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そのよん

――4――




 文化祭準備から二週間が経った頃。

 私は回転寿司系個室居酒屋、“りつ”で、ウーロン茶を傾けていた。


「炎獅子祭に合わせて、悪魔が動くかも知れない?」


 告げられた言葉を、首を傾げながら復唱する。今回はあくまで真面目な話で集まったので、お酒はなし。ただし獅堂も七も手が空かず、私は“二人”で対面して、話を聞いていた。


「そう。各魔王の調査をしていてわかったことよ。七魔王の一柱が目覚めた、という報告を受けたわ」

「目覚めた?」

「ええ。大魔王が崩御したあと、結界に引きこもって眠っていた七魔王。“彼女”の結界が解除され、住処と思われる洋館がもぬけの殻で発見されたわ」


 そう、私と同じようにソフトドリンクを注文して傾ける、小さな姿。


「残る七魔王は三柱。どの魔王が目覚めたの? ――時子姉」


 問うと、時子姉は緑茶の入った湯飲みを置く。

 その瞳に宿るのは、いつになく苛烈な色合いに見えた。時子姉がこんな顔をする相手?


「“不死にして紅き茨の魔女”、“堕落の女王”、“血壊龍の主”」

「それって……」

「ええ、そう。――“魔龍王”ファリーメア・アンセ・エルドラド」


 ファリーメア・アンセ・エルドラド。

 私は伝聞でしか知らないが、時子姉は彼女と三度ぶつかり、その全ての決着は様々な事情で“うやむや”になってしまったのだという。


「文化祭で暴れられたら、犠牲者の被害はとてつもないものになるでしょうね」

「っ」

「だから、彼女をどうにか打ち倒すか、最悪撤退させなければならないのだけれど……」

「まだ、見つかっていない?」

「ええ。七魔王トレーダーの範囲には、いないようね」


 関東特専をすっぽり覆える七魔王トレーダー。

 一応、アップデートで設定した七魔王は感知から外れるようになったので、魔鎧王と魔狼王は探知されない。ということは探知されればそこに何かしらの危険な七魔王が存在している、ということになるのだが。


「ファリーメアは、七魔王の中で一番“読めない”存在よ。なにを考えているのか、行動理念がなんなのか、さっぱりわからない。どうせ決着が付かないのであれば、対話しておくべきだったのだろうけれど、それは後の祭りね」


 憂いを乗せた顔で、時子姉は湯飲みを傾ける。

 三度衝突して三度決着が付かなかった。あの時子姉にそうまで言わせる、“敵”の存在。


「七魔王、か」

「そう。でも七魔王だけに注視することもできない。超人至上主義者や超人否定主義者、その団体。もし炎獅子祭でそのどれか、あるいはその全てが鉢合わせることにでもなれば……」


 時子姉の懸念が、胸に重くのしかかる。

 英雄が二人もいる関東で、もし彼らのテロに民間人が巻き込まれるようなことになれば、その信用は地に落ちるとまでは言わなくとも、揺らぐことは否めない。

 そうなると、英雄が抑止力となって辛うじて活動を控えているテロリストたちが、大きく行動に出ることすら考えなくてはならないだろう。


「生徒たちの思い出。炎獅子祭は必ず成功させる。その上で、七魔王にもテロリストにも手出しさせない――せめて、私が真っ当に戦えたら。そう思ってしまうよ、時子姉」

「魔導術師としての未知でも、私は生徒たちを守ることが出来る。そう思っているわ。それに、いくらか私の伝手で協力者の用意もしたわ」

「協力者?」

「ええ。名目は来年の入学準備として見学に、彰が来られるようになった。それに、私の知己にも声を掛けて回っているわ。機動力最強、退魔師最速の青葉は来られるそうだけれど、残念ながら他人を巻き込まずに戦うのは苦手だから、生徒の誘導のみに精進して貰うことになるかもしれないけれどね。だから、未知」


 優しい言葉。

 穏やかな眼。


「……」

「あなたが全部、責任を背負おうとはしなくて良い。あの戦乱から時が経ち、かつての退魔古名家たちはなにもできなかった。でも、次世代の子たちはその評価を覆し、今度こそ人類の盾であり、剣となれるように努力を積み重ねてきた。もう、その肩に、全てを背負おうとしなくても良いの」


 魔法少女の力は、強い。

 それは私が純粋な異能者では無く、転生特典として授かった力を振るっているからなのかも知れない。

 その力でできることは多い。できないことは数えるくらいしか無い。本当なら私は、両親を守れなかった私は、羞恥を殺して機械のように、誰かを助けるために生きることで“贖罪”を果たさなければならないのかも知れない。

 それを為せていないのは、私の弱さだ。私がもっと強くて、魔法少女としてお父さんとお母さんをもっと早くから守れていれば、あの優しいひとたちを失わずに済んだのかも知れない。


 “闇”が、じくじくと心を侵す。

 これは、(魔法少女)の闇だ。


「――頼りなさい。未知、あなたは一人では無いんだよ」


 ぽん、と、頭に置かれた手。

 私よりもずっと幼いその手は、温かく、抱きしめてくれているような優しさがあった。


 如何に奇跡を呼び起こす祈願の魔法であったとしても、死者は戻らない。

 誰も死なせないために、独りよがりではきっとダメだ。教師を続けるという私の我が儘のために、正体を明かして行動は出来ない。そう考えるだけで、“闇”が心臓に爪を立てるような、そんな想像は止まらないことだろう。

