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そのじゅう

――10――




 オーダーを終えてなんとか一段落。

 お昼までやり通す代わりに午後は丸々休憩を貰っている。やっと一休みして、さて師匠がお化けに対してどう対処しているのか会いに行けると喜んだ先で、わたしはぴしりと固まった。


「え? ししょ――観司先生、もうでちゃったの?!」

「う、うん。ほぅほぅの体だったよ。あんなに怖がってくれると、嬉しいね」

「そう、だね、そっかぁ……」


 予定では夢ちゃんが引き留めてくれるはずだったのだけれど……うーん、師匠、やっぱり忙しいのかなぁ?

 無理を言ってしまったのかも。反省しなきゃ。あ、でも校内を回ってくれているのなら、これからまた遭遇できるかも!


「夢ちゃん! さ、一緒に……って、ど、どうしたの夢ちゃん?」


 夢ちゃんを誘ってさぁ早速出て行こうとすると、何故か真っ白になった夢ちゃんの姿があった。


「おーい夢ちゃーん?」


 ぺしぺしぺしと頬を叩くも、無反応。

 何事か繰り返し呟いている物の、まったく反応がない。ええっと、どうしたらいいのだろう。


「はっ」

「あ、起きた。夢ちゃん大丈夫? 疲れてる?」

「だ、大丈夫、ごめんごめん。あんなに破壊力があるとは思わなかっただけ」

「?」


 どうしたんだろう?

 と、とにかく、夢ちゃんを引っ張って交代のひとに手を振る。その頃には夢ちゃんもなんとか持ち直したようで、頬を掻きながら並んでくれた。

 聞かない方が良いのかな? うん、“なんとなく”聞かない方が良いような気がしてきた。


「あー、ごめん、鈴理。未知先生引き留められなかった」

「あはは、しょうがないよ。それより、静音ちゃんやリュシーちゃんの教室に向かえばまだいるかもしれないし」

「香嶋先輩は?」

「魔法少女展、だよね? 師匠の性格的に、先に済ませていると思うんだ」

「あー……あー、なるほど」


 恥ずかしい、とか。

 怖い物見たさ、とか。

 たぶん、そんな風に思っているんじゃないかな。


「最悪、バレンタインイベントで会えればいいと思うんだよね」

「そうね。未知先生のチョコレートかぁ。……未知先生って、料理は?」

「美味しいよ。手作りして貰ったことある」

「ちょ、ちょっといつの間に!?」

「えへへー、内緒っ」


 まぁ、九條先生と鏡先生も一緒だったんだけどね!


「こりゃ、チョコレートだけはなんとか確保しないと」

「ふふん、わたしだって負けな――あれ?」

「鈴理?」


 校舎から出て、異能科校舎へ歩く道すがら。

 ぽつんと一人で佇む少女の姿が目にとまる。年の頃は小学生か中学生上がりたてくらいだろうか。小柄な体躯と幼い顔つき。ぼんやりと虚空を見つめる瞳は、鮮やかな黄金。血を更に濃く塗り重ねたような、光の角度によっては赤くも見える黒髪は、地面についてなお広がるほど長い。身体を包み込むのは和服で、西洋系の可憐な顔立ちにも見えるけれど、華美なそれは彼女によく似合っていた。

