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そのいち




――1――




 新年も迎えて、一月は三が日。

 まだまだ肌寒くあるはずだろう。そうに違いない。なのに何故だろう、今日の気温はまるで獅堂の太陽モドキに晒され続けているかのように暑い。

 今日は、夏なのだろうか。むしろそう考えた方が自然なような気さえしてきた。そう、自然だ。そうなると不自然なものがある。


「……」


 私が身に纏うこの厚い寝間着だ。

 夏にこんなものを着ていたら、暑くて当たり前ではないか。ちゃんちゃんこが暑い。よし、脱ごう。ズボンも適当に脱ぎ捨ててしまおう。よし。

 上着も邪魔だなぁ。夏なんだし、下着姿で寝れば良いよね。どうせ女の一人暮らし。ぐーたらしていても見に来る人なんて居ない。


「ふふっ」


 なんだろう、気持ちが浮ついている。

 普段だったら私生活にもメリハリつけなきゃ、なんて思っているのに、こう、頭がふわふわとして落ち着かない。

 なんだろう。寝不足かな。よし、すっぱり脱いでもう一眠りしよう。第二ボタンまで外して、なんだかとたんに面倒くさくなった。よし、頭から寝間着を引き抜いてしまおう。


 そう、上着の端に指を掛けて、持ち上げて。


「未知、おかゆできたよ。大人しくううううううう?! ななななに脱ごうとしてるのさ?!」

「うう?」


 トレイに乗せた美味しそうなおかゆを手に、器用にバランスは崩さずうろたえる七の姿。

 おいしそう。やっぱり寝るのは止めにしようかな。うん。ごはんのあとでも遅くないよね?


「なな~。おはよー」

「おはよー――じゃない!」

「えぇ? こんにちはぁ? えへへ、寝坊しちゃったかも?」

「うぐっ、破壊力が……って、そうじゃなくて! 未知、今の状況、わかってる?!」

「じょう、きょう?」


 なんだろう。

 とくに普段と変わった事なんてないよね?

 あ、強いて言うのなら――冬なのに、夏だ。


「僕は眼を隠しながら説明するから、未知はちゃんと服を着て」

「? 暑いよ?」

「知ってる。良いから」

「もう、七ったら可愛くないよー。そうだ、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでくれたら、いーよ?」

「………………ねえさん、頼むから」

「はいっ」


 そうそう、可愛い弟分の七。

 私は今世では一人っ子だったから、七の存在が私の心をずいぶんと満たしてくれた。でも最近は弟扱いは違うような気がしてきて――あれ? なんでだっけ?


「いいか? 未知。君は今、熱があるんだ」

「うん、暑いね?」

「そうじゃなくて。前の過労で倒れたときも、病み上がりで走り回ったでしょ? 諸々の無理がたたったのさ。つまり――風邪、だよ」


 風。

 かぜ。

 風邪?


「え? じゃあ今、冬?」

「そうだけど……夏だとでも思っていたの? 未知」

「まちがえちゃった。ちゃんと着るね?」

「ああ。頼むよ。今の未知にどうこうするつもりはないからね」

「どう?」

「良いから」

「はーい」


 そっかぁ、風邪かぁ。

 何年ぶりだろう。ステッキさん、命に危険なウィルスや害意のある呪詛による体調不良は弾いてくれるけど、ただの風邪だとなにもしてくれないんだよね。

 だからこれも、命の危険はないって断言できるんだけれど、ううむ、早く治さなきゃ、だよね。


「はい、着たよー」

「はいはい。じゃ、お薬の前に、おかゆ食べて。卵粥だよ」

「はーい。……あつつ。七? ふーふーして?」

「がはっ――わ、わかった。ふぅ、ふぅ、あーん」

「あーん」


 七はこれでも、三人姉弟のお兄ちゃんでもある。そういえば“弟属性と兄属性のコラボレーションは至高。今ならばまだいいが、そう言えるのも短パンが似合ううちだけだ”って、クロックも言ってたなぁ。

 適度に冷ましてくれたおかゆは食べやすい。それに、昔は身体が弱かったという妹さんを看病していたことが良くあったらしいし、もしかしたらお手の物なのかも。

 お姉さんは家事炊事が高水準の教職で、妹さんは今、確か鈴理さんたちと同い年だ。確か、北海道にある日本一大きな特専に通っていたのだったかな。優しいお兄ちゃんで、妹さんが羨ましい。


「なんだか、懐かしいね」

「ああ、そうだね。ほら、あーん」

「あーん」


 当時も一度、こうして看病してくれたことがあったなぁ。

 現役時代に風邪で体調を崩して、その時の料理は、お母さんのおかゆで。

 お見舞いに来た七は、その灰銀の瞳にいっぱいの涙を溜めて、私のことを丁寧に看病してくれた。精霊の子である彼には、風邪を引く、という現象がない。いくら、“四分の一”は人間だと言っても、高次元生命体の器を持つとはそういうことだ。


 だから。

 “彼”も。

 御すことができた。


「七は変身、しないの?」

「しないよ。わかっていて言ってるだろう? まったく、ほら、あーん」

「ふふ、ごめんなさーい。あーん」


 雛鳥のように、七からおかゆを貰う。

 なんだかここのところ、誰かにこうして“甘える”機会っていうのはなかったような気がする。だからかな。甘酸っぱいような、嬉しいような。くすぐったいような。


「さ、次はお薬の時間だよ。飲める」

「うん。昔から、得意だったんだ」

「そうか。偉いね」


 ぽんぽんと撫でてくれる、優しい手。

 困ったように笑う姿に、胸が温かくなる。変だよね、お姉ちゃんなのに。


「なにか、欲しいものはある?」

「ええっとね」


 撫でててくれる手を掴んで、その手をよく見る。いつの間にか大きくなったなぁ。それに、ちょっとごつごつしている。そっか、男の人の手なんだ。ほおずりしてみようかな?

 びくっと震えた。でも抵抗はない。良いって事だよね?


 掌を頬に当てて。

「っ」

 手の甲に唇を当てて

「っ?!」

 大きな手を抱きしめる。

「あ、あたっ、っっっ!?!?」


 見上げると、七は何故か身もだえていた。あれぇ? どうしたんだろう。心配だなぁ。


「ねぇ、七」

「みみみみ、未知?」

「眠るまで、傍に居て?」

「まままま、任せてくれ」


 ?

 よくわからないけれど、そう言ってくれるなら嬉しいな。

 私は七の答えに満足して、手を握ったまま横になる。お休みなさい、七。


「ああ――お休み、僕の可愛い、未知」


 頬を撫でる手が気持ちよくて。

 私の意識はあっさりと、暗い世界に消えていった――。






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