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そのに

――2――




 関東特専で一年間の最後を彩る大イベント、“炎獅子祭”。

 二日間使って行われるこのイベントは、一日目の二月十三日と二日目の二月十四日に別れていて、十四日はバレンタインデーと重なる形だ。

 ……ということで、本日、わたしのクラスはLHR(ロングホームルーム)を用いて、炎獅子祭の出し物決めになりました。


「よーし、じゃ、席について。文化祭の出し物決めをする訳だけど……委員長、進行は任せた!」

「はい! えっ、新藤先生は?」

「ちゃんと横で見てるよ。大丈夫大丈夫」


 そう困惑しつつも教壇に登るのは、学級委員の沢村さんだ。

 担任の新藤先生は、そんな沢村さんの隣で機嫌が良さそうに笑っていた。


「え、えーと、では……挙手でお願いします!」


 沢村さんはふわふわボブの小柄な女の子で、趣味は読書という女の子だ。

 そんな沢村さんのために教壇には常に台が用意されていて、そこに立って指揮を執る。夢ちゃん曰く、「“鈍感ほわほわ系”と“強かほわほわ系”でアンタとは棲み分けが出来ている」とのことだが、これについては深く考えないようにしている。

 棲み分けってなに? いや、いいや。


「はい!」

「はい、陸稲りくとう君!」

「コスプレ喫茶で!」

「えー。コスプレ喫茶、と」


 沢村さんはそう、少し引き気味になりながらも、一生懸命手を伸ばして黒板に上げられた案を書いていく。


「はい!」

「はい、泉宮いずみや君」

「メイド喫茶!」

「……メイド喫茶、ですね」


 なんて、ほんわかと見ていたけれど……あれ?

 このままだとわたしたち、コスプレかメイドの格好、させられる? な、なにか出さないと。でも、うーん、どうしよう?

 そう思って隣の席の夢ちゃんに目を向けると、彼女はこくりと頷いた。


「はい!」

「ぁ、良かった。はい、碓氷さん!」

「お化け屋敷で!」

「はいっ。お化け屋敷、と」


 沢村さんは、真っ当な意見に嬉しそうに頷いて書き連ねる。

 魔導術を駆使すれば、相当こわいお化け屋敷が作れたりするのかも。……あれ、でもそれだと師匠は入れなくなっちゃう? 誘ったら、頑張って来てくれたりとかしないかなぁ。


「新藤先生はなにかあります?」

「生徒の行事だ。生徒が考えなきゃつまんなくなっちゃうわよ。でもそうねぇ……委員長、あなたはなにがやりたいの?」

「え、ええっと、せっかくだから魔導術が生かせるようなことがやりたいです!」


 うんうん、そうだよね、

 でもそっか、魔導術が生かせること、かぁ。どんなことがあるんだろう? お化け屋敷もその一つではあると思うんだけどなぁ。

 魔導術にできて異能にできないこと。その最たるものは“汎用性”とでもいうべきだろうか。クラス全員が同じ術式を量産できることにある。そうすると、五感に訴えるようなものを作ると、全ての人に同じ感覚を提供できる。現代だと、ドラマや映画に魔導術によるアシストが入ることも、珍しくなくなった。

 あれ、でも、そうなると。


「はい」

「はい、ぁ、笠宮さん!」


 怪獣展示や男女装喫茶などがあげられる中、わたしが不意に手を上げると、沢村さんは安心したようにわたしを見る。? あんまり接点はないのだけれど……はっ、夢ちゃんの言う“キャラ被りの棲み分け問題”?! ……じゃないか。

 これ以上方向性が迷子にならないように、この辺りで軌道修正したいんだろうなぁ。


「お化け屋敷喫茶――お化け喫茶なんてどうかな?」

「お化け喫茶、ですね!」


 わたしの提案に、沢村さんはチョークで黒板に書いてくれる。

 嬉しそうにしてくれる様子にほっと一息吐きつつ周囲を“観察”すると、同じようにほっとしている生徒も多かった。

 なにをやったら良いのか思い浮かばないけど、奇抜なものは避けたい。でもどうしよう? っていう気持ちだったんだろうなぁ。




 それからも幾度か色々な案が集まり、最後は紙を渡されて匿名投票。


「――ということで、当クラスの出し物は、お化け喫茶になりました!」


 と、経緯があって。

 わたしたちのクラスは、無事、お化け喫茶に決まったようです。

















――/――




 授業後。

 終わりのHRで決めることは、文化祭の準備に必要なことや役割分担だ。

 朝と同じように沢村さんが教壇に立ち、新藤先生にサポートされながら役割を決めていく。お化け、調理、宣伝、衣装、大道具、小道具、それから“委員補佐”。そう、このクラスは男子の学級委員が二学期に転校してしまい、そのまま新しい学級委員が中々決まらず、宙ぶらりんのままこうなってしまった。

 だが、学級委員一人で文化祭のために動かすと、無理をさせてしまうことになる。新藤先生はそうわたしたちに説明し、不慣れを考慮して二人付けると言い、わたしと夢ちゃんを指名した。


「はぇ?」

「んん?」


 そう、何故か。

 新藤先生は極めてクールに、ただ頷くような軽やかさでわたしと夢ちゃんを指定。えっと、男子じゃなくても良いのだろうか?

 ほら、癒やし系の沢村さんとお近づきになりたかったのに叶わず、ぐでーんと机に突っ伏す男子たちの、死屍累々が見えるし。

 ……し、嫉妬とかされていたらどうしよう。こそこそと話している男子たちの会話に、さりげなく耳を傾けてみる。


(くっそ、なんで補佐三人じゃないんだ! あの輪に入りてぇ)

(それな。癒やし系小動物の沢村鄕子ちゃんと癒やされ系小動物の笠宮鈴理ちゃん)

(おまけに話しやすい系美少女枠の碓氷夢ちゃんも一緒だろ? もしかしたらだろ?)

