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そのろく

――6――




 炎獅子えんじし祭。

 当初は特専文化交流祭という真面目な名前だったそれを変えたのは、六年前のことだ。ふらりと特専理事長会合に現れた英雄“幻理の騎士”が、文化祭であるのなら華やかな名前にするべきだ(意訳)と唱えたからだという。

 ちなみに(意訳)の内容は“文化祭とは少年少女のハートフル青春プリズム。であるのならば胸がトキメクような名に改変すべきだろう”と言ったらしい。浅井おじさん、うちの仲間がごめんなさい。


 そんな訳で。

 七校全てがシンボルとなった英雄に合わせて、そのお祭りの名を変えた。




 関東特専、九條獅堂をシンボルとした学校。

 ――故に、“炎獅子えんじし祭”。

 北陸・東北特専、鏡七をシンボルとした学校。

 ――故に、“時雨しぐれ祭”。

 中部特専、東雲拓斗をシンボルとした学校。

 ――故に、“巨神きょしん祭”。

 関西特専、黄地時子をシンボルとした学校。

 ――故に、“黄龍おうりゅう祭”。

 中国地方特専、クロック・S・アズマをシンボルとした学校。

 ――故に、“騎士祭”。

 四国特専、魔法少女ミラクル☆ラピをシンボルとした学校。

 ――故に、“魔法少女祭”。

 九州特専、ひさぎ仙衛門をシンボルとした学校。

 ――故に、“薬仙やくせん祭”。




 以上七校。

 同時に開催することで観客数をカウント。より盛り上がっている学校には、日々の努力と研鑽を認められ生徒と教員に対し国からちょっとした“ご褒美”が貰える、というほどの大イベントだ。

 日頃、広大な校舎間を移動するための敷地内電車も事故を考慮して止められ、数の少ない安全な魔導バスや異能フローターを解放する気合いの入れっぷり。その理由が、この“専門的に学ばれた特殊な技術”を目当てに集まるひとたちにある。

 ようは、これもまた、“アピール”の一環なのだ。


「すごいね、未知。こんなに人が集まるんだね」


 医務室の窓から見える光景に、七はそう感心したような声を上げる。

 小等部から大学部までを敷地内に納めるマンモス校。それが、特専だ。日頃から生徒たちで賑わいを見せているが、今はその比ではない。


『第七回 炎獅子祭 これより開幕します!!』


 アナウンスが流れる。

 そのアナウンスと共に空に上がるのは、真昼の花火。

 生徒たちの熱狂が、青春を告げるように響き渡った。


 さて、私も十全に文化祭が行えるように尽力しよう。

 我々教員は裏方だ。裏方は裏方なりに、生徒たちが楽しめるように、ね。



















――/――




 床に配置される“スモッグ”術式。

 教室を囲むように配置される“鬼火”術式。

 薄暗さのために天井に配置される“暗幕”術式。

 音の演出のためにスピーカーに配置される“音響”術式。


『うらめしやー! お化け喫茶へようこそーっ!』


 白装束に猫又を初めとした妖怪衣装。

 その上から衣装に合わせてエプロンをしていて、どこかコミカルなお化けたちがお客様を出迎える。わたしは仕切りで区分けされた調理スペースの端からその様子をのぞき見て、驚くお客様の顔に、ぐっと拳を握り込む。


「よしっ、良い感じっ」


 わたしが身を包むのは、やや短めのスカートの和装束に二股の猫尻尾。それから三角形の猫耳を付けて、調理以外の時はこれに肉球ハンドをつけることになっている。

 なお、夢ちゃんは謎の骸骨忍者だ。調理の時は骸骨マスクは外してるが。美術部の星川さんによると、原稿用紙二十枚分の裏設定があるらしい。それはもう裏では無くて表な気がします。


「三番テーブル、目玉の目玉焼きトーストオーダー! うらめしやーっ」

『うらめしやーっ』


 かけ声と共に調理を開始。

 ゆで卵を半分に切って玉子焼きに埋め込み、トーストの上に乗せる。術式加工された血色のソースをかけて完成。

 出し台に乗せると学校指定のセンサーが反応。お客様に見える部分に、おどろおどろしい文字で“衛生管理完了 毒無し恨みあり!”と表示。これが、事前外部公開もしている特専の衛生管理対策だ。


(えーと、午前の前半は調理担当で後半はホール担当。お昼休みから午後の前半まで自由時間で、午後の後半は調理担当)


 頭の中でスケジュールを確認しながら予定を立てる。

 前半二箇所と後半二箇所に担当時間があり、二日間合わせて三箇所に自由時間を希望することが出来る。わたしと夢ちゃんと鄕子ちゃんは自由時間を比較的優先して決められる“補助委員手当”がある。

