そのなな
――7――
熱い。
うぅ、なんだろう。ほかほかする?
身体の芯が溶けるように熱い。でも、寒気もするし、変に汗も掻いている。うーん、どうしちゃったんだろう。私。
のろのろと起き上がって、リビングを見る。机の上にはお粥と手紙。七の残してくれた、私を気遣うメッセージカードだった。
「風邪? 風邪なんだー」
お粥を温めて、優しさと温度を染み渡らせる。呑みにくい粉薬を飲んだら、なんだか風に当たりたくなってきた。
「あれ?」
ベランダに立って、そこから見える光景に違和感を持つ。
特専に張られている結界が発動している。とんでもないものや、生徒たちの視覚的に悪影響の与えるものが現れたときに、幻覚を見せる結界だ。自動発動で、浅井おじさんと陸奥先生を初めとした、色んな方の共同結界。
私も手伝ったんだよ。頑張ったんだから。
「むぅ、でもこれってもしかして、事件かな? よぉーし、来たれ【瑠璃の花冠】」
ステッキを手にして、意識を集中。
結界の先を“視て”みると、そこには巨大なゴーレムがいた。
「大変っ。これは、まほー少女の出番だね。【ミラクル・トランス・ファクト】!」
ベランダでぴかっと変身。
要らぬ騒ぎを起こさないように、幻覚結界と自分を同期。ステッキさんに跨がって、ふわりと舞い上がった。あれ? ステッキさん、こんなに小さかったっけ。おまたに食い込んで痛いや。早く行かなきゃ。
「ステッキさん、私を連れて行って?」
カチカチと光るステッキさんが飛んでくれたので、それに合わせて舞い上がる。一緒に風邪も治ってくれたら良いのに、怪我は治しても風邪は治してくれないステッキさんに、ちょっぴり不満。
でもでも、自然治癒に任せた方が身体に良いとか、そんな理由みたいだから、口には出しません。
街を越え。
山を視て。
敵を見て。
味方を発見。
獅堂と、鈴理さんと、水守さんと、ポチと、ありゃ? セブンがいる。
「みんなーっ、大丈夫ー?」
「あ、師匠!? だだだ、だいじょうぶなんですか?!」
「未知か! ふらふらじゃねーか」
「よう未知、久々だな」
慌てて駆け寄ってくれる鈴理さん。
心配そうに見てくれる獅堂。
セブンは軽く手を上げて答えて。
『ボスよ、その、なんだ、良いのか?』
いつも飄々としたポチは、なぜだか気まずげにそう言った。
「ぁ」
「鈴理さん?」
青ざめる鈴理さんに首を傾げる。
そんな鈴理さんの様子に何か気がついたのか、獅堂は眼を逸らし口元を抑え、セブンは吹き出した。んんん? なんだか様子が変?
「へ? え? え? み、つかさ、せん、せい?」
「水守さん? どうしたの?」
「む、むしろ先生の頭が心配です、じゃ、じゃなくて、ええっと?」
えーと?
私の頭は今、ツインテール。でも、それが?
あ、そっか! 魔法少女の姿を見せるのは、“初めて”なんだ!