(ねーよ。夢持ちすぎ……で、でも、メアドくらいなら聞けるんじゃね?!)

(おまえ、天才。嬉し恥ずかしラブエピソードもあるかもだもんな)


 ……うん、わかった、わたしたちだけで大丈夫みたいだ。

 補佐役に男子がいないことに不思議そうにしていた他の女生徒たちも、周囲に聞かれているとは知らずに盛り上がる男子たちの言葉を聞いて、納得したように頷いていた。

 いや、苦笑している男の子や我関せずにしている男の子も勿論居るよ? でもさ、こう、無駄に鍛え上げられたわたしの観察眼が、“あ、ちょっと期待してる”って気づかせてしまうので、うん、あはは。


「よし、細かいことは明日のHRで決める。沢村と笠宮と碓氷だけは残って、あとはひとまず解散」


 がたがたと席を立ち、部活や委員に散っていくクラスメイトたち。

 そんな中、わたしと夢ちゃんは二人、友人と挨拶を交わす沢村さんに近づいた、


「沢村さん」

「ぁっ、笠宮さんに碓氷さん!」

「今日は、というか、今日からは、よろしくね」

「は、はいっ、こ、こちらこそっ」


 人見知りなのかな? 言葉がちょっと硬い。

 緊張はある。瞳の奥に隠れるのはなんだろう。不審や恐怖はない。不安と緊張と、憧憬?


「よし、三人とも、とりあえず最初のお仕事よ。出し物と使用備品許可証の作成、それから生徒会への提出。わからないところはある? ――はい、碓氷さん」

「使用備品許可証ってなんですか?」

「喫茶店でしょ? それなら備品の魔導コンロや魔導冷蔵庫が必要になるでしょうね。普通の学校だったらコンロなんかは使わせないのだけれど、魔導科の生徒にうっかり火属性系統の術式を使わせないためにも、こちらで管理する道具を使ってくれた方が安心、ということ」

「あれ? でも端末で規制されるんじゃないですか?」

「端末はあくまで事後報告。やらかすことを抑制するような機能は人権保護団体に怒られるのよ」


 なるほど。

 誰がやったかは発覚できるけれど、発動自体を止められるものじゃないんだ。……あれ? ならわたしは今まで、どうして一度も怒られていないんだろう? 緊急事態でしか使ってないから、とかなのかなぁ。今度、師匠に聞いてみよう。


「じゃ、用紙に記入したら生徒会室に持って行きなさい。生徒会室の場所はわかる?」

「あ、はい。中央校舎ですよね?」


 わたしが答えると、新藤先生は満足そうに頷いた。

 知らないと説明が面倒な場所にあるもんね。


「よし、そうしたら、必要事項を書き終えたら生徒会に提出。そのあとは親睦でも深めておいたらいいわ。じゃ、私は先に職員室に戻るから、どうしてもわからないことがあれば聞きに来てちょうだい」

「は、はいっ、さようなら、先生っ」


 頭を下げる沢村さんを筆頭に、挨拶を交わす。

 その背中を見送ってから、わたしは沢村さんに向き直った。


「よろしくね、沢村さん」

「こちらこそ、です! あ、あの、笠宮さんのこと、知ってました!」

「クラスメイトだもんね」

「あぅ、そうではなくてその、見ていたんです、“遠征競技戦”!」


 遠征競技戦……ぁ、夢ちゃんとリュシーちゃんの三人で出場した、あの大会。

 そう夢ちゃんと目を合わせると、夢ちゃんは要領を得ないながらも頷いてくれた。


「それであの、碓氷さんの術式はずっと“特別”とか“秘伝”とかって周りの人から聞いていたんですけど、笠宮さんはそうじゃなくて、それなのにあんな、四国のひとたちを圧倒していて! ……すごいなぁって、お話ししてみたいなぁって、ずっと思ってたんです!」


 顔を真っ赤にしてそう言い切った沢村さんの言葉。その熱が、わたしの頬に伝搬です。そっか、そうなんだ。わたしなんかでも、そんな風に、目標にしてくれるひとがいるんだ。

 えへへ、うん、なんだかくすぐったいや。でも、うん。


「あの、敬語じゃなくて良いよ?」

「えええっ、でもっ」

「そうそう、鈴理はちょーっとネジが飛んでるだけなんだから」

「ちょっと夢ちゃん? どーゆー意味?」

「自覚あんでしょ、まったく」


 夢ちゃんが軽口を叩いて、わたしがツッコむ。いつもと逆の役割だけど、これは夢ちゃんの“気遣い”だって直ぐに理解できた。

 そんなわたしたちのやりとりに、沢村さんはクスクスと笑っている。


「そうだ! 今日から一ヶ月、わたしたちは一致団結して炎獅子祭を成功に導く訳でしょ? それなら、鄕子ちゃんって呼んでも良い? わたしも、鈴理って呼んで」

「なら、私も便乗! いい? 沢村さん」

「うん、もちろんだよ! よろしくね、鈴理さん、夢さん」

「やった!」


 夢ちゃんは、自分から言いだしたこととはいえ下の名前で呼ばれるのは複雑そうな様子だった。けれど、少しだけ口元を引きつらせると、直ぐに気を取り直してくれたようだ。

 夢ちゃんは、いい加減慣れても良いんじゃないかなぁ。


 なにはともあれ。

 一ヶ月後の炎獅子祭に向けて、どうにかこうにか頑張れそう、かな。





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