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そのご

――5――




 炎獅子祭まで残り一週間を切ると、校内も浮き立っているように見えた。

 そんな中、わたしは夢ちゃんと並んで、魔導術式の調整をしていた。基本的に、魔導術式というものは使い捨てだ。魔導紙や魔導布といった特殊加工された媒介に魔導インクで術式を書くと、魔導術を起動させることが出来る。すると、一度の発動で魔導インクは蒸発してしまうのだという。

 魔導機械は魔導プレートと呼ばれる特殊加工された板に魔導陣を刻み、そこに効果時間が非常に長い術式を特別なインクでプレートの溝に流し込むことにより発動させているのだとか。本当はもっと細かい工学知識が必要らしいのだけれど、授業ではそこまでは教えてくれなかった。魔導石、という魔力電池もあるようなのだけれど、人間が使用できるものは未だ成功しておらず、実験段階なんだとか。

 すごく便利なように見えて、無人魔導術式も魔力電池も、非常に規模が大きいものとなる。中々、万人の手には渡らないようだ。


 で、なんでこんな話を思い出したのかというと。


「夢ちゃんって、すごかったんだね」

「な、なによ急に?」


 お化け演出のための鬼火の術式を組んでいる最中、わたしは思わずそう零してしまう。

 だって、本来はそんな工程が必要なはずなのに、夢ちゃんは何度でも使える術式をぽんっと使って、小型化どころか平気で制服に仕込んでいる。

 そう、“術式刻印レリーフィング”は、秘伝と呼ばれるだけあって、本当にすさまじいものだった。


「よし、こんなところかな。鈴理、そっちはどう?」

「えへへ……む、難しいね」


 わたしたちが今している作業は、魔導布に魔導インクで術式を書いていく、というものだ。三十分程度持続する術式を布に書き、台にセットして起動部分に術式が来るようにハンドルで巻きながら発動させる、というものだ。

 今回は微弱な冷気を放つ青い火の玉と、微弱な熱気を放つ赤い火の玉の術式を布に描いていく、の、だけれど。


「う、ううん……ずれちゃう」

「【固定インプット】するまではやり直せるんだから、がんばんなさい」

「うう、はい」


 夢ちゃんは慣れというか流石というか、作業速度が他の生徒の比ではない。

 クラスでも手先が器用で美術部に所属している星川さんが、てきぱきと一枚描く間に夢ちゃんは三枚目に突入している。

 そして、夢ちゃんが六枚書き上げる間にちょうどわたしも一枚目が書き上がる、というスピードだ。うぅ、空中に展開するなら簡単なのに。


「そういや鈴理、あんたこのあと空いてる?」

「あわ、あわわわ、あわわわわ……あ、へ? う、うん」

「それ、手伝ってあげるから、手伝って、チョコレート作りの練習」

「手伝ってくれるの?! ありがとう! 美術力が必要ないチョコなら任せてっ」

「よし、じゃ、放課後ね。……そろそろ私も汚名返上しないと、だし」

「夢ちゃん?」

「なんでもないわよ。ほら、手が止まってるわよ? 手伝ってあげるんだから、あんたも頑張って」

「あわわ、うんっ!」


 やっぱり、頼りになるのは手先が器用な友達だよね!

 うん、はい、わたしは完全に“頼りにならない友達”です。うぅ、もっと練習しなきゃ。



















――/――




 放課後。

 居住区学生寮の自室のキッチンに、わたしは“みんな”を招いた。というのも、一般生徒のそれより居住区生徒の部屋の方が広く、キッチンも大きくとられているのだ。

 これは、親元から離された子供がせめて不便を感じないように、という処置だと聞く。まぁ、居心地を良くしておけば脱走しない、という面の方が強いみたいだけどね。


「夢ちゃんは、料理はできるんだっけ?」

「一応ね。ただ、お菓子はサッパリよ。鈴理は得意よね?」

「うんっ。ちっちゃい頃から作らさ……作ってたからね!」

「あー……あー」


 納得したように、どこか気まずげに頷く夢ちゃん。

 そうなのだ。こう、ドメスティックおじいちゃんに作っては捨て、作っては貶し、と続けられてきたからね。小さい頃は自分を責めて上達に心血注いでいたけれど、慣れてくると手を抜いて怯えたフリをしていたなぁ。


「スズリ、ユメ、シズネ……招いてくれてありがとう」

「わ、私まで、その、嬉しい。あげるひと、いないけど……」


 なにやら壮絶な覚悟を決めたような顔で頭を下げる、リュシーちゃん。

 お礼を言いながらも陰のある横顔でなにごとか呟いている、静音ちゃん。


 え、ええっと、二人ともどうしたの?


「ふ、ふふ、わかってたわ。いや、嫌じゃ無いんだけどね?」

「碓氷さん、め、眼が怖い」

「怖くない!」

「ひぇぇ」


 ……とりあえず、静音ちゃんは夢ちゃんに任せて、と。


「リュシーちゃん? そんなに気負わなくても大丈夫だよ?」

「ああ、ありがとう、スズリ。誠心誠意努力しよう」

「りょ、料理は初めて?」

「いや。何度か父様の研究室を爆は……んんッ、初めてだ」


 ばくは。

 えっ、爆発? 爆破?


 どういうことなのか、どんな状況だったのか、三食学食なのか非常に気になるところだけれど、うん、まぁ、湯煎するだけだしね。

 夢ちゃんはもう少しアレンジして、ガトーショコラにチャレンジしてみるようだけれど、料理の基礎が出来ているのなら、すっごい失敗はしないことだろう。静音ちゃんはわからないけれど、本人の性格的に慎重だろうし。


「それじゃあ早速、エプロンを着けて手を洗って、始めよっか」

「ああッ!!」


 うん、えっとね、リュシーちゃん?