 だけど、その罪悪感に囚われていたら、きっと私は誰も守れない。しゅ、羞恥心で大人数の前では存分に戦えないのも、あるのだけれど。


「まったく、背負い込みすぎなのよ、もう」

「うん……うん、そうだね、そうみたいだ、時子姉」

「これはあれね、男たちが頼りないせいね。獅堂、は、ヘタレか。七はむっつりだし、仙衛門は頼りないし、拓斗は住所不定(強制)だし、クロックは“アレ”だし。いっそ、彰で落ち着かない?」

「いやいやいや、時子姉? 彰君はまだ中学生だよね? 私、そういう趣味は無いよ?!」


 直前に話題が出ていたこともあり、どうしてもクロックの言葉を思い出してしまう。

 確か、そう、“ショタコン、ロリコン、コンプレックスであると定義づけられるのは悲しいことだ。情熱があるのなら、それは純粋な愛と呼ぶべきだろう。未知、覚えておけ。今は愛でられる側だが、いつか愛でる側に回る日が必ず来る、と”とか。

 あいにく私は昔愛でられる側であったこともなければ愛でる側に至ったことも無い。そりゃ、鈴理さんたちを弟子、あるいは生徒として可愛がっているけれど、それだけだし!


「愛があれば年の差なんて大した差では無いわよ。私に運命の人が現れるのはいつなのかしらね……ロリコン以外で」

「難易度、高いよね」


 そう憂いげにため息を吐く、時子姉の横顔は、儚げで愛くるしい幼女のものだ。うん、やっぱり、少女ですらなく幼女だ。包容力もあって気前も良くて優しくて、それでも幼女という見た目の呪縛からは逃れられない。

 そういう意味では、私も似たような呪縛に囚われている同士なんだよなぁ。


「そ、そういえば、拓斗さんは来られないんだね」

「あれ? あらあら? 気になる?」

「き、気まずい、かも」

「そうなの? まぁ拓斗は中部よ“巨神祭”に居なければならないからね。本来なら私も“黄龍祭”に、七は“時雨祭”に出る必要があるのだろうけれど、そこはそれ。私は初日の挨拶にだけ出ることになって、七は二日目の最後にだけ出ることになっただけで済んだのは僥倖ね」

「仙じいは九州に出るんだよね?」

「“薬仙祭”ね。魔法少女は天に還って、クロックは神界に旅立ったことになっているから“魔法少女祭”と“騎士祭”は例年通り英雄不在で行うようね」


 クロックなんかがひょっこり帰ってきて少年少女の学舎に訪れたら、余計な混乱しか生まない気がするよ、私は。


「――だからこそ、“炎獅子祭”において、獅堂は違和感なく見て回ることが出来る。私たちは存分に、獅堂が見る場所以外に意識を向けることが出来る。これは強みにしなければならないわ」


 うん、そうだ。

 私は先生だから、生徒をなにがなんでも守り切る。でも、一人じゃない。一人じゃないなら、協力して、戦うことが出来る。

 そう全身全霊で伝えてくれる時子姉に、答えない訳には行かない。


「時子姉」

「なに? 未知」

「ありがとう」

「――ふふ、どういたしまして」


 頑張ろう。

 決して、一人で背負いはしない。

 仲間たちに分かち合うのだと、そう誓って。
















――/――




 “りつ”での会合を終えた私は、少しだけ足取りが軽くなった様子の未知を見送る。

 抱え込みすぎてしまう原因は、よくわかっている。ご両親に全てを打ち明けて、関東からの避難を促したあの日。飛行事故によってご両親を失い、大魔王の討伐と同時に守りたかった家族を失って、一度は心が折れた未知。周囲の支えで立ち上がりはしたけれど、万全とは言えない。酷な話だが、もしご両親の死に顔さえ見られていれば一つの区切りとすることもできたのかもしれない。もし遺骨があれば、もっとすんなりと受け入れられたのかも知れない。

 けれど、“何も残らなかった”事故は、未だ、未知に現実味の無い爪痕を残している。そのせいで、あの日から、未知は本当の意味で踏み出すことは出来ていないのかもしれない。大人になった分だけ、割り切ることを覚えてしまったようだけれど、それは前進であっても乗り越えではない。


「――スー」


 懐から出した式苻に息を吹きかける。

 “式苻媒介・霊気感応・幽体召喚”。

 赤い毛並みのスズメを呼び出すと、それを、未知の背に向かって飛ばしておいた。


「大人になったなんて言っても、あなたはまだ私の十分の一も生きていない子供よ。甘やかすだけ甘やかしてあげるから、覚悟なさい。――あなたが、本当の意味で乗り越えられるその時は、遠い日のことではない。私はそう、信じているから」


 スズメは未知を認識すると、常に視界に入るように行動を開始する。


「さて、と」


 懐から、何枚かの式苻を取り出す。

 関東の理事長、ろうには既に許可を得ている。“守護のために全力を尽くす”許可を。そのための仕込みは、あって困らない。やり過ぎないでね、とは言われたけれど。


「未知の能力は心配していないけれど、運は心配なのよね……。巻き込まれ体質というか、うん」


 運が悪いというか、巡り合わせが悪いというか、いや、悪運は強いのだけれどそもそも師弟揃って巻き込まれ体質だから心配、なのよねぇ。


「行って」


 式苻から変化した蝶や小鳥が、関東特専に向かって散っていく。

 来るというのなら相手をしよう。私たちは、決して、誰も傷つけさせたりはしないのだから。





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