そのさん
――3――
特専生徒会。
異能者と魔導術師たちを統括する生徒会は、その肩に掛かる重責が一般学校の比ではない。また、生徒たちの風紀を規律する会である風紀委員もそれは同様だ。
生徒会は毎年、異能者と魔導術師の中から優秀な生徒が選抜される。今年の生徒会長は魔導術師で、来年の生徒会長に内定が確定している現副会長は異能者。完全な実力主義であるため、風紀委員もそうだが、生徒会にはカリスマ性や優秀な成績の他に、戦闘能力も高水準で求められるという。
「つまり、生徒会はそれだけの、“魔窟”であるということよ」
「あわわわわわわわ」
「ひわわわわわわわ」
――と、そんな夢ちゃんの真に迫った語りに、わたしと鄕子ちゃんは肩を寄せ合って震える。思えば、あの遠足の時も、場合によっては生徒会に組み込まれる可能性だってあったらしい。
そんな魔窟に放り込まれたら、どうなっちゃうんだろう。
「あ、あんまり近づかないようにしようね、鄕子ちゃん」
「う、うん、そうだね、鈴理さん」
「何言ってんのよ。これから用紙を提出しに行くんでしょー」
そ、そうだった!
ど、どうしよう。いや、怖いことなんかあるはずないか。生徒会なんだし!
「扉を開けた途端、“曲者め”!! とか」
「ひぇぇぇえ」
「ゆ、夢ちゃん?!」
「あはは、ごめんごめん、冗談冗談」
中央校舎四階生徒会室。
その前まで来てもからかう夢ちゃんを睨むも、夢ちゃんはどこ吹く風。余裕そうにわたしたちを流すと、生徒会室の扉をノックする。
「一年C組です。炎獅子祭の備品貸出希望用紙を提出に参りました」
『どうぞー』
中から響いてきたのは、のほほんとした声だ。
殺伐とした生徒会、というイメージが抜け出させてくれる声色に、わたしと鄕子ちゃんは揃って肩から力を抜く。
「失礼します」
夢ちゃんを筆頭に、生徒会室に入る。すると、中に居た五人の視線がわたしたちに集まって、直ぐに外された。
まず目に飛び込んできたのは足下に敷かれた品の良いカーペット。カシミアとかいうのだろうか、豪華そうな机が“口”の字に並べられていて、中央には全方位展開型の立体ホログラム発生装置。奥には豪華な机と豪華な椅子。その横に、顧問の先生が座るための小さなデスクが置いてある。周囲は本棚と隣の部屋に続く扉。見渡せる限り、わたしたちが日頃使用している教室ほどの大きさもある。
“口”の字に座っている人間はデスクに置かれた役職名を見る限り、向かって右に奥から副会長、書記。向かって左に会計、庶務。豪華な奥の椅子に腰掛けているのが生徒会長だろうか。
「申請用紙を持ってきてくれたのですね?」
「はい」
そう夢ちゃんが渡すのは、庶務の席に腰掛けていた女生徒だ。胸の校章の色で学年が解るようになっていて、学年が上がると校章を取り替える。九條先生をシンボルにしたこの特専は、一年生が黄色、二年生が橙色、三年生が赤。このひとは黄色だから、わたしと同じ一年生だ。
それにしても、と、見回してみる。既に引き継ぎは終わり、生徒会長だけが生徒会室に居る状況だという今、黒い制服は奥の生徒会長のみだ。あとは全員、白い制服。なんだか、気圧されてしまう気もするなぁ。
「あなたが、学級委員?」
「いえ、私と右後ろは補佐で、委員はこっちの……」
「し、失礼しましたっ! 学級委員の沢村鄕子です!」
「あら、ご丁寧にありがとうございます。私は一年生次期庶務の伏見六葉です。よろしくおねがいしますねー」
ほんわかとした伏見さんは、ミルク色の髪を揺らしながら、ぺこりと頭を下げてくれる。細目で狐のようだが、雰囲気は狸さんとか猫さんとか、ちょっと可愛らしいような感じの方だ。
よく見れば、資料を整理中であろう生徒会長の三年生も、同じ色合いの男子生徒だ。もしかしたら、ご兄妹なのかも。
「ではあなた方は、ええっと」
「失礼しました。補佐の碓氷夢です」
「あっ、失礼しましたっ。同じく笠宮鈴理です!」
「あら、あらあら、“あなたが”、そう」
「へ?」