「ししし、静音ちゃん、師匠は今そのあの風邪で判断力が鈍っておられるからあのその」
「そうだね、水守さん! ごめんね、私が魔法少女であることは、秘密なんだっ☆」
「でしょうね」
そう、何故か三歩後ずさる水守さん。
その姿を見て、獅堂まで吹き出す始末。
「そうだっ、早くアレを倒さなきゃっ」
「あー、ラピ。どうするんだ? アレを倒すとなると、流石に周辺の被害も馬鹿にならないぞ?」
「獅堂……大丈夫、それなら“あの”フォームで戦うから! “そら”へばきゅんっ、だよ☆」
「あのフォーム? そら? ――おいまさかおまえ。いや、なんだ、おい、やめておけ。風邪で判断力が鈍っているときにそんなモン使ったらおまえ、引きこもるぞ。こういうの全部、記憶に残るタイプだろ」
「任せて☆」
「お、おい! 未知!」
獅堂たちから一歩離れて、ステッキさんを掲げる。
青ざめながらも期待に目を輝かせてくれる鈴理さん。
額を抑えてふかーくため息をついている獅堂。
なんだかわからない様子で首を傾げるセブンとポチ。
カチカチに固まったまま、再起動しない水守さん。
みんな、期待してくれているんだ。
応えなきゃ、魔法少女は名乗れないよね☆
「【トランス・ファクト・チェンジ】♪」
ステッキさんを掲げて、モードチェンジ♪
瑠璃色の光が周囲を包み込むと、私の姿が変わっていく。
そして。
「誰かの涙が零れるとき」
――ノースリーブでむき出しの肩口から伸びる手。手袋は半透明の青色で。
「誰かの悪意がひとを傷つけるとき」
――靴はスペースシャトル風の機械ブーツ。膝まで半透明スーツで、膝には瑠璃リボン。
「宇宙の果てからやってくる」
――T字のパンツはいつもよりキツくて食い込んでる。両端に瑠璃リボンのついたもの。
「魔法少女、ミラクル☆ラピ」
――胸元は襟付きの半透明で、ぴっちり身体のカタチがわかる。ボタンに星模様。
「モード“コスモ”で可憐にすいさんっ☆だよ♪」
――ツインテールの上にはシャトル型の帽子。ステッキの形はSF銃な宇宙仕様モード!
「うーん? いつもよりキツイなぁ?」
動くたびに胸が揺れてつらいや。
コスモは相変わらず、魔法少女に慣れてきた私でもちょっぴり恥ずかしい。なにせ、見せられない部分以外は全部、シースルー。大事なところもグラデーションで色が濃くなっているだけだ。
でもでもすっごく強くて便利だから、使わない訳には行かないのがジレンマなんだよね。
「し、ししょー、あだるてぃで素敵ですけど、さすがにちょっとダイタン過ぎます」
「か、笠宮さん? あれって控えめに言ってもド変態――い、いえ、なんでもないです」
「お、大人になってそれを着るとそうなるのか……い、いかん、ぐぅ」
「おいバカ獅堂。ガキ共の前で蹲ってんじゃねぇよ。――未知、今晩どうだ?」
『ボスよ……今度、そのフォームで散歩せんか?』
? みんな、どうしたんだろう?
顔が赤い。移しちゃったかな? き、気をつけなきゃ。
「じゃ、行ってくるね♪」
「お、おう、気をつけろ」
「任せて☆」
変身タイムが終わると、攻撃不可能状態が解除される。
それに合わせて巨大なゴーレムが動き出したので、私は素早くゴーレムの身体に手を触れた。
「【コズミック☆テレポーテーション】!!」
『オオオォオオオオォオォ?!』
その巨体が、私と一緒に光の奔流に呑み込まれる。
コスモフォームにとって一番戦いやすい場所。つまり“宇宙”にワープさせる技だ。青くて美しい地球を眼下に、私とゴーレムは月に降り立つ。
この星を守るために、私たちは戦っている。そう考えると、力が漲ってくるようだった。
「さぁ、どこからでもかかってきなさいっ☆ あ、あれ?」
月の大地に立ったゴーレムは、うまく身体を動かせないでいた。
そ、そっか、あくまで地球仕様のゴーレムなんだね?
「ちょっぴり罪悪感。でもでも、容赦はしないよ!」
掲げるステッキに宿るのは、光輝く瑠璃色の力。
宇宙、あるいは外宇宙から力を得て、輝くのは無限の少女力。なんだか今日は、チャージも早い!