 なので、ある程度、夢ちゃんと予定のすりあわせもできた。




「八番テーブル、魂魄ケーキセットオーダー! うらめしやーっ」

(午後一番に夢ちゃんとリュシーちゃんのクラスへ行って、それから静音ちゃん)

「十番テーブル、河童のカッパ巻~地獄巡り~オーダー! うらめしやーっ」

(確か杏香先輩もギリギリ回れるかな)

「一番テーブル、血痕ケーキオーダー! うらめしやーっ」

(師匠と回るのは難しいかなぁ。でも一応、聞いてみよう)

「十一番テーブル、五臓六腑パフェ四つオーダー! うらめしやーっ」

(高等部のバレンタインイベントは明日の後夜祭か。楽しみだなぁ)




 考え事をしながら調理。

 席が埋まり始めた影響か、ちょっと落ち着いてきたなぁ。


「か、笠宮、おまえすごい手際だな」

「はぇ?」


 一段落した時に、近づいてきた陸稲りくとう君にそう告げられる。陸稲君はクラスで数少ない料理男子で、たまたま時間が被っていた。


「そうかな? 家でもやっていたからかも」

「そうなんだ。いや、それにしても手際良いよなぁ。俺なんか定食屋の息子なのに全然追いつけなかったよ」


 手際はほら、悪いと寄生虫おじいちゃんの張り手が、ね!

 命を天秤にかければなんでもできると思うんだよね。推奨できないししたくないけれど。


「定食屋さんなんだ。どこでやってるの?」

「都市部だよ。ほら、居住区と生徒寮区の間の」

「あ、そうなんだ! え、じゃあお昼に行ってるの?」

「ぜんぜん! 流石に昼休憩にはいけねーよ」


 そ、そうだよね。

 マンモス校である特専は、ひとによっては学園都市だ、ということもある。

 その一番の理由は、とりあえずいけばなんでも揃う、都市部エリアだ。


「笠宮は寮だっけ?」

「うん、居住区寮」

「おっ、ならそっちの方が近いかも」

「そうなんだ?」

「おう。元々は山梨の端っこにあったんだけど、妹も異能に覚醒したから店ごと引っ越してきたんだ。“りくのいね”っていう定食屋で、米に力を入れてるんだぜ」


 ほぇー、なんだか美味しそうな名前だなぁ。

 わたしみたいな特専に根を張って生きる必要がある居住区寮の生徒にとって、都市部は貴重なライフラインだ。日用品も都市部で買うのが一番手っ取り早いのだし、今度、その定食屋さんにも行ってみようかなぁ。


「五番テーブル、ハツハツハート焼きオーダー! うらめしやーっ」

「はつはつはーと、っと」

「……ホントに手際良いよな」

「えへへ、ありがとう」


 二度目だけれど、やっぱり褒められると嬉しい。

 そう思って照れ隠しに笑ってみせると、何故か陸稲りくとう君は目を逸らした。あれ? どうしちゃったんだろう?


「笠宮って、もっとこう、ドジッ子なのかと思った」

「あ、今、シツレーなこと言ったね?」

「はははっ、わるいわるい。いやでもホント、認識変わった。すごいよ、笠宮は」


 ううむ、照れる!

 実際のところ、師匠とどころか夢ちゃんとすら出会う前なんか、褒められた記憶もないからなぁ。貶されることはよくあったよ? うん、慣れたけど。


「定食屋の跡継ぎとしては、その、これくらい手際の良いお嫁さんが、その――」

「十四番テーブル、肉弾転がし焼きオーダー、うらめしやーっ」

「お肉にくにく……え? ごめんね、陸稲君、なにか言った?」

「――なっ、な、なんでもない、ひ、ひとりごとだよ。あ、あははは、は」


 何故か引きつった顔の陸稲君。

 “観察”すれば理由もわかることだろうけれど、忙しくてそれどころじゃない。

 悪いことしちゃったかなぁ?










 そうやって、何度か会話をしながら作業をしていると、けっこう良い時間になってきた。

 そんな中、陸稲君はわたしと同じように時計を見ると、どこか意を決したような雰囲気で口を開く。


「そ、それでさ、もし良かったらなんだけど、午後の自由時間――」

「鈴理ーっ、交代だって。休憩行くわよー」

「あ、うん、夢ちゃん! ええっと、ごめんね陸稲君。夢ちゃんと約束あるんだ。誘ってくれてありがとっ」

「――おっ、おう……おおふ……」


 きっと、わたしがぼっちだと思って誘ってくれたのだろう。

 陸稲君は小等部の頃にクラスが一緒だったからなぁ。あの頃は、紛れもないぼっちだった。


 夢ちゃんの声に引っ張られて、担当の子とバトンタッチ。

 えーと、最初の行き先は、と……。





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[一言] 中国地方在住の身としてアレが騎士なのはちょっと……
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