「いいえ、確かに受け取りました。良いですよね? 会長」
六葉さんがそういうと、生徒会長の男子生徒はやはり細目を向けて笑顔で頷き、また資料整理に戻る。その様子に六葉さんは苦笑すると、わたしたちに向き直った。
「許可に関しては会議を経て担任の……ええっと、新藤先生ですね。お伝えしておきますので、今日はもう大丈夫ですよ」
「ありがとうざいますっ」
一心地付いた様子で頭を下げる鄕子ちゃんに、わたしたちも続く。
それからなんだか緊張で居心地悪く、逃げるように退散してしまった。
で、その帰り道。
職員室へ寄ったわたしたち三人は新藤先生に報告し、ついでにそのまま三人で帰路につく。その道すがら、“おうちの事情”で色んな事に詳しい夢ちゃんに、“生徒会”のことについてちょっと聞いてみる、という流れになっていた。
うん、だって、夢ちゃんに聞けばだいだいの“事情”は出てきちゃうから、ね。
「ということで、情報通の夢ちゃん様! なにとぞどうぞよろしくお願いいたしますっ」
「なによその、“情報通の夢ちゃん様”って。まぁ良いけど、そうね……」
――なんでも。
今日居たメンバーは、生徒会長以外はみんな“次期”と名の付く役職の方だったとか。生徒会の基本運営は五人。そこに二学期の半ばから選出された次期役員候補が集められ、引き継ぎを行う。問題なければ内定として確定し、翌年から生徒会役員として行動を始める、のだとか。
今日居たメンバーは次期役員たちで、次期副会長だけが不在の状況だったのだという。
生徒会長の席についていた男子生徒。
三年生魔導科、伏見甲四郎先輩。“特性型”の家の魔導術師らしい。
副会長の席に着いていた女子生徒。
二年生異能科、四階堂凛先輩。異能名でもある“魅惑の爆弾魔”の異名で知られる次期生徒会長。
書記の席に座っていた背の高い男子生徒。
一年生異能科、焔原心一郎君。“共存型”の異能者で、“閃光戦士シャイニングレイ”という変身系異能者。次期書記。
会計の席に座っていたクールな眼差しの女子生徒。
一年生異能科、影都刹那さん。霧の碓氷に並ぶ“忍”の名家だとかで、“闇の影都”と呼ばれている次期会計。
そして、次期庶務。わたしたちに声を掛けてくれたミルク色の髪の女子生徒。
一年生異能科で“特性型”、“管狐”の異能者である伏見六葉さん。
ここに、不在だった次期副会長、二年生異能科の鳳凰院慧司先輩。“不死鳥”という異能を宿した鳳凰院財閥の御曹司とかいう方が入る。
「と、こんな感じね。これまでもすごかったみたいだけど、次期生徒会はかなりバランスが良いの。実力主義ではあるけれど、役割分担はちゃんと成されていてね、カリスマ性と攻撃力の四階堂先輩、交渉役と継戦能力の高い鳳凰院先輩、ムードメイカーと万能型の焔原、性質も異能も情報収集に特化した影都、同じようにサポート能力の高い伏見さん。困ったことがあれば生徒会に相談してみなさい。なんだって解決してくれるわよ」
「す、すごいですね、夢さん」
「さすが夢ちゃん」
「ま、この程度ならね」
さすが、詳しいなぁ。
ただちょっと、影都さんの説明だけ忌々しいように言っていたのはなんでだろう。やっぱり、“同業者”相手っていうのは、複雑な心境なんだろうか。
忍者の世界のことは、正直よくわからないや。今度、しっかり聞いておこう。
なんて、そんな風に考えていたからだろうか。
次いで鄕子ちゃんが楽しげに言った言葉に、わたしは思わず足を止めることになる。
「それなら、今回の生徒会のバレンタインイベントも、大がかりな物になりそうですねっ!」
わ、忘れてた。途中から意識がお化け喫茶と生徒会に持って行かれて……なんていうのは、言い訳だ。
毎年バレンタインデーなんか見て見ぬ振りをするだけのイベントだったから、すっかり忘れていた。乙女にあるまじき失敗だ。
チョコレート。
甘い物に、甘い時間。
バレンタインかぁ。ど、どうしよう? なにか作った方が良いのだろうか。
でもまぁ、願わくば、師匠のチョコレートが食べたいかも……。