 あんまり肩に力を入れなくても、大丈夫だからね?


 わたしのエプロンは、ピンクをベースに花柄の百円ショップで一番可愛かった物だ。

 夢ちゃんのエプロンは、紺色に緑のストライプのシンプルなデザイン。

 静音ちゃんのエプロンは、白地にアクセント程度の水玉模様が描かれた控えめな物。


 そして、リュシーちゃんは何故か、別室で着替えている。

 うん、あれ? なんで着替えが必要なの?


「良い予――嫌な予感がするわね、鈴理、静音」

「なんだろうね? うん、いや、想像が付くような気もするけれど。ご実家的に」

「碓氷さん、今、なんて? い、いえ、良いです。聞かなかったことにして」


 待つこと数分。

 やっとのことで別室から出てきたリュシーちゃんの姿は、ある意味で予想していた物だった。


「に、似合わないかな? やっぱり」


 黒いロングスカート。

 フリフリのエプロンドレス。

 可愛らしいホワイトブリム。


「お母様から譲って貰ったんだ。“せめて形から、だけでも”って」


 まごう事なき、クラシカルなメイドさんがそこにいた。


「すっごーい、リュシーちゃん、可愛い!」

「うーん、やるわね。あ、似合ってるわよ。職に困ったらうちに来ない?」

「碓氷さん……。す、すっごく可愛いよ、有栖川さん!」

「そ、そうか? みんな、あんまりからかわないで欲しい。恥ずかしい、から」


 いつも凛としたリュシーちゃんが、白い手袋で朱に染まった頬に当てる姿は、なんともいじらしい。乙女チックな様子は普段のそれとはかけ離れていて、つい、以前リュシーちゃんの“白亜の城”で見たウエディングドレス姿を思い出してしまった。

 なんというか、涼やかな空気の深窓の令嬢、とか。銀色の妖精、とか。そんな言葉を思い浮かべてしまう。


「よし、それじゃあ始めよっか。練習だから気軽にやろうっ。あ、リュシーちゃんはこっちね。手袋は外しておいて、手を洗うところから一緒にやろ?」


 一応、不慣れなら手元を見ておこう。

 そんな意味で夢ちゃんに目配せをすると、さっと並び位置を調整してくれた。










 ――と、進めていくと、それぞれの動きが見え始めた。


 夢ちゃんは、なんだかんだと良いながらもそつなくこなす。

 静音ちゃんは、つたないながらもすごく慎重で、間違うとじっくり見直す。

 わたしはまぁ、久々ではあるけれど、美味しく作ることは生存本能に刻み込まれている。


 で、リュシーちゃんは、というと。


「うぬぬ、すまない、スズリ。いや、こんなことになるとは……」


 涙目になったリュシーちゃんの前には、歪なヒトデ型のチョコレートがあった。

 目指したところは☆ではなく、♡だったというのだけれど……うん、まぁ、型から溢れちゃったみたいだ。


 ちなみに、今回は魔導術で急速冷凍させてもらった。本来なら無断使用はダメなのだけれど、速攻術式は感知されないという欠点があるのだという。未知先生も、気がついたのは最近らしい。

 本来はそれでも生徒には内緒なのだが、その、あまりにわたしが巻き込まれやすい体質なので、特別に、ということだった。ご迷惑をおかけします。そして、料理に使ってごめんなさい。


 それはともかく。


「どうも、昔からこういうのはダメなんだ。ぬいぐるみも自分で縫うとクトゥルフ神話の一ページのようになってしまうし、マフラーを編んでもお父様には“素敵なタペストリー”扱いだったし、料理もなにもイマイチで……」


 落ち込むリュシーちゃんの横顔に、その時の有栖川博士やベネディクトさんの優しさを、少しだけ垣間見た気がした。

 けれど、うん、そのことに和んでいたらだめだよね。力になって、あげたい。


「こういうのって、繰り返しだよ。大丈夫大丈夫、すぐにできるようになるよ」

「そ、そうだよ、有栖川さん。私も似たような物だしっ」

「そうそう、気にしすぎよ。それに――」

「っあ、ユメ!?」


 夢ちゃんはそう、ヒトデ型のチョコレートぽいっと口に入れた。


「――味は美味しいんだから、大丈夫大丈夫」

「そ、それはその、湯煎だから」

「関係ないわよ。私なんか最初は湯煎で直接チョコレート溶かして、お湯入りチョコにして、上手く溶けない上に固まらないっていう大失敗したんだから」


 チョコレートを美味しそうに食べた夢ちゃんは、リュシーちゃんにそう言い放つ。

 ざっくばらんに放たれた言葉は、それでも優しくて。リュシーちゃんは目元を拭うと、はにかむように笑ってくれた。


「もう少し、頑張ってみるよ。だからみんな、その、躓いたら教えて欲しい」

「もちろん!」

「任せて頂戴」

「わ、私も一緒に頑張るね!」


 顔を見合わせて笑うと、リュシーちゃんも大きく深呼吸をして腕まくりをしていた。

 気合いは充分。だったら、本番までにチョコクッキーくらいだったら作れるようになるかもしれない。


 それにしても。

 キッチンタイマー代わりにしている端末を操作して、全校“女子”生徒に向けた生徒会からのメッセージを見返す。




【炎獅子祭二日目 男子生徒に内密にチョコレート菓子を持ち込むこと ※手作り推奨】




 いったい、なにをやるつもりなんだろう。

 メッセージの下に書かれているのは、ラッピングとサイズの指定と、後日郵送される“名札”に名前を書いて、ラッピングにくくりつけておくこと、という指示。

 うーん、なんだろう、わからないけど――わくわくしている自分に、わたしはちょっとだけ苦笑を零した。





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