そのよん
――4――
外界は猛吹雪。
内界は奇妙奇天烈。
日本内陸最大の異界、“富士の極限樹海”は、今日も居心地の悪さでは他の随を抜く。
「いや、観司先生とチームを組むのは、久々ですね」
「ええ、そうですね。今日はよろしくお願いします。陸奥先生」
「はいっ! こちらこそ、です」
そんな、気の良い陸奥先生の挨拶を聞きながら、このチームになった経緯を思い出す。
――無用な争いが起こりかねない。
――誰がどんな組み合わせになっても恨み辛みは捨てろ。
そう宣言して行われたチーム決めの抽選会で、宣言した当本人の瀬戸先生は崩れ落ちた。誰か組みたいひとでも居たのだろうか? なんて、すっとぼけることは出来ない。最近、教員としての仕事のフォローを受けるたびに、材料費あちら持ちでお弁当をつくらされるので。
そうか、ママポジションか、うん、複雑。でも、獅堂と七と生徒に内密に、とはどういうことなのだろうか? まぁ、良いか。
陸奥先生は、明るい茶髪に、暑がりのために着崩されたスーツと、整った顔立ちがチャラ男に見せている。だがその実体は真面目で勤勉な好青年であり、私をよく慕ってくれている、可愛い後輩だ。
まぁ、“可愛い”と扱っていることが知られると流石に怒られそうなので、口には出さないけれど。
「――陸奥先生、観司先生」
「はい? ええっと……」
これから巡回ルートにつこうという私たちに声を掛けたのは、白い制服の女生徒だった。
菫色の長い髪をポニーテールにした、赤紫色の瞳を吊り目がちにした少女。ええっと、確か――。
「貴女は確か、生徒会の」
「四階堂、四階堂凛と申します」
「そう、四階堂さん。どうされましたか?」
「巡回ルートなのですが、生徒会の担当地区がお二人のルートと、一部重複があります。如何致しましょうか?」
四階堂さんの言葉を得て、ルート決定権のある陸奥先生に目を向ける。
「えっと、どれどれ? あちゃー、本当だ。それなら僕らはこの、今朝の調査でバジリスクが確認されたエリア、こっちに行くから、君たちはそのままでお願いするよ」
「承知しました。ご提示ありがとうございます」
「いいや、こちらのミスだ。気をつけてね」
「はっ」
粛々と頭を下げて去って行く四階堂さん。こうして話したのは初めてだけど、礼儀正しくて良い子そう、かな。
「あの子が次期生徒会長ですよ、観司先生」
「ぁ――なるほど、だから見覚えがあったんだ。優秀な方、なんですよね?」
「ええ。将来が楽しみです。……と、失礼しました。出発が遅れてしまいますね」
「いいえ、こちらこそ。雑談で引き延ばしてしまいましたね。――ポチ、行くよ」
『ワンッ』
今回は抱きかかえず、ポチは横に歩かせている。今回は場所が場所だ。突然隕石が降ってきても自分で対処できるように、最初から限定解除を施してある。完全解除は、まぁ、勘の良い異能者だと気がついてしまう可能性もあるので、お預けだけど。
「観司先生の契約魔獣、すごい毛並みですね」
「ふふ、褒めてあげると喜びますよ。ね? ポチ」
『わふっ』
うーん、犬、好きなんだよね。
陸奥先生とポチと、並んで移動しながら言葉を交わす。陸奥先生も犬好きなんだろうか。ポチの頭を撫でながらにこにこと笑う様子は微笑ましい。
見た目のせいで、営業中のホストのように見えるのは、言わない方が良いだろうけれど。
「いざとなったら、背中に乗せてくれるかい? ポチ」
『ワンッ!』
「ははっ、なんて言ってるんでしょうね?」
『わふっ』
うん、乗らないよ?
