表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/523

そのいち




――1――




 二月といえば、どんなイベントを思い浮かべることだろうか。

 一般的には十四日、聖バレンタインデーが街の景色を彩ることだろう。勿論、関東特専にもバレンタインデーはやってくる。だが、特専とは異能者と魔導術師がひしめく学校。野放しにバレンタインデーなんか迎えてしまったら、何がどうなるか解らない。

 事実、開校の翌年に異能者が調理室周辺一帯を粉々にしたことで、理事会や教員は知恵を振り絞ることになってしまった。そこで、彼らは一部、認めることにしたそうだ。管理できる、目の届く範囲でやってくれるのならまだマシ、ということである。


 それが――関東特専二月十四日の行事“炎獅子祭”、即ち“文化祭”である。


 チョコレートをどうこうする企画を生徒会が発案。

 文化祭の中にねじ込むことにより、文化祭のイベントとして管理させる、という企画だ。

 一ヶ月後に控えたこのイベントのために、各クラスでは出し物の企画を練り始め、それに伴って我々教師陣も準備対応に追われていた。なにせ特専の生徒たちが盛大にはしゃぐイベントだ。無事に終わらせるためにも、こちらの危機管理も相当なものとなる。

 なので、その、言い訳ではないのだが、ミスをすることもあるわけで。


「観司先生。こちらの書類なのですが、管理責任の欄に抜け落ちがあります。こちらで把握できたから良いものの、そうでなかったら多大な責務を負うことになっていた可能性があるのは承知しておりますね?」

「……はい、申し訳ありませんでした。瀬戸先生」

「割り振られた仕事は過不足なくやっていただきたい、が。貴女が病み上がりであることも十二分に考慮しております。今回は私がフォローしておきますので、気をつけて下さい」

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」

「あとは、っと」

「ぁっ」


 瀬戸先生のお言葉に耳を傾け、謝罪をする。

 その終わりに瀬戸先生の手から書類が一枚抜け落ちてしまったので、咄嗟に屈んでそれを取ろうとして。


「――お礼はママの愛情たっぷりチョコレートで構いません」


 同じように屈んだ瀬戸先生に、小声で囁かれた。


「は、はい?」

「了承していただけて良かった。それでは私はこれで失礼いたします」


 カッカッカッと革靴を鳴らして歩き去って行く瀬戸先生。

 呆然とその背中を見守る私。もしかして、わざと書類を拾わせたのだろうか。どうしよう、日に日に瀬戸先生が手強くなっていく。

 しかし、そうか、チョコレートか。文化祭に組み込まれるバレンタイン関係のイベントは、生徒会とその顧問に任せているという。そのため教員を巻き込めるようなイベントも多く、私も去年は何故か女生徒からチョコレートを貰っていた。


「怒られてしまいましたね」

「ぁ、高原先生」


 そう、私に声を掛けてくれたのは、以前、私が過労で倒れていた間にフォローをして下さったという高原先生だ。

 高原先生は異能科の教員で、確か、共存型キャリアタイプの異能者だ。


「いえ、注意をいただいただけですよ。ご心配をおかけしてしまいましたね」

「ははは、そんな。あの瀬戸先生相手にそんな風に言えるのは、きっと貴女だけですよ」

「そうですか? 結構、話せば解ってくれますよ? 瀬戸先生」


 主な話し方は“めっ”から始まることなのだが。驚くほど素直に話を聞いてくれるよ? うん。……うん。

 私の言葉に、高原先生は非常に驚いた様子を見せる。長い前髪で隠した目元が、僅かに見開かれているようだった。そんなにか。


「そうなんですか? でしたらきっと、観司先生の人望ですよ。ぼくらにはもう本当に怖いんですからね? この間なんか新藤先生が真っ白に燃え尽きるまで絞られていたんですよ?」