「いっくよーっ♪」
それでも腕を振り上げるゴーレム。
轟音と共に振り下ろされる巨大な手。反応するのは、シャトル型のブーツだ。ブーツから出たジェット噴射。高速で腕を避けると、そのまま腕を登るように飛び立つ。
『オオオオオオ!!』
振り払うように動くけれど、やはり鈍い。
虫でもたたき落とすような払い手を、アクロバットに避けて抜ける。例え高速が自慢の悪魔でも、宇宙空間で戦うコスモフォームより早くは動けない。
いくら大きくても、動きが鈍っているゴーレムの攻撃なんか掠らせもしないよ!
「【祈願】!」
連続噴射による小刻みな高速移動は、その場に残像を残す。
「【現想】」
ゴーレムの認識をあやふやなものにしながら、私は背中に回り込むように“見せた”。
「【少女彗星大爆発】」
その実、本当に回り込んだのは、ゴーレムの“斜め下”だ。
月に穴を開ける訳にはいかないからね。空に向かって、地球を背に、打ち上げる。
『オオオオオオ!?』
「遅いよ。悪意の種を宿すゴーレムよ、魔法少女の光に呑まれて砕け散れ! 【成就】!!」
SF銃に集約した力が、解放される。
その極太のビームはゴーレムを丸々呑み込んでまだ衰えず、土の欠片も残さずに消滅した。
「今日も、魔法少女は可憐にグッド! 悪い奴は、ばきゅんっとサヨナラ、だよ☆」
瑠璃色の爆発が、月の表面に花開く。
今日もちょっぴり恥ずかしかったけど、大活躍☆だね!
あ、でも、ここで変身解除したら大変だ。
「【コズミック☆テレポーテーション】!」
光の奔流に呑み込まれて、身体がワープする。
降り立ったのは、さっきとまったく同じ場所。お話しでもしていたのかな? 水守さんの目が、不審者を見るソレから、憐憫を多分に含んだ哀れみの眼と化していた。えっ、なんで?
「変身解除っと、あれ? 世界がぐるぐる?」
ふらふらっと崩れ落ちそうになると、咄嗟にセブンが支えてくれる。
七もセブンも否定するけど、私は二人は兄弟みたいなものだと思ってる。だって二人とも、すっごく優しいから。
「えへへ、ありがとう」
「いいや、気をつけろよ?」
「うんっ」
ほら、やっぱり優しい。
「師匠っ、敵はやっつけたんですか?」
「もちろん! ビームで吹き飛ばしたよ!」
「あ、あれ、あの瑠璃色の流星はやっぱり……」
流星?
そっか、地上からだと流星みたいに見えるんだ! なんだか不思議だなぁ。
「おい未知、顔色ヤバイぞ。大丈夫か?」
「うう? しどー?」
言われてみれば、なんだか寒い。
そういえば、風邪だったんだっけ。ほわほわする?
「――なぁ、未知」
「セブン?」
背中を支えるセブンから、声が響く。
でもあんまり応える余裕がなくて、名前を呼ぶことしか出来なかった。
「善性の七と違って、オレは悪性の性質だ。アイツと違って、悪いモノを身体に取り込めば、力になることだってあるんだぜ?」
「そう、なの?」
「ああ。だから――」
肩を掴んで、くるっと回転させられる。
向き合うセブンは、黄金の瞳を楽しげに眇めていた。
「――吸い出してやるよ」
「へ? むぁっ!?」
――途端、唇が、セブンの“それ”でふさがれる。
「なっ、セブン、テメェ!」
「ちょっ、セブン先生?!」
「え? え? ええっ、ひゃあ」
『ほう。やりおるな』
え? え? す、吸い出すって、え?
「はっ……むっ……んっ……ぁっ……は……んぁっ」
頭が真っ白になる。
なにも考えられない。
でも、身体だけは焼けるように熱くて。
「ん? お?」
「きゅぅぅぅ」
「っと、やり過ぎたか。すまんすまん」
セブンの軽薄な声と、獅堂たちの叫び声をバックコーラスにして。
私は、簡単に意識を手放した。
うぅ、あれ?
世界が回る~?