と、ふと、イヤーカフスに刻み込んだ“探索”の術式刻印が、私に情報を送り込む。
「――と、陸奥先生。三百メートル上空、敵性反応です」
「ッはい! って三百?! よ、よく感知できましたね」
裸眼で見える、ということはかなりのサイズだ。大きいだけで特殊能力はないから戦いやすい大紅鳥かとも思ったが、違う。大きな翼と、緑の身体。腕はなく、足には鉤爪。
「ワイバーン! 陸奥先生、お気を付けて!」
「はい! 任せてください! “幻視”!!」
空に生み出された幻影。まるでワイバーンに向かって剣の大群が襲いかかっているかのようなそれに、ワイバーンは驚きから体勢を崩した。その隙を縫うように、私は空中に魔導術を放つ。
「【速攻術式・雷撃剣・展開】!」
陸奥先生の剣軍に紛れ込ませるように、稲妻でできた剣を射出する。電気の属性付与は、高威力超速度。体勢を崩したワイバーンに、当たらぬ道理はない!
空をひっかくような高音が響くと、同時に稲妻に貫かれたワイバーンの身体が大きく傾く。そしてそのまま地上に落ちて、動かなくなった。……幻影使いとコンボを組むのって、やりやすいなぁ。
「この調子で、どんどんいきましょう!」
「ええっと、陸奥先生」
「はい?」
なんだろう、この、無邪気な笑顔に答える陸奥先生に告げるのは、気まずい。だが、言わない訳にもいかないだろう。私は先ほどから脳内に投影され続けている映像を、陸奥先生にそっと告げることにした。
「このまま、いきましょう。ワイバーンの“群れ”が後方上空より近づいております」
「へぁ?!」
陸奥先生の悲鳴も、まぁわかる。
このままだと群れに直撃。生徒たちの警備も何も、私たちが彼らの餌となってしまうことだろう。だから、その前に、狩る。どうせここは異界だ。生態系を崩す心配もない。
「【速攻術式・雷撃剣・多重追加・十二・精密射撃】――陸奥先生、攪乱を! カウントします! 五、四、三、二、一」
「はい! 惑わせ“幻視結界”」
ワイバーンの群れ。数は通常六、リーダー個体一。
まずはその編隊を陸奥先生が乱し、射線が重ならないようにする。雷撃剣は当たるのと同時に表面を切りつけ、稲妻を体内に流し込む魔導術だ。外皮の防御はほぼ無視できるが、貫通は出来ない。
「よし、【展開】!」
放たれた十二の雷撃剣は、五体のワイバーンに一発ずつ突き刺さる。だが、六体目に突き刺さった数は、四。残りの三本は避けられ、リーダー個体は仲間を盾に生き残っていた。
リーダー個体はそのまま方向を転換して逃げだそうとするが、本隊を呼ばれても困る。陸奥先生の幻視結界に感覚を惑わされて、空中で混乱状態に陥った。
「【速攻術式・雷撃剣・展開】!」
そして、その混乱をつく。
飛来した雷撃剣は正確にリーダー個体の胸を灼き、その身を地に落とす。省略せずに雷撃剣を放とうと思うと、かなりの手間が掛かる。それだけあって、この魔導術は戦闘向けではない、競技用の魅せ技に使われることが多いのだが、速攻で使えばけっこう有能な術なのだ。
「すごいですね、観司先生! ワイバーンなんて本来、攻撃系異能者四人がかりで倒す相手ですよ?! 魔導術って奥が深いんだなぁ」
「ふふ、陸奥先生のサポートが的確だったから、できたこと、ですよ」
「そ、そんな、僕なんてまだまだですよ!」
謙遜する陸奥先生に、苦笑する。ちょっとした幻影を見せる異能は、旧世代の一部のマジシャンが、手品だと偽って使っていたことで有名だ。割とポピュラーな異能であり、だからこそ陸奥先生ほどその異能を高めたひとは珍しい。
なにせ、一定以上の強化は難しい、とまでいわれているのだ。よほどの努力がその根底にあるのだろう。