「――それを言うなら高原先生も、では?」


 からからと笑う高原先生の背から、声がかけられる。

 癖のある黒髪ロングに白い眼鏡がよく似合う、魔導科の教員で、新藤先生だ。女性ながら、得意な術式は身体強化という方で、鈴理さんと夢さんの担任教師でもある。


「観司先生、聞いて下さいよ。この間なんか高原先生、瀬戸先生と川端先生のデスクにコーヒーをかけたあげく、スッ転んで江沼先生を押し飛ばして風間先生と正面衝突。瀬戸先生にギチギチに絞られたあげく他の先生方に気を使わせていたんですよ?」

「み、観司先生に恥ずかしいことを言わないでくれよ! 有香ありか!」

「同じM&Lの会員として恥ずかしいわ。生まれ変わって出直してきなさいよ。バカズ」

「バカズって呼ぶな! 一巳かずみだ!」


 軽快な言葉の応酬に、思わずぽかんと見つめてしまう。

 あれもしかして、けっこう仲が良いのだろうか。


「お二人は、交友があったのですか?」

「へっ、あ、はは、お恥ずかしいところをお見せしました。実は同級生なんです、彼女。社会科見学のチーム申し込みを忘れていたときに、ランダムで組まされたのが切っ掛けでして」

「観司先生は我々の先輩ですから。有名だったんですよ? 綺麗な方って」

「し、新藤先生? からかわないでください」


 確か、高原先生と新藤先生は二十四才。と、なると、私の二つ下だったのか。女子高生時代とか懐かしいなぁ。実は、黒いブレザーも捨てずにとってあるし、今度着てみようかなぁ。

 ……いや、やめておこう。魔法少女衣装のせいで感覚が鈍くなっていたが、あれも充分痛々しい。アラサー女のブレザーなんて、下手したら通報ものだろう。


(なにあの可愛い生き物)

(有香、その顔はやばい。早退して病院で見て貰え)

(イヤよ。これでも栄えあるMichi&Love、未知先生を敬愛し信奉する友の会の二桁会員よ。見届ける義務があるわ)

(うぐぐ、くそう。こっちは三桁半ばなのに)


 うんうんとそんな風に考えている間、高原先生と新藤先生はこそこそと背を向けてなにやら話し合っていた。仲良いなぁ。

 もしかして、そういう関係? なんて邪推してしまうのは良くないよね、うん。


「っと、そういえば観司先生は、笠宮さんと碓氷さんと、仲が良いのですよね?」

「はい。特定の生徒と交友を持つのは褒められたことではないということは、重々承知しているのですが……ぁ、なにか、ご迷惑をおかけしてしまいましたか?」

「いえいえ、とんでもない。担任として“事情”は聞き及んでいます。それよりも、やはり“事情”についても接し方に戸惑ってしまうこともあります。お恥ずかしいお話しなのですが、今度“二人きり”で“お食事”でも……なんて」

「そういうことでしたら、もちろん構いませんよ。個室で、良いお店を知っているので是非」

「まぁ、ありがとうございます」


 そっか、言われてみれば納得だ。

 “特異魔導士”として覚醒した鈴理さんを、魔導術師としてどう対応して良いか解らない、という気持ちも理解できる。本来であれば担任である彼女をほとんど経由せずに指導をしていることについて疎んでも仕方がないはずなのに、こうして足取りを合わせて下さるのは嬉しくも思う。

 であるならば、私にできることがあるのなら、最大限、協力したくも思う。それに、こうして“先輩”として彼女たちにできることがあるのなら、嬉しい。


(ひ、卑怯だぞ!)

(担任も持たずにふらふらしているアンタが悪いんでしょ)


 そうと決まれば、予定をすりあわせて“りつ”に予約を入れようかな。

 新藤先生の悩みを一緒に解決すれば、新藤先生にとっても鈴理さんにとっても最良の結果となるはずだ。よし、頑張ろう!





 “炎獅子えんじし祭”まであと一ヶ月と少し。

 無事に成功させるためにも、できることに最大限、取り組んでいかなくては、ね。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