 可愛らしい女の子だ。けれど、その、“なにも映さない”瞳が、ひどく気になった。


「ね、大丈夫?」


 人形なのかもしれない。

 鮮やかな、ビスクドール。

 躊躇うわたしに先んじて、夢ちゃんが声を掛けてくれる。


「ご家族は?」

「ひとり」


 反応があった。

 表情は変わらないし、声色にも熱がない。それでも、幼さの中に艶やかさの満ちた声だった。


「ありゃ。ツレの人もいないの?」

「ええ」

「会いたい人とかは?」

「いる」

「どこにいるか……わかったら、こんなところにいないよね」


 夢ちゃんがわたしに、伺うような視線を寄越す。

 わたしがそれに笑顔で頷くと、夢ちゃんはぐっと親指を立てた。


「じゃ、一緒に探そっか」

「?」

「ほら、手」


 夢ちゃんも、少女が漂わせる“空気”に気がついてはいるのだろう。けれどひどく敏感になり過ぎているわたしを気遣うときの夢ちゃんは、時々びっくりするほど剛胆だ。

 少女の手を引きたくても、心のどこかが邪魔をする。そんなわたしを見た夢ちゃんは、わたしの臆病さを庇うように、笑顔で少女に手を差し出した。


「あなた」

「うん?」

「変な、ひとね」

「ぐはっ……そ、そうかな」

「ええ」


 そう良いながらも、少女は差し出した手を握る。


「私は夢、あっちは鈴理。あなたは?」

「そうね――」


 少女は幾ばくか逡巡を見せ、それから、やはり動かない感情のままに答える。



「――メア。そう呼んで」



 少女、メアはそう言うと、自分で納得するように頷いた。


















――異能科一年A組――




 ふらふらと鈴理さんたちのお化け喫茶を抜け出して、なんとか異能科の校舎にたどり着く。とりあえず、水守さんのお店で癒やされよう。さきほどまで肩に乗っていた冷たい感触を振り切るように、早足で向かう。

 いや、こわくはなかったんだよ? ほら、ちょっとびっくりしちゃっただけで。


「こんにちは」


 異能科一年A組にたどり着くと、防音教室に入って直ぐに、腕章をつけた水守さんを見つける。

 一年A組は確か、水守さんの他にももう一人、“ボイス”系異能者がいたはずだ。軽音楽部所属の生徒で、“複声反声(ブラック・ラジオ)”という声を繰り返すだけの異能だったが、“遠足”で能力覚醒を生じ、“あなただけの音楽会プライベート・コンサート”という音の指向性を持つ異能に進化した。

 能力覚醒を二人出した、ということで、今年は“ボイス”の豊作とまで言われているはずだ。担任の陸奥先生も、副担任の南先生も生徒たちと一緒になって喜んでいたのは記憶に新しい。


「あ、み、観司先生っ。来て下さったんですね」

「ええ」


 水守さんに恥ずかしいところしか見せていないという事実を胸に秘め、彼女に挨拶をする。


「さ、どうぞ、ご案内しますね」

「ありがとう」

「こ、ここで動物を選んで下さい。何匹でも大丈夫ですよ?」

「へぇ、可愛いわね……」


 異能の力を物に定着させるのは、異能の力しかない。

 霊力で動く機械とは訳が違う、のだけれど、この“感じ”は南先生かな?

 南先生の異能、“神告の天声(ディア・カブリエル)”は、こと直接攻撃や物理効果を及ぼす能力“以外”では、おおよそ万能とまで言われる異能だ。光の屈折は霊力装置によるものだろうが、“ボイス”による“ボイス”の定着は南先生の力だろう。


「では、犬と、兎と、狸でいいかしら?」

「はい。それではどうぞ、お楽しみ下さい」


 恭しく頭を下げる動物たちに、つい、小さく笑みがこぼれる。

 イメージとしては、ポチと鈴理さんと夢さんだ。可愛らしく演奏している姿は、胸を癒やすように響いてくる。いやほんとうに、お化け喫茶のあとに来て良かった。












 時間は、あっという間に過ぎた。

 気がつけば、可愛らしい動物たちはぺこりと挨拶をしていて、思わず礼を返してしまう。


「いかがでしたか?」

「とても素敵でした。ありがとうございます、水守さん」

「い、いえ。――ふふ、笠宮さんたちが観司先生に熱中する訳が、わかった気がします」

「そ、そうなの?」

「はい。観司先生はすごく年上の、大人の女性の方なのに、可愛らしい面もあるのですね」

「なんだか、恥ずかしいところを見せてしまったわね」


 くすくすと笑う水守さんからは、以前のような悲愴さは見えない。

 なんだかこうして笑っている水守さんを見ることが出来た、ということが、嬉しくさえ思う。


「――ず、ずっと、言いたいことがありました」

「はい……ええ、大丈夫。待っているから、言ってみて」


 ソファーからあえて立ち上がらず、水守さんの言葉を待つ。


「久留米先生に捕まったとき、助けてくれて、あ、ありがとう、ございます」


 ――ああ、そっか、覚えていたんだね。

 辛いことなら、忘れてしまった方がずっと楽なのに。優しい子だ。


「どういたしまして。あなたが、水守さんがこうして笑えるようになってくれたことが、私にとっては何よりも嬉しいことです。こちらこそ、“ありがとう”」


 立ち上がって、両手を握る。

 水守さんは少しだけ戸惑ったように目を泳がせて、それから、花開いたように笑ってくれた。





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