「本当に、僕なんか……助けられて、ばかりです」
「陸奥先生?」
「その、改めて、ありがとうございます。水守さんの、こと」
「いいえ。私はなにもしていませんよ」
首を振って答える。
いや、私は本当になにもしていないよ? 結果的に鈴理さんたちと引き合わせてあげられたけれど。そしてあの三人のことだから、場合によってはもう心を開かせているだろうけれど。
「気に掛けているのですね。水守さんのこと」
敵性反応に気をつけつつ、進んでいく。
ポチの背を撫でながら歩く陸奥先生にそう声を掛けると、彼は寂しげに苦笑した。
「似ているんです、境遇が。彼女は異能の種類と弱さから、家での居場所を失った。僕もそうです。名門に生まれながら、家特有の“特性”を持たなかったから、居住区生徒として特専に居ました」
「そう、だったのですね」
時子姉から、聞いたことがある。
名門に生まれた子供は、そのほとんどが“特性”か魔導の才能を得て生まれてくる。魔導の才能があれば、家特有の技を魔導術式でアレンジして扱えば良い。
だが稀に、血統で遺伝するはずの“特性”を持たず、“発現型”や“共存型”を身に宿して生まれてしまう子供。彼らは他家に養子に出されるのならまだマシで、籍を抜かれたり追放されてしまうことすらある。他家に養子に出されても、ほとんどの場合は疎まれて生きるという。
名門退魔家の闇、と言わしめたこの習わしは、現在では行われることのないように、新世代の退魔師たちが阻止して回っているのだという。だが、退魔七大家の藍姫ですら、先々代当主が“才能にそぐわない”として長女を追放した、という記録も見つかってしまったほどに、闇が深い。
未だ、消えることのない悪習だ。
「観司先生の築いた絆が、あの、空ろな瞳を持っていた笠宮さんを明るくしたあの思いが、きっと水守さんを救ってくれる。僕は、なにもしてあげられなかったから」
「それは、違いますよ」
「え――?」
「あなたが気に掛けてきたから、あの時、鈴理さんたちと引き合わせることが出来た。それは陸奥先生、あなたが、水守さんのために動いていたからです。――自分のせいで苦しんでいる。そう見せられて喜ぶ生徒は居ませんよ、先生?」
「――っ」
陸奥先生は俯くと、ほんの少しだけ、目尻を拭う。
それから、先ほどまでよりもずっと朗らかに、微笑んだ。
「ありがとう、ございます」
「はい。どういたしまして」
少しだけ、背中に手を置いて。
そうしたら、ぱっと背を伸ばして、力強く笑ってくれた。
うん、もう、大丈夫かな。
『ボス』
「うわっ、ポ、ポチが喋った?!」
どうしたのだろう? 余計な混乱を呼ばないためにも、ポチには極力喋らないように言ってある。それが急に声を上げたということは、よほどのことが?
「どうしたの?」
『単独行動の許可を』
「――なにか、あった?」
『わからん。が、嫌な予感がする』
「わかった」
『では、先行する!』
混乱する陸奥先生を余所に、ポチが暗い森の中に消えていく。
「え? ええっと?」
「一応、周囲を警戒しながら、ポチの進んだ方向へ行ってみましょう」
「は、はい! お任せします!」
「ふふ、はい。ありがとうございます」
「い、いえっ」
頬に朱を差した陸奥先生を促して、慎重に進んでいく。
森がざわめく。ポチの嫌な予感、とは、このことだったのだろうか。いや、だったら先行する必要はないか。
「陸奥先生」
「はい?」
「“柱”が降ってきます。周囲の警戒は私に任せて、上空に注意を払って下さい!!」
「うぇっ!? な、は、はい!」
石で出来た六角柱が、雷雲からまっすぐと降ってくる。
隕石や火球が降ってくるよりもマシだけれど、これは、ちょっと、キツイかな!




