。
そんなわたしにとって、デザートor日替わり定食フリーパス券はどこまでも魅力的だ、けど。
(チョコレートは基本的に奪ったひとのもの。じゃあ、師匠のチョコは?)
べつにそんな、うん、師匠のチョコレートは師匠のものであって、師匠が渡したい人に渡せばいいと思うし、それが最善だよね。
でも、でもだよ、だったらもし他の人に奪われてしまったら大変だ。師匠はすっごく優しいから泣いてる子供にチョコをあげて、コロッと騙されてしまうかも知れないじゃ無いか。そうしたら誰も得しないよね?
――だったら、わたしが師匠のチョコを守ってあげるべきじゃない?
「邪気を、感じる」
「ぁっ、そうだった。なんだか大変なことになっちゃってごめんね? メアちゃん」
ふと、我に返る。
そう、メアちゃんを連れて歩いていた最中、生徒会主催のくじ引きイベントでメアちゃんは見事“乱入参加用チョコレート”を入手してしまった。そして、チーム分けで一緒に“紅蓮”に配属となったのだ。
まぁでも、滅多にない機会だ。
せっかくだし、一緒に楽しめたら嬉しいな。
だから。
「メアちゃん、協力して乗り切ろうね!」
「? かまわない。けれど、なら――」
「――へ?」
ええっと、“そんなこと”くらいなら構わないけれど……。
と、とにかく!
チョコレートを奪われたら、その時点で失格だ。
気合いを入れて頑張るぞ。おーっ!
2016/12/09
誤字修正しました。




